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オーダーメイドの服を着ていた昔を思い出しました

レス30
(トピ主 1
🙂
クリームティー
話題
昭和38年生まれのおばちゃん(おばあちゃん?)です。 大好きな朝ドラ「カーネーション」をブルーレイで見ていたら、昭和38年当時、オーダーメイドと既製服の割合で、既製服の方がずっと多い、と言ってました。 それを聞いて、昔のことを思い出しました。 普段着は全て既製服でした。 しかし、何を思ったか、大学の入学式に着る服だけは、すごく特別!と思ったんでしょうね。 何故かオーダーメイドの上下を買ったのでした。 でも、期待外れな出来上がりで残念!と思った記憶まで思い出しました。 今じゃ考えられないなぁ、と懐かしく思い出しました。 皆様、オーダーメイドの服を着る機会はありましたか? やはり、昭和半ばくらい生まれ以上の方だけでしょうか?

トピ内ID:f33ca25c3270b301

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レス数30

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工場製品

🙂
Gパンではなくデニム
36年生まれです。 私の服は既製品ではなく、母が洋裁の得意な知人や親戚に頼んで作って貰っていました。とはいえ、アッパッパみたいなもんでしたが。 母は既製品を「工場製品」と一段も二段も下にみていて、「よそ行き着」はデパートで作って貰っていたようです。 ついでに言えばGパンを「あれは労働者が着る物で普通の家の娘が着る物じゃない」と買ってくれませんでした。

トピ内ID:c4ef319a23ccafe6

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祖母がそうだった

🙂
のの
祖母は大正生まれですが、器用な人で和裁も洋裁もできました。 自分の服ぐらい縫えましたが、小柄で既製品は子供服しか合わなくてオーダーメイドの服ばかりでした。 祖母の家にはデパートの箱が沢山あって、変わった布で仕立てたスーツやワンピースが一箱に一着ずつ入っていました。どれも街中では見かけないようなキラキラした感じがしました。 髪はいつもパーマをかけて、明るい茶色に染めていたオシャレさんです。 女性医師さんで年に2回海外旅行に行っては、目新しい物を買ってきました。「素敵だと思って買ってきた」鞄が数年後初めて日本に紹介されたグッチだった時、母はビックリしたと言っていました。 母は普通の背丈で既製品でも着れたから、オーダーメイドで作ったことはないです。私もない。 既製品が合うのにオーダーメイドで誂えるのは、滅多にないんじゃないでしょうか。今だと本当に聞かないですね。

トピ内ID:3258ea04d3de8a7c

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そうですね

🙂
眠り姫
トピ主さんより少し若い世代です。 先日、義母が片付けをしたときに、 昔彼女が作った服をもらいました。 なかなか素敵な昭和レトロ柄のワンピースです。 オーダーメイドではありませんが 一点もの。 せっかくなのでそれを着て銀座にでも行こうかと思っています。

トピ内ID:ca70170780ea2b40

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Everything mast change.

🐱
むらくも
都内在住、男です。 私が高校生の頃ですから、今から40年以上前の話です。その頃は小さな町にも一軒くらいは、映画館とテーラーがあったと思います。 自営業の父親はお洒落好きで、年に1度くらいはオーダーメイドのスーツを作っていました。 私が高校を卒業する年に、父親行きつけのテーラーで初めてフルオーダーのスーツを作ってもらったのを憶えています。サザンオールスターズがデビューした2年後だったかな? 1970年代の終わり頃ですから、バブル前夜という感じで、世の中全体が活気に満ち溢れていた。 それに比べると今の日本は、数パーセントの天上人はいるけど、庶民のマインドが、すっかり縮こまってしまいましたね。

