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あなたのご先祖どこ迄辿れますか?

レス35
(トピ主 2
🙂
真亜子
ひと
北海道に住んでいます。明治になって入植したのでご先祖は道外です。 両親がなくなった時、弟が戸籍を取りました。初めて両親が来た県の都市名が分かりました。住所は今はないですが母の高祖父の出身地が分かりました。父の出身地は本家なのですぐに分かりました。記憶では仏間の仏壇の横に沢山の位牌があり、月命日とか法事とかをやっていました。戸籍は明治になって作られた分は取れました。一番古い出生日は江戸末期です。それが最高遡れた先祖でした。 母の先祖は母の弟が祖父の菩提寺迄行き少し遡れました。でも名家でもないし本家でもないのでいったいどこから来たのか分かりません。 テレビで家系図がある家庭を見ると羨ましくなります。家系図があると言うことはいつの時代まで遡れるのでしょうか。余程の名家なんでしょうね。 北海道は遡るのが大変です。私の友達もどこから入植したか親から聞いていない人が多いです。道外の方は今の場所に親代々住んでいるから分かるでしょうね。

トピ内ID:9eec5bcf0a043336

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レス数35

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うちも

🙂
うちも昔親が調べてましたよ。トピ主さんが調べられたのと同じ程度を辿れたみたいです。案外辿れるものですね。 親が作った家系図を広げながら感想を喋っていた事を思い出します。 実を言うと歴史の観点から、日帰りでは行けない遠方のある集落のある姓字の本家の系譜を見てみたいと思っていて、そういう所が何か所かあります。 ただの一般市民がいきなりその集落に行って、本家の系譜があれば見せて下さい、なんて言えるわけもないなと完全に諦めています。 妄想で、訪ねて行ったら過去帳とか、ひょっとしたら巻物の系譜とかもあるんじゃないかな、と思ってしまったりしています。

トピ内ID:e0481cee59ba5b15

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30代くらい前まで

🙂
ラッキー
家系図があるので30代くらいは遡れます。 とはいえ、私の代で終わりですね。

トピ内ID:b878fc1cdb0c2e2a

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戸籍としてはたどれませんが

🙂
ねこのかたち
本州ですが実家は恐らく私から5代ほど前まで戸籍上はたどれます。それ以前もずっと現在の 集落にいたようです。500年ほど前に同じ県内から開墾の為に3日かけて今の集落に来たという 記録が残っています。当時の殿様に連れられて来た家来なんでしょうけど、偶然なのか特徴的な 苗字の者が連れられて来たようで今も集落の7割はその苗字です。江戸時代は農民だった と思うので自分の意志で動くことも出来なかったからだと思うのですがなかなか気が遠く なるような年月だなと思います。 しかも今でも元々いた土地にも同じ苗字の家が多数あるということです。偶然私の先祖の場合は 開墾という特殊事情で移動してきたから記録としては残っただけであって恐らく大方の庶民 はそんなもんなんじゃないかなと思いますね。

トピ内ID:4ac84a032abf5ab3

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江戸時代半ばくらい

041
まり
私の場合高祖父くらいから東京で高等教育を受けるために上京してきたらしく、親戚が作った家系図では江戸時代半ばくらいまでは辿れています。 それ以降は親戚全員東京生まれ東京育ちなためよく分かりませんが、代々の墓地があり墓石を探せば更に辿れるのかとも思います。 高祖母の実家は文化遺産的に残っているらしいのでそこの郷土史みたいなものを調べれば分かるかもしれませんが、そこまでの情熱がないし本家でもないので今のままで満足しています。

トピ内ID:1a50588c4efb1e3e

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うちも

🙂
どさんこさん
うちも北海道です。 祖父(母方)の時代に本州から入植しています。 名字がその地方で多いものなので、そこの出身と知ると「ああ、なるほど」と思ったくらいでしょうか。 母が亡くなった後に手書きの家系図のコピーが見つかりました。 本家で調べたものを書き写したもの(私が学生の頃叔父が調べると言っていた)ですが、江戸初期~中期?と書かれていましたが、最初の方は「え~、それ嘘やん」という有名人が書かれていました。 まぁ名字が同じだけで全然関係ないニセ家系図だとありがちな人物だと思います。 ある程度途中までは信ぴょう性がある感じなので遡れたのでしょうね。 直系の男性名だけ書いてありました。 父方の方は祖父が早く(父が幼児の頃)に亡くなったので、それ以前の先祖についてはっきりしません。 本家の人も本州に引っ越してしまって亡くなっているので全然ですね。

