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父親について

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😢
kikuturai
ひと
前まで大好きだった父親が最近好きじゃなくなってきそうです。 私の父は帰りが遅く、いつも疲れて帰って来ます。私が「おかえり!お疲れ様!」と言ったらただいまとは言ってくれるのですが、学校であったことや話したいことを話そうとすると聞いてくれません。 もちろん、会社で疲れているのもあると思います。私のことは嫌いじゃないと思います。 しかし、私がもっと小さい頃の方が優しかったし、楽しく話せました。 昔のことを思い出すと苦しくて毎晩泣いてしまいます。今日こそ!と思って話しかけても「早く寝なさい」の一点張り。 この前サンドイッチを作ってもらった時うれしくて、お風呂入る前に「サンドイッチおいしかった」と伝えたら、「まだお風呂入ってないの?そんなのいつでも言えるじゃん」と言われてしまって、私がもっと小さかったら冷たくされなかったのかなと思って大号泣してしまいました。 今でもその時のことを思い出すと胸がズキンと痛みます。ここまで来ると、自分から傷つきに行くのは嫌なので話しかけるのをやめようとしますが、今やめたら二度と話せなくなってしまうとおもったら辛くて。 私が考えすぎなのはわかってます。お父さんも私がいちいち傷ついているのもだるいんだと思います。私だって傷つきたくないです。 これから父にどういう対応をしたらいいでしょうか。 ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

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もう少し、オトナになるのだな

🙂
ぱこちゃん
まず、泣くのはやめようね。 それから、あなたが嬉しくて楽しくてたまらない瞬間でも、あなたの父上は同じレベルで愉快でたまらん、というケースは少ない。 あなたと父上は、別の人格、常に別々に行動し、別々の疲労を感じ、感情を持つ。 「共感」という言葉があるけれど、別の人格同士で互いに他者の思想、感情、決意を百点満点で同意できるなんて、滅多にない。 それだけ「共感」を得ることは難しく、貴重な経験のはずだけど、近年は「共感」インフレ気味で、共感を求めるほうも感じるほうも共感の稀少性を忘却してしまっている。 いつでもどこでも共感し合っているなんて、そんなの共感の原義から逸脱する。 ただの「相互束縛」、お互いの約束事に束縛されて互いに共感表明するしか選択肢が無いなんて、自発的な人間交流とは言えない。 このように指摘すると次は悲しいです、つらいですのオンパレード。 感情展開も、論理展開も、古代の定型詩のように極端に様式化されているかのようだ。 あなたの父上は、遅い時刻まで働いて、とても疲れているんだ。 遅くなる理由を、就労未経験の人はサービス残業、会社の歯車と揶揄するけれど、そうでもしなければ勤続できない、職場も成り立たない状況もある。父上の個人的な事情(例えば、娘から嫌われるから、娘が侮蔑するから)を援用してひとり職場をあとにすることなんてできない。職場からの信頼は失われ、職場での栄進は止まるだろう。 そんな、オトナのバランスシートの話なんてあなたに愚痴っても仕方ないが。 娘の不興は買うけど、黙って寝るか入浴。 父上が唯一家庭でくつろげるはずの入浴時間を唐突に「サンドウィッチ」云々で掻き回されたら、感情が曇るのは当たり前。「あっちに行ってくれないか」「うるさい、黙っていてくれ」と反発があっても不思議ではない。 あなたの感性は正しい、伝えたい気持ちもわかる。でも、タイミングは大事なんだ。

トピ内ID:a18ae95464d77f9b

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