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なんなんでしょうこの気持ち

レス16
(トピ主 1
🙂
エッグ
話題
40代です。数年前に父が亡くなり実家の片付けに時間を費やし、業者に頼めば一瞬で終わる事ですが、急ぐこともないので旦那の力も借り片付けをしていました。 私自身物と思い出を一緒に覚えているタイプで捨てる覚悟に時間がかかるのにも苦労しました。 当たり前の事ですがあの頃ピカピカで綺麗だった物がこんなにも色あせて果てる。悲しいやら思い出深いのか自分の気持ちもいまいち分かりません。とっとくわけにもいかない。寄付で荷物を持ち込むのは気持ちは楽ですしいいのですが、箱詰め、移動の家一軒分荷物を考えると気が遠くなりました。 それからというもの、趣味の物づくり、例えば材料を買って物を作る。作っている時は楽しいですが、その後の完成品、あまりのパーツ。最終的にゴミになる、片付けが大変になると最初に頭によぎるようになりお店に行っても見るだけに。 ブランドや服を見るのも好きでしたが、ブランドなどは特に流行に左右される物、金などは投資になるかもしれませんが、カバンや服は最終的には行き着くところは一緒、見るのも楽しくなくなりました。 本は今回実家に帰った時に全部売りました。お菓子代ぐらいでした。今は図書館で満足です。 買うことに執着してるような文になってしまいましたが、片付けがあまりにも大変で時間がかかることに疲労したせいか、今は食べる事、消えて無くなる物にしか楽しみを感じなくなりました。 お皿などももっと華やかにしたら楽しいだろうなと思いながらも、思考は最終的な片付けにいってしまいます。子供がいるので子供が私と同じ実家の片付けに将来苦労して欲しくないとも思っています。 40代という人生の折り返し時点だからこう思うのか、ミニマリストに思考転換していってる?のか ぽっかり穴が空いてる感じです。 人生の先輩方の意見、アドバイスをいただけたら嬉しいです。 自分がどうしてこうなったのか分かりません。

トピ内ID:318e6baf86b1758d

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自分が死んだらすべてゴミ

🙂
甚平
主さんと全く同じ思いを20年ほど前にしました。 いまの自分には必要な、身の回りの物も、自分が居なくなったあとでは、 すべてがゴミになるんだなぁ、と気がついた時の気持です。 そう思うと、虚しくなりますね。 買い物も「余計なものは買わないでおこう」という気になります。 下着1枚でも、あと何年生きられるだろうか、 これが自分に必要な下着だろうか、と考えてしまう。 主さんはまだ若い(ワタシなどから見ると)が、 年齢とともに、そんな感が深くなります。 寂しいけど、しょうがないのでしょうね。

トピ内ID:6cd6633e4495562c

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私も変化してきました

041
ケイトリン
もうすぐ還暦の独身です。 40歳くらいまでは、海外旅行好き、服が好き、バッグも靴も…と、高級品ではなくても、まーよく買っていました。 料理も好きなので、調理グッズや食器も。 それがふと気付いた頃から物欲が減ってきました。 40半ばで、仕事に関する(職業も専門職)難関資格を取得するために数年費やし、それに伴う支出が必要だったので、他を削ったからなのですが。 あんなに持っていた食器や服飾品をどんどん減らし、絶対に捨てられないと思っていた旅先での購入品や写真(まだフィルムだった頃からの)も、相当量処分し、捨てられない生活から、それこそミニマルな生活になりました。 でも、ぽっかり穴が空いている、とは全く感じず、すっきりした部屋、掃除しやすくいつも綺麗な部屋やクローゼットに満足しています。 生活するのに必要な物量がわかってきたので、SNSで素敵な服や靴、化粧品等を見て、欲しいなぁと思っても、まあ今はあれがあるし、と欲求はすんなりと抑えられています。 それでも、読書も好きなので本は捨てられず、CDやアーティストグッズも捨てられませんけどね。 人生の折り返し地点が過ぎ、自分が死んだ後が…と考えることも増えたので、必要最低限の物と生活することが楽しいです。 亡くなった父も読書家だったので、その私物の片付けが大変だった経験もあります。 トピ主さんは、今は喪失感も大きいからよけいに困惑されているのではないでしょうか。 80過ぎの母も、ミニマル思考になっているようです。 皆がミニマル思考になっていくとは思えませんが、私にはとても合っていて、物の管理がしやすくなり、家事が楽になり、その分、仕事関連の勉強する時間、読書時間も増えたし、少し遠いけど歩いてあそこに行ってみよう、凝った料理してみよう、とか自分なりの気持ちいい生活ができています。

