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母への恨みを手放したい

レス23
(トピ主 4
041
ゆりこ
ひと
実母は今で言う毒親です。 長年距離を置き、自分を取り戻して生きることが出来ています。 溺愛された方の私の兄弟と住んでおり、生活面での心配はありません。経済的にも比較的恵まれた環境です。 コロナでこちらの仕事が出来なくなって窮した時にも、案ずるような言葉一つなく、むしろ日頃寄り付かないことを親不孝と思っている様ですが、そのような人は世の中に一定数いるもの、といった割り切った考えが出来るようにもなりました。 私としては、近くで面倒を見てくれてる人の意向に沿って、できるだけのことをするだけだと思っています。 何かの折に、親を許すのではなく自分の恨みを手放す、というのを聞き、良い言葉だなと思いました。 明日は敬老の日でもあり、台風の影響を受ける地域でもあるので、電話をしてみたところ、子供の頃に聞いたのと同じ語り口、声が耳に入った途端、心臓がバクバクし、受け答えも切口上になり、早々に話を終えました。 考えてみると、一緒に生活をしている時、私が苦しみの中にあったとき他人事のように受け流していた、その時の話しぶりそのもので、向こうから罵倒されたり手を上げられたりしなかったら普通に接することが出来る、という訳でもないのだなあ…と 一度でも犬に噛まれたことのある人は一生それを忘れないと言いますが、まさにそんな感じです。 理性より恐怖や嫌悪感が先に立って。 どうしたら、もうどうやっても自分を変えたり出来ないような人へのネガティブな感情を手放すことが出来るのでしょうか。

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手放せないことはある。

🙂
ゆうき
あるスポーツ選手がインタビューで「切り替える」のではなく「受け入れる」、起きた事の事実を正確に受け入れたら次に進めるようになった、と言っていて「なるほど」と思いました。 この「切り替える」があなたの言う「手放す」に近いのではないでしょうか。 「気持ちを変えて、リボーンして」も良いことですがまずは事実を正しく受け入れること。 お母さんの本音は分かりません、だからいくら考えても無駄。 あなたはあなたから見た事実とその時の気持ちを正確に思い出し受け止める、親も大変だったとか、自分も悪かったとか、余計なことは考えずただ自分を見る、理由を求めず起こった事だけを。 そうすれば自ずと自分の思いに素直になれると思います。 恨みの気持ちは重いので手放せば心の一部分は軽くなるかもしれません、でもそれであなた自身が楽になるのとは違うように思います。 お母さんがして来た事を正確に受け入れ、正しく憎みましょう。 その方があなたはあなたを守る事になるし、もう母親に傷つけられない行動できるはずです。 私の母も毒親で散々つらい目に合いました、私は私の気持ちを大事にしてごまかす事はしたくないんです。 母を嫌い、恨み、許す気持ちはありません、だってそれほどまでの事をしたのは母ですから。 あなたも自分の気持ちを大事にしてください、いい人生でありますように。

トピ内ID:b5ec34b0d74e65b9

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ゆうきさん、ありがとうございます。

041
ゆりこ トピ主
子供たちはどうか、と聞かれ、それぞれちゃんとやってる、心配することは何もない、と答えたところ、「あなたの躾が良かったのね」と言われて咄嗟に「子供達自身がしっかりしてたからだよ!」と叫んでいました。 お母さんの躾が良い、そう、まさにあの人が一番喜ぶ言葉でした。 ゆうきさんの仰る「自分の気持ちを大事にする」ということは自分が本当に大切にしたい人たちを守ることでもあるなと… 最後のお言葉、心に沁みました。

