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本が好きな方に質問

レス14
(トピ主 0
💄
みはえる
話題
私は小説はほとんど読まないんですが、本が好きな皆さんは本の内容を理解出来てますか? というのは、何回かですが作家がテレビに出ている番組を見た事があります。 その時に、その作家さんが書いたものが、学校や受験等の問題に使われていて、それを本人が解いても間違っていることがあるからです。 何回かしか見てないので、たまたまと言われればそれまでですが、皆さんも学校で解いた事もあると思いますが、作者の気持ちを答えなさいとか、作者が言いたい事は何ですか、という内容に関する問題があります。 それを解き、その答えを見た作者が、こんな風に思ってないとか、全然違うよ、っていうのを聞くと、本当に作者の気持ちが分かる人はいるのかなって思いました 問題作ってる人も、国語の授業も、いい加減なのかなって思ってしまったんですが、皆さんはどう思いますか?

トピ内ID:8808192000

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理解?

041
今日も3冊読んだ
作品をどう解釈するかは読者の自由で,作者の言いたいことを100%理解しようとする必要はないんじゃないでしょうか?

トピ内ID:0670886462

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全文と部分解釈の違いでは?

消えた恋文
小説は全文を通して読み、作者の意図を知る事に成り ますが、其の一部分のみを切り取って問題としている 作者の意図とは、異なるのが当然と考えます。 例えを挙げれば、写真をみて何をしているのかを問う 事と、ビデオを見て何をしているのかを問う問題では、 答えの多さと言うか種類(ジャンル)に圧倒的に差異が 生じるのと同じです。(写真の方が類推が多いですね。) 優れた小説の作者で有れば有るほど、トピ主さんの仰る その違いは鮮明になって行くのでは無いでしょうか。

トピ内ID:6743933893

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だから小説は読みたくない?

041
ほな
もう都市伝説的に有名なエピソードですよね。その番組。 このエピソードのミソは、「本来、作者なら100%正答するはずなのに、 という事は出題者は読み違え、生徒は読み違えを正答しなくちゃいけない」 しょせん誰も本当を分かっていない、という点が面白いんだと思うんですが だからといって、一括りに「いい加減」というのは乱暴かな、と思います。 だって、そんな学校ゴトキのテストだって90数%は作品を理解してきてると 思いません? この事例は、小さな反対例を取り上げて人々を驚かせたり、喜ばせたりするための ネタです。 あと、正確性について。 突き詰めると他者と自分との間にある理解のための記号は全て、「たぶんこんなもん」 ていうぐらいの共有のしかたですから。正しくなきゃ読めない、落ち着かないというのは トピ主さんの趣味でしょう。 でも、私も正確な共有性は好きです。 アマゾンとかのコメント見てると「うん、うん、私もそう思った!そのとーり!この 言い回しが良いんだ!」とかって喜んだりしてます。

トピ内ID:4655339604

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国語の問題なんてそんなもの

041
読書は好きだけど
作者の意図や表現したいことを何文字でまとめなさい、とかよくありましたね。学生時代は、その回答に○や×をつけてくる先生に対して、「お前が詠んだ句なのかよ」とか「どう感じたって人の勝手だろうが」などと心の中で突っ込んだりしていたのでお気持ちはなんとなくわかります。まぁ、先生にしても指導要綱にそって授業してるのではないかと想像しますが。 でもいい加減とまでは思わないかな。私個人の意見ですが、国語の授業の回答は多数派の意見、つまり一般的にはこう捉えられるだろう、というあたりが答えになっているのではないかなと思っています。どうやら私は独特の感覚を持っているらしいので国語には大変苦労させられました(笑) あとテストでは作者の気持ちや自分の感想より、出題者の意図にそった答えを出すのが重要なときもありましたね。ここのあたりは今はずいぶん改善されたそうです。

トピ内ID:4900782335

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小説の内容を理解?

