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「自分探し」の旅って必要ですか?

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編集部
話題
発言小町ユーザーのみなさん、こんにちは。「読売中高生新聞」編集室です。

大人の本音を10代に伝える読売中高生新聞の連載「オトナの本音アワー」。中高生が抱える素朴な疑問や悩みについて、この掲示板で小町ユーザーのみなさんから意見を頂き、紙面で10代向けに紹介していきます。親や教師からはなかなか聞けない、オトナの本音を教えてください。

今回のテーマは「『自分探し』の旅って必要ですか?

思春期のボーイ・アンド・ガールにとって「自分探し」は永遠の課題。そこで、今回は若い時に「自分探し」と称した旅に出かけたり、ちょっと他人と違うことにチャレンジしたりした思い出や、「結局何を見つけたのか」その結末をお聞きしたいと思います。自分探しをしていた友人を冷めた目で見つめていたというご意見もぜひお寄せ下さい!

※投稿の際は、ご意見とともに、お住まいの地方、年代、性別を記載してください。
※ご意見の一部は、読売中高生新聞で転載させていただくことがあります。

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そうですね

🙂
大人は複雑
自分探しって、正直言ってよくわからないです。 だから自分探しの旅が必要かどうかもわかりません。 自分探しとか、本当の自分とか、自分らしくや自分に正直になんていうのもよくわかりません。 むしろ10代のころのほうがもっと単純に生きていたような気がします。 近畿地方、50代、性別は秘密で。

トピ内ID:8cb8db1ef9d7c9f0

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旅に出るチャンスを見つけてほしい

🙂
ツバキの花
自分探しって、中高生のころに限らず、大学生だって社会人になってからだって続くものでは……と思います。 ただ、旅に出て、知らない人と出会うのはすてきな体験なので、ぜひ学生のころ(自由時間がいっぱいある)に挑戦してほしいです。 だから、旅に出るのもいいものですよ、と伝えたいです。 中学生のころ、北海道を鉄道で巡ってきたという友達がすごくうらやましかったけど、お金がなかったので、自分は無理でした。 大学生になってようやく、高校時代の友人二人で北陸地方に行きました。貧乏旅行で、ユースホステルに何泊もして、青春18切符の世界。見るもの、出会う人ぜ~んぶが珍しくて、旅が大好きになりました。頭でっかちにならずに、とにかく体験してみること。旅にはそういう要素があると思います。 女の子の一人旅というと、親が心配してしまうので、仲のいい友達がたった一人だけど、つきあってくれたのが良かったです。 結局何を見つけたか?いや、その答えは難しいですね。 就職に役立ったわけでもないし、大発見があったわけでもない。 一緒に旅した友人は5人の子の母になり、現在も子育て中。うちの3人の子たちとは年代も違うし、行き来がなくなっているのですが、時々どうしているかなあと思い出します。 お互い、子育てが落ち着いたころにまた会って、ゆっくりとお茶でもできたら最高。ただ、それだけです。 (関東、50代女性)

トピ内ID:91921e914349cd97

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不必要

🙂
神無月
自分は今、ここにいるので探す必要はありません。 もし、自分らしさとかに悩むなら自分の気持ちを深堀するだけなので旅をする必要はないのです。 自分探しをする人ってそもそも何を探しているのか分かっていないのではないでしょうか。 もし、どうしてもというのであれば日常をとことん崩す場所に行かないといけないと思います。 日本では絶対味わえないような何か。 そこで日常をリセットすることができれば何か得られるのかもしれません。 ですが、これも自分探しではないと思います。 若いころにした人と違うこと(になるかわかりませんが)であれば 一つは高校進学先を自分の成績とは無関係のところにしたこと。 そして、それによって進路が決まり現在の職業に繋がっていることです。 そのために同級生が大学で楽しそうにしているときに精神が病むレベルで勉強しました。 もう一つは海外旅行。 ハワイやソウルではなく、ペルーやインドに行ったことは少し人生観が変わりました。 行っていない自分とどれくらい変わったかは分かりませんが 日本と違いが大きければ大きいほど、考えさせられます。 ただ、これは若いとはいえ20代の時ですね。 近畿地方40代女性