トピ内ID:eb3a2a60b95425db

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時間がかかると思いますが

🙂
ちゃくろ
わたし自身 できの悪い所為でハハオヤとはかなりアレな思いをさせられてきました。 出来の悪さから彼女の気に沿わないと 父親に言いつけ 折檻させるんですよね。 思春期には風呂の扉をいきなり開けられることしょっちゅうで  「すごいデブ あんたそんなんじゃ結婚できないわよ」なんて。 ならば と頑張って痩せれば 痩せて嬉しくなって 歩いていてもつい映った姿を見たりすると イラつき「なに鏡ばかり見てみっともない痩せてもブスはブスよ」なんて街中で大声で。 ネガティブな感情を「手放す」というのは 自分にそういう生い立ちかた生まれたネガティブな感情が 相手に もしくは自分を取り巻いた環境にあること を 自分に赦すことから始まると思います。 過去にされたり言われて傷ついたこと「ハラ立つわー」「冗談じゃないよ」という思い。  積み重なったこれらの気持ちに蓋をしたまま  相手の立場に思いを馳せ 赦すなんて無理です 仏様じゃあるまいし。 だからといってその感情を相手に直にぶつけるものではなく (大抵もっと傷つけられたりしますから) 自分の傷を「あるものだ」と認識し どんなに大変なものか  過去の自分が どんなにかわいそうな思いをしていたかを自分が認めてあげるために 根気よく 例えばこういった小町とかで自分の思いを開示し  同じような体験談 思いを寄せてくれるひとと共有したり ちょっとしんどいけど 片っ端から関連書籍を読むとか。 かわいそうだった自分のために一緒になって泣いて 怒って そうやって すこしずつ癒して だんだん その傷が 膿を出し かさぶたになり  気が付くと時々痒いかなくらいになっていくものだと思います。 回り道みたいだと思われるでしょうけど  焦って表面だけ穏やかに赦しても のちのちメルトダウンを起こして これからの人間関係に影響していくこともあり得ると思います。

トピ内ID:dfa41a2aecc36427

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関わらないのが一番

🙂
鳥ごぼう
連絡しないでいると、心穏やかになれます。 もう絶縁でよくはありませんか。 相続しない代わりに介護は任せる等と決めてしまえば、だいぶ楽になります。

トピ内ID:85e25177e98cd0f2

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私の親も猛毒親

041
あまみこ
今でもフラッシュバックするほどに、ひどい虐待をされました。 さらに私の娘(当時2才)にも暴言を吐く人間でした。 父の3回忌を最後に、あの人とは縁を切りました。 電話もしないし、年賀状のやり取りもしません。かれこれ15年になります。 娘は大学生になり、平和に暮らしています。 自分の人生を大切にしてください。 こんなこと、他人(身内)に話しても誰も理解してくれませんから。

トピ内ID:8428334537a1c6dd

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期待しないこと

🙂
tara
トピ主も、現在は自分を取り戻している。それに、母親も現在は、 恵まれた環境で、過ごしていると、いうことは、ある面、よかったと 思ったほうがいいです。 同じ兄弟としては腹が立つこともあるでしょうが、溺愛された兄弟は、 その恩を母親に、返してくれているのですから・・・。 いろいろ、思うことはあるでしょう。 でも、すでに、トピ主は、達観できる境地になっている感じがします。 母親のことは忘れて、頼まれたときに動くことで、いいと思います。 母親の性格自体が変わるということは、なかなか難しいでしょう。 というよりも、母親自身が、自分の欠点を、自覚してないから、 変わらないでしょう。。 だから、もう、母親に期待することは止めて、冷静にそういう人だと 諦め、達観して、連絡があれば対応することで、いいのではないで しょうか?

トピ内ID:e1cfbab21d50ccc5

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親に期待するのを止めましょう。

041
dan333
>心臓がバクバクし トラウマですね…。 コレは相手が変わらない限り無くならないと思います。 私も同じ様にトラウマがありましたが一時無くなりましたが、 直ぐに復活してしまいました…。 親ですから期待しがちですが親もちっぽけな一人の人間ですよ。 残念ですが「もしかしたら」などの淡い期待を捨てたら良いと思います。 私はそうしました。