トピ内ID:7ea4a4f97cd613ad

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同い年です

🙂
アーモンド
母親が洋裁を生業にしていました。 大手デパートで働いていた頃はお金持ちのお嬢様のウエディングドレスを仕立てるくらいの腕前でしたが、結婚して田舎に引っ込んでからは農作業の傍ら、ご近所さんのよそ行きスーツなどを仕立てていました。 というわけで子供時代の私の一張羅も、ほとんどが母の手になる「オーダーメイド」でした。 東京の従妹が着ていたオシャレなジャンパースカートを完コピしてくれた時は本当に嬉しかったなあ。 「オーダーメイド」の洋服は当時でもそこはかとなくレトロでオーバーコートはツイード地、毛皮の襟とポンポンがついていました。 高校の制服も「オーダーメイド」でした。 母がお古の制服をもらってきて解体し、型紙を作って同じような生地で私の体型に合わせて作ってくれたのです。 中年になった頃突然その記憶が蘇り、思わず泣きそうになりました。

トピ内ID:7ec1ce3d82efdd55

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着てましたよ

🙂
今は昔
昭和45年生まれです。 結構オーダーメイドの服を着てました。 でも高級品ではなく、昔は普段着でも作ってくれる洋裁を生業とする個人の方がたくさんいました。そういう方に作ってもらってました。 むしろ既製服の方が高くて格好良かったです。 今はオーダーメイドと言ったら高級品という感じですが。

トピ内ID:688b9296d09a585d

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S45生まれです

🙂
レトロ
私の母の友人にオーダーメイドの洋服店を営んでいる方がいて  ワンピースやパンタロンを作ってくださり、それを着ていました。 お洒落なつなぎの花柄のベルベットのスカートやワンピースはとても可愛くてとても気にっていましたが、お洒落すぎて普段は着れなかった思い出があります。 パンタロンは、幼ながらも「えーーー!この柄?」青地にマーガレットが散りばめられている生地…今、あったらとてもレトロな生地のパンタロン。 今で言うブーツカット???お揃いの上着もあった記憶があります。 もう、本当に嫌でした。 30歳になる娘に着ている写真を見せたら 「かわいい〜〜。こういう生地でブーツカットのズボンを作って欲しかった。子供に着せたいから作ってよ」と言われました。 かわいい2歳の孫に作りましょうかね。 今、とても昭和チックな柄の生地や雑貨が流行っていますね。 娘に着せてあげたかった! 母は、その友人が作ったお洒落なワンピースなどがほとんどでした。 私のタンスの片隅に、母が亡くなった時に持ってきたワンピースやがあります。 捨てれずにいます。

トピ内ID:a0b37ac74ee162f7

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ないですね

🙂
城下町
トピ主様より年上です。確かに母親は近所の方に外出着の仕立てをお願いしていましたがデパートやスーパーが各地に出来て、既製品を購入するようになりました。当時は既製品も現在のように各種販売されていませんでしたね。 自分は就職してからもスーツもワンピース等、全て既製服です。当時の7号か9号。お仕立てしたのは冠婚葬祭各和服のみです。 また職場の先輩のお母様は、近隣にレース生地製造や織物会社があり、年一度の工場販売日に数点購入して先輩のための通勤着その他の仕立てをやはり近所の方にお願いしていました。 友人は定年退職までデパートでオーダーメード。ブラックフォーマルもオーバーコート一式揃えですね。職業的にも各必要だったそうです。 ありました。義母がケミカルレースのワンピースとブラック上着を仕立に出してプレゼントして下さいました。今から47年前の事です。 今は出かける事も少なくなりましたが、コンサートに行くときには頑張ってお洒落に努めたいと存じます。まだ花粉も飛んでいますのでマスクは手放せません。

トピ内ID:97fa91a1070551ff

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オーダーメイド今でも

🙂
紫陽花
還暦女です。 子供時代はほとんどがオーダーメイドでした。 デパートに生地持ち込み、 採寸してもらいました。 他は母親の手作り。 スカート、ワンピース、 バッグ、ニットも。 発表会やおよばれ服は、 デパートオーダーメイド、 ちょっとしたお出かけ着や、 普段着は母親手作りです。 だから雑誌に型紙や縫い方の付録がありました。 よく母に「次はこれ作って」とねだり、 作っている最中横で出来上がる様子を見るのが好きでした。 お出かけ着には必ず帽子もセットでした。 ワンピースやカーディガンにブローチつけるのも定番。 今アルバム見返しても、 なんて素敵なセンスの服を着させてもらってたんだろうと、 うっとりします。 小学校高学年では、 ツィードのスーツ、オックスフォードシャツに、ニットタイつけたり、 セーラー服を冠婚葬祭で着ました。 オーダーメイドです。 中学生になり、 母が働きだしたら、既製品割合多くなりました。 先日母が20代で着た オーダーメイドのワンピース譲り受けました。 ウェスト56ですがかろうじて着れます。 今は量販店のシンプルな定番に、 自分なりにボタン変えたり、 ブローチつけて高級品に見せてますが、 気合いの服やコートはオーダーメイドです。 カーネーション、私も観たくなりました。