トピ内ID:19950462ca137627

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そうなりますね

🙂
年金受給中
実家片付け中です。生活したまま転倒入院、帰宅は無理状況です。すべて言わばゴミ処理となります。 しかし、親達の仕事上の書類や本類もあり、桐箪笥の呉服類や大切にしていた物など確認の上で処分しなくてはならず、シュレッダー2台(1台は破損)で地味に進めています。 ですので、わが家もドンドンとまずは食器、衣類、雑貨なども゙、住居地の自治体に従い、ゴミとしています。書類やアルバムなどもシュレッダーで。組座布団も、嫁入りのセット箪笥も゙、あとに残したくないので動けるうちに処分。何も要らない最低限で、それだけです。 これだけいろいろとしていますと、気分的にもそうなります。無理ないです。 どうぞご自愛を。

トピ内ID:72b24dd8e5888c03

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色即是空

🙂
かに
形有る物は全て空しい(消えゆく)という意味の仏教用語です。 トピ主さんはお父さんの死に接してその様な考えに至ったのでしょう。今後の人生は、物の豊かさから心の豊かさを求める生活にシフトしていけば良いと思います。様々な本を読み、色々な事を考え、夫婦でゆっくりと語らいながら静かに老いていく、その様な誰もが羨む生活に今足を踏み入れたのです。トピ主さんが老いを自覚するのはまだ先だと思いますが、その時のために少しずつ準備をしていくチャンスを得たのだと思って下さい。

トピ内ID:2d9093860ea2301d

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話があちこちに飛ぶかも知れないけれど

🙂
ママごん
私も40代。 父母は後期高齢者で、自分たちが逝った後のことを話題にする事が出て来ました。 実家の遺品整理は私がするんだろうな、というか、おそらく大抵はゴミになるんだろうな〜と漠然と思いますし、両親ともそういう話をしています。 でも、ただ処分するんじゃなくて、色々な思いと向き合う事になって、きっと難航するかも……とも感じています。 同時に、我が家自体ももう少しものを減らしてシンプルにしたいと思うようになりました。 ちょっと前に随分減らしたつもりでしたが、背の高い書棚のような大型家具はもう必要ないかも(この辺りは残していた)と、本類を大量に処分。ブランド物も、そうたくさんはないけど、数点に絞って残りは処分しました。 『明日死んでも良い片付け』のシリーズご存知でしょうか。これにたまたま出会って、読んだりも。 我が家はまだ未就学児も含めて3人の子どもがいるので、子どもたちのものは今後も増えそうですが、それに伴って、私のものは極力減らしていこうという感じです。

トピ内ID:08ad7be5ff238e8c

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ある種の更年期障害

🙂
ももぞう
いわゆる不定愁訴だけが更年期の辛い症状ではないです。 私はある時、何もきっかけがないけれど、大好きだった食べ物が食べたくなくなりました。 それも共通性が無いのです。 フランスパン 豚肉特にバラ肉 シュークリーム カスタードプリン アイスクリームも食パンも牛肉のステーキも食べられるのに・・・ 40代の終わりに2年ぐらい続きました。 何だったんだろう?と不思議になるぐらいに徐々に食べられるようになりましたが、シュークリームだけはその後も買いたいとは思わなくなったまま。 身体の変わり目に来ているので、頭では理解が追い付かない症状が出る事はあります。 私の母は「右手の親指の付け根が痛い」と言い続けてましたが、整形外科では全く異常が認められず、その後何ともなくなったという経験もしています。 深く考えなくていいと思いますよ。 その内少しずつ霧が晴れるように、気が付いたら元の感覚に戻っていた・・・ってなるかも知れません。