トピ内ID:39b3cd07cb421bcc

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皆さんありがとうございます。

041
ゆりこ トピ主
母自身の両親はたくさん子供をもうけましたが、最期のときに傍らにいたのは母だけで、「もう他の子供たちは来ない」と言いながら亡くなった、というのを涙ながらに何度も聞かされました。 最後まで面倒を見てくれた母を、お前だけが親孝行だ、と言っていたというようなことも。 叩かれたり、身体上のことを笑われたり、贈り物に兄弟の選んだもののほうが洒落てる、店に返しておいで、などと言われる日常であったにもかかわらず、絶対に親にそんな思いはさせない、と考えてた子どもでした。 その後大きな転機にぶつかり自分がひっくり返るような経験とともに、距離を置くことを決めましたが、高齢になり、そばで見ている人がいる限り我関せず、ということで良いのか、という思いと、自分の子供には祖母として普通に関わっていたこともあり、断絶というところまでは決断出来ずにいました。 母が逝くその時に自分はどうしているのだろう、と考えたりします。

トピ内ID:eb3a2a60b95425db

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何もする必要ないと思う

🙂
awa
私も毒親持ちです。 〜心臓がバクバクし、受け答えも切口上になり、早々に話を終えました〜 ゆりこさんはお母さんに電話をして楽しい気分ではなく辛い気持ちになったのですよね? 親でも友人でも恋人でも相手が誰であれ、一緒にいて嫌な気分になる人と会話をする必要一切ないです。 ゆりこさんはそんな扱いをされていい人間ではありません。 もっと自分を大切にして下さい。自分の優しさは同じ優しさで返してくれる人に使うのです。罪悪感を感じる必要は一切ありません。 死に目とか面倒見るとか今そんな時代でもないのでは? 友人のお母さんは老人ホームで友人作って楽しくやってて 「死んだらお墓の手続きだけお願いね〜!」って言ってますよ。 寂しければいい大人なんだから趣味でもすればいいんです。

トピ内ID:3761dcf84062b435

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一冊の本に

🙂
メンチカツ
母が危篤になったら連絡来るでしょう。 それまでは会わないと決めています。 うちも毒母です。 恐怖感があるのですよね。 毒母に叱られたり蔑まれたり脅されたりしたので、 私も母と接するととても嫌な気持ちと共に心臓バクバクしました。 「しました」なのは、もう過去の事になったので。 今はバクバクしません。 何故なら、悩み過ぎて疲れてしまったら、 母ってそんなに大きな存在じゃなくなったんです。 自分の中で。 そもそもあの人は器の小さな子供じみた人だったと、なんだか理解できてしまって。 そう思ったら全く怖くなくなりました。 こんなにも、あんなにも矮小な人だったんだなと。 そんな人を恐れてるなんて馬鹿馬鹿しい、 そんな人に愛されなくてもいいやとも諦めがつきました。 で、そんな時に友人からこんな事を聞きました。 「嫌な出来事は一冊の書物として一度書き終え、 ページを閉じて本棚にしまうイメージがいい」と。 母と接した人生での出来事を時系列的に誦じるほどになっていたので、 ああそうかと思いながら、 それらを一冊の書物に書いた気持ちになり、 これで母の物語は終わり、とエンドマークをつけて、 心の中でパタンと裏表紙を閉じて、 同じく心の中の本棚にしまいました。 このイメージは私の心を軽くしました。 一つの物語は終わったとなんとなく腑に落ちて。 で、母の本はもう書き終わっているので、 最後の事は後書きになるだけです。

トピ内ID:93d928caf3da8852

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難しいですよね。

🙂
アダルトチルドレン
私も似たような感じです。 だけど、私は母を嫌いになれないし、見捨てれなかった…。 嫌いになれたらラクなのにな〜と。 嫌いになれない私には受け入れるしかありませんでした。 だから、過去と向き合い自分のインナーチャイルドを癒やしました。 そして、母にはあなたは毒親です!と溜に溜まったものを全部ぶつけました。 そしたら、母はショックを受けて体調不良に…。 40年がかりでようやく、私の訴えに耳を傾け始めました。 私は体調不良になった母を見て、もう、あと少ししか一緒にいれないんだな〜。 このまま責めたら死期を早めるかも?と思いました。 やっぱり生きててほしいな。と。 そして、母もまた生い立ち故にあんなふうになってしまったのだろう。 と思ったら、許せるようになりました。 母は母できっと苦しみを抱えていたのだろうと。 今は適度な距離を保ちつつ、嫌なことを言ってきたら、そういう言葉が人を傷つけるんだよ。と悟しています。 過去の自分と向き合うのはかなりエネルギーが消耗されました。 ぐったりなって起き上がれないことも。 でも、今はとてもラクになりました。

