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夫婦って親子よりも濃いぞと

レス6
(トピ主 1
🙂
夏!
ひと
私がまだ中学生のころでした。父と母は喧嘩ばかりしていました。 顔を合わせればもう喧嘩。背中を見せて喧嘩。鉛筆が転がっても喧嘩。 喧嘩。喧嘩。喧嘩の末に、背を向けて二人はだんまり。やっと家が静かになったと思ったら、父が「おい!」と。しかし、母の返事はなく、もう一度、「やい!」それにも返事は返ってこない。歯噛みをする父「こんちくしょうめ!」と片膝立てて母の背中を睨みつける。大人しくしていた母も「また喧嘩を売ろうってのかい!」と修羅の形相で振り返り。そもそも喧嘩中だったのに、そのことも忘れて、新たな喧嘩の火蓋が切って落とされる。 喧嘩。喧嘩。喧嘩って何? 喧嘩は音。ただの音。ケンカケンカ…。頭の中でケンカの意味が消えてしまうくらい、二人は喧嘩のしっぱなし。 愛し合って結婚したはずの二人がこんなふうにいがみ合ってばかり。悲しくて、遣りきれなくて。 わかった。家出してやる。私は部屋に籠もり、大きなバッグに荷物をまとめました。家出の準備です。 夜が来て、朝を迎え、しかし、すごすごと家出の準備を解く私。 このような父母でしたが、二人は添い遂げ、ついこの間、べらんめえと父が他界。 よく喧嘩したよね、と当時のことを母に話すと、母はこくりと頷いて、こんなことを呟きます。 死にたいと思ったことは何度もある、でも、死ねと思ったことは一度もない、なのに、死んじゃった… そんな二人に思うことは、夫婦って親子よりも濃いぞと。

トピ内ID:3334493733

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喧嘩できるって、いいことですよ。対等な関係だからできる。

🙂
はまゆう
喧嘩できるって、いいことですよ。対等な関係だからできるわけですから。 一番いけない夫婦は どちらかが我慢して~あるいは「言ってはいけない」「言えない」「言うものではない」「言う関係に無い」と・・・考えたり、そうなってしまい 長年、不満や言いたいことを貯め込んでしまうことです。 そういう夫婦は、お互いに幸せになれません。 >喧嘩。喧嘩。喧嘩の末に、背を向けて二人はだんまり。やっと家が静かになったと思ったら、父が「おい!」と。しかし、母の返事はなく、もう一度、「やい!」それにも返事は返ってこない。歯噛みをする父「こんちくしょうめ!」と片膝立てて母の背中を睨みつける。大人しくしていた母も「また喧嘩を売ろうってのかい!」と修羅の形相で振り返り。そもそも喧嘩中だったのに、そのことも忘れて、新たな喧嘩の火蓋が切って落とされる。 ↑なんだか、とっても素敵なご夫婦ですね。お互いに言いたいことが言えて、対等に喧嘩できる夫婦は、素晴らしいです。 世の中の多くの夫婦は「夫はこういうもの」「妻はこういうもの」と、定型の夫婦像が頭にあり、 自分もその形にならねばならないと、自分を枠にはめてしまうのです。いい妻・いい夫・・・というわけです。 でも夫婦なんて、完全な人はいないし、皆、割れ鍋に綴じ蓋・・なんです。人間的にも未熟。 だから喧嘩するんです。 喧嘩=自然の調整弁 になっているのです。 夫婦は、それぞれアリのままで、言いたいことはお互いに言いあい、喧嘩もしつつ生きるのが、最も、長続きすると思います。 お互いに相手が何を考えているかが、分りますからね。そうして年月を重ねれば、離婚する理由が、減ります。 結婚後、年数がたっているのにケンカしない夫婦は、行く末が怖いですよ。 DVは別として、 喧嘩できるということは、「相手に心許している」という面がありますからね。