トピ内ID:7c6cceef457a284f

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私も北海道生まれ、祖父母は開拓民です。

🐱
とら猫
父方の本家に家系図があります。 1617年だったと記憶しています。 初代と妻には子供がなく、初代ともう1人の女性が子供を産み現在に至ってました。 もう1人の女性は側室でしょうね。 私は60代ですが20代の頃、「どこかの殿様の家来だったっていう話だ」と母から聞いた事があります。 私は、元を辿れば皆おなじでしょと思ってたのですが、家系図を見た時本当だったんだ…と思いました。 伯父が北海道の本家。父と伯父の、従兄弟がいる宮城県が総本家です。 伯父の存命中15年前まで、お葬式に総本家の従兄弟が来てました。 北海道では、15年位前とはいえ総本家と付き合いがある家は、意外と珍しいかもしれません。 友人に言ったらビックリしてたので。 確かに父方は貧乏ではないですが、私の父は借金のかたに土地も家も取られました(笑) 現代では色々なので(笑)。 家紋は菱紋の種類です。

トピ内ID:1b35990bfd07e2cc

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アダムとイブまで

🙂
メロ
私のことじゃないですが。 以前、留学生と話していたら「実家に家系図がある。アダムとイブまでつながっている」と言っていました。冗談でなく本当みたい。 ま、本人も信用してないみたいに思えましたが、そういうものの存在はその人の国ならあり得るかもと。

トピ内ID:2bf7d9c050dbcddb

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家系図ないと思う

041
あかぎれ
九州北部生まれです。 私が生まれた実家は田舎の本家と言われる農家でした。 家系図はあるはずなんですが、私が1歳か2歳の時に自然災害(洪水)で家が崩れて住めなくなったので、家系図も流されてなくなったと思います。 住めなくなった家があった場所に祖先はずっと住んでいたと聞きました。 小さい頃に私の祖先(長男筋)の名前を同居していた祖父が教えてくれました。 家系図があれば見せて教えてくれたと思います。 15年前に祖父が、昨年父が他界しましたが、その時も家系図の話は一切出ていないので家系図はないと思います。 祖父が教えてくれたのは、曾祖父(私が生まれた翌月に他界)、ひいひいおじいちゃん、ひいひいひいおじいちゃん、ひいひいひいひいおじいちゃんの名前。 ひいひいおじいちゃんから先の人達の配偶者の名前、何人子供がいたとかは分かりません。 親族のつながりが密な地域なので、曾祖父以降の親戚関係は全て分かります。 NHKのファミリーヒストリーを見ていると、ゲストの有名人は親や祖父母がどこから来たのか知らない人が結構いますね。 ゲストは知らないけど、ゲストのきょうだいは知っているとか。 ファミリーヒストリーでは図書館や役所で先祖の仕事や出身地を知ることがありますが、あれって一般人でも見せてもらえるのかな。 どうなんでしょう。

トピ内ID:6c5adaec11ac4adf

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ご先祖の菩提寺

🙂
田舎の本家の娘
戸籍上は江戸末期(明治初めというべきか)。位牌では江戸中期まで何とか読めます。もっと古いものは黒く変色して赤外線カメラでも使わないと読めないくらい。実家は昭和初期にお墓ごと引っ越したようで、元の住所近くにご先祖の菩提寺(昔の領主の菩提寺でもあったらしい)があることまでわかっています。そこで過去帳でも見せていただければかなり古くたどれるようです。母方も同様です。

トピ内ID:0c7113c0ba9ac0ff

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家系図は見たことがありませんが

🙂
おか
ご推察の通り、同じ地にずっと住んでいるため割合簡単に遡ることができます。 父方は先祖代々氏神を祀っており山深い地に住んでいます。その代ごとの墓が順に並んでいます。 一番古いものは室町、戦国時代(!)で天文何年と書いてありました。 母方は大陸を渡ってきた技術集団だったと聞いています…本当か? 家系図はありませんが、お墓から江戸時代中期ごろまでの先祖は確認できます。