トピ内ID:87fbdbe7044505ad

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微妙

041
匿名san
微妙な方を1人だけ知っています。 その方以外は単なる旅行?って感じで特に何も変化を感じませんでした。 親に旅行代金を出してもらうために「自分探しの旅」を装った人は論外ですね。 微妙な方というのは、現状を悲観して自分探しの旅に出た方。 確か東南アジアのかなり貧しい国に行って、道端でゴロゴロしている失業者?らしき人がいっぱいいるのを見て、自分はまだマシ。下には下がいるって安心して帰ってきました。 自分を探せたかと言えば探せていないと思うのですけど、自分の現状はまだ恵まれているとで満足したようです。 モヤモヤが晴れて良かったね~と上っ面だけ言いましたけど、下を見つけて安心するとかどうなの?と内心は思っておりました。 満足しちゃって努力を怠ってしまったので相変わらず貧困の一歩手前ですから、良かったのか悪かったのか第三者の目から見たら微妙ですね。 ご両親は努力しない息子を大変心配したままお亡くなりになっていますし。 ま、本人がモヤモヤが晴れて幸せな気分でいられるなら外野はお口にチャックです。 居住地;日本、年齢;不詳、性別;不詳でお願いします。

トピ内ID:61bbbf2cb91de76d

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自分探しとは何か

🙂
あ。
ヨーロッパ在住、40代、女性。自分探しの意味をまず考えてからかな。自分がどんな人間なのか、何に興味があるのか、他人にどう見られているのか、他人の目が気になるのかどうか、自分は一人で何ができなにができないのか?とか。そういうのを知るための旅、なのかな? 私は親元を初めて離れたのは大学生で留学した時。それまでずっと実家住まい。きっかけは、失恋をしてふっきるために旅行した先が気に入り、そこで勉強したいなと感じたので。今と違って交換留学制度も業者もあまりなくスマホもないしPCも持ってない人もいた。旅行も留学も本を買って自分で調べて手続きして、と…自分でここまでひとりでできた、ということもあるし、親や周りに助けてもらった、ひとりで全部できない、ということもありました。自分の可能性と限界も見えてくるし、自分が動かないと他人は自分を振り向きもしないという意味で、自分、というのは見つけたのかな。 人と違う、特別なことをしたい。特別な人間になりたい。という気持ちは多くの人が持つだろうけど、そう思って違う、特別をすることに意味はあるのかな。自分がしたいことをするのが一番じゃないかな。歴史に名を残す特別な人のほとんどは、後世の人が功績を認め称えそうなったわけで、なろうと思ってなったわけじゃないんじゃないかな。他人の目は確かに気になるけど、人の評価よりも大事なのはなにか?を考えていけたらいいと思う。

トピ内ID:d2cf5f7b008b68cf

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自分探しの旅はしましたね

🙂
海賊の妻
それは高校時代からの本気の婚活でした。私は親が決めた相手がいました。大正時代ではないです。昭和の出来事でした。これだけは絶対嫌でした。自分探しの旅は、私の半分になってくれる男性を探す旅でした。何処の大学祭にも行き、グループでピクニックをすると言う日には必ず行きました。親の決めた人は同じ町の素封家の5男でした。大学の成績は、御祖父さんを通して父に届けられました。「なかなか優秀です」等と父が言いました。そしてこれは「パパに任せればいい問題なんだよ」と言われました。 何で私の大事な事なのにパパが決めるのだろうか。何とかしなければ。そう思っている時に、1歳年上の主人と会いました。 私は自分の半分を見つけたと感じました。当時私のある先生が「これからは工学部の時代が来る。テクノロジーの時代だ」と言ったことが有ります。彼はまさしくテクノロジーボーイでした。そこからの行動は早かったですね。彼にプロポーズさせました。私たちは背伸びして、文学やクラシック音楽の話、将来の日本の話をしました。彼の眼にはとても頭の良い女の子に見えたようです。私には数学は難しい霧の向こうの世界でしたが有名な詩や文学作品を暗記する特殊な才能が有りました。 彼は言いました。「僕は知能指数が高いし、〇ちゃんはすごく頭がいい。きっと優秀な子供が生まれるだろう」。私の旅は終わりました。彼に付き合ってベートーベンやモーツアルトを聴き、「素敵」と言いました。彼はサリンジャーを自分の和訳でプレゼントしてくれました。嬉しかったですね。 母は婚約者の家にお詫びに行きました。私はこの時に見つけた人に添い遂げました。頭の良い男の子を生みました。しかもとてもかわいい子でした。 昨年夫は死にました。息子が立派に喪主を務めてくれました。いい旅でしたが終わりました。(東北地方、70代女性)