トピ内ID:dfa4614e7f840848

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愛されたかったんですね

🙂
今回は匿名で
兄弟姉妹差別をする母親のトピはよくあがりますよね。 トピ主さんの母親もそういったタイプの人間だったのです。トピ主さんがかわいがられなかったことは、トピ主さんの責任ではありません。 親は選べないので親ガチャにはずれたと思って生きていくしかありません。 愛されたかったんでしょうね。愛してくれなかった人の面倒を見る必要はないですよ。面倒を見ても愛してはもらえないのです。 今後は疎遠にして看取りもしない覚悟で生きた方が気が楽になると思います。ましてや、身近に愛されたトピ主さんの兄弟がいるのだし、何もトピ主さんがする必要はありません。 自分の配偶者と子供たちを大切にしてください。

トピ内ID:5456dfde6d6620d6

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乗り越えられるものですか?

🙂
ゆき
私の場合は、父親ですが、自分が50過ぎた今も会いたくないです。存命だと思うだけで気分悪いぐらいです。こどもの頃からの暴言暴行と都合のいいときのたかり。縁を切ることを決めたのは、婚約を一回は破談にされた後、次の婚約もお相手の親にたかろうとしたので縁を切りました。 コロナのせいとして、4年ちかく会ってません。でも、たまに、思いだし怒りが、わいてきます。乗り越えられません。

トピ内ID:fcd98931e476b481

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お母さん存命中は無理でしょう

🙂
カミラ
人を許すにも自分の恨みを解放するにしても、 その「人」が生きている限り無理だろうと私は思います。 簡単に人を許せるなんて、よほど心にしこりもないか、 そこまで恨みもなかった、、、ということだろうと思うんです。 どれだけ苦しめられても許せるような人っているんでしょうか? そんな仏のような心を持つ人っているのでしょうか? 許そうと思うこと、記憶の中から追い出すことは出来るとは思います。 嫌な記憶が出てこないように、楽しいことをやって楽しい記憶で上書きしていくことで、 薄めることは出来る。 でも、皆が皆、そんな心の広さ、仙人みたいな人ばかりじゃない。 私が思うのは、、トピ主さんにとっての心の平穏が訪れるのは、 おそらくお母さんが逝去された時、さらにもっと言えば同居して仲良く?暮らしていた その母親から溺愛されたという「きょうだい」が他界した時だろうと思います。 お母さんだけが逝ってしまって解放されるのか? そうじゃないと思います。きょうだいのことを「母から溺愛されていた」と記載するぐらい、 「きょうだい格差」を感じてもいるんでしょうから、そのきょうだいも他界して やっと解放されると思いますよ。 ただ、、私が気になるのは、そんなお母さんと大人になったトピ主さんとで 真剣に話し合ってきたことがあるのか?ないのか? もし文句や言いたいこといがあるなら存命中に言った方が良いですよ。 死んだら文句言う相手もいなくなりますよ。それはそれで後悔しますよ。

