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死ぬのが怖い

レス28
(トピ主 0
041
なつ
ヘルス
いつか必ず訪れる、「死」ということが怖くてたまりません。 考え始めると、怖くて怖くて、目の前が暗くなり息が苦しくなります。 痛いかな?苦しいかな? 気分が良いのかな?楽しいかな? 唐突にくるのかな。どこで死ぬのかな。何歳だろう。ひとりかな? いつも身近に死ぬという考えがあって悲しくなります。 自分の行動の全部が、死への恐怖を紛らわせるためのものでしかない気がします。 私と同じように感じている方いらっしゃいますか? 気の持ちようを変えるヒントをいただければと思います。 宜しくお願い致します。

トピ内ID:57762a8087d79cfc

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レス数28

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だから、今が大切

🙂
ぽち
自分が、何歳で、どんな死を迎えるかは、誰にもわかりません。 ただ、この世に産まれた限り、いつか、どこかで死にます。それほど平等なことはない、ぐらい。 私が死を考えたのは、とても小さい頃。 私は、ばあちゃんっ子で、祖母は明治生まれ。何人もの子を幼く亡くしていて。その亡くなった子の話を繰り返し聞いていて。 いったい人間は死んだらどこに行くんだろうというのが、幼かった私の疑問でした。 その後、子に恵まれ、子に「死」について聞かれても、上手な答えは見つかりませんでした。 最近読んだ言葉なのですが、あ、そうだな、と思ったのは、「短い時間、楽しい時間をもらえた」という言葉。 (トピ主さんの質問のお答えにはなっていないし、どこで読んだのかも覚えていませんが) 自分が今を楽しく大切に生きるしか、「死」に対する答えはないのだと思います。

トピ内ID:f31f5a4af53bc776

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そりゃ怖いよ

🙂
珈琲
死が怖くない人のほうが稀だと思いますよ。 みんな怖いです。 生きている人は誰一人経験していないし、わからないことって怖い。 更に自分の身体がなくなってしまうことも怖い。 だから世界中に宗教というのがあるとも言えるんじゃない。 その恐怖から救われたくて。 古今東西、みんな同じ。 ただね、今怖がっていようが「ま、どうにかなるさ、みんな死ぬんだし」って思って呑気にしていようが死ぬときは一緒ですよ。 となるとね、いつか寿命がきた時に「あーもっと楽しんでおけばよかった」って絶対思うから。 考えて何かが変わるならとことん考えればいいですけど、死ぬときなんて考えたってどうにもならないんだから、どうにもならないことは考えないのが得です。 なので私は考えません。 産んでくれた両親にも申し訳ないから。楽しい(ことを見つければいくらでもある)世界で元気でいられるのに毎日「死」を考えて怖い怖いなんて生きてたら申し訳ないにもほどがあるじゃん。 いつ死ぬんだろ、どんな感じ?って、、そんなの誰も知らんわ!って話だしね。 自分だけじゃない。みんな死ぬんですよ。 生かされている間、どれだけ楽しめるかです。 もったいない時間を過ごさないでー。

トピ内ID:86d79eeac27912cf

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多くの人が同じだと思います

🤔
JUN
主さんは今おいくつなのでしょう? 私の両親に姉兄が多く、私自身が子どもの頃から親戚の不幸事に行く機会が何度もありました。 そのせいか、いつも「死」が身近にあったような気がします。 そして、何人もの親戚を見送ってきたけれど、やはり自分の親の死はとても辛いものでした。 亡くなった父はどこに行ったのだろう?と思うこともあります。 この世に自分が存在しなくなった時、世間は何事もなかったのように動くけれど、自分は暗闇の中? 誰からも死の瞬間の話を聞くことが出来ないから怖いのでしょうね。 予測が出来ないですし。 死を考えて最後に行き着くことは、生きている人は命ある限り一生懸命に生きるしかないのだろうということです。 周りに感謝しながら。 やっぱり、憎まれながらの最期は嫌ですよね。