トピ内ID:cfdc7b356a7d87a9

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「旅」に限れば、必要とは限らない

🐤
blue moon
自分探しとは?と考えた時、 私は「自分らしく生きることに向き合うこと」じゃないかと思います。 これまで親や先生や周りの同世代の意見・社会の常識に素直に従ってきて、 いろんな自立を目前に控えた段階で自分に向き合う必要が出てくるんだと。 誰それがこう言ってるから、周りがみんなそうだから。 そこに疑問を持って「自分は?」と自問自答する必要があるんだと。 その方法として人によっては、旅に出たり新しいことに挑戦したりということもある。 そういうことだと思います。 これに関連して私が腑に落ちた言葉があります。 『大事なのは何処で学ぶかじゃない、何を学ぶかだ』 場所や方法にとらわれるのではなく、置かれた状況で何を学ぶかなんだと。 そして大切なことを学ぶために必要な状況は、もう既に与えられているのだと考えます。 特別な状況を用意しなくても、今ある環境や立場で充分学べるはずなのだと。 旅や新たな挑戦が必要な人は居ても立ってもいられず旅に出てるし新しいことに挑んで、 自ら学びに必要な環境や立場を作るというだけなんだと。 ⚪︎⚪︎とはこういうもの、みんな一律の観念や価値観でとらえようとすると、 「自分は?」から遠ざかって行くのだと思いますね。 東海地方 60代 女性

トピ内ID:7fde3f1049df8f99

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要りません

🙂
カルーセル巻き
探すべき自分が定まってないのに旅に出ても無駄だし、探すべき自分が定まっているなら必要ないですし。 自分探しってたまに聞きますけど、ここに自分があるのに何を探すのかよく分からないんですよね…

トピ内ID:278227cc7362df7b

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探し物はなんですか~?

🙂
偏差値50の女
50代、既婚女性です。 「自分探し」。 なんだかワクワクするワードですよね。 今の自分とは違う自分。 もっとステキでアグレッシブで、人からも憧れられて、羨望の目で見られて、大活躍で…。 私も若い頃(20代くらいまで)は存在するはずもない「自分探し」をしていたものです笑 でもね、だんだん分かってきた。 今、ここにいる人が私であり、自分なのです。 「自分」なんて探したって居やしないのです。 探している自分が自分自身なのです。 私の場合は自分を自分と認めるのは本当に難しかった。 この年齢になって人のせいにする訳ではないけれど、親に「こうあれ」と言われ素直に従って生きてきて、本当に苦しかったなぁ。 でも毎日、行くところへ行き、やるところをやっていれば「あ、私ってこのままでいいんだ」と思える時がきっと来るのではないかと私は思っています。 きっかけは誰かとの出会いですね。 色々な人と友達になって、夫と出会ったことが肩の力を抜いて生きるいいきっかけになりました。 「あ、それでいいんだ。」といろいろな人が気づかせてくれました。 旅の終わり、ですね。 物理的に遠くへ行って、誰かと会うのも楽しいですね。 でも、以外に身近な所に「自分」は存在しているのだと思います。 自分の事を好きになれるといいですよね。

トピ内ID:7599582e5b27f18e

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生きていること。

🙂
nene
「人生は旅である」と言いますね。 「青春時代の真ん中は道に迷っているばかり」と歌った人もいます。 生きていることが旅ならば、道に迷うのは想定内。 人生の終わりにやっと目的地にたどり着くのでしょうか。 なんとも気の長い旅です。 関東・50代・女性 です。

