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「下宿」って死語ですか?(駄)

レス30
(トピ主 2
🙂
クリームティー
話題
アラカン、共通一次世代です。 私たちが地元を離れ、大学に入学した場合、寮がなければ、「下宿」をするのが普通でした。 私はアパートの部屋を借りてもらい、キッチンもちゃんとついていたので、当時としては贅沢な部類でした。 厳密な意味での「下宿」は、 誰かの家の空き部屋を借りることでしょうが、昔は、アパート住まいの私も「下宿」と言っていました。 いわゆるお嬢様大学ではなかったので、親の所有するマンションに住む友人なども皆無でした。 令和の今、息子たちの話をする時に、1kのマンションに住んでいても、つい、「下宿」と表現しそうになります。 慌てて頭の中で変換して、「一人暮らし」と言いますが。 同世代の方は「下宿」と言いそうになりませんか? また、学生時代のお住まいなどについてもお教え頂けると嬉しいです。

トピ内ID:2857ee214d1efb8f

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レス数30

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諸手を挙げて賛成です

🙂
pp.
たぶん同世代です。 18歳から「下宿」してました。 私は東京23区内で敷地200坪以上4LDK一戸建て一人暮らしでしたが、それでも「下宿」だったと自覚あります。 なんだかんだ言っても、学生なんて半人前です。 「一人暮らし」と偉そうに言ってても、要するに下宿ですよね。

トピ内ID:92b27bbf168325f8

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54歳の私の場合

🙂
のはのは
クリームティー様よりちょっと年下の共通一次世代です。私の大学は地方出身者が多く、新入生の7-8割が学生寮やアパートで一人暮らしでした。私自身はそれを「下宿」とは言わず、そのまま「寮」とか「アパート」と呼んでいました。でもそういえば当時、親に私の部屋のことを「のはのはの下宿」と言われたことはあります。 私自身は1年生のときは寮、2-3年生はアパートで独り暮らし、4年生のときは学生3名で3LDKのアパートを借りてルームシェアしていました。 「下宿」は確かに、誰かの家の一部屋を借りるイメージですね。そういえば数年前まで一軒家に住む知人が空き部屋を大学生に貸していたので、今も少数ながら残っているとは思います。

トピ内ID:635dc836f182ed22

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下宿は、賄付きのイメージ。

🐶
そんな時代もあった
下宿が死語のように感じられるのは、実際には下宿がなくなってきているからだと思います。 主様のアパートを借りて暮らしていたのも、本当は一人暮らしで下宿ではありません。学生は下宿が当然だからという理由で、間違って使われていただけだと思います。 アパートを借りるのは学生であろうが、社会人であろうが変わりません。学生だけ、アパートを借りることを下宿といい、社会人がアパートを借りることを独り暮らしというのは、筋が通っていないと思います。 かつては、学生は下宿が普通だったから、普通でないアパートを借りても下宿と言い習わしたというだけのことです。 私は一人暮らしの方がしっくりします。下宿は食事が出てくるというイメージがあるので、そうなんだと思います。明治、大正、昭和初期の本を読んでも、下宿ってアパートで暮らすことではなく、部屋を借りて、食事は賄があって、お風呂は銭湯へ行くというイメージです。 学生時代は、二時間かけて実家から大学へ通いました。「下宿」は許してもらえなかったし、自分にも経済力がありませんでした。 今から思えば、学生時代の1人暮らしを経験してみたかったです。

