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音楽(作曲)の謎

レス21
(トピ主 0
🎶
こうちゃん
話題
小さい頃からクラシックに関してずっと不思議に思っていた事があります。 バッハやモーツァルト、ショパンなど 世界には今も弾き継がれている誰でも知っている作曲家が存在します。 しかしなぜ、現代にそのような作曲家がいないのでしょうか? 有名な方はおりますが、ゲームやアニメのサントラだったり、世界基準ではありませんし ましてやコンクールの課題になど絶対になりませんよね? このまま永遠に故人の音楽しか認められないという事なのでしょうか?

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クラシックですから

🙂
暇蝦
トピ主さんが「クラシック」という言葉を使っていますが、それがそのまま答えになります。 クラシックとは日本語にすると「古典」となります。意味は「古い時代に作られ、長い年月を経て現代でも文化的価値を失わない文学、音楽などの芸術作品(福武国語辞典)」とあります。つまり、クラシックとは昔に作られたが長い年月を経た現在でもその価値が現代人に認められているものを指すわけです。なので現代作られている音楽に「クラシック」は存在しません。その様な音楽は「現代音楽」と呼んでいます。 トピ主さんが最後に質問した >このまま永遠に故人の音楽しか認められないという事なのでしょうか? という質問に関しては、現代に作られた曲が今後の長い時を経て未来の人々にその価値が認められれば「クラシック」になるとしか言えません。つまり、現代作られた音楽がクラシックになるかどうかを決めるのは我々ではなく未来の人々なのです。 私もそうですが、クラシックの作曲技術を学んだことがある人は、それこそバッハより昔の時代(ルネッサンスと呼ばれる)からの音楽の歴史を辿るように作曲技法を学んでいきます。なので現代の作曲家もクラシックの様な曲を作ることは出来ます。でも、昔と今とでは余りにも様々な事が変わりすぎました。バッハの時代にはAIは無かったですよね?だから今の作曲家たちは今の時代に即した様々な音楽を作ろうと日々努力しているのですよ。最近聴いたインタビューでは、どんなにAIか進歩しても作曲家という人々は絶滅しないと言っている作曲家がいました。それは作曲家は「自分が作りたいから音楽を作る」のであり、AIが作る音楽は自分の作ろうとするものとは違うから、自分は作曲は止めない、と言われていましたよ。 少し話がそれましたが、クラシックは昔の芸術だからクラシックなのです。出来れば一度現代音楽にも触れてみて下さい。

トピ内ID:144f57616758e8eb

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常に新しいものを求めているからです

🙂
ばよりん弾き
クラシックの作曲家は、常に新しいものを求めているのです。 バッハはヴィヴァルディとは違うものを求め、 モーツァルトはバッハとは違うものを求め、 ベートーヴェンはモーツァルトとは違うものを求め、 そうやってクラシック音楽は進化してきました。 おそらく、耳に心地よく聞こえるメロディーやコード進行は、 20世紀になるまでにほとんど使いつくされたのではないでしょうか。 20世紀以降も、プロコフィエフ、ショスタコーヴィッチ、バルトークなど、 クラシック界ではメジャーな作曲家は多数いますが、 一般の方の耳にはただの不協和音にしか聞こえず、難解な音楽ばかりです。 ここで、心地良い音楽を作曲しようとすると、 どうしても過去の音楽に似たような曲が出来上がってしまいます。 そうすると「あの人はモーツァルトの真似をしているだけ」のように馬鹿にされます。 なので、作曲家は常に、過去に誰もやっていなかったものを求めようとします。 その結果、クラシックの中でも現代音楽と呼ばれるジャンルは、 とても音楽とは言い難く、ただ変わったことしているだけという難解な物ばかりになっています。 今後、人間の好みが変わらない限り、 モーツァルトやベートーヴェンのようなクラシックの作曲家は現れないでしょう。

トピ内ID:fd7e0cb3f89df69c

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「古典」になっちゃってるからね

🙂
久我重明
「現代」ではどれが「古典」になるのかはまだ不明。

トピ内ID:eca8ef215a39052d

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百科事典の音楽史を読めば一目瞭然

🙂
ぎんねこ
その時代の音楽の評価が、サロンや社交界のように単一な評価なら音楽史も成り立つのが早いでしょうが、現代をいかに評価するかで決まるのではないでしょうか。 少なくとも八十年代までは、ビートルズの音楽的評価は、音楽史に掲載されていたような記憶があります。 ビートルズ以降はどうなのか、私も読んでいませんが、かなり洋楽とか、日本の歌謡曲などのポップスの系譜に関しては、リアルな音楽番組が国内外にまとめられていますね。そういうものが、現代の音楽史になっていくのかなと思います。 それによると様々なアーティストの曲の成り立ちやヒットなど、記録がきちんとありますよ。ただジャンルが、さまざまありものすごくたくさんの系譜があることは確かです。