トピ内ID:aecb3a7aebc1b8c7

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言われたことあります

🙂
彼にも去られたさ
まさに明日、旅に出るという日に友人に。 「また、行くの?何しに行くの?自分探しに行くの?」って(笑)。ある意味、自分探しの旅というワードは流行り言葉だったんだろうなと思います。 アルバイトや短期派遣などで小銭が貯まると物価の安い東南アジアとかを中心に長いこと、手持ち資金が尽きるまでウロついてました。 自分探しなんて大層なものではなく、中毒みたいなもの? 人並みの社会生活が出来なかった、生き辛かったので、逃避行に近い感覚です。 衛生的とは言えない安宿で天井眺めて一旦ホッとする。明日の行く先のことだけしか考えない。お金がなくても、自分を辛くする事柄が何もない。 帰国して「あと、少し頑張れる」って納得してました。 まあ、でも自分探しではないですね。100%観光です(笑)

トピ内ID:26e0bdac74a6fbc2

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お気楽ゆる旅では何も得られない

🙂
親世代
ある程度金銭的余裕があって安全安心に旅を楽しむつもりなら何も得られないと思います。 それはただの観光。 旅としての意味はあるけど人生観まで変わるものではない。 どなたかがレスしておられたように、日常では絶対得られない内容がある旅、安全で平和で豊かな日本とはまるで違う世界への旅、そしてただ見聞きするだけではなくどっぷり(数日程度ではダメ)体験する旅。 そこまでするつもりがあるなら「自分探し旅」になるかもしれません。 でも一般人にはなかなかできるものでもないでしょう。 比較的身近な「自分探し旅」を挙げるならお遍路ですけど。 もちろん歩いて回るお遍路ですよ。 若い方は興味ないでしょうね。

トピ内ID:990cc71263a993ac

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失敗した大人たち

🙂
はな
「自分探し」って言葉自体、ホント久しぶりに見たような気がします。 この言葉に反応する、なつかしく思うのって多分50代以上では? 社会の様相がまるでちがう、若い子たちに語る意義って何なのでしょうか? 世の中にありとあらゆる選択が満ち溢れ、どんな進路/可能性でも進めそうで、 借金厭わなければ資金も借りることができて、 あとは自分の知らない世界、選択を知るだけ。可能性の探求するだけ。 もちろん「自分って本当は何がしたかったんだろう」 それは10代にとって永遠にテーマだろうし、そう考える人がいても不思議はない。 だけど昔ありがちだった「旅に出る」「一旦職を離れて自分が打ち込めることを探してみる」 そんな行動にはもう結びつかないと思う。 そんな呑気なことしてたら、世の中の当たり前から振り落とされてしまう。 他人と違うことにチャレンジする、、、? 今の若い子は「個性的」「人とちがう」ことはひどく拒否感があるそうです。 海外留学さえ諸外国に比べて減少しています。 「何も見つけられなかった」「社会に何ももたらさなかった」 社会の衰退を招いた大人たちの話は、バブルな昔がたりにすぎない気がします。 若い世代には大人たちが知らない探求をしてほしいし、突き進んでほしいと思います。

トピ内ID:49f59b7def641385

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探すというより取り戻す旅はあると思う

🙂
Mariko
近畿在住、30代女性です。 さぁ自分を探しに行こうと思って行く方はあまりいないと思いますが、仕事や学業、子育てが一段落した時に自分を取り戻す、開放する為に旅に行くのはあると思います。 長く凝り固まっていると「これが私だ」と思いますが、長らく忘れていた感覚もあるのではないでしょうか。 何も初めての場所に行くばかりでなく、昔住んでいた土地に改めて行くとか、あえてホテルに泊まってリラックスするとか、そういう経験も含まれると思います。

トピ内ID:24bf539391de7687

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当時はそのつもりではなかったけど

😀
女一心硬派道
今振り返れば「自分探し」の旅だったかなと思えます。 もう20年近く前ですが、とにかく一人でゆっくり過ごしたくて旅に出ました。 面倒な人間関係、仕事、今後の懸案など、煩わしいことは何も考えず自由に過ごしました。 それまでがかなり疲労に満ちた生活だったため、全くストレスのない日々の中で自分を見つめ直すことが当時の私には必要だったんですよね。 「自分探し」の旅が必要なことかと聞かれると、現実問題としてお金もかかるし、体も疲れますから「必要ない」と言いたいですが、そういう旅があっても良いと思いますね。 旅の結果、私は〔充足した自分〕に浸ることを許せる自分を見つけましたよ。 (九州地方 40代女性)