トピ内ID:caa14cde55997fe6

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あまり辿れません

🙂
シマゾイ
我が家も北海道ですが戦前に祖父か曾祖父が樺太に渡っていてその前はどこに住んでいたのかわからないです。父は興味が無かったようで話を聞き漏らしています。昔のことを調べようにも樺太は戦後の混乱で多くの戸籍が失われたそうです。 父が死んだとき原戸籍を取り樺太の住所まではわかりましたがそこまででした。もしかするとどこから来たのか辿る手段があるのかもしれませんがわからず放置しています。 母方は本州で、古い記録に一族のことが記載されていて江戸初期まで辿れます。江戸時代より前は京都と書かれていました。 やはり北海道と本州ではどこまで辿れるか違いますよね。 津軽海峡を超えると前のことがよくわからなくなるようなので、私は北海道開拓に入った人は皆先祖と思って暮らしています。

トピ内ID:5998727d92e62d6f

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叔父が調べていました

🙂
海賊の妻
私から見たら祖父、その上の曽祖父、その上のお祖父さんは戦国時代になります。諏訪弓組で足軽でした。伊達政宗の最下位の家臣にも入らない足軽でした。そして臆病者でした。戦が有ると長持ちに隠れると言うへっぽこでした。そして我が家の男はみんな臆病です。だから子孫が生き延びたのかも。ある時祖父が職場でくじで外車が当たったそうです。そして当時大学生の叔父が免許を取りました。都内を一周したらみんな真っ青になりました。祖父は「はなはだ危険な乗り物である。このようなものはいらない」と言いコンチネンタルリンカーン(だと聞いたような気がする)はすぐに売りに出されました。我が家の伝説です。その叔父は死ぬまで運転しませんでした。祖父は照明の紐を引っ張って電球が付くと「わたくしにもこのような事ができましたぞ」と言い、猫が近ずくと「この獣をなんとかしたまえ」と言いました。家の息子も臆病です。免許も仕方なく初任地でとりました。しかし新幹線で帰省します。高速は危ないそうです。その息子は、伊達政宗の家老の家に生まれた義母を持ちました。義父は源頼朝の家臣で義経を追討に来て、褒美に東北地方の大地主になった人です。苗字歴史を調べるとその通りでした。息子はお姫様をもらった草履取りみたいな物かと思います。 しかし臆病な一族でしかもケチですが、みんな学問が好きな専門分野を持つ面白い人たちばかりです。皆何らかの本を出しています。

トピ内ID:04693b6f86c14343

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家系図だけで言えば

🙂
寒更紙
家系図だけで言えば 正和(父方) 慶長(母方で見た) ですが、こっちから辿れば枝分かれして(母→母→父→父)とわからなくなるのでただ家にある物で言えばそうなっています。 名家ではないですよ。大河ドラマに名前が出てきたことは無いですから。 でもきっと戦に行く時仕えていた武将の中にちらっと映ってるのでしょうね笑 そう考えると面白いです。

トピ内ID:fb0e76752f637206

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曾祖父母の一代前まで

🙂
ぎんねこ
父の実家、あるいは嫁ぎ先の家系図を見ると、曾祖父母の一代前までですね。もちろん江戸時代生まれの方達です。そのころは離婚なんかなかったし、綺麗な家系図でした。亡くなったのが、大正の終わりの方か昭和初期です。 最近代が変わって、父親の代が軒並み急逝して、私たちの代がおじいちゃんおばあちゃんになってきています。 最近離婚が急増していますが、明治時代や大正時代のように、なかなか離婚しないのを見習ったほうがややこしくなくていいと思います。一生添い遂げるこの覚悟で何代か前は生きていたんですよね。 嫁ぎ先の方は、香取神宮の宮司の流れで、父親の実家の方は、大分県の農家のよう。曾祖父の代で、商家を営み、父親の代は、サラリーマンでした。