トピ内ID:743cd031d2358945

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最初は四畳半の下宿でした

🙂
チュン夫
65歳男性、4年の冬に共通一次が始まりました。地方在住で、他県の地方都市の大学で「下宿」しました。 大家さんの敷地に3棟あり、3畳、4畳半、6畳の「1部屋+押入」の部屋が並んだ2階建ての木造アパートでした。各階に水道が数基並んだ共用洗面所があり、各棟の1階にトイレ1~2箇所あり共用です。 入学時、日当たりの悪い四畳半に住み、2年から2階南向きの6畳間に住みました。 各棟に数台ある2槽式洗濯機を交代で使い、窓の軒下や室内に干しました。3年の時「全自動洗濯機」が入って便利になりました。 大家さんの火事防止の意向で「炎厳禁」。電気ポット、電気コンロしか使えず、インスタントラーメンかカップ麺程度。 暖房は電気ストープ、電気こたつ、電気スリッパ、足をくるむ電気毛布?。夏は扇風機でした。 テレビのない人が多く、あってもモノクロです。「ラジカセ」でいつもラジオを聞いたり、自分で録音した音楽テープを聞きました。 電話がないので、親が大家さん宅に電話すると部屋まで呼びに来てくれ、大家さん宅の玄関の電話で通話しました。こちらから親に電話するときは公衆電話から。 風呂は自転車で銭湯へ。高校の頃流行った歌「神田川」の世界かも。 ゴミも指定された方法で指定場所に捨てれば、大家さんが片付けてくれました。 同級生は3年頃からキッチン、トイレ付きの「ワンルームマンション」に住み、カラーテレビを持っていて羨ましかった。 4年になる時、高校の先生の紹介で後輩が同じ下宿に入りました。後輩はカラーテレビを持っていて驚きました。私が卒業した時(大家さんの了解を得て)後輩は私のいた2階の6畳間に入居しました。 今はその敷地にワンルームマンションが建っています。 息子2人は他県の大学でワンルームマンションに住みましたが「下宿」と呼びそうになって「ワンルームマンション」と言いなおしています。

トピ内ID:7ec4962929b60e65

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下宿じゃないし

🙂
ももぞう
学生の狭いアパート暮らしは下宿がないですからね。 下宿とは言わないのは30年前だって同じでしたよ。 当時はもうドラマや小説でし聞かない言葉でした。 下宿とはそのまま部屋貸で住む事だと理解していました。物語の中では少し昔の話として家主さんが居て、その家の1室に住んでいる情景が描かれていましたから。 地方から出てきて独り暮らししていた友達はいっぱいいましたけれど、下宿と言っていた人は誰もいませんでした。当時既に死語だったと思います。みんな「独り暮らし」とか「アパート」とか言っていました。 私の実家は、その貸す側。 住民だって「下宿先」とは言っていませんでしたよ。 トピ主さんの感覚にびっくりです。

トピ内ID:0d4264416d50f1f4

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様方

🙂
インコし
私の下宿かどうかの一つの境目は、住所に「~様方」が付くかどうかです。もう一つの基準は世帯主かどうかですね。 私の大学時代は、大家の住んでる古い一軒家の4部屋が入り口別でキッチンとトイレ付き(風呂は銭湯)になっていました。住所は様方付きで、郵便は大家が仕分けしてる感じ。電気メータは個別に付いてましたが大家の手計算、水道は固定。ガスコンロ(マッチでつけてました)だけはガス会社管理。世帯主は自分でした。 アパートとはいえませんし、下宿は同居イメージが強かったので当時は「間借り」という言い方をよくしてました。多くの学友が似たような暮らしで、風呂付きは少数派でした。 トピ主のようなアパートは下宿とは言わないと思いますネ。 でもまあ今となっては、親の金で暮らしてるワンルームマンションも下宿と言ってもいいのかもしれません。

トピ内ID:8567c06e420cd733

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アラカンです。

🙂
最強の嫁
学生時代「一人暮らし」していました。 元農家の大家さんが賃貸「ハイツ」を建てて学生向けに貸し出しました。 賃貸契約は当然「親」 それでも下宿とは思ったことはありませんでした。 寮に住んでいる子たちはバイト禁止で、学校と寮の往復。 一人暮らしはバイトの苦学生が多かったです。 土地柄だと思いますが、下宿できるような家がありませんでした。 土地を持っていると不動産屋が介入するのでしょう、大家さんは農家の方が多い地域でした。