トピ内ID:aae43f5e7271dabe

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生活そのものが旅なのでは。

041
うの花
人生そのものが毎日旅の連続だと思っています。 自分探しの旅、、久しぶりに聞いた気がします。 悲喜こもごもの生活で鍛えられ反省し成長することで、自分がある程度何者かが分かるのだと思います。 若い頃は自分が何者かさえ掴めないで、その場で(学校、会社、結婚生活などで)毎日必死に生きていたように思いますもの。 晩年になり毎日明るく充実した生き方をして来た結果が今あります。 若い頃自分探しの旅なんてしたこともなく、仕事を終えた還暦過ぎから高齢期に向かっての自分探しの旅(主に海外)はしています。高齢期を心身ともに如何に健康であり続けるかの意味も含みます。自分で歩んできた人生の旅はこれで良かったんだと満足の旅でもあるかもしれないです。 南九州住まいの70代前半の女性です。

トピ内ID:e874a25520946626

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旅行先で会った

🙂
おまめ
私は旅行が大好きで、若い頃は一人旅をよくしました。自分探しの旅はしたことがないのですが、している最中の人には何度も会ったことがあります。彼らはだいたい複数人で行動していましたかね。旅先で会った人と一緒に観光するそうですね。海外に出ても日本人のグループが出来ているから目立ちましたよ。 大学卒業、就職の段になっても、彼らはまだ自分探しの旅を続けていましたけど、仲間だった人が就職して離れていったりして、最終的にどうなったかな、と今でも思っています。35才アルバイトの人もいましたから。 自分探しの旅で天職を見つけた方は一人だけ知っています。ちょっと驚くような経歴の持ち主になりました。旅先で見た問題の解決のために働いています。 観光して楽しんだだけなのか、問題点を発見して解決のために動いたのか、自分探しの旅が成功したかどうかの違いは、そこだったんだなと思います。将来のための計画を作って自分探しの旅をして、目標達成のために旅で得た物を利用できるなら、自分探しの旅は有益ではないでしょうか。 北米・40代・女性

トピ内ID:862c71e3e9ad3a3a

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旅して、何か得られた人がいるのでしょうか?

🙂
生き物の世話係
20~25年位前ですか? 自分探しの旅とか言って就職しないで、世界を旅するのが、流行った事ありましたが、その人達は結局どうなったのでしょうか? あまり、成功した事例を聞いた事が有りません。(私が知らないだけなのかも知れませんが) せいぜい、学生の夏休みとか位で、目的を持ってすらなら分かりますが、単に何かを探すとか、藁の中から針探すみたいなのは結局意味無いと思います。 ただの、流行りか逃げ。 まあ、自分の生活は自分で確保するなら、いいですが。

トピ内ID:c957decf366229ac

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自分探しの旅はただの現実逃避

🙂
ライトニング
鹿児島県在住の43歳独身男です。 自分探しの旅と言う言葉。随分昔に聞きましたが、それをやった人が何か見つけたり、自己の成長等に繋がったなんて話は聞いた事がありません。 自分探しなんてそもそも自分は何処か別の場所に存在しているかの様な言い方ですが、それはただの都合のいい幻想でしかありません。 自分探しをするまでもなく、その人が向き合わなければいけない現実や問題。 解決しなければいけない事や、やるべき事は沢山あるはずなのに。 それをやらないでいい理由。 向き合わない理由。 それが「自分探しの旅」の正体であり本質なのではないでしょうか。

トピ内ID:c02332cf3104084f

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必要な

🙂
ss
>「自分探し」の旅って必要ですか? 必要な方には必要なんでしょう。 何を「自分探し」というのか、何を「旅」っていうのかは、人それぞれででしょうけどね。 必要でない方には、当然必要ではないけどね、普通はそうでしょ。 普通ではない方もいるからね。