トピ内ID:7339756607

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水を差すようだけど、ちっとも良い話と思えません

💔
kana
私は、結婚二十数年、ケンカもしますが仲良くもあり、子育てを通して泣いたり笑ったりしています。 子どもが育ち上がって独立したら、急に静かで穏やかな日々になるだろうと待ち遠しいような寂しいような。 でも、最近は二人きりになったらもっと仲良く穏やかに過ごしたいなと思っています。 要するに、あなたのご両親のような夫婦には絶対になりたくないです。全くうらやましいとも思わないし、濃いとも深いとも思えません。 申し訳ないけれど、あなたのご両親は、単なる共依存関係だっただけだろうと思います。 お互いに愛し合っているわけではないけれど、結婚という形に二人とも拘っているから別れるに別れられない。だけど、腹が立って仕方がない。お母様にとっては生活費も必要だし、お父様にとっても他の女性に走る勇気もない。離婚は面倒だからとにかく嫌いだけど一緒にいる。 お互いが相手を攻撃することでお互いのストレスを発散し、そういった方法でしか社会生活を営むことができない、何とも気の毒な関係だと思います。 ご両親について、そういう風にしか見えないし、そうでないなら、なぜもっとお互いを尊重し思いやれなかったのでしょうか? 夫が亡くなって寂しいという気持ちは、共依存だったからこそです。依存していた相手がいなくなったのですから当然の感情です。 申し訳ないけど、そんな夫婦にはなりたくないです。

トピ内ID:6496966068

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夫婦って不思議

🙂
匿名
夫婦の数だけ夫婦の形があると言われているように、ご両親の「喧嘩」は夫婦のコミュニケーションの一つだったのでしょう。 こればかりは、子供でも分からないのかも。 子供は大抵、20~30年ぐらいで親元を離れることが多いと思います。それに比べて、夫婦は70年近く一緒に過ごす方もいらっしゃるわけです。 元は他人なのに、血の繋がった親子よりも長く過ごすなんて、なんだか不思議ですよね。

トピ内ID:1812512073

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そう思います

🙂
暑い
>夫婦って親子よりも濃いぞと 本当にそう思います。父は重い認知症で自分のことも分からず 子供達のことも「あんただれだ」という状態でした。 なのに、亡くなる時まで母のことだけは分かっていました。 あんなにかわいがってくれた子供達のことは すっかり忘れているのに母のことだけは最後まで分かっていました。 最後に残るのは子供より夫婦なのかぁ・・・と葬儀の時に実感しました。

トピ内ID:3435551629

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そうだね

041
YI
夫婦って親子より関係が濃いと思う。 親子は本能的な部分に救われるけど、夫婦って元は赤の他人ですしね。 関係が脆い分、濃くなきゃ続かない。 濃い関係が構築できなきゃ離婚って話でしょうね。 子供から見た両親の関係って、案外理解できないものでしょう。 中学の頃に母に「お母さんはモテなかったの?なんでお父さんなんかと・・・」と言ってる途中でひっぱたかれた(笑) 見た目はくたびれちゃったけどすごく頼りになる。何より信頼できるんだって。 未だに理解できないけど・・・ 喧嘩ばかりに見えていたけど、心の奥深くではとっても仲良しだったのかもね。

トピ内ID:4459566036

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小町の皆様、ありがとうございました。

🙂
夏! トピ主
両親の喧嘩を常に至近距離で見てきました。 こちらにまで火の粉が跳んでくるのではと、いつも頭を抱えて耐えていました。 通り過ぎるのを、じっと待っていました。 憎しみ合って、罵り合う。疲れ果てるまでやめようとしない。 こういう二人の行き着く先はどこなのだろう。とても不安でした。 でも、いまはこんなふうに思うのです。 きっと夫婦は、夫婦だからこそ、見えない何かを必死になって求め合っていたのではないか。 やり方は露骨で未熟だけれど、夫婦にはそれができてしまう。そうしてしまう。 そして、決して壊れない。 なんて… 小町の皆様、 素敵な言葉、胸に刺さる言葉、様々な言葉をいただけたことを嬉しく思います。 ありがとうございました。

トピ内ID:3334493733

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