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姑、舅の深いイイ話

レス7
(トピ主 2
🙂
ぎんねこ
ひと
お姑さん、お舅さんのこんないい話があるというエピソードがあったら、教えてください。 私の姑は、娘が、発達障害か何かで、言葉や排せつの躾けが遅れて、養護の幼稚園に一年通っていたところ、普通幼稚園転園をかけて、面接のときに、「せめて幼稚園がどんなところか楽しみにしている子供もにどんなところか味合わせてほしい・・・」と大演説をして、園長先生に「家で引き受けさせていただきます」と承諾を取り付けました。あの時、姑の力がなかったら、娘は普通幼稚園に行き、普通学級に上がれなかっただろうし、大学にも進学できなかったと思います。 姑は、若い頃、北海道で中学の教員でした。教育者として、娘に大学進学の道を拓いてくれた恩人として、心から感謝しています。 現在は特養に入所していますが、こころして姑のために嫁として待機しようと思っています。 姑、舅に感謝しているそういう深いイイ話を聞かせてください。

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特に何かあったわけではありませんが

🙂
50代同居嫁
ぎんねこさんのように心に残る出来事があったわけではないのですが。 独身時代、両親と母方の祖父母と同居していました。 大人が4人もいたのに誰にも可愛がられた記憶がありません。 別に虐待されてたわけじゃなくて世話そのものはきちんとしてもらいました。 学校も出してもらい、まあまあの生活もさせてもらい、特に不幸だったわけではありません。 でも心に残る愛情は知らないのです。 大人4人の人間関係は実に淡々としていました。 仲良いわけでもなく、かといってケンカもなく、会話そのものが少なかったですし、笑い声が響くようなことはまずありませんでした。 そんな私が成長して結婚、夫の両親と同居し、はや30年余。 義母とはいろいろありましたが、すでに亡くなってしまいました。 そして義父。 生まれて初めて(義理ですが)親から可愛がってもらいました。 物静かで昔気質でシャイな義父。 歯の浮くようなせりふは言いませんが目を見ればわかります。 義父はすでに90代。 もう同居も終盤でしょう。 「その時」が来たら間違いなく号泣すると思います。

トピ内ID:44fff75a8df0e441

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舅とはいろいろな話をした夏

🙂
ぎんねこ トピ主
お舅さんとの思い、やはり身近にいるといろいろ感謝することが多いですね。 私は舅が生きていた時、市内の団地に舅と姑が別居していたんですが、最後の方は、買い物に行くのも不便だったので、土日に主人が近くの大きなスーパーに車で連れていき、一週間分食料を買っていました。 私自身、何か相談事や話たくなると、近くの生協で、三角のサンドイッチやお寿司など買って、自転車で、娘とお昼を食べに行っていました。アラジンのポットにドリップした珈琲を詰めて。 四時間ぐらい、いろいろなお話したと思います。舅は、東京の北部の下町の出身だったため、東京の今昔の話が多かったと思います。物書きだったため歴史や地理には詳しく、話も詳細にわたっていました。 そろそろお暇をと帰るころには、夕方でした。 お昼や夜のお弁当を買ってくるだけで、これだけ実りのある話が聞けて、良かったと思います。 また生協の食材を愛していました。 ある夏の終わりに舅は突然亡くなってしまったのですが、今は我が家のご仏壇に、位牌として納まっています。毎朝、花の水を替えて、今なら新茶を煎れてお供えします。 お茶のすきだった舅でした。 どうか私たちを見守ってください。そう祈りながら、今年もお盆は近づいています。