トピ内ID:2c5ecf22e4345629

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たしかに

🙂
ぽっちん
私もぼんやりと以前から不思議に感じてました。 音楽に限らず絵画や文学などの芸術分野で歴史に名を残すような天才ってどうして現代にはいないのかなぁと。 また時代が進めば現代の芸術家の中にも、過去の偉人として見直される人も出て来るのかもしれませんけれど。 特にトピ主さんの言う通りクラシックって昔の音楽を演奏するものと言うのは分かるけど、そういった昔の巨匠達が残した普遍的な名曲に匹敵する様な音楽って作れないんでしょうかね。 まぁ私は聴いても判断出来ないしド素人の無責任な所から言っているので、頑張っている人には申し訳ないです。

トピ内ID:2305b4d360acf287

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わたしの考え

🙂
オケ
私はそれほど音楽には詳しくないですが、近現代音楽家でも、例えばバーンスタイン、ガーシュイン、ストラヴィンスキー、カールオルフなど名だたる作曲家がいるではありませんか。 ゲームやアニメ、他にも映画音楽などのサントラは、芸術にはなりえないかのような書き方ですが、ジョン・ウイリアムズ、エンニオ・モリコーネ、ハンス・ジマーなど後世まで価値の認められる音楽なのではないかと思います。未来の皆さんの判断ですが・・・

トピ内ID:3e233492f452d4ca

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昔はバッハやモーツァルト、ショパンしかいなかった

🐱
のんき
と考えるのが妥当だと思います。 J-POP、K-POPなど、現代の音楽はクラシックを消化していると考えるのが妥当だと思います。また、クラシックは欧米発祥ですが、欧米以外を発祥とする音楽も多く聴かれるようになっています。 音楽がみんなのものになって、流行を生みながら全体として発展していく、そう捉える方が良いと思います。

トピ内ID:83b69b161fa66061

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クラシックというジャンルだから

🙂
なな
その時代時代で作曲家さんたちが曲を作っても後の世まで残るのはごく一部 例外的にずっと忘れ去られていた曲が発掘されることもありますが その生き残ったものがクラシックと呼ばれるようになった 少なくとも19世紀までは 話は変わり、音楽の教科書や唱歌集に載る曲は明治期の唱歌、大正期ほかの童謡、NHKみんなのうたやおかあさんといっしょから生まれた歌、歌謡曲から採られることもあるし、アニメからも採られていますね たとえば『翼をください』が歌謡曲?とは私は知らなかったです 時代の評価を受けて20世紀の名曲も後の世まで一部は伝わるかとおもいますが、それがクラシックと呼ばれるとは限りません クラシックにはクラシックと呼ばれるコードというか条件があって、西洋音楽の枠を越えるものは含まれないのではなかったでしょうか あるものはジャズの名品、あるものはロックと、各ジャンルで呼ばれるでしょう それともクラシックロックやクラシックジャズと呼ばれるようになるのでしょうか もう呼ばれているのか どんなに素晴らしくてもロックがいつの日かただのクラシックと呼ばれる日が来るとはおもえません しかし、映画音楽やアニメの曲の中にはクラシックと呼ばれるようになる曲があるかもしれません 坂本龍一や久石 譲やYOSHIKIの曲の一部はクラシックと呼ばれるようになる気がします 現代音楽と呼ばれるものの中にもクラシックと呼ばれるようになる作品があるかもしれません モーツァルトもベートーベンもシューマンも当時はクラシックとは呼ばれなかったとおもいます

