超高齢化社会を迎えた今、60代の子どもが80代、90代となった親の身の回りの世話をするケースは珍しくありません。中には、いつ世話が終わるともわからない高齢親との関係に不満やストレスをためこんでしまう人もいます。読売新聞の掲示板サイト「発言小町」には、施設で暮らす母親からほぼ毎日電話がかかってきて世話を要求されるという60代女性から投稿が寄せられています。この投稿に寄せられた声をピックアップしました。
母が亡くなったら、ガッツポーズをすると思う
イメージですトピ主「くたびれ犬」さんは現在62歳。施設で暮らす93歳の母親からほぼ毎日、「あれが食べたい。持ってきて」「肩が痛い。病院に連れて行って」といった電話があり、そのたびに親孝行だと思って世話をしてきました。しかし、最近になって、「いつまで続くのか……。もう解放されたい」と思うようになったそうです。
「自分も老いを感じていて、もうくたびれてしまいました。母は、自分が亡くなったら私が悲しむと思っているようです。いや違う、私はガッツポーズをすると思う。こんな黒い感情を持っているのはいけないと思いつつも……。同じように思っている方はいらっしゃいますか?」。「くたびれ犬」さんは発言小町にそう問いかけました。
この投稿には、約220件の反響(レス)が寄せられ、「エール」マークが3700回以上押されています。
立ち上がるたびに「イタタ!」を連発
イメージです親の介護をしているけれど、自分の体力が追い付かなくなったという人のコメントが目立ちます。
「とーーってもよくわかります。わたしは63歳、母は88歳。今年1月から介護が始まりました。週3回のデイサービスをお願いしてますが、わたしも先日手術で入院し、退院したものの思うように動けないままなので母の世話はつらい。これがあと何年続くのかと思うと時々いやになりますよ。同じことを何度も言うのでつい語気が強くなったりして……」(「紫陽花」さん)
「もうすぐ60歳で、91歳の父を在宅介護しています。父は、この年にして、白内障はまだ大丈夫。娘のわたしはとうに両目とも手術済み。近頃は、朝、目がかすんで、原因不明と言われています。膝も痛くて、立ち上がるたびに『イタタ!』を連発。老老介護だと思ってしまいます」(「クリームティー」さん)
経済的な負担の重さを挙げる人もいました。
「遠方で一人暮らしをする80代半ばの義母は、義父が亡くなってから10年以上、私たちからの金銭援助がなければ生きていけないそうで、これまでに仕送りは500万円を超えました。実母は先日、認知症を発症。通院などの付き添いがこれから始まります。義母は私たち夫婦より元気。つまりまだまだ金銭援助は続く。手入れの出来ない山林や農地の負の遺産を『継いでもらわないと駄目なんだ!』と義母が言うたびに『お早目にどうぞ』と思いますよ」(「ひとさら」さん)
「私の母は95歳で昨年亡くなりました。亡くなった時、やっと解放されたとホッとしました。母の年代は、子どもの世話になって当たり前という考えがあると思います。夫が働けない中、生活費が私の肩にのしかかること10数年。母の施設への支払いは、非常に負担でした。何をしてもらっても子どもだから当たり前。そう、家族だから当たり前なんですが、『一体いつになったらこの関係から解放されるのか?』と、母が死ぬのを待っている自分がいました」(「ねこまんま」さん)
入浴拒否・おもらし…長生きされたら私の人生は
イメージです親を支えるのは当然と思っていても、いざ世話をしてみて気づく親の変容ぶりにイライラを募らせる人もいます。「moemoe」さんは、まもなく卒寿(90歳)を迎える一人暮らしの義母のことをつづってきました。義母と同居していた義兄(独身)の方が先に亡くなり、義母には軽い認知症もあるため、夫とともに通いで世話をするようになったそうです。
ところが、義母は、ヘルパーが家に入ることや入浴を拒否。「moemoe」さんが「一緒にお風呂に入りましょう」と誘っても拒否し、夫が「臭いから入って」と言うと「ほっといてよぉ」とうそ泣きする有りさま。夫もつい声を荒らげて義母をどなってしまうことが増え、「もう逝ってほしい」という愚痴が出るようになったそうです。「子どもの頃は友達の親が亡くなったら心から『かわいそう』と思ったものでした。でも今は友人の親が亡くなったら『よかったね』と決して口に出しては言えない気持ちが沸き起こってしまうのです」とコメントしています。