トピ内ID:9485e83b28bdc229

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意識失って起きない状態

🙂
花小雪
全身麻酔を打ったことがありますか? 数を数えているうちに意識を失う。 それが醒めず二度と覚醒しない状態が死なのかなと認識しています。 要は意識を失って二度と起きない状態。 最後が痛くても1人でも突然でも 意識を失ってあっちの世界に行ってこっちには戻ってこない それがこっちの世界での死。 生きている人間より死んだ人間のが多いんですよね。 当たり前ですけど。 それが歴史。 だからと言って今すぐ死にたいわけでもないし 死が怖くないわけでもない。 (でも特段に恐れているわけでもない) 死ぬまで生きるだけ。 一歩一歩歩く。 私はそんな感じです。

トピ内ID:a110d451a03a4494

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レスします

🙂
みか
よくわかります。わたしは60歳になりましたが、いまでも死は怖いですよ。でも、考えてもどうしようもないことを悩んではいけません。 わたしは海外ドラマが大好きで、とくに捜査ものと消防救急ものをよく見ています。もう悲惨な死に方にあふれていて、痛そうで、苦しそうで、ああいやだというものばかり見ています。だからといって、自分がそのようになると決まったわけではなく、ドラマのなかでとても素敵だと言ってもいいほどの死の場面もあります。要するに、自分がどうなるかは誰にもわからないということなのです。 でも、生まれた以上、死ぬのは避けられません。必然ですよね。とはいえ、その方法を自分で選べるわけではなく、ただ自然にまかせるしかありません。自分ではどうしようもないことなんです。だから、自分の力でどうにもならないことを、あれこれ悩むのは無駄だと思います。そんなことで悩むくらいなら、いまの生活と将来の生活をより良いものにすることを考えたほうがいいのです。 さいわい、私には数年前に、せめてあと30年は生きたいという希望が生まれました。でも、実のところ、あと30年は生きられないのだろうなとも思っています。でも、いつか来るその日までは、その希望のおかげで楽しい時間を過ごせるだろうと思います。つまり、いまの生活を楽しむことしかできませんし、それが大事なことなのだと思っています。 自分でどうにもならないことで悩むのは、はっきり言って時間の無駄です。哲学者なら別かもしれませんけどね。だから、トピ主さんも目の前の生活を精いっぱい楽しむようにしてください。

トピ内ID:55ea69d380233ca4

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考えない

🙂
ぺんこ
ほとんどの人が怖いと思います。 私も20代の時にすごい短い期間同じ感覚になった事があります。 今はまったくダメですが、周りの人が亡くなったりして、死を想像するというより、最後は家族にお別れをちゃんと言える状態か老衰で死にたいな・・・と思ってます。 トピ主さんもまだお若そうですし、とにかく毎日楽しく過ごしていれば、そういう事を考えなくてもよくなるかもしれません。

トピ内ID:37fe324b1c1eeaee

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人は、毎日死んでいると言えるのでは

🐱
意地悪猫
正しくは、人は「毎日眠り」ます。自身は、これを「毎夜死んで翌朝生き返える」と言っています。眠ると、全てを忘れ生きていることを意識することはできません。正に、死んでいると言えるのではないでしょうか。 先を急ぐようですが、人は過去や未来を生きることはできません。今現在、目の前だけが信じられる、確認できる生ではないでしょうか。と言う前提で、我々は「目の前を一所懸命に、毎日を確かに」生きることが大切と纏めたいのです。 死を自ら迎えに行くことはありません。間違いなく向こうからお迎えに遣って来ます。その日まで、人生と言われる生活をお楽しみになることが、トピ主さんの意味ある人生だと思います。死と言う言葉を頭の中から追い出しましょう。我々には、死の間近まで死と言う言葉は必要ありません。仮に関係があるにしても、誰かがその役を担ってくれるのではないでしょうか。 若し、死を心配なさるなら、相応の生命保険に入って置いて、関係者に迷惑を掛けないようにして置かれたら、何の心配もありません。何時か、トピ主さんの上にも死が遣って来ることでしょう。その日まで、のんびりとお暮しになられてはと思います。