トピ内ID:0e864ec99f87a7bb

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言わないですね

🙂
まあね
50代前半なので、トピ主さんより少し下でしょうか? 私の親世代は、下宿という言葉を使っていましたが、誰かの家に間借りすることを言っていたと思います。 一人暮らしを下宿とは言ってなかったですね。 私も大学時代は一人暮らしをしていたので、下宿とは言ってませんでした。 きっとトピ主さんの世代くらいまでが、下宿という言葉を広い意味で使っていた世代なのかもしれません。 もちろん今でも本当の意味での下宿をしている人はいるとは思います。 ただ昔ほどそういう人が多くないし、下宿するのもされるのもお互いにとって精神的に負担が大きいので、する人がほとんどいないのが現実でしょうね。 昔は、祖父母と一緒に住んでいる、親戚も一緒に住んでいるという大家族の家庭が多かったと思いますが、最近は核家族が当たり前ですよね。 だから下宿という発想がないんだと思います。 下宿=厚かましい・迷惑 という考えが多いですし、学生も下宿なんてしたくない、一人で暮らしたいって考えると思いますから、下宿という言葉を使うことがないと思いますよ。

トピ内ID:a2e2a029ef23e8ab

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下宿、なつかし

🙂
かなこ
実家が下宿をしてました。将来子供の部屋にするつもりの部屋3つを学生さんに貸していました。その中に4年以上いる人がいて、その方によく遊園地や野球場等連れて行ってもらいました。結局引っ越したのでその部屋に住むことがなかったですが………1回住みたかった。独立していて素敵でした。 息子が地方の大学に行きアパートで部屋を借りてました。 人に息子が下宿しててというと間借りしてご飯も用意してもらえると勘違いされましたねー。

トピ内ID:a2fd901fa46d98b1

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「下宿する」って動詞で言っちゃいますね

🙂
懐かしい
昭和の終わりに共通一次受けました。 同世代だと思います。 今でも「下宿する」って動詞で私はつい言っちゃいますね。 厳密には下宿じゃないことは、トピ主さん自身も理解してらっしゃる通りですけど… 「アパートに下宿する」みたいに言っちゃいます 変なんですけど口癖ですかね。 もう死語なのかな。

トピ内ID:5608bf9d9d86b0d4

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言います、言います。笑

🙂
てん。
同じくアラ還、「共通一次」も懐かしい。 自分もしてましたし、15年くらい前の息子達にも言いました。 息子達もそれで十分話せたような気がする。 あの頃は楽しかった。 私はアパートでしたが、息子達はオートロックのマンション一人暮らしでしたね。 今は?言わないのでしょうね。

トピ内ID:fdec5d914e20d911

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希林館通り

🙂
懐かしい
すみません。 ヨコ失礼いたします。 下宿というと、少女マンガ「希林館通り」を思い出します。 当時でももう珍しくなっていた賄いつきの下宿屋が舞台でしたが、ほんわかした雰囲気と画風が好きでした。 そんな頃、大学の同級生である親友が学生結婚しました。 相手は高校時代の担任教師で、リアル希林館通りだ!と驚いた記憶があります。 ちなみにデキ婚ではありません。 おかげで今でも「下宿」というと「希林館通り」と親友の彼女を思い出します。 下宿って、もう死語なんでしょうかね。 懐かしい響きです。 良いトピをありがとうございます。

