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大家族自慢おしえてください

レス6
(トピ主 3
🙂
トピ主
ひと
核家族で育ち、結婚後も核家族のトピ主です。
ふと考えてみたら、私の父は結構な大家族で育ってました。
父本人から見ての続柄で

祖父母
父母
伯母(生涯独身)
兄夫婦
兄夫婦の子3人
姉3人
本人
…つまり最大で14人家族だったことになります。
本人にとっては楽しい仲良し家族だった様子です。
東京都区内にある平凡な家庭でした。
当時は大家族は珍しくもなかったみたい。
でもいまは、同じ家に兄夫婦2人だけが住んでいます。
大家族ってどんな感じなんでしょうね?
できれば悪いことではなく、自慢話おしえてください。

トピ内ID:9208545985

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立場による違いが大きいけど

🙂
まち
大家族の子供だった人はあまりマイナスのイメージないみたいですね。 お年寄りもそうかも。 でもサンドイッチ世代は何かと複雑です。 自慢をということなので、現役大家族同居嫁の立場から自慢してみます。 私は核家族育ちで結婚して大家族同居しました。 現在アラカンです。 大家族の良さは何と言っても子供に良い影響があることだと思ってます。 核家族に育つと大人は親だけ。 大家族だと二世代、場合によっては三世代にわたる大人がいます。 そして年寄りがいると親戚の出入りが多い。 子供時代にいろいろな大人に接しながら育つことになるのです。 子どもにはとても良い経験です。 プラスの経験ばかりじゃなくて、マイナスの経験も子供のためになります。 ジジババと親の価値観の違いを知ったり、老いや死を身近に見たり。 核家族育ちの私と大家族育ちの子供たち。 はっきり違うと感じます。

トピ内ID:4047188732

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9人家族でした

🙂
しあわせ老人
戦後間もなくのお話です。 祖母、両親、兄弟姉妹6人の合計9人家族でした。 それに住み込みのお手伝いさん1人と通いの店員さん2人で、 多い時は13人でしたので、昼食は、長いテーブルを2つ並べて 2交代で食べてました。 子供の頃、特に楽しかったのはお正月です。 20歳で結婚した姉夫婦も「離れ」に住んで居たので、 全部で10人が2組に分かれて「百人一首」をやりました。 父が読み上げて「メガネ組」と「メガネ無し組」に分かれて戦いました。 丁度、5人ずつ近視がいたのです。 「花札」や「トランプ」や「将棋」や「碁」なども兄弟でいつも やってましたよ。飴を一個ずつ賭けてやりました。 私と弟は勝ってもすぐに飴を食べてしまって、次に賭ける飴が無くなって、 長兄に貸してもらってました。やっぱり、長兄は貯蓄が上手で、銀行員になりましたよ~!!(笑)

トピ内ID:7464861897

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トピ主です

🙂
トピ主 トピ主
大家族の自慢話ありがとうございます。 >大家族の子供だった人はあまりマイナスのイメージないみたいですね。 きっとそうですね。 もしも大家族の子供だったら、私も違う人生を歩んでいたかも知れません。 >でもサンドイッチ世代は何かと複雑です。 私もアラカンなのでお察しいたします。 大家族の平和は、代々のお嫁さん達の我慢と奉仕によって成立してたといっても過言ではないと思います。 >子どもにはとても良い経験です。 >プラスの経験ばかりじゃなくて、マイナスの経験も子供のためになります。 おっしゃる通りだと思います。 トピ本文にある「兄夫婦の子3人」は、私にとっては従兄妹ですが非常にコミュ力が高いです。 幼い時から幅広い世代の大勢の人と接する機会が多かったからかなと勝手に想像しています。 >戦後間もなくのお話です。 しあわせ老人さまは戦前のお生まれですか? パソコン(スマホ?)も使いこなされていてスゴイですね。 >全部で10人が2組に分かれて「百人一首」をやりました。 とても楽しそう! 情景が目に浮かびます。 トピ本文の家は、私が子供の頃は7人家族に減っていました。 それでもお正月は親族全員が集まり(25~30人)それはそれは賑やかでした。 >やっぱり、長兄は貯蓄が上手で、銀行員になりましたよ~!!(笑) それは面白いエピソードですね! 三つ子の魂百まで!?

