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タナトフォビアを克服したい

レス39
(トピ主 0
😑
ふとん
ヘルス
見ていただきありがとうございます。 20歳の大学生の者です。 最近は新型コロナウイルスの蔓延もあり、いつも以上に、人が亡くなられるニュースを見かけるようになりました。 私はかねてより「死」への恐怖は持っていましたが、最近それが過剰になってきました。 今は生活や体調に支障が出るほどの、タナトフォビアに陥っています。 しかし死は必ず訪れるものなので、死への恐怖や、生の尊さを見に受けつつ、今の生活にも集中出来るよう、少しでも死への恐怖を受け止められるようになりたいし、出来れば恐怖を和らげたいです。 そこで、皆様が生きている以上避けられない死についてどのような考え方をされているのか気になり、質問させて頂いています。よろしくお願い致します。

トピ内ID:8855596188

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レス

レス数39

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初めて知りました。

🙂
ひつじ
タナトフォビアというのですね。勉強になりました。教えてくださってありがとうございます。 生活や体調に支障が出るほど、ということですが、受診はされていますか。されていなければおすすめいたします。 克服するためですが、たとえば読書はいかがでしょうか。タナトフォビアという言葉がなくても古来から死ぬことへの恐怖は人間につきものでした。日本で有名なひととしては、白隠和尚という有名なお坊さんがいます。このかたはトピ主さんと同じ恐怖を克服したかたです。 あるいは、作家三浦綾子さんは結核にかかり職も失い、闘病のなかでキリスト教に救いを求めていくのですが、三浦さんの本も私は好きです。 あるいは瞑想もいいかもしれません。 私は中学生のころから持病があり、体を壊すことも何回かあり、それでもなんとかこれまで働いてきました。なので、不安や恐怖感のなか何度もで自分を維持することの困難さを感じてきました。私によかったことは、習いものをすることで集中力をつけ、余計な心配をしなくなったこと、あるいは簡単な運動をすることで体力をつけ、心も強くなったこと、でしょうか。ウォーキングやストレッチです。 お互いに無理せず生きていけたらいいですね。

トピ内ID:5047835373

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死を考え、俯瞰しよう

🙂
ふとんさんは身近な人の死に接したことはありますか? 多分、ないのでは…と感じます。 私は比較的短い間に両親を失いました。もう高齢でしたし覚悟の上のことではありましたが、やはりとても辛い体験でした。 しかし、辛いことであったと同時にそれによって「ああ、人って死んじゃうんだなぁ。何も残らない、あっけないものだなぁ」と客観的に“死”を俯瞰視できるようになったと思っています。 有り体に言って1人の人間が死んだからといって自分のごく近い周辺を含め世界はそれほど変わるものでもありません。血の繋がった大事な人を失っても世の中の生活は続いて行くし、自分は自分で生きて行かねばなりません。いつまでも死んだ人のことを思って立ち止まっているわけにはいかないのです。 自分もいつか死んでしまい、そしてそのことは周囲にたいした影響も及ぼさないのだろうな…と思うと、死ぬこともさほど怖くはなくなりました。 まず、なぜそんなに“死”が怖いのかをしっかり分析して自分で納得できるまで考えましょう。ふんわりイメージで怖がっているから余計に怖いのかもしれません。

トピ内ID:1405339730

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よりよく生きて死ぬ

🐱
ミントジュレップ
笑わないで読んでください。 いや、笑ってください?かな。 自分は最近こう考えています。 一生懸命生きて陰で徳を積んで命が終わったら、次は犬や猫になって、心の底から愛するご主人様に出会い、一緒に生きることができる。(笑えますでしょう?) よりよい死ならそこまで怖くないです。でも、よりよい来世を招くためには、必死によりよい生を選んで、世の中、誰かの為になることをしていかなくてはいけないので、頑張ります。 猫や犬、その他動物の飼い主さんとの仲良し画像を見ると、ああ、大好きな人に会えたんだなとほっこりして羨ましいです。 30代半ば頃まではまったくリアリスト?で生きるのも死ぬのも生物の一過性の過程でそこに意味を見出すのは人間の脳でしかないと考えていなかったのですが。 たぶんこういうのって、自分でいろいろ足掻きながら答えを発見していく、それもまた人の生き方のひとつの側面だったりするのでしょうね。 沢山の本を読んで、絵や音楽、古今東西の神話や芸術作品を見たりして、トピ主さんなりのよりよい生き方、死に方の考えを見つけてくださいね。