トピ内ID:5608bf9d9d86b0d4

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ちょっと驚き

🙂
クリームティー トピ主
引き続きレスを頂き、ありがとうございます。 30年前に、既に下宿なんて死語だった、というお話や、親世代しか使わなかった、との話に 驚きました。 私が大学に入ったのは41年前のことなのですが、てっきり 下宿が死語になったのは、せいぜいこの20年くらいかな、と思っていました。 私はたまたま古いアパートに住んだのですが、もちろんお風呂はなく、銭湯通いでした。 友人達の多くは、一階に大家さんが住んでいたりして、2階に学生が4〜5人で、台所もお風呂も共同、電話も学生たちの中で電話に近い部屋の人が応答して、取り次ぐ、という形でした。 関西の大都市の大学だったのですが、銭湯は楽しかったですね。 いきなり、「ねーちゃん」と話しかけられて驚きましたが、 あの人懐こい感じが今でも懐かしいです。

トピ内ID:2857ee214d1efb8f

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漫画の世界

🙂
まあね
二度目ですが・・・ >台所もお風呂も共同、電話も学生たちの中で電話に近い部屋の人が応答して、取り次ぐ、という形でした。 いや~これはなかったですね。 もう漫画の世界ですね。 私は1LDK(家賃5万)で一人暮らしで家に電話を引いてましたね。 高校の同級生も、大学の同級生も、寮か一人暮らしかの2択で、下宿してる友達はゼロでしたね。 アニメでは知ってましたが、現実世界で下宿してる人はいなかったので、親世代の話しかと思ってました。 たまたま私の周りにはいなかったのかな? 大学からも、寮の資料や、アパートの資料が届いていましたしね。 きっと私の世代くらいからは、一人暮らしが一般的だったのかも?

トピ内ID:a2e2a029ef23e8ab

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歌の中だけ

🎶
アイボリー
首都郊外出身のアラカンですが、 40年前に「下宿」という言葉を使う人はいませんでした。 自宅通いの地元の同級生はもちろん。 西や北から上京した知り合いにもいませんでした。 「下宿」は70年代前半フォークの 歌の中の世界だけのことでした。

トピ内ID:4341e129b8e0b8fa

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まさに実家が「下宿屋さん」してました

🙂
いっちゃん
私がまだ小学生の頃に、母の義姉にあたる方が「下宿」業をしていた家に引っ越しました。 当時の大学生はお金が無いのが普通でしたから、2階にある4部屋を下宿用に貸し出していました。 トイレのみ共用、風呂無し食事無し、本当に勉強と寝る為だけの部屋貸し。 ひと月数千円だったと記憶しています。下宿生さん用の出入り口が別にありました。ピンクの公衆電話も。 時々大鍋でカレーを作って学生さんに振る舞っていましたね。皆さん大喜びでした。 私が中学生になる頃には希望者も減り、おしまいとなりました。当時「下宿斡旋業者」があったような? 今の方には理解不能な世界でしょうね。通じないので「一人暮らし」と言っています。

トピ内ID:4773673e184f4785

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いやいや

🙂
ズズ
20代の頃(30年くらい前)、東京工業大学がある駅の隣の駅のエリアで働いていました。 会社で取っていた新聞に、東京工業大学の学生の為の下宿の大家さん募集という折り込み広告を見たことがあります。 下宿の大家さんというのが減ってきてはいたのでしょうが、その頃はまだ何軒があったのでしょうか?

トピ内ID:8767955a529ded5a

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私なんて40代半ばだけど…

🙂
おばちゃん
私なんて40代半ばですが、まだついつい、下宿って言ってしまいます…(恥) 両親も祖父母も「下宿先」と言っていたので、癖になっているのだと思います。 25年前の自分が大学生の時は、意味は通じるけど 「下宿って~。いつの時代の話なの…」って笑われました。 でも今でもつい言ってしまいます…。 ちなみにこの間、「下駄箱」「バーゲン」と言って笑われました…。 時代についていけないタイプです…。