トピ内ID:d541ed15aac46b41

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主さんは何も悪くない

041
たこ兄弟の母
手放す、という意味、よくわかります。 私の親は毒親ではなかったけど、難ありの親でした。 色々あって30歳のときに縁を切り、亡くなったと連絡があった際も 家族全員が遺骨の引き取りは拒否しました。 私も若い頃は、なぜ親はこういった行動をとるのか 子どものことは愛していないのか、対策はないのか、など 色々と考えましたが、最後は考えることをやめました。 考えても答えは出ないとわかったからです。 「自分の性格は難あり」と、自覚させるには 親自身が「困った」という状況にならないと、わからないのです。 外部の人間が「やめてほしい」「困っている」と、伝えても 自分本位な人間には「でも何とかなったし。自分は困らないし」と、思うだけで 反省しないし、変わろうとはしないのです。 >最後まで面倒を見てくれた母を、お前だけが親孝行だ、と言っていたというようなことも。 多分、かなりの妄想が入っていると思います。 私はその逆で、主さんと同じように冷淡な扱いを受け でも見捨てることができず、最後を看取ったような気がします。 主さんが冷たくされるのは、主さんが母親にそっくりなのかもしれません。 母は昔の自分を見ているようで、イライラするのかもしれません。 私の知り合いは、姑からひどいいじめを受けました。 知り合い自身が姑の立場になったとき「私は嫁いびりはしない」と、言っていましたが まぁ、チクリチクリと嫁をいびります。そのことを指摘したら 「こんなのいびりに入らない。私はもっとひどいことをされた」と、反論してきました。 お母さんも、自分の受けた仕打ちに比べたらたいしたことない、とさえ思っているのでは。 何はともあれ、主さんの思うように生きるべきとは思います。

トピ内ID:de18d4dae35bbf9a

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ようやく楽になりました

🙂
アラフィフ
同じく毒母毒兄弟がいました。 昨年、アラフィフで80過ぎの母を看取ったら想像を遥かに超える開放感で、今までの思いが全て昇華しました。 これはもう、言葉では言い表せない感覚で、体験しないとわかりません。 コロナ禍中でしたが理解がある病院で、私は母の最期に一昼夜付き添い、夜寝ずに明け方見送りましたが、寝不足もあり一種のトランス状態に陥りました。そして積年の恨みから開放されました。 毒兄弟は男ですが、社会的地位が高く対外交渉力は眼を見張るものがあり、葬儀やら相続やらではまるで映画を見ているような立ち振舞と手際の良さでした。 遺品整理や実家の片付けはまだ終わりませんが、嫌な思い出ばかりの物も古道具屋さんが高い値を付けて引き取り、後日店頭を見たら20倍の値段で売られていて、店主からは「買い取らせてもらったものはいずれも人気があってすぐ売れます」なんてヨイショされたり、インターネットで出したら飛ぶように希望者が来たりと、楽しい思い出に変わっていてきます。 ゆりこさんの今の状況は良くわかります。 周りに理解されない辛さもありますよね。 しかし、必ず終わりが来て、びっくりするほど楽になりますよ。 だから、今は自分の心身の健康第一でお過ごし下さいね。

トピ内ID:caa4c99b49d36eef

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毒親なら断絶。トピさんは甘え足りない反抗期の人かな?

🙂
匿名
 私は毒親に育てられましたが、20年以上連絡はもらっていませんし、 私もしていません。毒親と同じ気質のある姉と交流し寂しくないからです。 トピさんの溺愛されたご兄弟は毒親と同じ性質を持つのでそのあたりはわかっておいた方が良いのかなって。  女性が多い職場には毒親的な女性社員や毒親と似た姉のような社員に出くわしパワハラをうけました。そのため職種を選ぶ際にも私は女性が少ない教育系にしています。  トピさんは職場などの人間関係は大丈夫ですか?  毒親なのに親を捨てられない    それは、毒ではない親に甘えている人です。  年を取った親は弱気になり子どもを頼ります。トピさんを親が頼ってくる時は 兄弟が面倒を見れない厄介な状態(お金がかかるため)と考えた方が良いです。  トピさんは、親に甘えたい気持ちが残っているようですね。  母親を思いやり死去する際を思い馳せたり。  虐げられた経験があれば、普通は連絡すらしません。  毒は命を奪うため、近づきません。  トピさんの親の言動は昭和の母親あるあるです。  毒親はもっとその上をいきます。    介護もしないし、余計な感情的な悩みも聞かなくていいし、楽ですよ。 >最後まで面倒を見てくれた母を、お前だけが親孝行だ、  そういってトピさんをコントロールし、いざとなれば、自分から離れないように都合よく搾取します。トピさんも自身の家庭よりも親を優先するようになります。  トピさんの親は毒親じゃないです。   嫌なのに好き、顔も見たくないけどかわいそう 。。 反抗期ですよね。    母親さんに似ていませんか?あまのじゃく的な考え方。  絶縁すると素直に生きられるし、他者に利用されなくなります。  カウンセリングを受けて本当の自分の気持ちに向き合ってみては?  ちなみに私はカウンセリングを受けましたよ、何年も。