トピ内ID:3764fafc469aec37

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身近

🙂
通りすがり
スーツならオーダーメイドもセミオーダーメイドもチェーン店化して大型商業施設にあります。 なので昔より身近になっています。

トピ内ID:52e5f2cf2425c2ed

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ほぼ同世代です。

041
大学入学式に合わせてスーツをオーダーメイドで作った、これだけで当時のトピ主さんの大学生活へのワクワク感が感じられます。 そういうのっていいですよね。 私は洋服は既製品のみです。オーダーメイドは無いです。 習い事の関係上で自分の身体のサイズに合わせてた着物を仕立ててもらうぐらいです。浴衣も仕立ててもらってます(ちょい太っちょだから(笑)) 夫のスーツはセミオーダーで作っています。 理由は腕が長く胸幅が厚いから、既製品だと袖丈が短く胸幅が合わないのです。 フルオーダーは流石に高くて手が出ません(笑) タイトルは忘れましたが、漫画で父親の跡目を継いだ女性の仕立て屋(テーラーと言うのでしょうか?)が色んなお客にふれ合いながら職人として成長していく話があるのです。 それを読んで、自分で生地とスーツのデザインを選びお店の人と会話しながら仮縫いをして細かい所を相談しながら作ってもらう。 憧れました。 でも、相当な特別感があるイベントがない限りフルオーダーの縁は無いですわ。 そういうイベントも、もう無いしね(笑)

トピ内ID:6c3a68e63ae6d669

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ほぼ同い年です

🙂
1/6アップルパイ
プロのオーダーメードではないですが、小学生頃まで母がよく服をつくってくれました。修学旅行もパジャマ以外は全部手作りでした。大好きだった黄色いセーラーカラーのブラウス、今でも思い出します。 プロに作って貰ったのは結婚するときにスーツを作ったくらいです。なんで作ったんだろう?ほぼ着ないままサイズアウトしてしまいました。 今はオーダーメードは高級品になり芸能人やお金持ちしか行けませんよね。でも確かに、昔は街中にオーダーメードのお店ありましたね。

トピ内ID:a6858f0ff9050183

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オーダーはありました

🙂
なつかしや
昔はオーダーとか普通にありました(主様と同い年)。 戦後夫を亡くした方が食べていくために仕立てていた方も多かったと思います。 だから私達世代には流行が古かったのでしょう。 ワンピースを仕立ててもカチっとしすぎて流行には遠くお出かけ着の位置でした。 制服もオーダーでしたよ。仮縫いも行きましたから。 でも人の紹介でオーダーした時は雑誌そのままに作ってもらう事が出来て何度もオーダーしたことがあります。 その方は年の割には流行に敏感で「この色が流行り」「このシルエットが流行り」だとかアドバイスも貰いました。 お値段は既製よりちょっと高いぐらいでしたから頼みやすかったです。

トピ内ID:04fc7b0df855d5f6

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興味深い!