トピ内ID:1a0b427167cb2c2f

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諸行無常

🙂
さんにゃん
今までの価値感の否定のようなことをしているのだから カルチャーショックと言うようなものでしょう 昔から書物にも書かれていたりします 起きて半畳寝て一畳とか 行く川の流れは絶えずして、しかも元の水にあらずとか 価値感の再構築ができれば、また変わってくるかもしれません 私は自分が好き、大切にできるものしか買わない 嫌いなものは処分する 物が多すぎるのです 物について考えているようで、全く考えてなかったつけを払っていると 私は考えました 時代も変わりました 買えば幸せになれる時代は過ぎました 消費傾向も物から事消費、更に時消費に移ってきました 今回実家の片付けに真剣に取り組んだから 今の気持ちが生まれてきたのです それ自体は良い事だと思います これからの人生が変わってきます

トピ内ID:6da960ff0abf5f48

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すんごく分かります

🙂
アイスコーヒー
大切にしていた物、思い入れのある物。 でも、全てを持ち帰るわけにもいかず。 処分する物の多さに、何とも言えない切なさ、やり切れなさを感じますよね。 そして、今自分が大切にしている物も、いずれは子供達が同じように苦しみながら処分しなければいけなくなるのかと思うと、あぁ、残してはいけないと。 なるべく物を減らさなければと思いますよね。 実家の片付けをする中で、まだまだ自分はそんな歳ではないのに、気持ちはすっかり終活になってしまっているんだと思います。 業者に頼んで一気に処分した方が、精神的に楽かもしれません。 でも両親の想いを無下にするようで、それも出来ずにいる自分。 物が無さ過ぎても、子供達には哀しい思いをさせるのでしょうかね。

トピ内ID:294e35b71bfc29ce

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私もでしたよ。

🙂
七瀬
母が亡くなり持ち物を片づけました。私がお下がりとして着ようと思う母の服以外は全部処分するしかなく、せめて綺麗な段ボール箱に入れてあげようとホームセンターで箱を買ってきてきちんと畳みながら仕分けして積み上げました。 ここまでは良かったのですが、自治体がとても厳しくて。 処分場に持ち込んだ段ボールは、私の気持ちではお葬式のように箱ごと燃やして欲しかったんですが、、、。 段ボールはリサイクル品になるのでテープを開けてこちらへください。中身はこちらへの焼却炉にどうぞ、と。係員に言われ、箱を開けてダイレクトに炉に投げ込むしかなかったんです。 母の思い出とともに畳んだ服が、いつも巻いてたスカーフが、何もかも灰の中へハラハラと落ちて行きました。きっと真っ赤な炎で燃やされた事でしょう。死んでしまえば思い出すら燃やすのか。だからといってそんなに服を残せないし、虚無感で片づけを進めました。 そして空っぽになった実家の真ん中にぼーっと座ってたら、心まで空っぽになりました。 亡くなれば無。自然淘汰された何かのよう。そういえば私もいずれ死ぬ生き物だったな。 持つのは無駄。執着も不要。私の記憶だけで良い。本人が消えたら無くなればいい。こんなに心を傷めた事なんか誰も経験しなくていい。私の子供に味合わせたくない。 モノに命を吹き込む人が居なくなれば皆同じ。価値を与えたのは自分だから。これも要らない、あれも要らない。 なんてね。 世捨て人になって、自分まで炉に入ったようでしたよ。 今はまあまあ立ち直ってます。 宇宙の時間で一瞬の命なら、好きな人や好きなモノに囲まれる中で終わりゆくのも幸せのひとつ。 思い詰めることなく生きてみようと思えるようになりました。 前ほど物欲はありませんがお気に入りはやっぱり幸せや元気をくれます。 時間薬ですよ、主さん。