041
nini
例えば論文のようなものであれば、「こういう意図で書きました。結論はこうです。」っていうある程度決まった道筋があり、それを汲み取って読むのが正しいありかたなのかもしれませんが、小説というものは、「内容を理解する」ものではないと思います。 トピ主さんの書かれている「作家が自分の作品を題材にした問題で不正解」という話だって、「本当に作者の気持ちを理解できる人っていないんじゃないか。」ということではなくて、「ことほど左様に、受け取り手によって色々な解釈が可能なのが小説の世界なんですよ。」というふうに受け止めておけばいいのではないでしょうか。 多分テストで問われているのは、作者の真意ではなくて「これを読んだ場合、一般的に 作者が言いたいことだと思われがちな最大公約数的意見」ってことなのでは?

トピ内ID:3824830679

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解釈が無数にある魅力

ルナ
試験問題つくった人が偏ってたんじゃないですかー?なんてね! 国語の面白さって、「解釈が無数にあること」だと思ってます。 本の面白さも、しかり。 同じ文章を読んでも、人によって解釈が違う。 そこが面白いと思ってます。 「そーくるかー」、「そういう見方もあるのかー」って。 私自身、読んだ時期によって、同じ小説でも見解が異なる事があります。 それが面白くて、時間をおいて再読したりしてます。 たとえば「源氏物語」の光源氏。 少女時代は「浮気者~!」と思ってました。 ところが今は「ナイスガイ」だなぁ、と。 老女や醜女相手にも、美女相手と同じく『女性』として恭しく遇するんですよね、彼は。 これはモテるはずだわ、と納得してます。 光源氏のような男性が増えたらいいのに、とさえ思ってますよ(笑)

トピ内ID:4890598824

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活字依存ぎみ。

🐶
毎日かあさん
トピ主さんの疑問は、中学生くらいの時に感じました。 ちょっと懐かしい感じもしますー。 作者本人が採点するわけでもないのに、なんで×付けられなきゃいけないのよ!? とか、内心プリプリしてた記憶が…。 問題作ってる人がいい加減かどうかわかりませんが、多分「作者の心情を答えよ」の問いに一番多く上がった回答を正解としてるんじゃないですかね。 いい加減って訳ではないのではないでしょうか? 強いて言えば、その問いに対する答えに、合否をつける事自体がおかしいって思ってます。 本の内容を理解…? ストーリーは理解できますけど、そこから何を読み取るかは、読み手次第ですから、作者の意図どうりに読もうとか思ってないです。

トピ内ID:6827625449

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だからこそ本が好き

🐱
pHコントロール
私は遠藤周作氏(だったと思う)のエッセイで、選択肢にされた解答群は すべてあてはまり「正しい答え」と言うのは自分でも分からない、と 書かれていました。 正直、読者の立場でも読む状況(感情)によって受け取り方は違うのだと 思います。 だからこそ、本を読む意義があるのだと思うのです。 試験では一般的な解釈、が「答」として用意せざるを得ないから、作者の 思惑と外れる解答が「正解」なときがあるのではないでしょうか? でも試験は「これこそが解答」と言うものを設けなければ、マル,バツは 設定不可能なんですよ。作文ではない限り△はありえませんよね。 まあ、試験問題を作成したおエライさんと感性が違うとバツになります。 理不尽だとは思うのですが、問題を作った人の答は「それ」でしか ありません。決していい加減ではないんですよ。それだけは分かって 下さい。 なんにしても、生きている作家の作品を問題にするのは、無理ではないの かなぁと思います。

トピ内ID:7054099012

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国語のテストなんてナンセンス

041
でん
だと学生の頃は常々思っていました。 別に本はよく読みましたし、国語は特に勉強しなくても成績は良かったですが。 でも、今はあながちナンセンスとは思いません。 あれは結局、問題文と、題意から何が読み取れるのか、 どういう意図を読み取るのが合理的なのか、という論理的(演繹的?)思考の勉強であり、 試験だったんだと思います。 もちろん人の心を100%理解することが出来ないように 作者の心理を100%理解することなんて不可能でしょう。 そもそも、書物から何を読み取ろうと、それは読む人の自由のはずです。 もちろん、その本に籠められた作者の思いはあるでしょうが、 それを理解するかしないか、共感するかしないかを強制される謂れもありません。 そういう意味では、今でもタイトルの考えは変わりませんが。