🙂
クリームティー
皆様、早速にたくさんのレス、ありがとうございます。 洋裁をやっていらしたお母様とかのお話が結構出てきますね。 うちの母は戦前生まれで、洋裁、和裁は仕込まれていて、 私の高校の家庭科の宿題のワンピースか何かを手伝ってもらった覚えがあります。 しかし、大学に入って知り合った友人のお母様は凄かった! 当時、80年代始め、いわゆるデザイナーズブランドが大流行り。バブル前夜の景気のいい時代でした。 私も喉から手が出るほど欲しい服がたくさんあったものの、仕送りには限りがあります。 ところが、その友人のお母様は、どういう訳か、そういう服の型紙を入手し、次々と友人のために服を作って送ってくれていました。 私はそれはそれは羨ましい! と強烈に思ったのを覚えています。 カーネーションでは、洋服など 普及してない時代から始まり、 やっと普及しても、生地を選んで作ってもらうのが当たり前、という時代背景がほとんどです。 昭和38年なんて、戦後たったの18年なのに、洋服の、しかも既製服がたくさん売られていたのか、としみじみ思います。 そう言えば、7〜8歳くらいまで、寝巻きはパジャマではなく、ネルという生地の着物を着ていました。

トピ内ID:ea0bd6abe3093319

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同じ感覚

🙂
飛ぶ教室
トピ主さんより4つ若い者です。 私や母が裁縫をするので、そういう意味ではオーダーメイドの服は大学時代とかも着ていましたけれど、 私は外に発注したものは一度も無いです。 でも、私の母(80代)は、実家が懇意にしている方に、服の仕立てをお願いしていました。 百貨店で布を着分の長さを買って(カットされているものも多かった)、 持って行って、ワンピースなどを作って貰っていましたね。 その方の家に何度かついていったことがあります。 普通の民家で、内職のような感じでした。仕立て代は、既製品を買うのとほぼ同じくらいだったそうですよ。 なんだか懐かしいトピでした。

トピ内ID:5352b031d11d9161

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母がカーネーション世代

🙂
エンブロイダリー
私の母がトピ主さんより一回り上ですが、まさに大学の卒業時にコシノヒロコさんにオーダーメイドの服を作ってもらったようです。 高校がコシノ姉妹の母校であり、コシノ洋品店の近くでしたからなんとなく親しみを感じていたのでしょうね。 ただ数回着た後、クリーニング屋にダメにされたそうで、色落ちでまだらになったワンピーススーツは買った時の箱に入れて箪笥の上に大事にしまわれっぱなしでした。 昭和50年代生まれの私はオーダーメイドの経験はありません。 ただ、祖母が洋裁ができたのでピアノの発表会用のワンピースなどはよく作ってもらいました。 母も何かとスーツやワンピースを作ってもらっていましたね。 仮縫いで服を着たまま針が刺されて行くのが毎回ドキドキしましたね。 でも私の記憶する限り、私の年代ではオーダーメイドの話はあまり聞いたことがないです。

トピ内ID:288b78ef37974d1c

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サファリルック。

🙂
nene
50代です。 小学生の時に夏物のミニワンピースをあつらえてもらいました。 当時流行のサファリルックのデザインで、 肩章、大きな襟、ベルト、ポケットが特徴の袖なしの白いワンピースでした。 母は満足げに箱の薄紙を広げて私に着せましたが、 生地の具合と飾りの多いデザインのために、夏物としてはとても暑い服でした。 その服を着て出かけた記憶があるような無いような。 母の思いとは裏腹に、あまり出番のなかった幻のサファリルックでした。

トピ内ID:8f2be8f985f92f29

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ジャストフィット

🙂
りら
同年代です。 大学入学時、三揃のスーツをオーダーで作りました。 30歳くらいまで、着てました。 高身長なので、ぴったりな丈が嬉しかったなあ。 しがない農家の娘の私の母でしたが、 子供の簡単な服、セーター等の編み物、浴衣、布団とかは縫ってました。 昭和20年代の若い女性のたしなみだったのでしょうね。 スーパーでふんだんに安い衣類が出回ったのは、昭和40年代半ばくらいからでしょうか。 田舎は大型量販店などが出るのは遅く、いわゆる洋品店、というのがメインでしたね。

トピ内ID:ea12dcabe30f5bf9

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レスします

🙂
本の虫
クリームティーさんより、少し年下の者です。 オーダーメイドの服は作ってもらったことはありません。そういう経験は、羨ましいですね。 プロではありませんでしたが、母は自分と娘2人の外出着を全部縫っていました。 たまに人に頼まれて縫っていましたが「生地が高いことを分かってもらえない。体に合わせるのに手間と時間がかかるのを分かってもらえない。だから縫い賃を値切られる」といつも嘆いていて、結局やめてしまいました。 その手間をかけてもらっていると思うと、贅沢ですねぇ。 時代はかわりました。