トピ内ID:74919d520463b41d

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あんまり怖くありません

🙂
みみこ
花小雪さんのレスで思い出した事があります。 全身麻酔で手術を受けたのですが、マスクをあてられて3呼吸目くらいで暗闇に包まれて、目覚めたら7時間以上たっていました。 夢も見ず明らかに睡眠とは違っていて、死ぬ疑似体験のようだと思いました。 麻酔を掛けられる直前「このまま死んでしまうかも」と思ったけど、何故か「それでもいいや」と思いました。 あの経験以来、死ぬ事がそんなに怖くなくなったように思います。 何年か前に寝たきり(完全介護状態)で入院していましたが、元気で過ごすことは決して当たり前じゃないんだと思い知ったことがあります。 また身近な人の死を通して、その日を大事に生きようと思いました。 大事に生きる事を重ねた末の死は、安らかじゃないかなと思います。

トピ内ID:791012ae6cc6e6ee

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残される方が怖い

041
死ぬこと自体はあまり怖く思っていません。 ただ漠然とどんな死に方をするのかな、くらい。 それよりも尊い存在を失い、最後に残される方が怖いです。 ここ数年、闘病を目の前にし大切な存在との別れを経験してきました。 その度に自分自身の死に対する怖さは薄れてきた感じがします。

トピ内ID:5af2a6b1e6fd5bd9

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こわくないです

😉
はとむぎ
トイレで腹痛(迷走神経なんとか)で失神、高熱で立っていたら失神、集会で校長先生の話中に失神、全身麻酔等など、何回か意識を失うのを繰り返していたら、死ぬのがこわくなくなりました。 起こされた時に、このまま永遠に寝かしておいてほしかったと思った位、意識消失中は安らかでした。 夜ぐっすり眠っている時のようです。 事故にあった知人も、頭打って気を失った時に、痛くも苦しくも辛くもなかったようで、こういう死に方も楽で良いものだと言っておりました。 それより親しい人達が全員先に死んで、一人ぼっちになってすごく寂しい状態や、身動できないまま長生きすることが一番こわいと感じます。 死がこわいということは、他は結構幸せなのでしょうか。 生きることにたっぷり苦しむと、死が安らかなゴールに見えます。 でも死ぬのがこわい気持ちがあるのも普通だと思います。 嫌なのは、恐怖や痛み等です。

トピ内ID:db7aa762da4ba8f1

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身も蓋もないけど…

🙂
この世に生を受けた者は、泣こうが、わめこうが、怖かろうが必ず終わりを迎えます。しかし死という概念は所詮、人間が想像したものですから、私たちは自分たちが作ったものに怯えているわけですね。 だから、死ぬことに悩んでも意味が無いのです。我々、人間ができることは悔いを残さないよう日々、精一杯生きることしかないのですから。。 まぁ実際に死んでみたら、想像とは違ったものが待っているかもしれませんからね。こう考えると死ぬのも悪くないでしょ(笑) 偉そうに能書き垂れてますが、私とてこんな風に思えるようになるまでには、紆余曲折ありました。

トピ内ID:25fa66a515ed44ba

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レスします

🐱
猫舌
このお題ばっかりはどんなに考えても答えが見い出せません。「死ぬのが怖い」というのは死に際には多分痛みが伴いそうだから恐れているのでしょうか。一体死の何が怖いのか、もっと掘り下げて考えてみたら何か考えが変わってくるかもしれません。 私の場合、自分がどんな死に方をするのかもちろん興味がありますが全く怖くはありません。今から恐れていても杞憂だからです。子供時代は「自分の親もいつかは亡くなる」と思うと何とも言えず恐ろしかったですけどね。今はその対象が夫や子供です。彼らが亡くなったら自分の現実の生活はどう変わるのかという観点です。 スピリチュアルな話ですが、人は事故か何かで唐突に亡くなってしまうと亡くなった実感がなく「あれ?ここはどこ?」の感覚で死んでいると実感していないのだそうです。そういう意味では闘病は辛いですが、だんだん力尽きていく亡くなりかたの方が本人や家族にも心の段階を踏めるので良いのかもしれません。 ある人が言ってました。「死ぬということは、こちらの部屋からあちらの部屋へ行くだけだ」 そして人が亡くなっても魂は永遠に存続し生まれ変わります。そう考えると気持ちが和らぎませんか。あの世の入り口には生前好きだった人たちが(しかもペットも)あなたを待っていてくれるのですよ。