トピ内ID:6651624811

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レスします

アクロスザユニバース
私には持病があって、現代の医療では治りません。何度か大発作を起こして、死の恐怖に取り憑かれました。 心療内科にも行ったし薬もたくさん飲んで、いよいよ精神を病みました。 どうやって克服したかというと、大袈裟に思うかもしれませんが、明日の死を受け入れる覚悟ができた時に、心が軽くなったんだと思います。今でも時々、恐怖に駆られる夜もあります。 毎日、小さなことを積み重ねて生きていけば、心穏やかに生きて行けると感じています。

トピ内ID:1785304601

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長生きする方が恐怖

🙂
めるこ
50代のおばちゃんです。 独身だからかな、死ぬことへの恐怖なんてあまり感じたことないなぁ。 いや、いざその場になったらジタバタすると思うわよ。 だって痛いのも苦しいのも嫌だし、急死して職場の人や家族に迷惑かけるのも嫌だし、散らかった部屋とか、整理されてないPCとか、見られるのも絶対に嫌だ。 でも、普段からいつ死んでも良いように準備しとけば、死ぬこと自体は怖くないかも。 逆に、家族も知り合いもいない世界で、長生きしてしまうほうが怖いな。70代半ばくらいで、貯金を使い切って、痛みも苦しみもなく眠るようにポックリ逝くことが私の夢です笑

トピ内ID:8733461671

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そうですねぇ

🙂
48歳
「死」について…。 「死」が怖くなくなる方法はあると思いますよ。 ひとつは、ホントに死ぬくらい何かを努力すること。 そしたら「死」は救いですから。 本当に苦しい状況であがいてもがいて生きてきた人にとっては「死」は安息です。 そうでなくて、ただ「死」におびえるのは、生きることに自分の力を出し切っていないんだと思います。 私は夫が7年前に亡くなったので、「死」は夫のお迎えだと思って心待ちにしてます。 もはや私が夫に会うためには「死」しかありません。 いつか来るその日が、楽しみでさえあります。 その日まで、力を出し切って生きようと思ってます。

トピ内ID:9195591955

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親を看取ると楽になります

🙂
だいじょうぶです
親を看取るのが最大の親孝行と考えています。 親を介護し、看取った後、もう一ついいことに気づきました。 死が怖くなくなったのです。 何がこわいかと言えば、真っ暗闇に放り込まれること。 でも親が迎えにきてくれるんだ、と悟りました。 体感したかのように。 そうしたらちっとも怖くなくなりました。 死の瞬間、痛みや苦しみがあっても、それは脳内から麻薬用物質が出るのでだいじょうぶらしいですよ。

トピ内ID:7450459329

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幼い頃、死が怖かった時期がありました。

💡
はるな
4~5歳くらいのころだったと思うのですが、死がとても怖かった覚えがあります。 ただ、具体的に言うと「死」よりも「死んだあとどうなるか分からないこと」が怖かったのです。「私は色んな嘘をついたし、悪いことをしたから死んだら地獄に行くんだろうな」くらいには考えていましたが、やはり幼かったため、そのうち自然に(忘れて)考えなくなりました。 月日は流れ、その間に祖母や友人の死を経験しましたが、突然の死ではなかった(介護や闘病を見ていた)ので、わりとすんなり受け容れられました。 さらに月日は流れ、看護師になった現在は職業柄、死と関わることがあります。 その中で死を怖いと感じることはあまりありません。変な言い方かもしれませんが、「こういう風に死にたい・死にたくない」と思うことはあります(例えば、苦しんで死ぬのは嫌だ、つらい治療をしてまで生きたくない、とかです)。 幼い頃は、死んだあとどうなるかが怖かった、現在は死に方に対して恐怖を感じるというところですね。死そのものに対しては、「私もいつかは死ぬんだし、周りに迷惑をかけなければどうでもいいや」くらいに考えているのが正直なところです。 あとは、「死ぬまでにどう生きるか」が大切だと感じますね。 トピ主様がおっしゃるように、今死が身近なものになっている状況が、トピ主様のつらさの原因になっているかもしれませんね。だから、新型肺炎が落ち着けば今のつらさが軽減される可能性があります。無理に楽しい気分になろうとしたり、考えをそらそうとしたりせずに過ごされればいいかと思います。 長文失礼いたしました。そして興味深いトピをありがとうございました。