トピ内ID:1d6c4eb77df72cf0

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多分 最年長

🙂
黄昏
EU在住の古希を迎えた老女、オーダーメイド育ちです。 1番古い記憶は私が4才の時、昭和32年? 夏のワンピースをスイス製の薄いローン生地を使い1枚仕立てにしてアンダードレスを別に仕立ててもらいました。 仮縫いの時の事も鮮明に覚えています。 お店の先生と助手の方がとても優しくして下さいました。 それと前後した頃に結婚式の花まき娘を仰せつかり、花嫁のお色直しドレスと同じ生地のドレスを仕立てて それにはやはり同じ生地でヘアドレスも作って 真っ白なレースの手袋も買ってもらいましたね。 スタジオで撮った写真が残っていますが、今 考えても素敵だと思います。 大学生になる頃にはブティックでお買い物もしましたが、気に入る生地があればオーダーメイドをしていました。 日本で最後に誂えたワンピースは目の玉が飛び出すようなお値段でしたがほぼ半世紀たった今も ブラウスにリフォームして愛用しています。 特に裕福な家庭だったとは思いませんが 母がとてもお洒落だったのと まぁ1人娘と言う事で両親も甘々だったと思います。 どなたかも書いていらっしゃいましたが、戦前の女学校ではお裁縫の授業がしっかりしていたのか、母は「装苑」と言うスタイルブック的な雑誌を購読していて その型紙などを使って夏の普段着位は自分で縫っていました。 書きながら懐かしい母の思い出が尽きません。 良いトピを上げてくださいまして有難うございました。

トピ内ID:920260914d1ca4e4

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お店で作ってもらったことはないです

🙂
ガブガブ
主様より少し年下、41年生まれです。 父母共に、地方の農家出身で母は結婚前に首都圏に家族一緒に引っ越してきた、そんな人たち。庶民も庶民、どちらかと言えば(言わなくても)貧しい家庭出身です。 しかし、母は何着か仕立てた服を持っていました。 そのうちの一着、落ち着いた赤というかエンジのツーピースのスーツがとても素敵で、母より背が高い私が着ると丈が短くなってしまったけれど、大学の時に着させてもらってました。 よそ行き、ってほどの場面ではないような、ちょっとお出かけ、みたいな時に。 今思うと、なぜ仕立ての服なぞもむていたのだろう? そういう時代だったのですかね。 あの服はまだ実家にあります、 私は、母に洋服、ニットのワンピース、セーターなど、色々仕立ててもらいました。そういう時代ではなかったと思うけど。 なんで?と後から聞いたら、貧乏だったからという答えでした(笑) 今でも最後のセーターは大事にしまってあります。 また、近所のおばちゃんが内職でお裁縫していてデザインから描いていてとても素敵で、ウエディングドレス縫ってもらう約束していたのですが、実際本気で頼んだら、歳とったから無理と言われて悲しかったです。 でも、結婚後素敵なワンピースを縫ってくれて、それは20年以上経ちますがまだ現役。 コンサート聴きに行く時などに活躍しています。 あとはありきたり?だけと和服は仕立ててもらいました。 前述の通り庶民の家庭なんですが、妹にも仕立ててくれたので、2人分の無地やら訪問着やら付け下げやらを二人で活用しています。 サイズが同じなのが幸い。

トピ内ID:4098bf9f30d97cdc

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母が作っていました

🙂
如月
昭和46年生まれ。 母が洋裁の仕事をしていましたので、 小学生までは、母が作った洋服がほとんどでした。 友だちからは手作りの服を羨ましがられましたが、 地味な服が多かったので、子ども心に不満がありました。 しかし20歳を過ぎた頃、 テレビ番組でキョンキョンが「あなたに会えてよかった」を歌っていました。 その時に着ていた襟とカフスが白い、紺のワンピースがとてもかわいかったので、 ほぼ同じものを作ってもらいました。 この時、「お母さん、すごい!!」と大感激したことを、思い出しました。 懐かしい~♪