トピ内ID:726cd50ce1d8a26f

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旅は人生のエッセンス

🙂
バッちゃん
インド在住、40代女性です。 自分探しの旅人が目指しがちなインドに7年住んでますが、私の「自分」は未だに見つかっていないし、人生観や価値観も変わることなく過ごしています。 もちろん、若いうちに旅を通して色々な経験をするのはとてもいい事だと思います。中には本当の自分に気づく人もいるかもしれません。 でも、自分探しを目的として旅に出た場合、あまりにも短い時間なので、誤った自分を発見してしまうかもしれません。(それもまた良しですが) だから、自分を見つける事にフォーカスするより、旅自体を楽しむといいと思います。 旅で見た景色、感じた雰囲気、食べた物、その土地の人々の暖かさなどが、ちょっとしたエッセンスとなって、今後の人生を味わい深くするかもしれません。

トピ内ID:263d32deb5404de8

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どこにいても「旅」はできるような気はしますが

🙂
日本 50代 女性
自分の若い頃を振り返ると、普段の生活圏と異なる土地に「旅」をすることで強い刺激を受けて多くの経験ができたようには思います。 若い頃は(今よりも)好奇心が旺盛で行動力もあったので、友人と海外旅行に出かけたり、国内一人旅をしたりしました。普段の生活圏とは全く異なる自然や文化がある土地に行くと、それだけで多くの刺激を受けました。長期滞在した場所では、その土地の人々との関わりを通じて大きな学びがありました。 特に、高校時代のホームステイと語学研修旅行(1ヵ月ほど)は、思い起こすたびに、ザラリとした後悔や恥ずかしさからは逃れられませんが、自分の未熟さを痛感し、同時に自分の人格形成に大きな影響があった貴重な「旅」だったと思います。 「移動」とは違いますが、高校卒業以降の学生時代は、親元を離れての一人暮らしや部活動(先輩後輩OBOGとの交流、試合、練習、大会の運営など)、学業に伴う様々な経験(実験や論文執筆、学会発表、研究室に訪れる海外の研究者や学生たちなどとの交流、就職活動など)など。自分を取り巻く環境が変わり、様々な新しい経験が押し寄せてきて、それまでの自分自身ではいられないという感じで否応なく価値観が変化させられ成長した時期でした。 その時期の様々な経験で、引っ込み思案が修正され、無闇に恥ずかしがる事がなくなり、自分を表現することが(以前より)できるようになり、自分の適性(どんなことをしたいのか、したくないのか)も自覚しました。 「自分探しの旅」という言葉は、「どこかに行けば本当の自分が見つかる」とか「古い皮を脱ぎ捨てるように、ある日突然本当の自分に生まれ変わる」といった安直さを感じるので、好きではありません。 私の場合は「自分を探す」というより「自分を耕す」イメージの方が近い。自分の外側にある何かを見つけるのではなく、自分の内側を知り、より深める時期でした。

トピ内ID:9e6cec7ae2c19161

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意味があります

🙂
ようず
自分らしさというのはマシュマロの中に宝石が入っているようなもの、と私は思っています。 周りの甘いふわふわのマシュマロを 次第に削ぎ落としてその中身を見るには 自分と違う沢山の価値観に触れる必要が、私にはありました。 自分探しの旅はアジアへ。 インドで、カンボジアで、裸足のまま労働する少女達… 一生村から出ずに暮らす少数民族達… 何年間も放浪するヨーロピアン達… 沢山の景色や歴史や人に触れ 自分が日本人に生まれた意味とは? 自分が大切にしたい価値観とは? そういったものが浮き彫りになりました。 自分探しの旅は無駄だと一蹴する意見もありますが、その方達は自分を周囲から守るためのマシュマロを幼い頃に纏わずに済んだ方達なのかもしれません。 マシュマロを削ぎ落とす事は勇気がいることでもありますが、大嫌いだった自分を以前よりは慈しむ事ができるようになりました。自分=宝石の輝きが以前より見えるようになったからかもしれません。