トピ内ID:e63231f97a922a96

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トピ主です

🙂
真亜子 トピ主
レスを頂きありがとうございます 凄く面白いと思います 北海道の方のレスは同感したり 道外の歴史ある家系も興味深く読ませて頂きました 母の父は富山県から単身北海道に渡りました ただ叔母や叔父の結婚式に祖父の親族の出席はなく不思議に思っていました その理由は私が大人になってから知りました  祖父は農家の長男ではなく後継ぎではありませんでした 分けて貰う土地もなくある時家を飛び出し北海道へ来たそうです 知り合いもない土地で農家に住み込みで働き戦後の農地解放で土地を得て自立し家庭を持ったそうです そんな訳でルーツを辿るのは難しくやっと母の弟の菩提寺巡りから断片ながら見えて来ました 父方のルーツも富山県でしたので食べ物(いとこ煮・まがれの入った雑煮)や方言(ねまる・あんさん・言葉のシとツが逆)は両家とも似ています  母の父が家出をしなければ私がいなかったわけですが その分祖父の親族がすっぽり抜けてルーツが分かりません これまで調べて戸籍は明治時代に出来たと知りました もっと聞いておけばよかったと思っています

トピ内ID:4dfc5c0ec11c1ec2

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北海道は富山から入植した方も多いですね

🙂
なな
富山までわかっていれば菩提寺が分かれば江戸の始めまでは辿れるとおもいます 江戸時代は過去帳でしたっけ、どこかの寺に所属しないといけなかったので うちは元禄年間までは遡れました 友人の中には戦国時代までは遡れる人も何人かいました 知人のなかには、鎌倉や奈良時代まで行ける人もいました 大変なのは東京市だった方たちで、関東大震災や空襲で戸籍が焼失してしまったため、改めて戸籍を復元(正式な名前は失念)しましたが、先祖を辿るのは著しく困難になっています

トピ内ID:424c0a93cab576f5

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父方は辿れます

🙂
世が世なら
歴史の教科書にもチラッと名前が出でくる某藩の藩主なので正式な家系図があります。 時代劇にもたまに登場するので、テレビの前で「出たー」と一瞬盛り上るのですが、関ケ原で豊臣についた残念な御先祖様なので、「あーなんでそうなる~」とガッカリしておわります。 でも大好きだった「鎌倉殿の十三人」で大泉洋扮する源頼朝が名前を口にしてくれたので嬉しかったです。 やはり残念な立ち位置でしたが(笑)

トピ内ID:4ead19d7fce95c7d

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先にレスした北海道生まれの者ですが

🐱
とら猫
地元(北海道)の親友の祖父母も、富山県出身と言ってました。 その親友のおばあちゃんが生前、「富山の親戚から電話が来て久しぶりすぎて、ビックリした」と話していた事を聞きました。 私の母方な祖父母は、新潟県弥彦出身で北陸が多いのでしょうかね。 親友夫婦が首都圏に遊びにきた時、いつか富山と新潟で「ルーツを見る旅」をしようかと昨年話していたんです。 開拓民はほぼ、次男三男以降が一族で北海道にきてますよね。 長男以外、土地など相続出来ませんから「野心」を持って開拓しようとしたのでしょう。 父方の私の祖父は次男で妻と、三男夫婦と共に北海道に入植してます。 だから総本家の父の従兄弟は、北海道の伯父叔母夫婦を知っており葬儀に来てるんです。 主さまの祖父も1人で入植しているから、県外の親族と付き合いが無くなっただけで、ケンカじゃないかもしれませんよ? 1人でとは、良い意味で度胸のある変わり者だったのかもしれませんね(笑顔) 伯父は総本家の従兄弟から家系図を一時的に借り、そこから北海道の本家の家系図を作成した様です。 両親共に他界すると、何故かルーツを知りたくなりますよね。だから伯父の気持ちも主さまの気持ちも分かります。 気持ちの余裕があるからこそ出来る事で今を取り巻く環境、親きょうだいに出逢った事も先祖に感謝ですよね。 主さまもご兄弟で、ルーツを探す旅を計画してみては? 目標が出来て楽しいと思いますよ。