トピ内ID:19b9a449ce1e026d

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下宿は言わないかな

🙂
匿名
我が子も大学時代、1人暮らしをしていました。 知人の娘さんは「女性学生会館」に入れておられたので(門限有り。食事付き。男性は父親であろうと一階のロビーまでしか入れない)彼女は昔で言えば下宿ですけど言わないですよね。 スポーツの強豪校は寮母さんや調理師さんがいる「寮」に入寮しているケースがあるのでその生徒さんは下宿してますと言っていると思います。 企業の「独身寮」も変わりつつあります。 息子が独身寮に住んでいると話すと 「寮だと賄い付きだし楽だね」と言われますが 会社の借り上げマンションで自炊です。

トピ内ID:82df308e2f8fd7f9

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お風呂だけ共同

🙂
たるぴっち
共通一次の最後のほうの世代です。 学校の周りに学生専用で建てられた2階建てプレハブアパートがたくさんありました。 そのうちの一つの部屋を借りてもらって住んでましたが、「下宿」と呼んでましたよ。 6畳の部屋で家賃16000円。 キッチン、トイレはついてますが、風呂だけ共同でした。 アパートの1室が風呂場と洗濯場になってましたね。 女子大だったので、周辺に住んでいるのはほぼ女子学生ばかりの環境のためそれができたのかも。 周辺には大屋さんの家の離れの数部屋をふすまで仕切っただけの「下宿」に住んでいる友達もいました。 家賃は12000円ほどと言ってたと思います。 懐かしいですね。 30数年前ですが、学生の一人暮らしは「下宿」と呼び、そういう感覚でいましたね。

トピ内ID:26f308eb6cbbc50e

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レスします

🙂
みか
62歳女性です。共通一次元年に受験しました。 わたしが大学に入学して最初に住んだのは、6畳、ミニキッチン付き、トイレと洗濯機は共用、お風呂は銭湯というアパートの2階でした。電話は1階の大家さんの部屋の前にピンク電話があり、電話があると大家さんがインターコムで呼び出してくれました。でも、「アパート」と呼んでいました。大家さんの自宅とはまったく別でしたし、靴を履いたまま部屋まで行けたからです。「下宿」は一般的な住宅の一部屋で、食事付きというイメージがあります。いまから思うと、靴を履いてトイレに行く環境でよく2年間も生活できたなと思います。 わたしよりかなり年上の姉はもっとありえない環境で生活していました。よく覚えていませんが、姉の部屋は3畳で、隣の部屋とふすまで仕切られているだけでした。そこは1年ほどで引っ越したのだと思いますが。でも、食事付きだったかどうかはわかりませんが、間違いなく下宿だったと思います。 ところで、下宿はいまでも存在しています。わたしの町に中高一貫校があるのですが、そこの高校生向けに下宿ができたニュースを見ました。たしか、月曜日から金曜日までの4泊5日、食事と弁当付きで6万くらいだったと思います。たしか1~2人入居者がいたと思います。わたしが高校生のときにも下宿やアパートで暮らしている同級生はいました。普通のアパートや寮という場合もありますが、高校生向けの下宿はまだほかにも存在しているのかもしれません。 3歳年下の夫も高校のときに下宿していました。高校2年のとき、夏はバイクで通学していたそうですが、冬は食事付きの下宿に入っていたそうです。高3のときは同級生と3人で4畳半のアパートで暮らしていたそうです。そちらは食事付きでなかったので、夫が弁当も含めて3人ぶんつくっていたそうです。それは驚きましたが。

トピ内ID:67540ed6f5748ecd

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主さんと同級生かな?