トピ内ID:7404904796

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問題を文章通りに受け取りすぎかも。

041
T2
う~ん、「作者の気持ちを答えなさい」= 「作者の気持ちを100%理解しなさい」では無いと思いますよ。 言うならば、「作者の気持ちを自分なりに、 どう理解したか答えなさい」といった感じだと思います。 重要なのは「作者の気持ち」ではなくて、 文章を読んで、自分なりに理解して、それを文章に表す・・・ このプロセスが大事なんだと思いますよ。 皆が同じ答えだったら詰まらないじゃないですか。 小説を読んで「正しい感じ方」なんてのは無いと思いますよ。 100人が同じ本を読んだら、皆が違う意見を持つのが当たり前だと思います。 あと、作家さん本人が答えを間違えるのは・・・ 例えば20歳の時に書いた小説の意味を45歳になった同じ作家さんに聞いたら、 違う答えが返ってくるのは自然だと思いますよ。 20歳の時に感じた事が45歳でも全く同じように感じるとは限らないわけですから。

トピ内ID:0322554759

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解釈は自由

041
ケロリーノ
単純に本に集中して、違う世界を楽しんだり感動したり なるほど~と感銘を受けたりするのが好きなのです。 作者は何が言いたいのか?なんて考えるとするなら それは読み終わって本を閉じてからでしょうか。 その解釈が人と違ったり、作者と意図するものと違っても全く気にしません。 正解だったとしても嬉しいとも思わないです。 大事なのは理解してその答が正解かどうかより 単純に夢中で読んで面白かったか、 どこに衝撃を受けたり感動したかが楽しいのです。

トピ内ID:4163840744

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本を読むのは国語のテストではありません

041
じんがー
作者が言いたいこととは全く無関係に、本を読む読者はそれを自分なりに読み取りたいメッセージを受け取ればいいのです。小説を読むってそういうことです。書き手が伝えたいことが伝わるかどうかは、その作家の力量であり、また読者のキャパシティーにも関係してきて、100%機械的に伝わらないところにコミュニケーション・メディアとしての本の面白さがあると思います。 国語のテストでは引用したごく一部の文章から読解力を判断しようとするので、ごらんになったテレビ番組のようなことも起こりえるでしょうけれど、はっきりいって小説もほとんど読まないような人から内容を理解しているのかなどと聞かれたくありません。

トピ内ID:8485563433

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国語の授業と読書はちがう

041
けい
読書 ただ本を読むこと。そこからなにかを学んだり感じ取ったりするのは自由。なにも学ばず、感じなくても、それもまた自由。 国語の授業 文字を覚える、言葉を覚えるなどのほかに、文章を読むことを教える。教えたからには、教えた結果を出すために何か問題を出す。 漢字の書き取りの問題は問題ないけれど、文章の問題は、問題の為の問題、というところがある。 結論 本を読むことは各人の自由→国語の問題は問題を作った人が自由に読んだ結果である。いい加減と言うより、いい加減にならざるを得ないものである。 本を読んで理解が出来ているか?という質問には、私は理解をしていません、ただ感じているだけです、と答えます。

トピ内ID:1267685550

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だって人間だもの

041
harry
本を読んだ感想は読んだ人と同じ数の感想があって当たり前だと思います。映画もテレビも同じですよね。 私は活字中毒ではありますが、決して国語の成績が良かった訳ではありません。だって国語の問題なんて結局「これが回答なのだからこう書きなさい」で、その通り書けば点数がもらえるくだらないシステムですから。こんな教育なら活字離れが進んでもおかしくないと思います。 私自身本を「本」と言うくくりつけではなく、映画・テレビなどの動画を視る娯楽を活字から脳内で変換するだけ(状況を想像しながら)の違い程度にしか思っていません。本好きとしては別に活字を敷居が高いように思わないで自分の好きな様に楽しんで欲しいな~と思います。 私の醍醐味は10年後に同じ本を読んで当時思った感想との違いです。やっぱり20歳で読んだときの感覚、そして現在の自分とは違っていることもありそこが最高に面白いんです。今読んでいる本も5年後10年後にまた読んでみたいと思います。 あっこれも映画やテレビと同じですね(笑)

トピ内ID:4213812219

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