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お城すきの方、教えてください

レス8
(トピ主 1
041
落城
話題
お城の番組を、割と見かけるように思います。 その中で、天守閣の石落としとかの防御設備の説明があったりします。 それを観ていて、天守閣にまで攻め込まれたら、もう落城と同じじゃないかと思ったりします。 あれは、意味があるのでしょうか? 素人質問ですみませんが、よろしくお願いします。

トピ内ID:2fdf299eee2b552c

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レス数8

時間を稼ぐことによる味方の反撃の可能性や殿様の避難など

041
くたびれサラリーマン
天守に設けられた狭間や石落としによる攻撃は、敵の攻撃に対し時間を稼ぐ効果があります。 それにより、 ・本丸以外で戦っていた味方が本丸に戻ることで、本丸内の敵を挟撃できる可能性 ・天守内にいる殿様や姫様を裏手から避難させることができる可能性 が考えられます。 門を塞いだり橋を落としたりして本丸内への侵入が遮断できた場合、本丸内の敵勢力が限定的であれば、天守+本丸内の櫓からの攻撃で対処できる可能性もあるでしょう。 あるいは、江戸城以外の徳川の城のように「支城」だった場合は、落城しようがしまいが敵の力を少しでも削ぐことができる、ということも考えられます。 ちなみに、学術的には「天守閣」とは呼ばず「天守」と称するそうです。 (「天守閣」は江戸時代以降に作られた俗語) ただし、織田信長が建設した安土城においては「天主」と称するようですね。

トピ内ID:ea77d9d33f5226a6

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天守閣とは物見櫓

🙂
暇蝦
つまりお城の最重要区画では無いのです。強いて言えば「城郭防備指揮所」の様な物です。 そして最重要区画は「本丸」と呼ばれる城主家族の生活場所です。攻める側は本丸を奪うべく攻めるし、守る側が死守するのも本丸です。 なので天守閣を巡る攻防により本丸が守られるなら、それはとても価値がある事です。 これは現在使われている慣用句にも生きていますよね、何か重要な事に取り組む時に「〇〇の本丸」と言う言い方はしますが「〇〇の天守閣」とは言わないですよね。つまり本丸>天守閣なのです。

トピ内ID:b635ce6a0a1ab1c5

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自害の時間稼ぎかな?

🙂
甚平
「あれは、意味があるのでしょうか?」 ↑ たぶんですが、天守閣まで攻め込まれたら、 もう城主(及び最期まで付き添った側近たち)は自害するしかないですよね。 当時は、敵に首を斬られるか、自害するかで、名誉に大きな違いがあった。 だから、自害する時間を稼ぐためにも、最期まで敵に踏み込まれない対策をする必要があったと思われる。 そういうものだと、ワタシは理解していました。

トピ内ID:49223e28438c13d9

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城主を逃すための時間稼ぎ

🙂
つつ
敵が天守まで攻めてきたら 落城するでしょうね。 落城とは城が攻め落とされる事ですし。 ただ、敵が狙うのは本丸です。 本丸は天守や城主の事ですからね。 だから、落城しても城主は生き延びてる場合もあるわけです。 でもさ。城主が生き延びたとして 城下町も城もズタボロになったら そんな町に人が戻る事なんかないよね。と、一般の人目線で考えたりします。 殿が生きていたら?それでまた挙兵のタイミングを待つって事? 戦国の一般の人はそんなに帰属意識が強いんだなあ、と考えたりします。 実際には勝ち馬に乗りたい一般の人が多いから、あちこちの殿に乗り換えてますよね。 殿のカリスマ性って大事よね。