トピ内ID:8dc041e7e0c9a159

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自分はどこにも落ちていない

🙂
Road&Sky
「自分探し」という言葉からは、本当の自分やなりたい自分が、ここではない何処かに落ちているかのような錯覚を覚えますね。 当たり前ですが、自分はあくまでもそこにいるのであって、どこかに落ちているわけではないので、旅に出ても見つかりません。 「自分」は探すものではなく、仕事や生活、人との関わりを通じて作り上げていくものであり、大半の人にとって、「自分らしさ」の正体というのは、実は周りの人からの承認や評価、信頼のことであると私は思います。人数の多寡に関係なく、誰かに頼られ、信頼されている状態に、人はみな満足感を覚えます。その状態は、日々の仕事や生活の中で、創意工夫と試行錯誤、献身や能力の発揮などを通じてその人が手に入れたものであり、旅先で見つけてきたものではありません。 しかし、旅に出ること自体は否定しません。今置かれている状況に対する違和感があまりにも大きい場合や、うつ病を発症するなど、自身が精神的・肉体的に危機的な状況に置かれている場合に、いったん離れて旅に出るのは良い考えです。 自分を見つけることはできなくても、旅に出ることで、「自分らしさ」や「なりたい自分」といったものを考えること、あるいは考えるきっかけを得ることはできるような気がします。しかしその旅は、「自分探しの旅」ではなく、「自分らしさを再認識する旅」です。 「自分探しの旅」というのは、才能も、やりたいことも、打ち込める対象も、周りからの承認も得られていない人が体よく逃避するための自己欺瞞の言葉だと、私は思っています。

トピ内ID:d6d4ded3b1991b25

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自分は探さなくても、そこにあるもの

🙂
働きバチ
「自分」とは、別に旅に出て探さなくても今いる場所で十分見つけられるものではないでしょうか?本来持ってるものですし。旅ぐらいで見つかっちゃった自分、なんか軽い?と私は感じますけど。 なぜなら昔「海外で人生観が変わった!本当の自分を見つけた!」と言っていた元同級生がいたのです。 渡航前は実直で好感が持てたのに、帰国後はキャラ変更されててびっくり。ワーホリでF‐Wordがありすぎる英語を身につけて、俺は何でもできるのに日本ではまだチャンスがない、と言っていました。 既にその分社会人経験を積んでいた私には、現実が見えてない30代後半の彼に「大丈夫?」と心配になったのを思い出しました。もがいている青春の途中過程は20代なら可愛いと応援したくなりますが、アラフォーにはちょっとキツイ。。。 私は長らくブラックな職場で暗中模索し泣きながら働いてきた挙句、結婚間近の恋人と破談になったのをきっかけに、絶望の中20代最後の年に長期休暇のつもりですべてを切って海外に行ったことはあります。新しいものを見て新しいことをして、これまでの自分をねぎらい、また働ける元気を養ってきました。帰国後は新たな視点と経験を得て転職し、恋人もそれなりに引く手あまたで、あの休暇は私の人生には必要だったなあ~と納得。自分は探しませんでしたが、自分を試した旅でした。 別に自分なんて探さなくても、旅は最高ですよ。 変な言い訳せずに、行きたければ素直にいつでも旅に出るべき、とこの経験から私は思っています。 50代、既婚女性、海外在住

トピ内ID:09e63e6fc606aa25

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比喩ですか?

🐱
おかわり
ここで言う”旅”とはjourney の事かと思いますが、敢えて言うなら旅に出なくとも、自分探しは至るところで出来ます。逆に言えば、旅に出たからと言って何も見つからず帰ってくる人もいます。”自分探し”が”気付き”の事を言っているのなら、前述した様に何も気づかず死んでいく人もいるかも。自分探しの旅?この言葉が一人歩きしてますが、意味のない言葉です。 自分自信はそこにあり、それを意識出来る人は、旅に出れば何かを見つけることもできるでしよう。旅、それ自体はお勧めです。 過去には、旅を仕事にし、色んな国にも行きました。近畿地方在中、50代、女性です。

トピ内ID:40b35bc0ee9afbe6

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大学に入ったばかりの頃

🙂
ゆき
「主体性」「アイデンティティ」と周りから随分言われました。 「主体性」は、持てたかどうかは置いておいて、まだ分かる。 でも、「アイデンティティ」は分からなかった。「自己同一性」「私が私であること」何のことだか? 「自分探しの旅」なんて、外に求めなくていい。むしろ、外に求めたら迷路に入り込みます。 自分は自分の中にあります。

トピ内ID:46bae5a44c5b1691

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