トピ内ID:1b35990bfd07e2cc

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うらやましいです

🙂
きらり
父も母も亡くなって、おりません 2人とも(昭和16年、21年生まれ)養子、一人っ子で育ち、本当の両親は知りません 叔父とか叔母とか、いとこに憧れがあります いいなぁ

トピ内ID:f66db1144943eafe

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菅原道真

😉
著名人
トピ主さん初めまして!母が、生前、自叙伝を書く為に、何年も掛けて父と調べてました。元々、両家とも由緒ある家柄と言うのは知っていたのですが、先祖が著名人って事が解り、物凄く驚いています。その方法とは、やはり、地元の市役所で調べるのが良いみたいです。当時の資料とかが保管してあるからです。もし、今は無い集落だったとしても、近くの市役所とかに絶対保管してあると思うんですよね?あとは、同じ苗字が集まっている場合って、遠い親戚だったり、元々居た場所から(戦国時代)逃げて来た可能生が高いらしいです。仕事があるし、お金が掛かるので、休んでまで調べる事は出来ないけど、ちょっと、自分のルーツを知るのも憧れますよね。

トピ内ID:4353446163e0be3f

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室町

🙂
金子
父方が先祖代々京都で室町時代から大正まで同じ土地に住んでました。 室町時代から名字を持つ家で、現在私が名乗っている名字の元祖らしいです。 菩提寺に家系図があります。 傍系の家ではさる大企業の創設家となっていますが、直系の我が家は私の曽祖父(大正)と私の父親(昭和)の2回も家を潰し夜逃げをして別の土地に住むド貧乏家となってます。 一人っ子の私は未婚・子無しなのでここで家系は断絶。でも、同じ名字を名乗る人達が全国にたくさん増えたのでうち一軒くらいなくなっても構わないです。

トピ内ID:2e5e62ffdc34bf87

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文政

🙂
たんぽこ
役所から引っ張り出せる最古の戸籍で文政時代の先祖までわかるよ~ 昔は孫まで載せられたりしてたんで、色んなご先祖様が戸籍に入ってて 面白いよね

トピ内ID:23283ff11062f162

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私も北海道です

🙂
フラパラ
我が家は父方の祖父の先祖はは岐阜からの入植者、祖母の先祖は秋田からの入植者です。 母方の祖父の先祖は岐阜で祖母は四国の徳島からの入植者みたいです。 来た時期はそれぞれ明治中期〜後期だったみたいです。 私の父も先祖を辿りたいと思ったらしく、岐阜と秋田に出張行った時に住んでいたと思われる集落に行き調べたみたいです。 残念ながら岐阜の方は辿れなかったみたいですが、祖母の先祖は住んでた集落の名前がわかっていたのでお寺で過去帳を見せてもらったり、その地域に住んでる高齢者の人に聞くとわかったみたいで結構辿れたみたいです。 その集落は殆ど全世帯に屋号があり、屋号で呼び合う?地域みたいです。 北海道は歴史が浅いし、殆どの人が土地を求めて入植してるのできっと生きていくのに必死で家系図などを持ってきてる人は少ないのかな?と思いました。 因みに北海道に住んで3代目からが真の道産子なんだよ。と祖母に教わりました…笑 アラフォーの私は真の道産子です。

トピ内ID:f232821be419506a

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歴史屋さん

🙂
りんご
歴史屋さんというのがあるふそうですね。 家族が調べて、和気清麻呂の時代まで遡れたそうです。 子供の頃はふーん、と聞いていました。

トピ内ID:2c00a27d5c1b6b88

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幕末

🙂
元士族
調べたことがあります。 幕末までは遡れましたが、それ以前となると… ・役所が古い資料を破棄していた。 ・廃仏毀釈の激しい地域で、菩提寺が破壊され過去帳が残っていなかった。 という大きな壁にぶつかりました。 父方のご先祖は土着の武士(下士)だったので、だいたいこのあたりの一族だったというところまでは分かりました。 母方も明治初期までは豪農だったため、その地域に同姓の一族が今でも居住しているところまでは分りました。