🙂
てん。
私も同時期の大学入学。確か共通一次の2年目でしたか? 私も夫も、関西の国立大です。当時、厳密な意味での下宿をしている学生と、アパートに一人暮らししている学生を含めて、そういう学生を「下宿生」と総称していたと思います。 アパートと言っても、(私の場合は)近くにある大学の女子学生専用で、お風呂は一棟に一つ(共同)ありましたから、銭湯に行く事はなかったです。 地元で実家から通学する学生を「自宅生」、大学寮の学生を「寮生」と呼んでいたように思います。 私と夫が子育てしながらする学生時代の昔話は、下宿の部屋で大勢で語り合ったり、夜中に出たり入ったり、飲んだり食べたりの破天荒な日々の楽しい思い出ばかりで、多分それを聞いて育った息子達は、高校卒業したら家を出てそんな「下宿」の日々が待ってると楽しみに受験勉強していたでしょうね。 私達よりレベルはずっと上の学校に入学した息子達は、私達の話にあるような「代返」なんかないし、授業中もみんな真面目そのものだ、と文句?を言ってたけど、 自宅に帰りたくない友人や、同じ一人暮らしの友人を泊めて、朝までワチャワチャやってたのは全く同じで、あの空間だけは変わらずにあるのだなあと、懐かしく思ったものです。 そんなこんなで、友人間では死語だったかもしれない「下宿」は、我が家の親子間では(厳密な意味ではないですが)、息子達が大学生だった15年ほど前あたりでも十分通用していましたね。

トピ内ID:fdec5d914e20d911

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下宿は食事付きのイメージ

🙂
いなちゃん
62歳の私は、共通一次元年です。 下宿の学生が多かったと思いますが、間借りの人もいました。私の認識では、下宿も間借りも、どなたかの家の一部屋を貸していただき、食事付きなら下宿、食事なしなら間借りと呼んでいました。少数ですが、アパート暮らしの人もいて、その場合はアパート暮らし、下宿とも間借りとも呼びませんでした。 なので、トピ主さんより年上と思いますが、学生の一人暮らしがイコール下宿という感覚はありません。トピ主さんのような場合には、下宿と呼ばなかったので。 まあ、下宿って、死語に近くなっているでしょうね、今の時代、下宿・間借りという形態は、ほとんど無くなってきていると思います。

トピ内ID:281b60417cc400bd

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ありがとうございます

🙂
クリームティー トピ主
引き続き、興味深いお話をたくさん寄せて頂き、ありがとうございます。 地方によっても違いがあるのかもしれませんね。 私が学生時代住んでいたアパートは、特に学生向けではないものの、一階に大家さんがおられたので、「下宿」という気分だったかもしれません。 自分専用のトイレが部屋にあるだけ贅沢でしたが、こんな狭いトイレ見たことない、というほど狭くて、肥満体の人は入れないね、と笑ったのを覚えています。 電話も、NTTの前身「電電公社」に申し込みに行き、部屋につけてもらって、学生の分際では贅沢だなぁ、と思った覚えがあります。 ちなみに、私達が大学に入った年で、1回生から4回生まで全てが共通一次経由の学生でした。 学長だか誰かが、「○×式でしか考えられない学生ばかりになった」と嘆いていたのを今でも覚えています。

トピ内ID:2857ee214d1efb8f

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皆さんを混乱させるので、

🙂
てん。
訂正します。今年度60歳になるのは共通一次3年目の入学でしたね。 キッチンとかトイレとかが共同でなくなり、電話も取り次ぎでなくなる過渡期が私の世代くらいだと思います。学年が上がるにつれて、そういう学生が増えてきたのを覚えています。 サークルの後輩の部屋など、羨ましいなと思ったりしましたね。 余談でした、何度もごめんなさい。

トピ内ID:fdec5d914e20d911

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今もあります

🙂
美味しんぼの妻
 ウチは男子の多い学生街です。  「下宿」の看板を下げた賄い付きのところは人気です。  大家もいて、ゴハンも食べれて安上がりで安心なのでしょうね。   また、下宿というか、賄い付き学生アパートも増えてますよ。  賄い付きシェアハウス(トイレ風呂共用、賄い管理兼業)も。  反面、新幹線使った長距離通学も増えました。安心なのでしょうね。  私は大家と別棟共同体下宿、台所も共用でした。  リッチなお嬢さんも賄い付き下宿でした(安心)。  夫は激安賄い付き下宿を紹介されて入ったのですが。  賄いが「出汁もきいてなくて、激マズ」で出されたものが食べれず、自分で台所を借りて作っていました(使用は自由)。  一切食べず、むしろ同じ下宿人か作ってくれとリクエストされたそうです(有料)。大家からは顰蹙(当然)だったけど、「メシマズなのが悪い」そうです。  引っ越せばいいものですが。  ゴハン食べない、自炊しても尚その下宿は安かったそうです。