トピ内ID:c1da334d05578ac9

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みんなが好んで聞いた曲が生き残っています

🙂
チュン夫
>バッハやモーツァルト、ショパンなど世界には今も弾き継がれている誰でも知っている作曲家 バッハ(1685~1750)、モーツァルト(1756~1791)、ショパン(1810頃~1849)等の作曲家の時代も、いろんな作曲家が曲を発表して競っていました。 映画「アマデウス」ではモーツァルトの敵対者(実際はライバル)として「サリエリ」という、当時は超有名だった作曲家が出てきます。トピ主さんは「サリエリ作曲」の音楽を聞いたことがありますか?。私はありません。 当時、貴族はたくさんいて、貴族お気に入りの宮廷作曲家もたくさんいて、オーケストラもたくさんあったのでしょう。 その、大勢の作曲家の中で、今も曲が残り演奏されているのがバッハやモーツァルトです。 ベートーベン(1770~1827)は宮廷音楽家にならず、貴族の応援を受けたようです。今でもベートーベンの曲を好む人が多いので、今も交響曲1~9を始め、いろんな曲が演奏されます。 ショパンは、自分が教育したり作曲してお金を稼いだようですが、やはり絶大な人気があり「ピアノを教えて欲しい」という依頼がたくさんあったようです。ショパンの曲は今の人にも受け入れられ、今も曲がたくさん演奏されています。 最近だとマーラー(1860~1911)やバーンスタイン(1918~1990)、日本人では團伊玖磨(1924~2001)などがクラシック作曲家としても有名です。 >ゲームやアニメのサントラだったり、世界基準ではありません バッハもモーツァルトもベートーベンも、世界ではなく「当時のヨーロッパ」で有名だっただけ。それが明治に開国した日本人にも人気があるわけです。 日本のアニメもゲームも輸出されているし、交響組曲「ドラゴンクエスト」や、交響曲「宇宙戦艦ヤマト」が50~100年後にも残っていれば「クラシック音楽」になると思います。

トピ内ID:1192d322d4cbd1bc

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ペルト、ラター、吉松隆

041
名無し
アルヴォ・ペルト(1935~)、ジョン・ラター(1945~)、吉松隆(1953~)は2023年8月29日現在存命ですが、すでに評価は定着しています。 オリヴィエ・メシアン(1908~1992)、武満徹(1929~1996)、アンリ・デュティユー(1916~2013)等も、物故して久しくなりますが、生前すでに世界的な名声を得て評価も定着していました。 よって、 × 現代にそのような作曲家がいないのでしょうか? ○ 現代のそのような作曲家を私は知らないのでしょうか? ということになります。 ご自分が知らないこと(主観)と、存在しないこと(客観)とは異なります。 ナウルやツバルという小国の存在を知らない人はいるかもしれませんが、だからと言って、ナウルやツバルが実在しないということにはなりません。

トピ内ID:1993fe48c9f81445

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評価

🙂
ss
>世界には今も弾き継がれている誰でも知っている作曲家が存在します。 「今も弾き継がれている誰でも知っている」とおっしゃっているように、昔の作曲家だからです。 >バッハやモーツァルト、ショパンなど これらの方もその時代では今ほど「弾かれ、誰でも知っている」作曲家ではありません。 特にバッハは一度は忘れられ(音楽のプロ以外には)たいましたし、練習曲の作曲家のような扱いだったようですよ。 >認められないという事なのでしょうか? スクリャービンやサティー等の方はその時代では、そこまでは認められていませんでしたよ。 まあ、基本的に評価が云々ってだけね、新しいのと古いんじゃ、古い方が評価が定まっているのが多いでしょう。

トピ内ID:10cd42151b4b4818

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そりゃ「クラシック」だもの

🙂
しろうと
すでに評価が世界中で定まっている「古典」と、まだまだ作品が生まれつつあり、その評価は今からである「現代音楽」とは違うにきまってます。今の世界ですぐれた作品は、後世からも支持を受け、やがては「古典」となることでしょう。それがどれかは今はわかりませんが。

トピ内ID:23557530e3e66b2c

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もひとつついでに

🙂
久我重明
「クラシック」になってるのって、「作曲家」しか残ってないじゃないですか。 そらそうですよね、その頃録音技術無いから伝わるのは譜面だけ、で人気のある楽曲、オペラなどが再演されて定着し今に伝わってる。 「今」のものが「クラシック」になる時って、「作曲家」が残るのかな?「パフォーマー」が残るのかな? カヴァーは今でも一般的でそんな中で「曲」が残ることはあると思うけど、例えばクイーンのフレディ、ヴァン・ヘイレンのエディーなどの「パフォーマンス」はカヴァーでは伝わらないですよね? 面白い考察だと思いますよ。