トピ内ID:79c726c96737a91e

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一応関ケ原辺りまで

🙂
ねも
家系的には6代遡れば幕末の譜代幕臣に辿り着きますので、家としては江戸幕府成立前からあったとは思います。ですがその間に養子を取っている可能性もありますので血筋として確かなのは幕末からです。 ひいひいおじいさんは華族の端くれで、次男の曾祖父は四国でそれなりに羽振りがよかった模様。祖父の代で傾き夜逃げして本州に辿り着き、長男の叔父が自営業で不動産をはじめました。 今の当主は従兄ですが結婚生活で色々揉めているようですが詳しくは知りません。叔父が亡くなったらもうお付き合いは無くなると思いますので、そうなると家系的にはまた新しく始めるのですかね? 調べた感じ代を重ねるごとに格が落ちていくので、親の身代を食いつぶしていき申し訳ないです。

トピ内ID:90d525f44cd454bf

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戦国時代の末期まで。

🙂
プライ
父方はお寺で戦国時代までは知ってます。その頃に寺の焼き討ちを逃れて現在の場所に移住してきた記録があります。 父は跡継ぎでは無かったので私達家族が知っているのはここまで。 多分、本家の跡取りはもっと知っているかも。

トピ内ID:f0b14992aae29308

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秀吉の時代。

🙂
クッキー缶
秀吉の手の者に殺された、15歳の○○城主、△△丸の末裔だそうです。 家系図もあり、100歳まで生きた祖父が、色々調べて本も出しました。 ○○城の○○の部分は、今も屋号として使っています。 城の跡地(祖父の土地)には祠があり、家の裏には御神木もあります。 子供の頃、その実で遊んではいけないときつく言われました。 昔、御神木で馬の餌の桶を作ったら悪い事が続いたとか…。 築200年の家の柱には、雷が落ちた跡もあります。 病で家で寝ていた人が、その衝撃で治ったとか…? 祖父の田んぼから古銭がザクザク出て上野の国立博物館に展示され、観に行ったこともあります。 母や伯母たちは「私達は姫だから〜」なんて冗談を言っています。 残念ながら内孫ができず、私達の代で終わりそう…。 その為の分家ですが、やはり寂しいですね。

トピ内ID:ab609a97cb87d920

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分家

🙂
じもてー
父方も母方も、地元を離れていないので、辿ろうと思えば辿れるはずです。 ただ、いずれも分家なんですよね。 戸籍で辿れるのは明治時代までだし、それ以前は本家に聞くかお寺に聞くか… 他の親戚たちにしたら「ずっと同じ土地に住んでるのになぜ調べる必要が?」って感じになりそうですが、私は地元を離れてしまったし、父方の本家も女の子しかいないので、今後どうなるか… (母方の本家は、代替わり以後は疎遠です) 私の子供たちに伝えるためにも、調べておいた方がいいのかな… 一方、私の本籍地は、義父(夫の父)の出身地になっています。 結婚する時の義父の頼みでこうなっていますが、遠方なので一度しか行ったことはありません。 就職で故郷を離れた義父の、せめて書類上だけでも…という想い、今ならわかる気がします。

トピ内ID:1c5f20004b34e645

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トピ主です

🙂
真亜子 トピ主
沢山のレスありがとうございます。 私の父方の先祖は富山県の立山黒部アルペンルートの入口の側です。旅行が好きでまだ先祖の出身地が分からない頃に、友達と参加したツアーでその場所から入りました。余り意識せず富山市内の観光をしたのが残念でした。 元々歴女?歴婆でした。主人とは全国の城下町やお城や庭園や城跡や街道巡りをしました。10年ほど前に全国47都道府県を制覇しました。 ですから鎌倉時代・室町時代・戦国時代と聞きますとわくわくします。まして古銭がザクザクいいですね。城主いいですね。 主人のご先祖も富山県で足軽だったと言っていますが、歴婆としましては武士と言うより槍か刀で戦場を走り回る姿しか思い浮かびません。最前線で良く生き延びたと思っています。なので下級武士と言っていましたが本当かどうか疑っています。でも本当だったら、戦国時代なら戦場でもしかしたらどなたかのご先祖と一緒かも。 私の場合殆どご先祖が分からず想像のしようがありません。ますます家系図に憧れます。ただ農民なので大したものは出て来ないでしょう。 

トピ内ID:076fcd12baf255b8

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