トピ内ID:94a15fa2fcd13ff0

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母に愛されたいのね

🙂
メロ
母への「恨み」というより「愛されたい」気持ちの強さがビンビン伝わり、結婚前のまだ30代ぐらいの方かと思ったら既に50代以上?ということにさらに驚いた。 ご自身も既に結婚して子どもも巣立つぐらいの年齢ならいつまでも自分の思う「与えてもらえなかった母の愛」の喪失感に縛られ未だに求め続けなくてもいいのに。 母は他の兄弟の方を強く愛し優しかったという印象なのだろうが、母自身は案外平等の認識かも。相性もあるしそういうのはある程度仕方ない。母に溺愛されればそれが重荷になることもありベッタリ相思相愛だったら亡くなった時の喪失感も半端じゃない。 そう思えばある程度距離があってラッキーという考え方も出来る。自分だけ食事を与えられなかったとか進学させてもらえなかったというならともかく、母は母なりに貴女を「平等に」愛し大切にしたつもりで今も母なりに貴女を気遣ってるつもりだろう。そんなものです、貴女がそうは受け止められなくても。 取り敢えず母が気の合う子と住んでいるならラッキーじゃないですか。貴女が母を嫌って寄りi付きたくなくてもその兄弟がいれば野垂れ死にすることは無い、それ以上にどう関わるかは貴女次第ということも可能。 確かに子ども時代、母の対応に貴女は苦しんだのだろうけどゆえに味噌も〇〇も状態で「貴女の躾がよかったので子どもがちゃんと育ったのね」という誉め言葉にさえ過去の不満を投影して勝手にまた自分を苦しめている印象。もうすっかり母とは距離を置けているというのに。 「そんなに酷い母だったのね」というより「そんなに酷い母だと思っているのにその人にまだそれほど愛されたい?」という印象の方が強い。それを自分で認識出来れば少しは楽になれるかも? 肩の力を抜き「こんな母にここまで捉われるのは馬鹿馬鹿しい」という気持ちになって。 子どもも巣立ち暇になったのでこういう思いが噴出した一面も無い?

トピ内ID:003d62daf68d9fa2

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気楽な気持ちで。

🙂
つむちゃん
 お母様自身の問題ではなく、お母様もそのお母様に育てられた結果今があるので決してお母様のせいではなく被害者の面もあるのかなと思えるとしょうがないのかなと思える部分も出てくるのかなと思います。

トピ内ID:46e6e757469d8ce9

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橋のない川

041
ゆりこ トピ主
皆さんありがとうございます。 お時間を割いて書いて頂いたこと、じっくり読ませて頂いてます。 今回自分のことを言葉にする過程で、また皆さんの言葉を受け入れる過程で、自分では明確に意識出来なかったことが実は心の奥でくすぶっていたのだということに気づきました。 ある時期までの私は間違いなく褒められたい一心で頑張る娘でした。 そしていつの間にか今度は自分が回りの人を苦しめていました。 私は、母の様な親にはなりたくないと思いながら、母とは違う形で子供を追い詰める親でした。それに子供が全力で反抗し、子育てに悩む中で、間違っているのは自分の方なのではないか、と憑き物が落ちるような経験をしました。 一度そのような思いに至ったとしてもドラマなどで見るようにすぐに行動が変わる訳でなく、行きつ戻りつして長い時間をかけ、今やっと自分なりに、子供を愛することが出来ている、と思えています。 私は、本当は自分の子供の様に母を抱きしめ、あなたも何の罪もない子供だったんだよね、と言ってあげたかったのだと思います。生まれ変わったら今度は私が母を生み、大切に育ててあげたい、とも。 母に愛されたかったのでは、というご指摘がありましたが、母を愛したかったのだ、という方がより近いように思えます。 母は暮らしには困っていませんし、一人で生活しているわけでもありません。 しかし果たして心安らかに人生の幕引きの時間を過ごせているのだろうかと思わずにはいられないのは、私はあの場所から出て自分らしく生きられる場所にたどり着けたからなのでしょう。 けれど何を幸せとするかはその人それぞれ。 母と私の間には橋のない川が流れているようです。 おそらく生きて会うことはもうないでしょう。