「やま」さんからは、同居している姑が紙パンツを下ろしたまま寝てしまうために、朝起きれば服もシーツもびっしょり……という悩みが寄せられました。「それなのに、見舞いに来た親戚が、姑に向かって『いつまでも元気でおってよ、長生きしてよ』と。姑は自分がどんなに世話をかけているかも分からず(?)『うん、長生きする!』とこたえます。でも、そんなに長生きしてくれたら私の人生は?? 私に永い介護生活をさせるの?と思ってしまいます」
このほか、「血糖値が580になって検査入院した母が、こっそりお菓子を持ってこいと電話をかけてきます。断るしかできないのに、どんなに言葉を尽くして断っても毎日かけてくる母親。親からの鬼電は恐怖です」(「ななこ」さん)、「母は耳が遠いので、補聴器つけても、うまく会話が成り立ちません。結局、大声で話すと、『あんたはいつも怒ってる』と言われヤレヤレです」(「みやび」さん)、「亡くなった父は、深夜何度も何度もナースコールを押す、死ぬと脅す、仮病を使って介護士さんに甘える。介護士さんに噛み付いて大暴れし、約束通り退所させられました」(「BABA」さん)……という書き込みも。
状況は違えど、高齢親に手を焼いたというエピソードの数々。世話をした当事者にしかわからない“心の叫び”なのかもしれません。
ないないづくしの日常を日記に
イメージです一方で、こんな書き込みも。車で30分かかる実家に通い、94歳の父親を介護してきた「老労介護」さんは、自分の日記に「わざと嫌なことしか書かないようにしていた」と言います。父親は、話が通じない、聞く耳をもたない、作った食事を食べない……と、ないないづくし。「いつまでこんな生活が続くんだろう。もう、父の食事作りから解放されたい。私の残りの人生を棒に振ってしまう」と書いた日もありました。
ところが、今年5月に父親が亡くなると、そんな苦労は思い出さなくなったそうです。
それよりも「私は頑張ってきたんだ、きちんと父を見送った」と誇らしく感じています。だから「生前、早く終わりにしたいと思った時があっても、それのどこが親不孝なものかと思います。高齢の親をみとる人には、時に自分は親不孝だろうか、なんて思うことは、普通じゃないですか。偽らざる感情ですよ」とつづり、トピ主の「くたびれ犬」さんに「いつか必ず終わる日は来ます。その後の自分の時間を充実させるためにも、元気でいてくださいね」と励ましのメッセージを送っています。
「親孝行したいときには親はなし」のことわざをもじって、「親孝行したくなくても親はいる」というブラックジョークを紹介したのは「メロ」さん。「本当に大変ですね。昔の60代なら、親はとっくに亡くなり、自分が周りにいたわってもらえる年齢なのに……」という書き込みからは、ため息が聞こえてきそうです。
「親の世話は当たり前」を見直す必要も
中央大学教授の山田昌弘さん(家族社会学)は、「高齢の親御さんといっても、病気の状態、経済力など状況は様々ですが、『子どもは親の世話をするのは当たり前』という社会通念や『愛情があれば親の世話も家族で乗り越えられる』という考え方を一度見直す必要があるのでは」と指摘します。
山田さんによると、どんなに愛情を持っている親子関係でも、電話に出られなかったり、相手の要求するような世話ができなかったりすることは起こりえます。ところが、「愛情があれば、これくらいのことはやって当たり前」と互いに制限なく考えてしまうために、できなかった場合に罪悪感を持ってしまうことがあるといいます。
「できないときには『できない』ときっぱり断るしかありません。愛情とは別と考えるようにしましょう。親の行動で嫌だなあと思うところは反面教師にして、自分がしないようにする。そうすれば、おのずと答えは見つかるはずです。人として最低限の義務は果たすべきですが、子どもも高齢化している今、無理は禁物です」とアドバイスします。
超高齢化社会の到来で、長きにわたる親子関係をどんなふうに築いていきたいか。家族に頼るとしたらどうすればいいのか。介護の問題が身近に迫る前に、考えておいたほうが良いのかもしれません。
(読売新聞メディア局 永原香代子)
【紹介したトピ】