トピ内ID:b508bd6fef19468a

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私は怖くない派です。

🙂
若い時から怖いと思ったことがなく、漠然と人生30代半ばくらいまででいいやと思っていました。 だけど時が過ぎるのはあっという間で現在39になってしまいました。 30くらいの時「まだまだ死ななそうだな〜」と思っていて、36の時「死んでもいいやと思っていたけどやっぱり私死ななかったわ」と思いました。 子供いるけど、死にたくないとか怖いとかなぜか思いません。 まぁ成人するまでは生きていた方がいいかな?とは思いますが。 私は夫より先に死にたいですね。 夫は私より先に死にたくないらしいです。

トピ内ID:25f3d7a515e7e60f

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死が身近にあるということ

🙂
レモネード
 がんセンターの院内学級の教員をしていた事があります。がんセンターなので生徒は全員、がん患者です。  病気療養中なので、誰からも「勉強しなさい。」なんて言われません。でも、みんな、本当に勉強熱心でした。小学生から高校生までいましたが、どの子も信じられないくらい普通の生活をしようと努力していました。抗がん剤でフラフラになりながら、受験勉強をしていました。   彼らにとって死は日常でした。でも、そうであればあるほど、彼らは普通であろうとしていました。   死は特別なものでなく、日常の延長にすぎない。だから、毎日を悔いの無いように生きる。私は彼らの生き様からそれを学びました。トピ主への答えになっているでしょうか?

トピ内ID:03bf9f45d2b6f65a

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死と向き合って

🎶
アイボリー
「頭痛がするから寝るわ。」 そこから私の記憶はありません。 目が覚めたら病院のベッドの上でした。 あれから3日程、経過してました。 その記憶が無い3日間中に私は救急車で病院に運ばれ、脳手術が行われていたようです。 きっとあの時に私が死亡していても何も感じぬまま、人生を終えていたと思います。 あれは2年前のことです。 死は怖くなかったですが、 「もしあの時死んでいたら、人生あれで終わりか。」 と、ちょっとした虚しさは感じました。

トピ内ID:beeff9a4dbd216a7

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誰だっていつか死にます

🙂
生き物の世話係
世の中で、絶対と言える事は、唯一「誰だっていつか死ぬ」ということだけです。 いつか皆死にますから、必要以上に怖がる事はないのではないでしょうか? トピ主さんが言っている、 >痛いかな?苦しいかな? 気分が良いのかな?楽しいかな? 唐突にくるのかな。どこで死ぬのかな。何歳だろう。ひとりかな? こんな事誰にも分からないし、その時になるようにしかなりません。 それより、今、これからどう生きていくか? どう自分なりに、楽しく、充実して生きていく事を考えた方が、良くないですか? どうしようもない、分からない事をくよくよ考えないで、自分の生きている喜びをみつけましょうよ。 前向きに。

トピ内ID:db819762da51ac6f

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レスします

🙂
なつ2
私も、死ぬってどういう事? 自我が無くなって、無になるってどういう感覚なの?と、自分が居なくなるのが本当に怖いし、不安と思ってます。 全身麻酔の落ちる感覚っていう表現が、すごく腑に落ちました! ストンと夢を見ずに暗闇に入る。…けど、怖くない。手術怖いなあー。と思っていた感情や、親を心配させて申し訳ない苦しい気持ちから、ストンと解放されて無になる感覚を覚えています。 生きるって楽しいし、疲れますよね。 また、あの時みたいに、ストンと、あーやっとゴールに来たなあ。と死ねたら嬉しいです。