トピ内ID:6003634798

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お笑いを一つ

🙂
三途の川
昔聞いたジョークです。 老人が死後に三途の川を渡らなければ天国に行けないと 聞き泳ぎの練習を始めたら 今では利根川を渡るぐらいの健康になってしまい 三途の川を超える挑戦が待ち遠しいそうです。

トピ内ID:1903335799

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私もそうでした 1/2

🙂
maruko
私も中高生の頃、死が怖かった、と言うか「無」になることが虚しく怖かったです。最期の時を納得して穏やかな気持ちで迎えたい、というのが人生の目標です。 宗教を信じてしまえば楽なのかもしれませんが、宗教を使わずに納得したいと思っています。 私は人生まだ道半ばですが、だいぶ納得できてきたと思います。私の経験がヒントになれば。 まずは対処療法。そのことが気になって辛い時は、とにかく好きなこと、楽しいことに意識を集中して怖いことから目をそらす。私は特に夜寝る前がこわかったので、好きな漫画の台詞を頭の中で思い出しながら眠ることを続けていたら、現れかけていた精神症状が消えました。私たちのしようとしていることは、人生を通して考える気の長いこと。その出発点で精神を病んでしまったら元も子もありません。辛い時は辛いことから目をそらし楽しいことに目を向けましょう。 元気になってきたら、幅広くいろんな経験をしていろんな人の話を聞いていろんなタイプの人と関わっていろんなジャンルの本をたくさん読むといいでしょう。小説で何百何千の人の人生を疑似体験するもよし、ギリシャ哲学を知り「人間はこんな昔から、命について、自分というものについて、答えが出ないことを考え続けているんだなぁ」と 感慨にひたるのもいいでしょう。 ただし無理する必要はありません。何もせずにダラダラ過ごしたい時は心ゆくまでそう過ごしましょう。とにかく日々自分が納得のいく時間を過ごすことが、納得いく最期を迎えることにつながると思います。

トピ内ID:6028978042

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私もそうでした 2/2

🙂
maruko
私は現在老人ホームで働いています。これは働きだして初めて気づいたのですが、 寿命で行く方々に沿うことは、普段の生活では実感することの少ない、命の循環を体感することができる経験となっています。人間の社会が文明化したことで 「人間も一つの動物、生まれて死ぬ」ということが実感しにくくなっていたのが私の怖さの原因のひとつにある気がします。 今この仕事をしながら一人一人の人生の物語を聞かせていただき、皆様の人生を疑似体験させていただくとともに、心をこめて関わりを続け、時が来たら丁寧に送り出す、ということを繰り返しています。 子どもを産み育てること、そして寿命を迎える方々を送ること、これらは私が「人間も、生まれ、死ぬ、動物」と体感することにつながっていると感じます。 私たちは今のこの時代を生きる同志。今ある命を慈しみ、最期の時が来たら穏やかに納得して迎えられるよう、この日々を大切に生きていけたらいいな、と思っています。