トピ内ID:4ec78fade859e7f7

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少し下の世代ですが

🙂
なな
オーダーメイドの服も割と着ていましたよ セミオーダーと違い原型からとって型紙を起こして作ってもらうので、とても着心地が良かったですよ 弛みのつけかたは職人さんの腕かと 多少増減しても大丈夫なように作って頂けます セミオーダーでも作ったことがありますが、こちらの仕上がりは残念でした 今は縫製技術がなくても作れるデザインの服が多いですね 私が20代のころ自作して『あり得ん!』と言われていた前身頃と後身頃を細いベルトを出してボタン止めにしたり、袖を肘下まで縫ってそのまま垂らせるようにして、必要に応じて袖口だけボタン留めもできるようにする服が普通にありますね

トピ内ID:66d833aadc6bf885

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母に連れられて

🙂
まるまる
母は昭和20年代生まれです。私が小さかった昭和50年代頃、母に連れられて服を仕立ててくれる方のお宅に何度か伺ったことがあります。何をお願いしたのかは覚えていませんが、母が亡き後に明らかにいわゆるメーカーのものでなく、そこで仕立ててもらったらしきスーツ等が出てきました。母のウェディングドレスもそこで仕立ててもらったものだそうで、今のものに比べればシンプルで生地も少々硬くて重め。私が着るにはデザインが古くて体に合わなかったのですが、数年後、従妹が結婚式の2次会に使ってみたいということで、何とその仕立て屋さんが健在だということが分かりリメイクしてもらいました。安くはなかったかもしれませんが何十年の時を経て生まれ変わったドレス、何だかとても素敵に思いました。 今ではオーダーメイドって贅沢な響きがありますがどうなのでしょう。音楽の発表会のドレスなども中国製の安価のものでも十分可愛く見えますしファストファッションが良くも悪くも出回り、時代は変わりましたね。

トピ内ID:5a4b13f089797ad1

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ピアノの発表会など

🙂
瀬戸内みかん
トピ主さんと同年代の者です。 小学生の頃、叔母が洋裁をやっていて、ピアノの発表会で着るワンピースを何回か作ってもらったことがあります。 また、5年生の時叔父の結婚式があり、その時もワンピースを作ってもらいました。 記憶では、母が生地屋さんで「義弟の結婚式なんだけど、この子に着せる服をどうしようかと…」と相談したところ、「それならちょうど良い生地がありますよ!」と言って少し光沢のある黄色系の生地を出してきて、それを叔母がスタンドカラーのプレーンな形のワンピースに仕立ててくれました。 これらは、お店ではないものの「オーダーメイド」と言ってよい「ハレ」の日の服だと思いますが、 そうではない普段着のスカートやショートパンツなどは、よく母が縫ってくれました。 母親同士の会話でも「作ったの?」「ううん、既製品よ」なんていう会話が普通でしたね。 大人になってからは、就職活動で着るグレーのスーツを作りました。 でもお願いしたのとカラーの形が違ってあまり好きではなくちょっと残念な思い出です。 同じくらいの時期、同級生がダークグリーンのスーツを着ていて、 「素敵、どこで買ったの」と聞くと「作ってもらったの」と言うので、「ええーっすごい」と言ったら、 「でも、生地が6,000円で、仕立て代が2万円だったから、既製品のほうが高いかも」と。 確かに(当時バブル)そうかもしれなかったです。

