高校生の時にネットで知り合った同性の友人がいます。友人というより、思春期特有の孤独を分け合ってほぼ共依存といっても過言ではないようなメールのやりとりを5〜6年ほどしていました。
当時はまだLINEがなかったので、大学、就活と環境が変わるうちに長文をコンスタントに返すのが難しくなり、お互いに「どうして返してくれないの」「さみしい、話したい」と今思えば若すぎる依存をぶつけ合った結果、「あなたの存在が大きすぎてメールを待つ時間が辛い、いっそ終わりにしたい」と言われ、私も当時はそれに何も返す気力がなく、そのまま疎遠になりました。もうすぐ10年経ちます。
30歳を超え、今の私は幸せです。
それでも、もし今余命宣告されたらなんて夢想した時に、一番に思うのは「彼女ともう一度話したい」だと最近改めて気付きました。
もうとっくに私のことなんて忘れてるかもしれないことも、あるいは思春期特有のあれこれを黒歴史として忘れたいかもしれないことも、分かってはいます。
でも、「一生あなたを大切に思ってる、何があってもあなたは私の宝物」とまっすぐ言われた言葉を信じてしまう心もあります。
当時知り合ったサイトはもう閉鎖されてしまい、先日やっと勇気を出して送ったメールはエラーで返ってきました。古いキャリアのアドレスだったので、とっくに変えてしまっていたのでしょう。
あとは、毎年誕生日に手紙を送り合っていたので知っている住所だけです。
皆さんだったら10年前に自分から切った友人から手紙がきたら、迷惑でしょうか。
喧嘩して絶縁、知り合い程度、とかなら迷惑だと私も思うのですが、お互いとても大切にしていた相手なので、大人になった今ならもしかしたら、と都合よく考えてしまう心があります。
もう一度話したい、という気持ちが強すぎてバイアスがかかっている自覚はあるので、「自分だったら」を教えていただけると幸いです。
トピ内ID:b80985a96d05d791