トピ内ID:eca8ef215a39052d

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Re: もひとつついでに

🙂
マカダミア
我が意を得たり、と思いました。 > その頃録音技術無いから伝わるのは譜面だけ これが重要なポイントですよね。作曲者本人の演奏(あるいは指揮)による音源が残っていないので、譜面から作曲者の意図を汲み取る必要があるのですが、だからこそ自由度があるんですよね。『ジュピター』といってもベームとカラヤンで全然違うし、『雨だれ』といってもアルゲリッチとホロヴィッツで全然違うし。 「既に曲が存在していて、それが今も弾き継がれている」というよりは、「誰かが弾くことによって、そのたびに新しい曲が生まれる」というのが、きっとクラシックの醍醐味なんですよね。だからこそコンクールの課題にもなりうるのだと思います。 その意味では、録音技術が生まれてから以降の作曲家は、バッハやモーツァルト、ショパンなどのようにはなれないと思います。作曲者本人の演奏による音源が残っているはずですからね。むしろ録音技術が生まれてから以降のほうが、「既に曲が存在していて、それが今も弾き継がれている」ということになると思います。でもそれだと「譜面から作曲者の意図を汲み取る」という重要な要素が欠落して、コンクールの課題にはできないのだと思います。生前作曲者本人は演奏しておらず譜面だけが残されていた、というような曲が発掘されれば、可能性はあるかもしれませんが。

トピ内ID:9e560fcf53fe524b

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音楽に限らず

🙂
age
芸術はそのジャンルが出来た黎明期に多様な天才が集結し、ジャンルを開拓し、その後そのジャンルは衰える、と聞いたことがあります。日本文学然り、映画然り、音楽も同様。 漫画は開拓期がそろそろ終了しそうだと思います。

トピ内ID:92a8aab819e95f9d

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録音技術について

🙂
蟹蛸
少し横ですが、いわゆる録音技術が発明される前から、それに近い技術がありましたね。ピアノロールといって、どのタイミングでどの鍵盤を押したかを記録する紙のロールで、タッチや強弱は記録されませんでした、サン=サーンスのピアノロールの再現をラジオで聞いたことがあります。 ではそれが発明される前の演奏の記録は全く無いのかと言うと、決してそうではありません。例えばベートーヴェンは32曲のピアノソナタを筆頭に沢山のピアノ曲を作曲しましたが、同時に当時人気の演奏家でもあり教育者でもありました。ベートーヴェンの弟子にはかの有名なチェルニーがおり、そのチェルニーの弟子はリスト、リストの弟子にはゲレリヒという方がおり、音楽学校で教鞭をとり20世紀まで存命だったそうです。そして今ゲレリヒの教え子がいれば、その方達はベートーヴェンの直系の弟子となります。勿論ベートーヴェンの生き写しの演奏をするわけではありませんが、彼らが師匠から習った事にはベートーヴェンが伝えた事も含まれるわけです。 他にも指揮者の佐渡裕さんはバーンスタインの最後の弟子としてバーンスタインの音楽を伝えていますし、ジャンルは違いますが日本の伝統音楽も師匠から弟子に奏法を受け継いで行きます。 クラシック音楽が成立する上で作曲家が作った作品が存在する事は当然重要ですが、それらの作品を当時どういう風に演奏していたかを伝えたり、当時の資料(出版物や手紙)から研究してそれを演奏に活かしている演奏者達がいることを忘れないでいてほしいと思います。また演奏する人も自分で勝手な解釈をして演奏するのではなく、師事したり研究したりする姿勢が大事だと思います。

トピ内ID:eb3bcb2d21c807ff

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トピ主さんが言ってる事って

🙂
ボン
本田宗一郎さんや豊田 喜一郎さん等は世界に名だたるメーカーを創業してるのに、最近はそういった会社経営者がいないと言ってるようなモノです 成り立った時代背景や出来てからの期間等を無視しちゃいけません 数百年と百年にも満たないモノを比べるのって公平だと思いますか? 日本ローカルな上、吹奏楽という限られたジャンルの中ではありますが、日本の現代作曲家の中で有名な方はいますし、吹奏楽経験者であれば演奏したことはなくても知っている曲ってのもありますから故人の音楽しか認められないなんて事はありませんよ (まあ、故人になられてしまった方も多くなってしまいましたが) 吹奏楽の曲なんて知らない!って思うかもしれませんが、某アイドルグループの番組で使用されてたり、最近では人気ゲーム新作のCMで使用されたりあるんで知らないで耳にしてるケースってよくあります

