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尊敬する人が「両親」な人は幸せになれる?

レス7
(トピ主 1
041
翌檜
話題
両親に感謝はしていますが、尊敬する人なのかと言われれば、違う気がします。
現状、不幸ではないと思いますが、幸せを感じている訳でもない気がします。
可もなく不可もなく、そんなところでしょうか?
尊敬する人は「両親」そう話す人は、幸せそうに見えます。
承認欲求に惑わされないからでしょうか?

トピ内ID:b6dc8d23b539765f

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レス

レス数7

幸せだから

🙂
わー
逆ですよ、 幸せだから、そのようなことをおくびにも出さずにいえるのです 私もそれはできないでいます 相手も人間、仕方ないで割り切れる範囲ですが 親のことを大好き、尊敬できると素直に言える人はうらやましいし いい家庭だからこそですよね 幸せな家庭の人は、親を尊敬するのでしょう あとは、実家が太い人は総じて、環境が恵まれているもあると思います 世の中は、そもそも不公平ですから 今現在ですけど、まあまあ悪くないとは思ってます 誰かに自慢するほどいいものはないけれど、 それはきっと幸せな生活だと思います つまり 親を尊敬するとは言えないけど、幸せだといえます とりあえず、うちの子は親が大好きといいますし まだ幼いので、ちょっと言葉が違いますが 外では尊敬している風なことを言うそうです 自己肯定感を高めるというワードがちょっと流行っていましたが その人の生きつらさについてのアプローチの一つだとは思います そりゃ、ありのままで生きられたら楽でしょう でも、何者かになろうとは思わないのだそうです それは幸せな世界ならよいのでしょうが、危機には弱いし、発達もしないでしょうね いろんな人がいるからこそ、世の中は成り立つし 面白いのだなとは思いました

トピ内ID:25f03e46fdb65b48

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さて?

🙂
関係ある?
私は両親が好きではないけれど、 幸せです。 確かに、 親に恵まれず、 実家にいる間は幸せではなかったけれど、 よい伴侶に恵まれて、 幸せになりました。

トピ内ID:6b6e126d3ffdbf8e

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逆ではないかと

🙂
ばじる
両親が客観的に見て尊敬出来るからというより、愛してくれたことや苦労して育ててくれたことに対する感謝や思い出が尊敬という形になっているのでしょう。感謝を素直に感じられるような人だから幸せそうに見えるのでしょう。 その辺りの感情をドライに考えてしまう人は、幸せも感じ辛いでしょうし、もっと裕福や地位の高い親ならとか家族やパートナーの地位で自分を引き上げようとするような性格の人、、自分の努力不足や能力の無さを親や周りのせいにするような人なら、不満だらけで幸せに見えないでしょう。 もちろん酷い親を持ったが故にという人もいるでしょうが、多くの場合は上記の理由ではないかと思います。

トピ内ID:ed71f7aa8ef54a36

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尊敬というのは

🙂
昭和人間
全人格的に理想の存在だということではないでしょうか。 しかし実際に親というのは良いところもあれば、逆に嫌なところもあって反面教師にもなる。そう思えば多くを学ぶとしても尊敬とは違うと思います。かえって尊敬することで無批判に受け入れることは親の言いなりになりかねません。 そうやって親の存在で今の幸せがあるなら、これは感謝という気持ちが一番ピッタリです。

トピ内ID:31e85a4aac657731

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桜桃

041
翌檜 トピ主
みなさま、レスありがとうございます。 太宰治「桜桃」のラストに、主人公が桜桃を食べながら、心の中で 子供よりも親が大事 とつぶやく場面があります。 その時初めて親に感謝する心を持った気がします。 太宰治を読むようになったのは、三十代半ばですから、それまで私は親に感謝することを知らなかったことになります。 親も大変だったんだ、それを理解したのだと思います。 それなら尊敬の気持ちを持つはずですが、何かがそれを拒んだ気がします。 私の中では、尊敬は、その人なりに生きていることへの敬意でしょうか。 もちろん、人格的に立派であることも条件となりうると思いますので、人それぞれということになりましょうか。

トピ内ID:b6dc8d23b539765f

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処世術の一つ

🙂
おはぎ
私は兄弟が多いんですが、兄弟たちは全員両親が嫌いです。 そして残念ながら皆とにかく不幸です。でもその不幸は親のせいだと皆言います。 私は生まれた時から親孝行でした。末っ子で可愛く、生まれた時から親を癒し、物心ついてからは家の家事を一切引き受け、中学を卒業してからはずっと親に仕送りをし、自分でお金を貯めて大検を受けて大学へも行き、高収入を得て両親を毎年海外旅行へも連れて行きました。 私自身の家庭はかなり波瀾万丈だったものの、そこまでは知らない外見だけを見る人から私はとても幸せだと思われているようですし、何より私自身が幸せだと思っています。 年々親の苦労が身に染みて、あんなに親孝行したのに、亡くなってしまった今ではもっとやっておけばよかった、私は親不孝だったと後悔しかありません。 自分の親に限らず、周りにいる人で「ちょっと苦手だな」と思う年配者の方に対して尊敬の念で接すると、相手も心を開いてくれて関係が良くなることがありますよ。 結局、誰からも好かれる人は誰のことも自分から好きになり、円滑な人間関係を形成して人生がうまく進み、結果幸せになることがある、ということではないですか?

トピ内ID:e05cc06c12ca058b

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それは

🙂
ささ
ええと、時間単位やタイミング、客観的妥当性によるかと思います。 正直、長期的な観点から言えば、誰かしら尊敬できる人がいれば、両親である必要はないかと。 第三者でも、例えば漠然と世の中の子育てしてる人とか、何らかの災害を乗り越えた人とか、会社のあの人とか。 偉人でも良いですし。 尊敬できる人が出てくるということは、他人の生き方、思想、人生に興味を持つ余力があるということですから。 それがすでに幸せなこととも言えるかも知れません。 両親を尊敬に危うい場面があるとすれば時間的なタイミングなど。 子供で知見が少なく世界がまだ狭い時は十分にあり得ることかと。 また、客観的に見ても何かを成し遂げている親なら、大人になってからも尊敬することは理解できます。 ただ、子ども自身が当時の親と同じステージに進んでいく中で、その辺りが本質的に更新されていないのだとするとちょっと心配。 親の立場からすれば、尊敬してくれるのはありがたいけど、普通の親なので、もっと外を見てほしいと言える。 親とはいえ、いろいろミスもしますし、ボケたら何するか自分でも分かりません。 そこに80過ぎても90過ぎても体重かけられるのは重荷かと。 勝手に失望されても、こっちも人間なのでって話で。 そういう意味では、フランクに親?尊敬はしてますよくらいの方が良いでしょうね。 あとは偉人とかで、遠くにいる基本不変に近いものの方が。

トピ内ID:3343c6a8dfd33469

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