トピ内ID:eb3a2a60b95425db

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お母様が亡くなるまでは難しいでしょうね。

🙂
家付き娘
別の方もレスされていますが お母様が亡くなるまでは、この感情はなかなか手放せないと思います。 私は一人っ子でしたので兄弟差別はありませんでしたが その代わり、母が私に過干渉+感情的になりやすい性格で 自分の気に入るような振る舞いを私がしないと ヒステリー起こして大変でした。 話し合おうにもキーキー怒って話にならないので物理的距離を置こうと思い 実家を離れた時期は20年ほどありました。 その後、介護を見越して実家近くへ転職して、同じ市内に住み始めました。 その時点で父は退職(母はほぼ専業主婦)しており 経済的な力が両親<<私になったため これでアレコレ干渉されずに済むと判断したから決断できました。 もしそれでも干渉してきたり、ヒステリー起こしたら実家に寄り付かないと決めていました。 (実際母の失言で対外的に迷惑をこうむったため 「仕事が忙しい」と嘘ついて、半年くらい実家に顔を出さなかったことがあります) あとは、私の子どもの頃のことなども 自分の都合の良いように記憶が書き換えられていて あ~あって思うことは多々ありましたが 私も大人になって「そういうかわいそうな人だよね」と思うようにしました。 トピ主さんのお母様とおばあ様の話も 同じように自分の都合の良いように記憶が書き換えられているかもしれませんね。 それでもわだかまりはありましたが、落ち着いたのは母が亡くなったから。 不謹慎だとは思いましたが、本当にホッとしました。 物心ついたころから背負っていた重い重い荷物を やっと下ろせたような心持です。 今は父と二人、穏やかな日を過ごしています。 不思議と、母が亡くなってから仕事が上向いているんですよね。 よっぽど相性が悪かったのだと思います。

トピ内ID:be66c855801cec42

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子育て、教育

🙂
つむちゃん
 生きて会うことはないと言う結論なんでしょうか?トピ主さんがそう考えるのであれば、今後そうなっていくんでしょうね。  トピ主さんも深い思いを書かれていますし、大変興味深いトピックだったので思わず再度書き込みさせて頂きました。  私も子を持つ親として、どう子供に接すればいいのか?は妻と相談しながら常に考て接してきました。 子供に幸せな人生を送ってもらいたいというのが根本的な思いですね。勉強するクセを付けるや部活やスポーツを継続するや色々その年齢年齢で会話の話題として話す事は違いますが、どんな時も終始一貫して相手を尊重する事とダメでもやり直せば良いんだと思える思考は意識して育ててきました。おかげで今の所は見てる限りは楽しくやっていると思います笑  私の両親は80代でまだ健在なんですが、ふとした会話で子供への接し方の話になり細かなニュアンスは違いますが両親達も同じ事を思って育てていたと話してくれた事がありました。  大人になって自立して自分で考えているつもりでも、実は育てられている過程で根本的な気質というか考え方といいますか、人としての判断基準を教わってたのかな?と思いました。

トピ内ID:46e6e757469d8ce9

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トピ終了と致します。

041
ゆりこ トピ主
昨夜自分が書いたことを読み返し、最後の一文は、これは少し言いたかったこととは違うなと思い補足します。 もう二度と会いたくない、ということを言いたかったのではなく… 渡れない川の向こうにいる母は、すでに私のなかで生きていると言えるのか。そんな思いです。 母への恨みを手放したい、から始まり、皆さんのレスに導かれて心の中をよくよく覗き込んで見たら、手放したかったのは母を愛そうとする自分自身でした。 これから愛する人びとと一緒に、川のこちら側で共に泣いたり笑ったりしながら生きて行きたいと思います。 皆さんのさまざまな体験談と心に届く数々のお言葉に感謝します。 お付き合い下さいましてありがとうございました。

トピ内ID:eb3a2a60b95425db

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