トピ内ID:edcb4b00a49f6545

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身近に有ったケース

🙂
ぱんなこった
52歳です。学生当時、下宿は、風呂トイレ共同食堂でご飯が出る形でしたよ。 トピ主さんの住んでいるような所は、「賃貸暮らし」と言ってました。 当時は、大家さんの所に親が電話してきて、取り次いでもらうのも「下宿」の人達でした。 賃貸の人は、個別に電話を引いてました。 私の友人は、姉妹やキョウダイは、賃貸を借りて共同生活?をしている傾向が有りましたね。 学生寮や下宿で上手く行かなかった(馴染めなかった)人は、賃貸暮らしをしてました。 こんな感じかな。 今も、地方では、たまに有るみたいですよ。 前にテレビ番組の特集で、熊本の阿蘇だったかなぁ、大家さんは、下宿と賃貸と両方経営していました。

トピ内ID:4118555e369f805c

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実家が下宿屋でしたが

🙂
jj
賄いはやってませんでした。 学生ではなく、近所の工場に勤める若い女性ばかり10人くらいいました。 当時は相部屋でしたね。 3人くらいずつ同じ部屋で寝てました。 家主と同じ家の一部分に住んでました。 勤務先が24時間稼働してる工場なので、食事はそこですべて済ませられたようです。 お風呂も近所の風呂屋。 家主と共用なのはトイレだけという、本当に寝るだけの部屋でした。 休日は皆出かけて行きました。 毎日他人と一緒では息が詰まるのかな。 相部屋下宿は住居費が安いのが一番の魅力でしょうが、地方から出てきたまだ10代の女性ばかりなので、故郷の親御さんにしてみればアパートに住まわせるよりも家主の目が届く下宿の方が安心と言う一面もあったと思います。 門限もあるし、病気になったりしたら誰かがなんとかしてくれますしね。

トピ内ID:a7554009de3d1cd9

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死語なんですか!

🙂
母牛
昭和60年代に、関西で大学生活を送っていたものです。 うちの大学には寮があり、「自宅生」「寮生」「下宿生」という呼び方がありました。そのせいか、マンションに住もうが大家さんの家に間借りしようが、自宅外から通学している子は下宿生だと思っていました。 もう、下宿という表現はしないのですか…びっくりしました。 昭和時代は、学科別の名簿(住所も電話番号も載ってる)があり、○○マンションとかよりも○○荘とかの方が若干多かったかな。 でも○○様方、という住所だったのは学科で私だけでした。古くて大きいおうちの2階に間借りして、1階には大家さんがおられて、トイレ台所は共同、お風呂は銭湯でした。当時でも珍しくて、よく友達に泊まりに来てもらってました。懐かしいな〜。

トピ内ID:593128625169f405

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毛色が違うかもしれませんが

🙂
メリー
私の周りでは「下宿」は今でも現役で使われている言葉ですね。 10代や20代の若い人も普通に使っています。 家族が自衛官です。 自衛官は基本的に駐屯地や基地の中に住むことになっていて、住所も駐屯地や基地の中になりますが、その部屋とは別に外の賃貸物件を借りることを「下宿」と言っています。アパートだろうがマンションだろうが一戸建てだろうが、外に借りた物件はぜんぶ下宿です。 結婚すれば外に住所を置いて通勤することもできますが、その場合は下宿とは言いません。 個人的に下宿は昔ながらの部屋貸で賄いつきのイメージだったので、初めて聞いたときはちょっとびっくりしました。

トピ内ID:2b417d985af2610b

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