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「子供は勉強しろ」アラカンになってやっと意味がわかった

レス6
(トピ主 0
🙂
50代大学生
話題
小学生のころはともかく、中学生くらいになると「この勉強が将来何の役に立つの?」と思ってました。 語学や社会学は大人になってもそれなりに役に立つかもしれないけど、数学とか化学とかその専門の職に就かない限り何も役に立たないじゃないか、と。 50代になってから自分でも意外なことに通信制の大学生になり、やっとタイトルのことが理解できました。 子供のころ勉強して脳を鍛えた人と、のんべんだらりと暮らした人では「脳力」が違うんですね。 子供のころの鍛錬って一生影響するものなんですね。 脳に限りません。 子供のころ野山を走り回って遊んだ人は初老になっても体力があります。 私は毎日祖母に預けられていたのでほとんど外に出ずに部屋でおとなしくしているように言われ、この年になると疲れやすいったらないです。 情緒面も同じことが言えるかも。 「よく学びよく遊べ」は鉄板です。 もちろん大人になってからもある程度は挽回できます。 努力は無駄にはなりません。 それに「持って生まれたもの」も大きいです。 でも子供のころの経験はやはり大きかったなあと今しみじみ思います。 皆さんはどうですか。

トピ内ID:c14699c8f5636325

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一生勉強だ!!

🙂
大器晩成
なくなった父が毎日のように言っていたことばです。 あまりに厳しかったので反抗するようになってしまいました。 なんでそんなに勉強しなくちゃいけないんだ! 友達のようにおしゃれをして遊びたいと訴えつつけました。 思えば持病があって長生きしないことを自覚していた父の焦りだと思います。 父親自信も一度社会人になってから大学に入りなおしたので勉強の大切さを実感していたのでしょうね。 あんなに反抗した私は、たまたま語学だけは好きだったので海外で暮らすようになり40過ぎて海外の大学院に入りました。就いた職業はそれこそ一生勉強していかなくてはならない仕事です。 今になって父の言葉が理解できるようになりました。 勉強して損をしたと感じたことは一度もありません。そして、これからも勉強するし、しなくてはならないと思っております。お互い頑張りましょう。

トピ内ID:4f54955bc8a49a85

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国語と成績表の下の方は駄目

🙂
北国生まれ
化学等の理科系や歴史・地理等の社会系は「この世の仕組みを知りたい」という欲求に応えるために、そこそこは興味がありました。 それと、日頃から新聞やTVの報道・教養番組はよく見ていたので、これは後後からも役に立ったと感じています。 これが国語となると読み書きだけできれば言い訳で、それ以外の「これはどんなことを言いたいのか」の類は「そんなの読んだやつの勝手だろう」と、どうにも身が入らなかったですね。 ましてや、今は知りませんが私の頃の国語は道徳も兼ねていて、柔軟性も多様性もない「大人の言ういい子」の押し付けと感じて、益々やる気が出ず。 これに加えて虚弱体質かつ目も耳も悪かったので、体育・音楽・美術は苦痛以外の何物でもなかったです。 なので教師からは馬鹿にしていると思われていたようで、これらの授業では殴られることも。 ちなみに小学生の後半の頃には未だ自然が残っている場所に引っ越したのですが、今でも「毎日学校に行くより野山を巡っていた方が良かった」と思っています。 (実際にそれをやっていた同級生はいた)

トピ内ID:9ae74f3907a6da3f

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授業中に本を読んでばかりいました

🙂
りんご
トピ主さんと逆でした。 数学が苦手、暗記物よりも、考え込むタイプの脳を鍛えたからでしょうか? 社会に出てからは、普通に勤めるという形では、長続きしませんでした。 起業して、一気に稼いで、 今は、のんびりした仕事をしています。 今頃になって、数学の本も読んで楽しんでいます。 やっと数学が楽しめる脳になったみたいです。 やってきた仕事は、思いっきり理系で、今は、教育系です。 これまでの仕事の内容を、体系的に理解したくて勉強し直して、 実体験があるから、より楽しく学べているのだと思います。 世の中、知らないことだらけ、毎日の勉強、楽しいですよね。 学んだことを今は、ボランティアで社会に還元しているところです。 学べる人生って、幸せですよね。 学べる時間があることそのものも。

トピ内ID:ddc00b7f9f11df40

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おっしゃる通りかとおもいます

🙂
なな
遠縁の方たちをみていると、しみじみとおもいます 山と共に生き、山菜を採り、保存食と自家製冷凍保存を多用する人達は、腰が曲がっても、こんな坂道どうやって登ったらってことろをすたすた歩きますし 都心に出た人は、歩くのがとても早い どちらも切り替えは早いし、おしゃべりも上手い ハイジのおばあちゃんではないけれど、目がほんど見えなくなっても編み物ができる 昔からやっていたことはできるんですよ 車多用のその孫・ひ孫世代は、あんな元気な年寄りには私達はなれないね、と言い合っています

トピ内ID:7a14eca6c887b43f

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人間性

🙂
アラフィフさん
そうですねぇ。勉強も遊びも、大人になるにつれて経験値からの応用になりますから、どの分野においても土台となる基礎の部分は子供時代に作られるのでしょうね。 子どもは感受性が豊かで、先入観もなく飲み込みも早いですし、生まれた瞬間から呼吸して産声をあげるのだって、赤ちゃんからしたら精一杯の学びですからね。 教育や勉強というのは時代と共に変化しますが、順応性や精神力や忍耐力など、思いやりなどにつながる人間らしさというか『人間性』がいかに育まれてきたかが大事なのだろうと私は感じています。 趣味や勉強はお金と同じで、生きるうえでの手段のようなものですが、もっと根本的な部分はその人の性質なような気がします。持って生まれたものなのかは私にもわかりませんが。

トピ内ID:b2a62bdb4a56f898

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その通りですね

🙂
通りすがり
>子供のころ野山を走り回って遊んだ人は初老になっても体力があります。 これについては 実父が危篤状態の時に医師に言われました。 普通ならとっくに死んでるって。 お父さん若い時運動なにかしてた?って聞かれました。 水泳と剣道は上級者だったことや 年配になっても射撃や筋トレなどしていたと答えたら だから辛い状況でも体が頑張ってしまうんだねって。 死に行く人が体力ありすぎて苦しみが長くなったという皮肉なんですが。 脳もそうですよね。 自分で考えて自分で作ってみて 学校の勉強だけじゃなくて 昔の子は自分でおもちゃ直そうとしてみたりして。 父は趣味で時計修理や釣竿やルアー作ったり 猟銃の肩部分に彫刻を入れたりして 料理も裁縫も出来て 器用な人でした。 頭も良かったです。 音楽にも精通していて・・生きているうちにもっともっと教わればよかったことがたくさんあります。

トピ内ID:5a8cd6b300102880

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