トピ内ID:6028978042

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死が日常から遠い日本

🙂
あーちゃん
死が日常にないところで、死について考えても意味ないと思います。 親の介護のレスされておられる方がいましたが、自分で実感することなしに、憶測や思い込みやイメージで考えても意味ないと思います。 死は当たり前にそこにあります。同時に生も当たり前にそこにあります。 (語彙不足ですみません) たまたま貧富の差が激しい国に行きました。(紛争地帯ではない) 恐怖なんて一瞬のまぼろしのようなものだと思いました。 当たり前に死がそこにあって考える余地などありませんでした。 同じ地面上に陽の当たる場所、影になる場所があるようなものです。 しかし、隣り合わせて見れば見るほど、生が輝いているのも実感できます。 死は考えるものではありません。事実です。 危険な所へ行くことはお勧めしませんが、目の前で死を実感することお勧めします。もしくは生と死に関わる職業を選択されますよう。

トピ内ID:6391412992

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精神安定剤

🙂
tete
日本は大災害に見舞われる。あの大自然の破壊的、有無を言わさない力の前で 「死への恐怖を受け止められる」なんて考えませんて。 全身全霊が「生きることだけ求め」ます。 タナトフォビア?机上の空論、言葉遊びする余裕あるなら全然だいじょぶ。 >生活や体調に支障が出るほどの、タナトフォビア 感傷的、不安症になっているだけです。精神安定剤処方いただけばいいのでは?もしくは友人とストレス解消おしゃべり。 コロナが怖かったら徹底的に予防すればいい。感染したら医療機関にかかればいい。 それでも「メメントモリ/死を想え」 死は必ず訪れるもの。これだけは人生哲学として心にとどめたいですね。

トピ内ID:4320488239

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鰯の頭も信心から

🐧
おかき
自分で受け止められるない恐怖は 別の存在に委ねると楽になりますよ。 日本人なら神社とかお寺とか、無宗教の人でも信仰してたりしますよね。 初詣にお賽銭を入れて祈るとか お守りを買って守られてると信じるとか。 そういう、ちょっとライトで身近な感じで、地元の神社やお寺さんで厄除けのお守りを買ってみたり、簡単な厄除けのご祈祷をしてもらってみては? 私は無宗教者ですが、地元のお寺で厄除けのお札を買って毎日怖い事が来ないようにお祈りしてます。祈る、という行為自体が浄化作用があるというか。 祈った結果どうか、というのは天の領域。 でも、『自分はこういう世の中であって欲しい』と心の中で唱えることは、自分の中の指標になります。祈る時は救われた自分をイメトレできるから。 死を妄想するというのは、怖い状態になるイメトレをしているようなもの。 それを良いイメトレで上書きする事が大事。 宗教にのめり込めと言っているのではないのでそこは間違えないでくださいね。 良い未来をイメージするきっかけを自分に与えて、毎日良い未来をイメージしてトレーニングする事が大事。祈りは、そのきっかけになりますと言いたいのです。 よろしければお試しを。

トピ内ID:7311166994

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私もです

🙂
おば
といっても、小4くらいの時でしたが。  夜、真っ暗な中で寝ていると、死んだら無になるのが恐ろしくて…。 ただ、(その時の)今の、真っ暗な中に永遠に放り込まれる、ヒエーという感じでしたね。  あれから半世紀、だいぶ体にもガタが来ているおばさん、いえおばあさんかな、です。死ぬことは身近になって来ました。そのぶん、こわいと思う鋭さが丸くなった気がします。  今考えているのは、終わらないんじゃないだろうかということです。無だとしたらないわけで。また何らかのかたちであり続けるんだろうなあと。誰も知らないんですよね。フシギデス。