トピ内ID:0af86d3ebc8f0d94

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うちのおじいちゃん

🙂
匿名
二世帯同居でした。 舅がとても温かくてダンディでね。 結婚してすぐ父親を亡くした私には、本当の父のようでした。 私が風邪をひくと、姑は絶対に近寄りません。 うつると困るからね。 でも、舅は「何か買ってこようか」と部屋に来て、声をかけてくれました。 泣けましたね、ホントに。 息子に対してもそう。 学園祭には息子のクラスの模擬店で、焼きそばを食べたり、生徒たちとゲームに興じたり。 「お前のじいちゃん、面白いなあ」と一躍人気者に。 隣のクラスのクレープまで食べてたそう。(甘い物、苦手なのに) 後日、遊びに来た息子の友達とも、仲良く話してました。 ちなみに姑は、息子の高校を三流だと言い放ち、恥ずかしくて人には知られたくないと言ってましたね。(確かに有名校ではないけど) なので、もちろん学園祭など来るはずもなく、舅ひとりで来てくれたんです。 嬉しかった!と息子。 22歳、思いがけず、一流企業に就職できた息子。 でもその前年、舅は他界して・・・ 「一番におじいちゃんに報告したかったのに。喜んでくれただろうな」涙ぐんでいたのが印象的でしたね。 あ、姑も悪い人ではないんです。元々ドライな性格なので、深く関わらなかった故、嫁姑のバトルもなく、平穏でした。これって、シアワセだよね?

トピ内ID:0d37aed4fe67c63f

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今度は私たちの番ですね

🙂
50代同居嫁
私もそろそろ自分が姑です。 義父は健在なのでまだ嫁でもありますが。 嫁様との人間関係はとても気を使います。 普通に考えて2~30年のつきあいになるので、その間にトラブルのひとつやふたつ起きるでしょう。 トラブルを恐れてドライな関係を保てば「深いイイ話」もないまま終わるわけで、それも残念な気がします。 せっかく縁あって身内になったんですから。 良いことも悪いこともあって当然じゃないですか。 私は珍しいことに義父大好きな嫁ですが、義父との嫌な思い出も数々あります。 プラスマイナスひっくるめてそれが出会いなのだと思います。 私は義母とはうまく行きませんでした。 それでも同居している以上義母との接点は多かったので義母の「深いイイ話」も披露することはできます。 嫌な思い出の方がはるかに多いですが、それはそれ、これはこれ。 嫌な思い出に埋もれて「深いイイ話」が帳消しになるわけではありません。 考えすぎは考えたらずより悪いと言います。 私も嫁様には自然体で接していきたいと思います。 どんな評価が得られるか、それは嫁様次第ですね。

トピ内ID:44fff75a8df0e441

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感謝

🐱
意地悪猫
トピ主さんのトピ立てのお陰で、好いお話を沢山伺うことが出来ました。こころが温かくなりました。感謝

トピ内ID:cbdb1b93c10f370b

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お父さんはとっても足が早かったんよ

🙂
ほぼ専業主婦
80代の旦那の両親。 義父が若い頃、スポーツが得意で、特に走るのが早かったことは、結婚してから何回か聞かされて知っていました。旦那からも聞いてましたし。 この間久しぶりに義両親宅へ。 また自分語りをし始めました。 スポーツは何でもできて、走るのが早かった、県大会でも優勝した、と同じ話を聞かされました。 もちろんちゃんと聞きました。 でもそこで、義母がタイトルのように言ったのです。 あっ、こういう場合、お父さん、もう何回も同じ話してるよ、ってならないんだ、ちゃんと、義父の話に花を添えるように、義母も言うんだ、と思ったのです。(私とはえらい違い) とってもとっても小さな、そしてどうでもいい会話ですが、心に残ってます。

トピ内ID:aaa25def235f4917

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父の日の宅配便あるある

🙂
ぎんねこ トピ主
舅が亡くなった年の六月、私は宅配便の会社の電話応対をしているのですが、偶然、舅からの電話を受けたことがあります。他部署の外線から回ってきた電話を聞いていると、住所が聞き覚えのある番地で、聞き終わった時、「おじいちゃん?」と思わず尋ねました。 冷蔵のものだったので、父の日の鰻の再配達だった模様。齢九十なのでさすがに自動受付はできなかったようです。 その鰻は、私が贈ったものでした。 父の日の鰻というと、どうしても舅のことが思い出されます。その年の八月の終わりに、舅は突然天に召されました。 職場に電話がかかってきて二か月ほど後のことでした。 あの時の鰻、喜んでもらえたでしょうか。梅雨明の入道雲を見ながら、贈り物は思い立った時かならずするものだと思うのでした。

トピ内ID:0af86d3ebc8f0d94

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