実家の大人達は暴言暴力を振るうのが日常でした。
幼かった私も容赦なく、その餌食に…というよりは、一時を境に、その捌け口役を一手に引き受ける存在になっていました。
ですが、実家はお金だけはある家で。
小学一年生の私の普段着に海外ブランドの物を着せたり(でも、少しでも汚すと手をあげられる)。文房具も、私が欲しがるキャラ物ではなく、どこぞで仕入れた一級品。身に付ける物、持ち物全て、親が選んだお高い品々。
平日、散々暴力を振られても、土日になるとデパートに連れ出され、オモチャコーナーで「好きな物を選べ」と(厳密に言うと、親が「子供に不要」と判断した物は絶対に買っては貰えず。「(親が許可した物の中から)好きな物を選べ」という意味。基本、知育玩具)。
海外知育玩具を買い与えられ、幼い私には説明書が読めず、遊び方が分からないと聞きに行くと「知らん!分からないなら捨てろ!」と玩具を投げつけられ…。
暴力→高価な物を買い与え→また暴力…
何がしたくて私に色々買い与えるのか全く分かりませんでした。正直、今も困惑したままです。
よく親は「お前がみすぼらしい格好をしていると、私達が世間から馬鹿にされる」や。
友達がゲーム機を貸してくれたりすると(私が持っていない事を知った友達が親切に貸してくれた)、「お前が借りたいと言ったのか!?物が買えない貧乏人みたいな真似はするな!買わないだけだと言って返して来い!」とひっぱたかれ怒鳴られました。
それでも私の手元には、そんな日々の中、成人するまでの間に親に買って貰った高価な品々(私が欲しがった訳ではない)が今もあります。
それを見ると時々、『色々あったけど、こんな高価な物を買い与えるのは愛情?』と勘違いしそうになります。
これは愛情ではないですよね?
時々分からなくなります。
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