トピ内ID:2014346466

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20 歳のころは私も怖かった

🙂
かおる
タナフォトビア、というこ言葉は初めて知りました。 ふとんさんはこの言葉をどうやって知ったのかしら。 ネットでいろいろ検索していたら当たったのかな? 思い返すと、幼少期や20歳のころは、死は恐ろしいことでした。 50歳が近くなった今、死は生の続きにあるもので、幼いときに感じていたほど恐ろしいものではなくなっています。 年を取って、感覚がバカになって図太くなったのか?というと、そんなわけでもないと思います。 どなたかもお書きですが、近しい人が何人もあちらの世界に旅立って行って、あちら側に知り合いがたくさんいる、という気持ちがあります。 親も、祖父母も、犬も、恩師も、友人も、伯父や伯母も。 20年前の結婚式の集合写真をみても、全員健在というわけではありません。 いずれ私も、あちら側に先に行った人たちと合流するような、死はそんな感覚です。厳密には、合流しないかもしれないけど、先輩が通った道なので、自然なことなんだと思っています。絶対に死にそうにないと思っていた人も、やっぱり亡くなりましたので。 来世の有無など、宗教的な考えは、残念ながら不勉強なので、わかりません。 死別はとても悲しいです。 死ぬまでの病苦などは、本人だけでなく周りの人生も巻き込み、変わります。 死、という起こることは、みな同じ。 起こることをどう感じるかは、人それぞれ。 つまり自分で変えられるのは、感じ方だと思います。 同じように、出産前は陣痛が怖かったです。 臨月近くに、たまたま話をした高齢の女性に、「大丈夫ですよ、出産は自然のことだから、自然に任せていればよろしい」と言葉をかけられ、すっと気持ちが落ち着きました。 そんなわけで、死は自然なことなので、大丈夫だと思っています。

トピ内ID:8902084875

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私もタナトファビアです

🙂
まめじろう
はじめまして。私もタナトファビアです。この投稿の直前、寝てる間に発症して、気を散らすためにネットサーフィンしていたところ、このお話を見つけました。 初めは小学3年生くらいから現在29歳まで、何年かに一回、集中した期間で発症します。特に、夜寝る前、寝てる時になることが多いです。 死について考え、死とは無であり、自分の意識がなくなることといったところまで考えると、残りの寿命を強く意識するようになり、寿命を終えた後のことが怖くなり、パニックになります。逃れられないあまりの怖さに、叫び出したり物を叩いたりします。パニックの後少しすると正気に戻れます。 こればっかりは、治らないと自分では思ってます。なんせ、生きてる限り死ぬのです。 私の場合、他人が存在する事を感じるような行動をすると多少早く和らぎます。(道を走る車を見る、生放送のラジオを聞く、テレビを流すなど) 他人の存在を確認する事で、自分がこの世に存在する事を確認したくなるのでしょうね。

トピ内ID:1168304631

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生きることが怖いのね

💤
nemui
トピ主さんが「死」に対して持つ恐怖は、「生きること」に対する恐怖の裏返しです 将来が見えず、この先自分がどうなるのかわからないから「死」に固執しているのです 20歳の大学生、乏しい経済力と限られた行動範囲で時間だけが無限にある感じ その不安感の象徴が「死」ではないでしょうか? しかしもったいない…それだけの体力と思考力、そして時間がありながら、「これからどうなるの?」という空虚な問いにばかり費やしているのですね 「これからどうなるの?」の答えは「あなたがこれからどう生きるかを考えて行動に出ない限りまったく想像がつかない」です 「生まれてくること」と同様「死」も自分では決定できず、人ができるのは単純に「今日を生きること」 今日を生きて、そしてもし充実したものになれば言うことないのではないでしょうか? トピ主さんは今日をどんな日にしたいですか?

トピ内ID:3966528675

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20半ばですけど、はやくきてほしいなぁ

🐱
赤猫
そこまでが苦痛であっても、来てしまえば終わりイコール痛みや苦労は消え、しがらみも無くなり、眠りとか、安らぎが訪れると感じてます 正直、生きてることが素晴らしいって言葉の意味って、この生きてること自体が大変だからって意味でもあると思う もちろん喜びもあるけど、生きるってほんとしんどいことも多い、、 だから、今を生きるので精一杯の私ははやく死が来てほしいです どんな方法でもいい。自殺したいわけでもわざと病気になりたいわけでもないけど、走り続けてるからゴールはまだかと息切れしてる心地なので。 でもこの考えのいい所は、いつ死んでも笑顔で死ねる自信があるのと、この瞬間に死んでも後悔がないよう好きに悔いなく生きれてる点である。 自分が消えたり何も残らないのが怖いなら、お城に寄付して名前を載せるでも、映像を撮って保存したり誰かに贈りまくるでも、してみたらよいかも? では