トピ内ID:79b4307c2b794b78

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私も40代。経験値だと思います。

🙂
カネル
私は祖母の遺品整理を経験した 20代の頃には、 もう、物に興味がなくなりましたね。 本人が亡くなれば全てゴミ。 50個程に積まれたゴミ袋の山と 家具家電が 思い出ごと、一気に処分され、 がらん堂になった祖母の家。 確かにあれを経験すると 物に価値を見出せなくなりますよね。 幸い転勤族と結婚したので、 引っ越しのたびに、 捨てる捨てないの選択を迫られます。 何かを買うときには、 これは今から5年10年経っても、 自分にとって価値を持ち続ける物 なんだろうか? と、いちいち考えるようになりました。 旅行に行っても、 思い出だからと置き物みたいな物は 買いません。 物が増える趣味もしません。 どうせ、次の引っ越しで 捨てるんだろうな、と思うからです。 私の場合、 人の家にお呼ばれした時、 綺麗に飾ってある食器や ずらーっと並べられた 海外土産の置き物を見ても、 この人が死んだら、 全部、ゴミなんだろうな。 とまで、考えてしまいますよ。 価値観が変わるきっかけって、 あると思います。 今まで楽しかった事に 興味がなくなる事もあります。 更年期はそんなもんだと思います。 ぽっかり空いた穴は 美味しいもの食べて ふさいでくださいね。 お父様の遺品整理、 お疲れ様でした。

トピ内ID:18b92947ef6ec899

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レスします

041
こむぎ
50代です。 過去、引っ越しや実家の処分の際、大量の荷物にかなり苦労したので 極力ものは増やさない考えに変わりました。 人生で大切なのは「思い出」だと考えるようになって、 記憶に残ることにお金を遣うようになりました。 子どもに恵まれない人生だったので、 自分が死ぬときには出来るだけものを残したくないし 最終的には簡単に処分できるものだけにするのが目標です。 作家さんの展覧会などに行くのが好きで とても素敵な作品に惹かれて「欲しい」と思うこともありますが、 もう若くない自分がいなくなった後のことを考えると、 折角の素敵な作品が勿体なく思えて購入することが出来ず… そんな時は切なくなりますね。 トピ主さんはまだ40代ですしお子さんもいらっしゃるので、 ものを溜め込むことさえしなければ、 好きなお皿を揃えたり、趣味で創作したり… それも人生の豊かな思い出になりますから、良いと思いますよ。 形あるものは、いずれは朽ちていくもの。 でも思い出は忘れない限りずっと残るし荷物になりませんから、 手にする「もの」は思い出に変換するまで大切に使う。 そんな感じで、気楽にとらえてもいいんじゃないでしょうか。

トピ内ID:afda6e3796108b99

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ライブ感があるかどうかがものの寿命

🙂
ぎんねこ
母が亡くなった時、大量の食料品を生協から買っていて、普通は葬式の日など、出来合いの弁当ぐらいで済ますものですが、私は家で、普通にホッケを焼いたり、御夕飯を作りました。賞味期限切れの大量の食料品は不思議と主が亡くなると、精彩を欠いて、朽ちていきました。かなり缶詰めや瓶詰も含めて、大量に廃棄しました。 父母が使っていたカバンとか、旅行鞄とかの持ち物ですが、不思議と使おうと思っても、流行遅れで、廃棄せざるを得なかったです。いまだに、バブルのころの小さなカバンとかありますが、娘の入院に持って行ったら、看護師さんがどう開けたらよいかわからないと娘に言われて、廃棄しました。 モノを見たとき、ライブ感があるか、生き生きしているかで、生かすか捨てるか判断されたらいいと思います。ものには寿命があると思います。又寿命を終えたものは、くすんでいるか使えなくなっています。 母が遺した大量の着物やお洋服がありますが、少しずつ整理していかなければなりません。お洋服は、使えるものは会社に着て行っています。そこで廃れればそれまでです。 お洋服は、寿命を終えてくると、くたーっとしてきますからわかります。そうなったら捨てています。

トピ内ID:f2383c8944040187

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ある映画の宣伝文句&無精なので

🙂
北国生まれ
「バックパックに入りきらない人生の持ち物は背負わない」というのがありましたが、私は物理的な物に対しては、このようなスタンスです。 その根底にあるのは子供に出会ったオイルショックで、無駄に資源を浪費するのは嫌と思ったことがあるのかもしれません。 また、無精者なので、物を片付ける・整理するのも面倒で、そもそも物がなければ面倒もないということで。 まあ、必要なものが必要な時に大体は手に入るという環境にいるということもありますが。 実は亡くなった母親は茶道が趣味で、どさっと残された道具は形見分けや道具屋さんが引き取りや公民館に寄付だったのですが、未だ結構な数が残っている。 「これは欲しい」の2点は残してありますが、存命中の父親が亡くなった後は手放す積りです。 因みに私は写真もろくに撮らないタイプなので、思い出はあくまでも自分の中の記憶であり、物と結び付くことは殆どないです。