トピ内ID:af9ac9e5d379b1c8

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致死率100%ですよ

🙂
vivi
この世に生きる全てのものは致死率100%ですからねぇ。 死んだことないから、死ぬってどういう風になるのか分からないですもん、怖いのは当然ですよ。 でも、死んだら意識なんてなくなりますよね。 生きてるから怖いわけで。 死んだらなーんにもなくなりますから、大丈夫ですよ。 みーんな、生まれた瞬間から死へ向かっているんですから。 誰しもが辿り着く場所です。 死後の世界ってあるんですかねぇ? 両親にも会いたいような気もするけど、1番は前に飼っていた猫に会いたいです。 あの子に会えるなら、死ぬのも怖くないなぁ。 あ、一応、子供達が成人して孫の顔くらいは拝ませてもらいたいけど。

トピ内ID:28cd8bdbe5dcf7ad

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小さい子がいて自分が死ぬことが怖いです

🙂
贅沢だな
もし今自分に小さい子がいたら、自分が死ぬことはとても怖いです。 だって子供はまだまだお世話が必要だから。子供も母親の死を悲しむし。 だけどそういう状況でないのなら、必要以上に死を怖がりません。 怖がってもどうもできませんからね。皆が通る道、自分だけが免れるなんて不可能ですから。 殺されるのは嫌だな。病気か自然災害なら仕方ないと思えるかな。

トピ内ID:28ee2fd5d0541220

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昔考えたことがある

🙂
ひよひよ
子供の頃、眠る前とか、ふっと考えて怖くなったことを思い出しました。 いつの間にか考えなくなりましたね。なんでだろう。 目の前の現実で手一杯だからかも。  あとしんどいこと考えていると、どんどんしんどくなるので、普段は嫌なことは考えないようにしています。考え始めてたら、超ハッピーな漫画や小説を読むか、無心にゲームして逃避するようにしてます。 ただ今でも、日常注意してないと、簡単に人は死んじゃうな、とは思って、いつも注意はしてますね (その反面、そうはいってもそう簡単に人はしなない、とも思ってますが) いつか来る未来より、今目の前のこと、と思ってみたらどうですか? やれること、結構あると思います。

トピ内ID:0a880e761c565ef3

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人は死なないと言う医者

🙂
都民
某国立大学名誉教授で医師である方が、 「人は死なない」という本を出してます。 救急救命の担当医を、長年、務めた方なので 相当数の死亡患者を扱っているわけで、 その方の話は尋常じゃない説得力があります。 「死」は肉体から魂が離れるだけで、痛みも苦しみもないそうです。 だから特別心配することはないそうです。 むしろ楽しみに待っていればいいそうです。 それを読んで「死」に対して、気分が楽になりました。

トピ内ID:0fea9f62f820ecba

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生き続けることもこわいです

🙂
なつみ
私は幼くして親を看取りました。だからか、幼い頃は死が怖くて仕方なくて、プールの授業で心臓麻痺を起こしたらどうしよう、と毎回胸に水をかけてからじゃないと泳げませんでした。 高校生になってもそんな調子。 ですが、今いい歳になって死ぬのもこわいけれど、生き続けるのがとてつもなく怖いです。 親は安らかに逝きました(病死) ですが、今の私は早く楽になりたい。 中年になり、身体のあちこちにガタが来て、お金も底をついたことがあり たった140円のバス代も払えず暗い道を歩いて帰った時などは、本気で 誰か私を殺して!とか思いながらとぼとぼ歩いていました。 死を遠ざけようとするのは人間だけではなく、動物たちも同じだと思います。 今は年をとったせいか、死ぬことより、苦しい思いをしながら生き続けることのほうがはるかに怖いです。 早く楽になりたい、でも若くして旅立った親の無念を考えると・・・ 必死で寿命まで生き続けなければ、と思い、一日一日を「今日も生きていられた」と思って過ごしています。

トピ内ID:39f85484208cb1b8

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私もそうですが…

🙂
あじさい
「死ぬ」…言葉は嫌いですが、人は生きて来た以上死にます。 生まれて来た時は赤ちゃんでしたが、どこから来たのかわかりません。 死も結局は生まれる前にいた場所に戻ると考えてはどうでしょう。 たまたま私達は人として生まれて、この世で生きる事を導かれたのだと思います。 私もトピ主さんのように死に方はどんな状況になるかは不安があります。 よくお布団の上で亡くなれば幸せだと言いますから、私はそんな亡くなり方が出来れば人生幸せだったと考えています。 とにかく今は与えていただいた生を、私達なりに細やかな幸せを感じながら歩いて行きたいと思います。

トピ内ID:1cc5baa5108f235d

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困っているなら、とことん悩んでは?

