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末期癌余命1ヶ月の母の娘です

レス4
(トピ主 0
😢
もゆゆ
ひと
私には61歳の母がいるのですが、一年半前に肺癌が見つかり治療を続けてきました。ちなみに父は5年前に食道癌で他界しています。 そこから半年で脳に移転が見つかり、当時は体力もあったので脳腫瘍を摘出する開頭手術を受けました。 術後の脳の浮腫が1週間麻酔で眠らせたままの状態でもリハビリや抗癌剤治療を頑張りなんとか歩けるまで回復したのですが、先月末に突然倒れ緊急入院。 それから約1ヶ月が経とうとしてますが既に食事も食べれず自力で歩けず寝たきりで点滴のみです。 主治医の先生とも相談し、緩和病院へ移る手配をしているのですが、毎日不安で押し潰されそうです。 最近は会話も出来ず、お見舞いに行ってもずっと寝ている母の姿を見るのは辛いです。モルヒネ等は何もしてません。 仕事との両立もしながらなのと、周りに同じ状況の人がおらず、どなたか同じ様な経験をされた方がいらっしゃればと思い、こちらに投稿させて頂きました。

トピ内ID:6692179125

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今、非常に辛い時を過ごされていますね。お察しします。

🙂
介護婆
その辛さと不安感、お察しします。 ガン末期の看病と看取り、私も、1度ならずしました。 自分の親の場合なら、立っていられないほどの、精神的に辛い日々ですね。今よりずっと若い頃、私は、ガン末期で、モルヒネを使い始めた親の病室の外の廊下にへたへたと座り込んで、何度も泣き崩れていました。 親の最期を看取るのは、本当に辛いです。 トピ主さん、皆、同じですよ。まずは、そこを念頭に置いて、少し不安を和らげて下さい。何人もの高齢者の最後を見てきましたが、多くは苦しみますし、親族は皆、本当に辛いです。 この世に生まれる時と、この世の務めを終える時は、肉体を持った人間という存在はそういうものなんだ~と、婆になった今は、恐れる気持ちは余りありません。 肺がんの介護もし、最期も看取りましたが、最後は呼吸の苦しみがありました。そのことは、早くから担当医師の説明があり、親子共に覚悟していました。 私の親の時は、「緩和病院」ではなく、その病院でその内科医が、最後まで、終末期の痛みの治療もしてくれました。(時がけっこう以前。) 最後はモルヒネ使用と聞いていたので、まだ呼吸が苦しくない内から、親自身が担当医師に「苦しむのは嫌だから、呼吸が苦しくなったら、できる限り早く、そして苦しい隙間が無いようにモルヒネを打ってほしい」と、家族の前で、何度も医師に依頼していました。勿論、医療的なルールがあるようで、それに沿って対応してくれました。 モルヒネを間隔を置いて打ち始めたら、思う以上に早く意識が薄れていき、そして思うより短日で他界しました。そういう経過も、先に医師から聞いていました。モルヒネを打つということは(回数や分量にもよるのでしょうが)、私の体験では、痛みや苦しみからどう開放されるか~と同義に感じました。 トピ主のお母様は、肺がんが脳に転移し、手術の経過後に今の状態になられたのですね。

トピ内ID:3736479672

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お察しします

041
千晶
先日、癌と闘ってきた母を見送りました。私も、ずっと寝たままの母を見舞いに行くのは辛かったです。 でも、ほんの少しでも意識が回復した時に側に居たくて、仕事の合間に病室に行き、夜は泊まりました。 耳はずっと聞こえているそうです、思い出話を沢山してあげて下さい。 反応が無くても手を握ってあげて下さい。 悔いは残るものですが、今出来る事をしてあげて下さいね。

トピ内ID:7436217224

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お辛いですね。

🐱
neko
私は10年前に父を、去年叔父を亡くしました。二人共癌でしたが、末期の過ごし方は雲泥の差がありました。 10年前の父の余命1ヶ月の時は本当に辛そうで見ているのも辛かったですが、昨年の叔父の時は比較的元気で本人も告知されているので『こんな感じで来月には死ぬなんて思わないないな~』と笑っていましたね。亡くなる時も父は呼吸がかなり辛そうでしたが、叔父は本当に眠るように亡くなりました。 父の時には私も仕事と両立しながらで不安で不安で眠れなくて、毎日行く度にもっと悪くなるのではないだろうか?それを見たくない気持ちと気になって行かずにはいられない気持ちの境を彷徨っていました。そんな私を父は気付いており、モルヒネを投与されている事をなんと私に隠していたのです。 その時のモルヒネはパッチ状のもので調べればすぐわかったのですが、ただ痛み止めと聞かされていて単純な私はそれを信じてしまいました。まだモルヒネが投与されていないから大丈夫と思い込んで毎日見舞いに通いました。ですから父の死は結構突然に訪れて、亡くなってからモルヒネ投与の事実を聞かされて『どうして教えてくれなかったのだ!』と憤ったのを覚えています。 その頃には余命数週間のフラフラの状態だったのに、父は娘である私の気持ちを一番に考えてくれていたと思うと今でも涙が溢れてきます。主様のお母様も会話が出来ない状態であっても、きっと一番に娘である主様を想っておられると思いますよ。 親を亡くす辛さは今も昔も全く変わりませんが、昔に比べて緩和医療は確実に進化しているなと感じます。本人の辛さは格段に緩和されているのではないでしょうか?

トピ内ID:3363139998

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レスします。

041
みかん
私の曾祖母は、癌ではありませんでしたが、ほぼ寝たきりで、排泄すらままならない状態でした。身長が低い私よりも小さく、痩せ細った姿に、驚くことも少なくありませんでしたが、介護をする祖母と笑って話したり、反応がなくても笑顔で過ごす。緩和病院では、辛いと思っても、極力笑顔でいてあげた方がいいかもしれません。

トピ内ID:6929904250

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