トピ内ID:e0b09f3aabc6780e

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古典と言う意味

🙂
みる
現代クラシック曲は、現代曲に分類されることが多いですからね。ちなみに、現代クラシック曲というのは、ピアノ(普通に鍵盤を弾く)や弦楽四重奏、オーケストラ等、クラシック楽器を使う、現存するクラシック技法を発展させた物を指します。現代曲というのは、エレクトロニクス、シンセサイザー、コンピューターを使ったり、ピアノは蓋を叩いたり、中の弦をはじいたり、とか、リコーダーを鼻で吹いたり、等、クラシックにはなかった使用法を使ったりする曲のことを指すことが多いです。 そして、トピ主さんは、「現代クラシック」のことを言っているのだと思いますけど、これ、著作権の問題で、コンサートのプログラムに載せるのに、お金がかかるのですね。作曲家の死後70年までは、その曲は作曲家のもので、使用料を払わずにコンサートで弾けるようになるのは「みんなのもの」になってからなので、「クラシック」として普及するのは、作曲家が亡くなってから70年たってからなのではないでしょうか。その間に淘汰されて、残った人の曲が「古典」として残るのだと思います。メシアン、リゲティなど。 「今」、「現代クラシック」を書いている人は、「バッハ風」の曲を自分も書きたい、と言う訳ではなく、「今までなかったもの」を作りたいわけですから、凄いものも出来るし、変なものも出来るし、今は理解されなくてもじわじわとファンが増えることもあるし。 そして、バッハ、モーツァルト、ショパンなどは、ピアノ学習者やアマチュア愛好家でも弾ける難度の曲が存在することも大きいと思います。

トピ内ID:876faea31a181d11

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追加です。音源のこと

🙂
みる
後、補足したいのですが、「現代クラシック」は譜面がありますし、作曲家と演奏家は分かれています。(当方、演奏家です。)なので、勿論、ピアノとバイオリンは弾けるがトランペットは吹けない作曲家がトランペット協奏曲を書いたり出来るのですし、譜面を見て「これは一体どう弾くべき物なのだろう」と考える楽しみはあります。ただ、作曲家本人が生きているので、本人の意図したこととかけ離れた演奏されても嫌だろうということで、「こんな感じでどうですか」と会いに行くことが多いですし、作曲家の方も、「あいつなら、これをこう弾いてくれるんじゃないか」とイメージして書いていることもあります。これは、モーツァルトの時代と変わっていないと思います。 作曲家の方としては、譜面を書いたけど、誰も演奏してくれない、という悩みの方が多い感じです。だって、まだ誰も弾いたことない、録音もない、お手本もない曲って、イメージが沸きにくいではないですか?そして、コンサートを開くにしても、宣伝しにくいでないですか?そして、いくら、譜面を書いても、誰も演奏してくれなかったら、世の中の人はその曲の存在は知りませんよね。 ポップスや、ジャズ、シンガーシングライター、パフォーマンスが主体だったり、エレクトロニクスを使ったりしているタイプの現代曲のように、作曲家兼演奏家が自作自演をしないと意味がない、というのとは違います。

トピ内ID:876faea31a181d11

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アンダーグラウンド

🐶
たま
>バッハやモーツァルト、ショパンなど世界には今も弾き継がれている誰でも知っている作曲家 >有名な方はおりますが、ゲームやアニメのサントラだったり、世界基準ではありませんし 名無しさんに同意なのですが、俗に現代音楽と言われているジャンルに高度な楽曲を創作されている方々が何人も(何人か)存在しております。ただ…『誰もが知っている作曲家』では無いのでしょうね…。 私は音楽って『作曲は食材、編曲は調理』という具合に料理に似ているなぁと常々思っています。今、言われているクラシック音楽とは宮廷料理のような物で、贅沢を極めるために時の権力者、もしくはお金持ちのパトロンが作曲家をバックアップしていた、それを得られた作曲家が実力を思う存分に発揮する事ができた、そんな贅沢品の極み、そういう物だったのではないか?と思うのです。贅沢品の価値基準が時代と共に変化してきたとも考えられます。余談ですが、日本のある現代音楽家も米国の某財団から援助を受けていると最近人から聞きました。

トピ内ID:0c87a80331c34dad

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わかりませんけど、

🙂
トコトコリアム
こえられないんじゃないですか。凄すぎて。作曲家は恐らくたくさんいるけど、そもそも今は娯楽も多いし割と平和、でした。あんだけ人を動かす音を作るには、そういう経験がないとだめなんじゃないかな。様々な理不尽や大戦を乗り越えてきた人たちの経験を、超えられる人が現れるかな。そのうち、現れるんじゃないでしょうか。ただ知らないだけかもしれません。評価されていないだけかもしれません。わかりません。

トピ内ID:321e903977394dec

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