トピ内ID:7ace05670d69517a

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同じです。でも変化も。

🙂
アイリス
最初の大きな片付けは自分がまだ40代後半の時、夫の母親が亡くなったときのことです。 義母は物に思い出を重ねるタイプで、結婚前からのもの含めとても物が多く、また、使わなかった贈答品なども全てとってあり、家具も含めかなりの大仕事になりました。 以来、トピ主さんと同じで、物を見てもあまり欲しいと思わなくなりました。 元々は雑貨好きだったのですが、いずれゴミになると思ってしまうんですよね。 ただ、それから10年ほどがたち、少し、自分にとっていいもの、素敵なものが欲しいなと思うようになりました。小さな花瓶や展覧会に行った際の絵葉書など、ちいさなものですが、心が喜びます。 私も生きている間は、自分の死後の心配ではなくて、潤いのある生活がしたいと思います。あとはまとめて捨ててもらってかまいません。 一時、消え物ということからか、美味しいスイーツ探しにはまったこともありましたが、そちらは少し興味が薄れてきて、新しい物を探すよりも身近にあるたまの美味しい物で満足するようになりました。 アラカンですがまだまだ変化の途上にあります。トピ主さんも今はこういう気持ち。でも、それもまた変わっていくかもしれませんよ。

トピ内ID:68e7a5ac684027a5

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空しいけれどどこかで割り切らないといけないですね

🙂
卯の花
私も肉親が亡くなり家の片付けに関わった経験があり似たような気持になりました。思い入れのある物、まだまだ使える物、故人が「これは大切だから使わないで取っておこう」など手付かずであったもの…。可能なものは手分けして持ち帰りましたが限界があるというもので…価値のあった物がゴミでしかなくなっている空しいけれどどこかで割り切らないといけないですね。 私自身も現時点での所持品すら100%有効活用できる訳がありません。洋裁や工芸も好きでしたが材料は余る、製作する過程は楽しいけれどもあまり完成品が増えたところで溜まるだけということの方が気になるように…。ここ最近は子供の学校でバザーがあるので気が向くと、端布に学校のイニシャルを小さく刺繍し小物にして出品したりしています。それで喜んでもらえるなら卒業までは細々と続けてみようかと思っています。 私も主さんとほぼ同年代ですが、それなりの人生経験をしてきて至った思考であり何もおかしい訳ではないと思います。子供の習い事の先生はもう少し年上ですが5、6年前還暦前後の頃から「良かったらどうぞ。」とご自宅の品々、ジュエリーボックスやらガラスのランプ、玄関の置き物など。お弟子さんに譲っています。やはりどこか共通した心理状況なのかなと思い出しました。

トピ内ID:249484ab3aa5ac08

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トピ主です

🙂
エッグ トピ主
15名の方まで拝見しました。先輩方から同年代の方まで経験談や思いを聞き参考になりましたし、読んでいると気持ちが安らぐ感覚があり何度も何度も読み返しております。みんなで渡ると怖くないじゃないですが、こういうことは周りに言ってないので一人じゃないんだと心強くなりました。 本当にありがとうございました。 アルバムはまだ捨てれていません。なんで現像してしまったんだろうと思うほど、時間がかかりそうです。 今自分の周りの物を『まだ考える』と『捨てる』に分けているのですが、考える方の物が多くて断捨離してるのかしてないのか。もう気長にやっていこうかなと思います。 今回得た経験は人間関係にはプラスになっていて無理をしなくなりました。私にはもう無理だと卑屈になるのではなく、もうできる限りの事はした、しょうがいないし、めんどくさい、自分にできる事には限りがあるという事。 人からどう思われようと気にしなくなりました。 母はまだ実家にいるので将来的にはさらに実家の片付け、私自身の家の片付けも今から自分がまだまだ動けるうちにちょっとずつ処分していかないとなと思っていてもどこかもう逃げ出したい気持ちになり、焦りもありました。これからまた時間をかけてぽっかり空いた穴もいつかは小さくなって欲しいです。 逃げ出したくなった時はここにきて皆様のレスをまた読み返し前に進んでいきたいと思います。

トピ内ID:318e6baf86b1758d

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