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親の死

レス5
(トピ主 0
🙂
空飛ぶ猫
ヘルス
親の有難みが分かるのは やっぱり自分も親になってからですよね 若い頃はさんざん反抗したけどここ数10年は会話もたくさんするようになり お出かけや、食事も一緒にしたり 愛おしくて仕方なかった父 先日その父が病で亡くなり 信じられなくて心細くて立ち直れそうにありません 私はもう50代で家庭もありますが 精神的にまだ自立できてなかったのかな?と思ってまして 親の死を乗り越えた方からのアドバイス受けたいと思います よろしくお願いします

トピ内ID:8be23a75b129941e

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愛あればこそ

🙂
さこさこ
60歳、両親も義両親も見送りました。 両親は長く患っていたので、病気の重荷から解放されたように感じました。 父は10年以上、母も5年以上経ちますが、仏壇上の写真を見るたび、いろいろ思い出します。 ただ、看病もしましたし、子どもたちをきちんと育て上げてしっかりと親孝行できたと考えているので、悔いほないです。 今の家庭をしっかり作り、この後子ども孫を幸せにすることが何よりの孝行と思います。

トピ内ID:1a87016f4356b38c

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親への憎しみは、死んだ後でも消えなかった

041
シール
私自身、人生がロクなものにならなかったのは、母親のせいだと確信しています。 流石に私も親になり、子供を持てば変わるんじゃないかと期待したこともありましたが 寧ろ怒りが助長されましたね。 酷い子育て、無理解な子育て、自分勝手な子育て、すべてがやってはならない事ばかりでした。 親として当然なことを、なんでウチの母親は全くできなかったのか? 私に向かって、子育て失敗したとハッキリ言われたときに復讐してやろうと心に誓いました。 子供は愛情を持って育てれば、素直に育つものです。 完璧な親である必要はなく、子供が望むことに親として精いっぱい応援してあげればいいんです。 ちょうど受験が終わりましたが、上の子は難関国立大に合格しました。 この功績を自分の母親に『子育てとはこうやるんだ!』というのが、目標でした。 残念ながら亡くなった今では、それは叶わぬことですが。 まぁでも生きていたら孫自慢に明け暮れるだろうと思うと、いなくてよかったのかもしれません。

トピ内ID:0d460684287b3163

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私も同じこと思っていました

🙂
まや
今年の1月、松の内に父親を亡くしました。 私はあまり、父と話したりはしなかったですが、かっこいい父だと思っていたし、母によると父も私のことをいつも心配していたそうです。 「そんなに気になるなら、元気か〜とか顔見せろとかって連絡すればいいじゃない」と母が言っても、父は「いやぁ…」とモゴモゴしていたとか。 私も、両親が心配だから「行こうか」というと、いつも「大丈夫」と言われるのでちょっと意地張って「困って呼ばれるまで行くもんか」と思って少し距離をおいていました。(年に4回くらいの訪問でしたが昨年は正月と12月の訪問で、12月が元気な父に会った最後でした) 両親には両親なりの生活のペースややり方があるから、私が行くことでそれが乱れてしまっているように見えて、良くないかと思いましたが、そんなこと気にせず行けばよかった。 1月中は、父とできなかったことが次から次へと浮かんできて、息を引き取る瞬間も繰り返し思い出して(これは2ヶ月たった今でも)、毎日ふとした瞬間に涙があふれて、よくもこんなに涙って出るものだなと思うくらいでした。地に足がついていない、身体もフラフラして頭が空っぽ、という状態でした。 そんな状態で、本当に立ち直れるのかと私も心配でした。 しかし、亡くなった日から1ヶ月くらいたったとき、ふと「そういえば涙出てないな?」という時間が増えてきました。前向きにはなれないけれども、決してあの瞬間を忘れてはいないんだけれども、泣かないで済んでいる、と。 本当に、突然、そうなりました。 父は82歳、今までいくつか患っていましたが、今回は自宅で体調が悪くなり母が救急車を呼びました。 救急車を待つ間に、自分で服を着替えて。病院に着いてから私に連絡が来て、連絡から2時間で私は病院に着き、そこから3時間後に亡くなりました。肺炎でしたが、まさか死ぬなんて父は思ってなかっただろうな…

トピ内ID:3ce8fa60ecb0ccfd

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必ずしも親にならなくても有難みは分かります

🙂
ナターシャ
きついタイトルで申し訳ありません。 私は独身時代、20代の頃に母を病気で亡くしたのですが親の有難みは分かっていますし、もっと幼い頃に別れを経験した人もいます。今は結婚しない道を選ぶ人もいますし。「親になってから」というのはもちろん間違ってはいませんが強いて言えば「自分に守るべき存在が出来た時や強い孤独感に襲われた時」なのかなと感じます。 親との別れはいつか必ず経験するものなのだから、それまでに大人ならきちんと自立しておくこと、人の痛みを理解できるよう努めて思いやりの気持ちを育むこと、そして日頃から誠実かつ謙虚な行いをしていれば、自分が深い悲しみに遭遇した時に手を差し伸べてくれる対象が必ず現れると思います。 一方で、親もただの人間に過ぎないし生きてきた時代が違うのでふと、(あの時の私の親の考え方や言動は果たして正しかったのだろうか?)と考えてしまうこともあります。ある意味反面教師でもあります。

トピ内ID:c79000c37049aed3

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いろいろ混同されていると思います

😒
鼻提灯
抱く感情は、大事な人を失った場合に起こる話と思いました。 立ち直れないのは、夫、妻、友人、子供、兄妹、などが亡くなった場合でも同じことが言えませんか? いてくれることの有難みというのは、決して親だけではないでしょう。 昔、いい大学を出ていい就職をして親孝行しなくちゃ、と言った同級生に反感を覚えたことがあります。 それが出来なかった人は親不幸である、と言っているようにも聞こえるからです。 似たようにトピ主の強い主張は、親に有難みを抱かない人はおかしいとなってしまいます。 >親の有難みが分かるのは やっぱり自分も親になってからですよね 子供の時点ですでに親に感謝している人はいるでしょうし、毒親育ちの人であれば共感などできないでしょう。 ですのでこういった決めつけは、あまり良くないのではないかと思いました。 聞くのであれば、親が亡くなったことから立ち直りたい だけでいいのではないですか?

トピ内ID:fcfa81cfd73f6ed1

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