トピ内ID:887d10707bb4c8c2

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考えると懐かしい

🙂
隣の芝生
昭和40年生まれです。自分はオーダーメイドの服は着た事がないです。小学5年時の一泊の修学旅行でクラスのある女子の服がオーダーメイドだったそうです。それは帽子とキュロットスカートが同じ格子柄の生地で、出来上がった集合写真を見ながら誰かが教えてくれました。そういえば近所にも紳士服が飾られたテーラーが幾つかありました。 父はスーツなどあつらえてもらったのかもしれません。何しろ当時は巷には服もそれ程売られていなかったでしょうし。私の母は洋裁や編み物が大の得意で、子供服なんてあっという間に縫い上げてしまっていました。遊んでいたリカちゃん人形にもグリーンにシルバーの刺繍入りの(元々は何か巾着袋だったもよう)ゴージャスな着物を縫ってくれましたっけ。今でも忘れられないのは、直径3cmの花のレース糸のモチーフを編みそれらをつなげて作ったチュニックのワンピースです。裏地も同じサーモンピンクで子供心にもとても素敵に思えました。今あらためて考えても多大な時間を費やして作ってくれたのだなと心が温かくなります。当然のように当時は洋裁の本も沢山ありましたよね。若い頃の三田佳子さんなど女優がモデルで多数登場していて面白がって眺めていました。今80代位の女性は結構、洋裁(和裁)が出来る方が多いのでは?中学の制服、セーラー服を友達は母親が縫ったと言っていて驚きました。(こうなるとプロですね) トピタイトルから若干ずれたレスになりましたが、個人的な服に関する思い出が次々と鮮やかによみがえってきて感慨もひとしおです。こちらのトピに感謝します。

トピ内ID:0063735001452ffd

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引き続き、ありがとうございます

🙂
クリームティー トピ主
ピアノの発表会!! 確かに、非日常な一日でした。 格式高いホテルの大広間で、本当に緊張しました〜。 さぞ着飾っていたのでしょうが、トチらないで弾くのに精一杯だったのか、何を着たかは忘れました。 そして、確かに昭和一桁くらいの人は、洋裁をしっかり身につけていたようですね。 私が危なかしい手つきで縫い物をしていると、母は信じられない、やれやれ、という顔つきで、「今の若い子は」と呆れていました。

トピ内ID:ea0bd6abe3093319

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ミセスとマダム

🙂
はちみつ
58歳です。 昔、「ミセス」「マダム」というファッション雑誌があり、真ん中より前のページがファッションページで、後の方にそれぞれの型紙がついていて、気に入った服を作る事ができるようになっていました。 母は雑誌を読んで気に入った服があると、テーラーに雑誌を持込み作ってもらっていました。 当時中学校のセーラー服は、ほとんどの人がテーラーで作っていました。それぞれのテーラーの型紙があるらしく、ポイントは学校の規則にそっていましたが、人によって少しずつ違っていました。

トピ内ID:08ae7f8ece1b760c

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昭和の小学生

🤣
そうだったね
母が洋裁の専門家でした。 内職で当時のブランドの服を工業用ミシンで縫っている下請けをしていました。 私の子ども時代の服も母の空いている時間に作る手作りでした。 おまけに2才下の妹と いつもお揃い… ポケットの形がちょっとだけ違うとか、フリルが微妙に違うとか色違いとか コートからパンタロン(笑)までプロがハギレを上手く活用する服を着せられてそれが嫌で嫌で。 中学の時は制服であるセーラー服も作ってしまい 近所の友達には羨ましがられたりしましたが、辛かったものです。今となっては贅沢な悩みですね~ でもある日、私のつたない絵を見て母が服をその通り作ってくれて飛び上がって喜びました。 本当に懐かしくトピを読みました。 同じような方がいるんですね。 天国の母を懐かしく思い出しました。

トピ内ID:5386b28819e7e739

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子供の頃は注文服でした

🙂
サクラソウ
我家は決して大金持ちではありませんでしたが、 幼い頃は注文服でスカートや、お出掛け用のワンピースや防寒コートを姉とお揃いで作って貰っていました。 私はトピ主さんより少し歳上で、 母親も当時はスーツが流行で、注文服を着ていました。 作って下さるご自宅に採寸をしに親子で伺ったりした事覚えています。 服地は親が買って行ったのかもしれませんが、デザインは作って下さる方と母親が相談したのかもしれません。 小学校の制服も既成はありましたが素材が悪く形崩れし易く、私達は注文で制服を作ってもらっていました。 時代的に既成服は生地材質や仕立てが良くなかったと思います。 ごく普通の家庭でしたが、母親のこだわりが強かったのかもしれませんが、同級生でも注文服を着ていた子は割といましたよ。

トピ内ID:87a338f982067cd2

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