041
地球を食べた猫
死ぬのが怖いのは当たり前です。始めてのことだから、分からないから怖い。でも、世の中には自分が知らないことが溢れている。「死ぬ」ことについて、多くの人があなたと同じように考えるはずですが考えたって無駄です。けれどどうしても気になり恐ろしい想像に怯えるのならとことん考えてはいかがでしょう。気の持ちようを変えるヒントをもらったって根本にあなたが抱くものは変わらずあるでしょうから。

トピ内ID:544a6b13c39c3cf2

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トピ主さんは、毎日死んでは生き返っているんです

🐱
意地悪猫
「死んでは生き返る」は、持論なんですが、人は必ず毎日寝ています。そして、必ず?毎朝目覚めます。 自身は、これを毎日死んで、毎朝生まれると考えています。 人が死ぬと、何も考えられなくなります。それは、丁度寝てしまった時と同じようなものではないでしょうか。朝目覚めるかどうかなんて考えなくても、多分翌朝目覚めます。 本当に死んでしまっては、生き返ることは出来ませんが、毎日の就寝と起床は、生きている証です。死は、毎日体験していると考えられると心が落ち着かれるのではありませんか。何も考えないことです。考えて良いなら考えて、考えても良くならないなら考えなくても良いのではありませんか。

トピ内ID:74919d520463b41d

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バイクは死について考え哲学人にしてくれる

🐶
走る犬
こんな場合は、死を遠ざけてしまうか、死を日常にして怖さに慣れるかです。 私はバイクに乗っていたので、死を日常にして怖さに慣れました。 クルマよりバイクの方が危険と、死を漫然と考えますが、そのうちに超越します。 死を紛らわせられるならそれに越したことはない。 バイクは死について考え哲学人にしてくれる。

トピ内ID:b49b2e6be23f3fb0

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生きるのが貴方。無に貴方は居ないです。

🙂
みん
生きるのが辛いから、無になる事は楽に思えて 死なない様に我慢する事が辛いです。 家庭内のモラハラに耐えて、計り知れない恐怖と共存する事が辛く 10代の頃、過去にしに損ねた事がありました。その時一瞬で無になる感覚を覚えてしまい。私の中の限界値が来た時の逃げ道が死になってしまったので 生きる事で苦楽を感じる事が生き甲斐でもありますが苦が多くて逆に辛いです。 死が怖いという事は、少なからず生き甲斐があると思います。 生き甲斐があるうちに、貴方の人生を謳歌しないと勿体無いなと勝手ながらに思います。 私は10代で兄と愛犬が先立ってるので尚更かもしれませんが、貴方より先に逝く者が貴方の守護神とお守りにしておくと少し落ち着くかもしれません。 個人的に無になる感覚は 気絶しているので記憶も感情も私も居ないです。 しに損ねたから目が覚めた私が病棟で目覚めた。私の記憶は目覚めた所からしかなかったです。誰かの呼び声も聞こえません。目覚めたらボヤけた視界が定まってから母が泣いていました。

トピ内ID:c7ae49ccb3028eda

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感想

🙂
コーポレーション
私に関しては、死に対して漠然とした怖さはありますが、あまり具体的に想像したことはありません。昨年父を亡くしまして、身近な人の死に接しました。あまり長患いせずに亡くなったのですが、お骨になったその姿を見た時、ショックではありましたが少しほっとした気持ちもあったのです。 その時の私の気持ちは、「そうか、人間ていくらじたばたしても、最後はこういう姿になるのか、みながいつかは等しくこういう姿になる。それなら、あんまりじたばたしても仕方ないな」というものでした。

トピ内ID:c1e1970ae41dee89

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