トピ内ID:9208545985

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子どもの頃ですが…。

🙂
天窓
子どもの頃は両親、祖父母、私と兄と弟、父の弟と妹二人という、家族としては10人で暮らしていました。 また、祖父の代から商売をしている家庭だったので、首都圏ですが地方の同業者の息子さんが数年、修業的に住み込みで働いていたり、ウチの従業員が住み込んでいたりもしたので、常に12,3人で暮らしていた感じでした。 叔父叔母は当時としては晩婚の方だったので、小学校に上がる前後まで同居していたので親も同然、子も同然といった感じで、今でも仲がいいですしよく面倒見てくれたり、心配もしてくれます。 祖父は病気で身体が少し不自由だったり、祖母は元々線が細く病気もしがちだったのですが、母方の祖父母の家に行くと、やはり年寄りと暮らしているから、子どもなりに年寄りに対して親切だし気遣いが出来ると、母方の祖母がいつも言っていました。 あとは、大人の中で暮らしていたので、何だか妙に情報量が多かった気がします(笑) 祖父は粋な人で、小さな私を連れてよくお座敷遊びをしていたのですが、そのせいか私は伝統芸能や邦楽に興味を持ち、習い事もお琴や日本舞踊といったものを好み、大人になっても続けていました。 今は相撲が大好きなのですが、それも祖父の膝の上で中継を良く観ていたからだと思いますし、同居していた叔母が宝塚と歌舞伎が大好きだったので、どちらも年数回の観劇は欠かせません。 あとは、折々の季節の行事もなるべくしていますし、お墓参りや仏壇に手を合わせるといったことも苦ではありません。 ちなみに、夫も同じような家庭、環境で育っています。 夫の両親は既に他界していますが、今も家業を継いだ夫の叔母夫婦とその子ども夫婦と子ども三人、敷地内で一緒に住んでいます。 年に数回、繁忙期に夫と有休を取って家業を手伝うことがありますが、家族なら当然と、自然に受け入れられる自分がいます。

トピ内ID:2020478393

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トピ主です

🙂
トピ主 トピ主
みなさま、大家族の自慢話ありがとうございます。 >叔父叔母は当時としては晩婚の方だったので、小学校に上がる前後まで同居していたので親も同然、子も同然といった感じで まるで、カツオ君とタラちゃんみたいで、素敵な関係ですね。 トピ本文の伯母は、明治39年の丙午生まれだったため生涯結婚できなかったそうです。 やはり親同然に可愛がってくれたと父は言っていました。 その父自身も、同居していた甥姪とは他の甥姪より濃いお付き合いになっていた様子です。 >あとは、大人の中で暮らしていたので、何だか妙に情報量が多かった気がします(笑) なんか分かる気がします。 いろいろ耳年増になりそうですね。 >祖父は粋な人で、小さな私を連れてよくお座敷遊びをしていたのですが、 それは羨ましい環境ですね。 父の生家は専業農家でした。 かつては東京都区内にも専業農家がたくさんありました。 父は次男のためサラリーマンになりましたが、野菜はほぼ全て家庭菜園で作っていました。 >年に数回、繁忙期に夫と有休を取って家業を手伝うことがありますが、家族なら当然と、自然に受け入れられる自分がいます。 無償で親族を手伝うことが苦にならないんですね。 いまは消えつつある美しい感覚だと思いました。

トピ内ID:9208545985

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現在進行形の大家族は少ないでしょうか?

🙂
トピ主 トピ主
トピ主です。 みなさま、大家族の自慢話ありがとうございます。 昔は大家族も珍しくなかったと思うのですが、現在進行形の大家族はやはり少ないでしょうか? 島しょ部などは、今も大家族が珍しくないと聞きます。 よかったら自慢話を教えてほしいです。

トピ内ID:9208545985

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