トピ内ID:6054959426

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母親を4歳で看取りました

🙂
匿名希望
病死でした。 小学生ごろに、その年代の子にタナトフォビアという言葉が適正なのかわかりませんが、とても死への恐怖がありました。 それから父親の再婚相手からの虐待を経験することとなり、小3で自殺を考えました。 でも、実行はできませんでした。 死そのものより、 死んだ後どうなるか、がこわかったような気がします。 そんな私も半世紀を生きています。 年と共に徐々に恐怖心が薄れてきているのを感じています。 今の私は「永遠の命」ということのほうが恐ろしいです。 いつまでも生き続ける、休める時はない。 これが怖くなってきました。終わり(死)があるほうが断然楽だと感じています。 80代の伯母などになると、私などより、もっと自然なこととして「死」をとらえています。 彼女は今でも商売をしており、心身共にすこぶる元気です。 ただ、周りで不幸が続く年代になりますよね、どうしても。 目の前で母の最期の言葉も聞き、4歳で放り出された(虐待)私ですが、 このように年を重ねることで徐々に幼い頃からの死への底知れぬ恐怖から 少しずつ楽になってきています。 私は、今ではむしろ永遠に年を取らないとか、生き続けることのほうが圧倒的に怖いです。 苦難を沢山経験してきても死ねないなんて。 休めないなんて、辛すぎて。 生活や体調に支障があるほどの恐怖が起きているのなら、カウンセリングや 時として心療内科(精神科メインのところ)の助けを借りるのが早道かもしれません。 すぐに年を取ることはできませんから。 オンラインのカウンセリングもあります、コロナ心配せずに、そして 対面のそれよりお安く受けられるのでオススメですよ。

トピ内ID:9327725191

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死について

🙂
やっすん
療養型施設で働いています。 月に3、4人の高齢の方が亡くなられます。脳梗塞で倒れ何年も話すこともできず寝たきりの方も多々おられます。 私なりに入所者さんが安心して暮らせるように心を込めて接しているつもりです。足らないことも多いと思いますが… また別の話になりますが、死産を1度、流産を2度経験しました。 生まれる子どもの数以上に、死は存在しているんでしょうね。 死んでしまっても命は確かに私の前に存在していました。死んでしまってもかけがえのない愛しい存在です。 私もあなたもみんな明日のことは分からないけれど、今ある命を大切に生きたいですね。

トピ内ID:3181019996

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感謝する

041
のり塩
私は自分の恐怖よりも、世界には様々な状況で幼い命から成人の方が亡くなられています。 そういう話しを聞いたりする度に「人間の命の不平等さ」にとても苦しくなります。 人間は皆平等と言うのなら、何故皆んな同じ長さを生きられないのかと。 それを思うと今生きている、生かされている自分に心から感謝の気持ちが持てます。 死への恐怖を持つ事は多少の差あれ誰でもあると思います。 トピ主さんは例えば、幼くして亡くなる子の話しを目にされた時どう感じますか? 少しでも、この子は一瞬でも幸せな時があったのだろうか?どんな気持ちでいたのだろうかと考える事はありませんか? もしも考えた事が無かったらちょっと考えてみてください。 今、命ある自分がどれだけ幸せなのかと言う事が分かるかと思います。 そこからほんの少しでも感謝の気持ちが持てたら、恐怖ばかりに考えは行かないようになるのでは無いでしょうか。

トピ内ID:9670385998

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無になってしまう恐怖

🙂
ぽんかん
最初に感じたのは小学生の頃、夜になると怖くて泣いていました 50歳を過ぎた今思うことは、 「地球の最初に生まれた生命が枝分かれし今に続いているってことは、私以外の命も元を辿れば同じ命 この体がいつか無くなってしまっても、地球上の生命が続いている限り私も生きているのかも」 そんな風に考えると、人も動物も植物も自分の様に大切だと思えます 宗教のように思われると困るので、誰にも話すことはありませんが(笑)