トピ内ID:cbdb3b5c1df4a504

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時間は稼げる

041
着膨れ達磨
四面楚歌。 砦も同盟国も全部やられちゃてたら確かにトピ主さんの言う通り。 でも、城の役割って留守番って機能が一番大事です。 戦国時代ですから、隣の国を攻めに行っていて、その隙をついて別の国から攻められることもある。 留守番役は味方の援軍が来るまで持ちこたえればいい訳で。 援軍が来るという前提なら、落城と落城同然は大きな違いがあります。 落城したら、その城は敵の砦になります。 攻城戦では守備側の3倍の兵力が必要と言われています。 敵に城を奪われたら取り返すにはかなりの兵力が必要です。 しかし、例え落城寸前でも落城していなければ、その城を敵に利用されることはありません。 援軍が間に合えまで、敵はどうしたって城を背にして野戦になる。 城に残った残存兵力によっては挟撃されることになる。 援軍が間に合えば、敵は戦わずして包囲を解いて撤退する可能性が高くなります。 援軍が間に合う=時間が稼げる そういう城であるためにには、完全落城するその直前まで防御力を維持できることが大切なのです。 また、戦国初期においては下剋上、つまりは味方の裏切りも頻繁にありました。 そうなると堀の中に侵入されてからの戦いも想定しなきゃいけない。 実際に美濃の国では重臣がお城をのっとってみせています。(後に返還) 味方が少数で寝返りなんてことまで想定すれば、お城本体の防御力は必要になっていたでしょう。

トピ内ID:b407f2bcb0edddfb

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徹底抗戦

🙂
先のことはわからない
降参して捕虜になればいい、という時代ではなく、天守閣まで攻め込まれても徹底抗戦しかないです。 家康のために玉砕覚悟で伏見城で籠城した鳥居元忠の奮闘など有名で、大河ドラマのどうする家康では音尾詫真さんがカッコよく演じられていましたね。 伏見城が徹底抗戦したため、その後の西軍の展開が遅れたという説もあります。 伏見城の血染めの畳は、天下人になった家康により三河武士の忠義の証として江戸城に掲げられましたし、鳥居家も優遇されています。

トピ内ID:35b04d962646545b

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ご教示頂き感謝します

041
落城 トピ主
甚平様 2025年12月23日 10:23の >だから、自害する時間を稼ぐためにも、最期まで敵に踏み込まれない対策をする必要があったと思われる。 北ノ庄城(だったと思いますが)において、柴田勝家が自害する場面を大河ドラマで観た気がします。 着膨れ達磨様 2025年12月23日 11:57の >留守番役は味方の援軍が来るまで持ちこたえればいい訳で。 少し意味合いが違うかも知れませんが、城(山城)は、不意打ちに備える意味があったはずなので、それが城の本質(核)と理解しています。 >実際に美濃の国では重臣がお城をのっとってみせています。(後に返還) 竹中半兵衛の稲葉山城奪取のお話でしょうか?相手は斉藤竜興? >味方が少数で寝返りなんてことまで想定すれば、お城本体の防御力は必要になっていたでしょう。 だから、半兵衛は称賛されるのでしょうね。 先のことはわからない様 2025年12月23日 13:45の >伏見城が徹底抗戦したため、その後の西軍の展開が遅れたという説もあります。 細川父子の田辺城(だったと思いますが)もそうだったと記憶しています。 攻城戦で私が一番印象強く思うのは、西南戦争の熊本城攻防戦です。城と言うのは役に立つものだなぁと痛く感心しました。 それにしても、天守の石落としが役にたった戦いがあったのでしょうか?伏見城の戦いはそこまで行った? 本当に素人考えですが、天守の石垣に取りつかずとも、火矢などで天守を焼き払えば良い気がしますが、ところがどっこい、その対策も出来ていた? 皆様にレス頂いた「時間を稼ぐ」「味方の援助を待つ」「誇り高い自害を選ぶ」等は、改めて指摘されると、もっともだと思いました。 ご教示頂き感謝します。 レスありがとうございました。

トピ内ID:2fdf299eee2b552c

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トピ主さん疑問への私の見解

🙂
先のことはわからない
>天守の石落としが役にたった戦いがあったのでしょうか?伏見城の戦いはそこまで行った? 石落としは、真下にしか攻撃できない仕組みなので、これで戦況を反転させることは不可能です。 「役に立つ」はもっと幅広い意味で考える必要があり、私が戦国武将ならば、高い高い石垣と無数の石落としで防御された城を見たら、まずは和睦交渉します。交渉決裂なら兵糧攻めなどを選択します。 逆に石落としもないような城を見たら、攻め落とす動機になります。 できるだけの防御を固め徹底抗戦の姿勢を示すことは敵への抑止力ですね。 >天守の石垣に取りつかずとも、火矢などで天守を焼き払えば良い 遠方からの矢の打ち合いだけだと、高い位置からのほうが射程距離、威力もでますので、天守に陣取っている側が有利ですね。接近戦も仕掛けないといけないので石垣に取りつくことも必要になるでしょう。

トピ内ID:35b04d962646545b

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