トピ内ID:4016344473

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運動する

🙂
ずん
公園で息が切れるまで走る、 ハイキングする 水泳する。 運動の準備が面倒くさかったら、 床拭きをする。 窓拭きをする。 身体を使ってないのに、 死について考えるともっていかれますよ。 まずは現在生きている体感から

トピ内ID:1215767868

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怖くなくなってきた

🙂
おふね
死の恐怖って、私は最近は感じなくなりましたが体調が安定していることと、歳をとって色んな経験をしたからかなと思います。具合の悪い時はもう死ぬかも怖いって思うけど。 私は霊的なものを多少信じているので、この世に生きているのは見えないものや力に生かされているからだと思っています。そして死についてはこの世での役目が終わったときに訪れるものだと考えています。仏教でも「正命」という言葉があります。 だから最近なんか怖いな嫌だなと思った時は自分を正して、規則正しい生活、自炊、掃除、悪い行いをしてないか振り返ってみます。親や家族や他人を大事にしてるかとか、ですね。自分の良心に背いた行動をしてないかとか。「正命」を心掛けてればそうそう早くに「死」が訪れることはないかなと。 仏教ってなかなかいいですよ。私は偉いお坊さんがTV番組で「正命」について説いてくれていたのですごく勉強になったし救われました。参考にならないかもしれませんが、主さんが楽に生きられればいいなと思います。ご参考までに…。

トピ内ID:0897645555

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人間ドック(健康診断、がん健診)を受けてみたら?

🙂
理系です
会社勤めをすると毎年健康診断があります。 体に異常があれば数値で出ます。 コロナでよく「基礎疾患うんぬん」は、健康診断を受ければわかりますよ。 健康診断の結果、数値が良くなければ、医師の支持に従って、生活改善をしたり、治療をすればいいのです。放置しなければいいのですよ。 それから、会社勤めをすると、残業時間などに過労死ラインなどといって、これ以上働かせてはいけないというような取り決めがあります。名前のとおり、それを超えて働きすぎるとよくないわけなので、そういう規定、倫理がしっかりした会社に勤めるか、そういう働き方を自分で選べば良いと思います。 健康診断の結果に異常がない、過労もない、なのに、突然死するなんて、ちょっと考えられません。

トピ内ID:6666982924

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人ってね

🙂
たんぽこ
寿命が来ないと死ねないのよね~ 大病であろうと大事故であろうと自殺であろうとね、その人の寿命でなかったから、その日までは逆に絶対死ねないのよ だから何だって訳じゃないんだけどさ、その日がいつなんて判るわけないんだから お気楽に生きた方がいいんじゃない?

トピ内ID:5850773629

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長生きが恐怖

💔
アラフィフ
子供の頃は漠然と死が恐かったけれど、半世紀近く行きた今は、 長生きするのが恐くて堪りません。 できれば70くらいでお願いしたいところですが、こればかりは…。 弱って寝たきりで100才とか、ほんと無理です…。

トピ内ID:8570327277

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考えても仕方のないこと

こと
基本的に私たちは死の瞬間がどんなもので、どんな感覚で、という死についての情報が全く与えられていないという状況を受け入れざるを得ません。 そうであれば、どれだけ考えても、恐れても、死とは未知なる経験でありつづけます。そんなことに気を取られ、暗い気持ちで今という時間を無駄にすることはもったいないことだなと感じました。 私は死についての恐れは大して持っていません。未知なる経験への漠然としたドキドキ感はあるものの、それ以上の興味はないし、そういうことを考えたりも致しません。 生きている時間を、死ぬことへの恐怖で無駄になさらぬように。

トピ内ID:5449887385

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お辛いですね

😢
てんてんし
日常生活に支障を来しているなら病院へ。考え方を変えるにしろ服薬治療をするにしろ、専門家の意見を聞くのが手っ取り早いと思います。 あと、私の主治医の先生(私も東日本大震災がきっかけで疾病恐怖症になりました)が言っていましたが、ある時コロッと気にならなくなったりするそうです。

トピ内ID:1785265819

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