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助け合いとは

レス5
(トピ主 0
🙂
ひと
質問です。

人と人は互いに助け合って生きるべきものだと思いますか?
それとも、助け合って生きるべきではないと思いますか?

「ケースバイケース」
「助けるが、助けは借りないように。」
というのはなしで、シンプルに答えを出すならどちらでしょう。

皆様の理念をお聞かせ下さい。
よろしくお願い致します。

トピ内ID:8624556792

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助け合いとは、助けて欲しい側に都合のいい言葉

041
ピエモンテ
以前あるトピで、海外にいる日本人は助け合わなければならない、というのがありました。 それに対して、助け合いなどという言葉は、助けて欲しい側が言い出す都合のいい言葉だ、 というレスがあり、私はなるほどと思ったものです。 シンプルにということなので、シンプルに回答しましょう。 人は1人では生きていけません。必ず誰かの助けが必要です。 でも、自分も誰かの助けをしているものです。 早い話が農産物を作る人の助けがなければ、我々は飢えて死ぬことになりますが、 農産物を買ってくれる消費者がいなければ、農業従事者も飢えることになります。 自分が誰も助けていないと思う人は、自分の存在意義を自らに問うてみるべきです。

トピ内ID:1606696688

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ゲーム理論

041
rara
「ゲーム理論」や「囚人のジレンマ」といったワードでネットを検索すると、いろいろためになることが分かります。 ジレンマ状況では、最適の結果を得ようと行動すると、結果として最悪の結果をもたらす場合がありますから、難しいですね。実際には、損が最小になるよう行動するのが無難ではありますが、それだけでは割り切れない義理人情があるのが現実世界ですしね。

トピ内ID:0304558389

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私の持論

041
yume
自分のことは自分でやりましょう。 これが基本! その上で、助け合いましょう。

トピ内ID:1277251316

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実際はケースバイケースだけど

kira
「理念としては」助け合うべきに1票です。 昔でんじろう先生の実験であったんですが ・全員1列に並んで大きな円形を作る ・各自が全体重をかけて、背後の人にもたれかかる こうすると、どんなに前の人が全体重をかけて倒れてきても全然重くなく、誰も床に倒れずに円形を保てるのです。 人間関係と同じだと思いました。自分を受け止めてくれる人がいるから、他者のことも受け止められるという。 もしも1人1人が各自で立っていれば、いずれ力尽きた人は誰にも省みられず倒れていき、円はスカスカになるでしょう。 前後の人が自分の方に倒れてきたら、支えきれずに一緒に転倒するかもしれません。そしてそれは自己責任であり、運であり、周囲の人間には関係ない。 それは真実でしょうが、やっぱり寂しいなとも思います。 勿論でんじろう円形にもデメリットはあります。 ・1人が抜ければ総倒れ ・各自の動き=自由は制限される 等々 それをあえて強行したら、行き着く先は監視社会?(笑) というわけで、実際にはどっちがいいのかわかりません。 現実はケースバイケース、理想はでんじろう先生ですね。

トピ内ID:6931656219

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嫌でも助け合っている

041
goro
子どもにも分かるように言えば、毎日食べているご飯、 ほとんどは他人様が作って(獲って、又は育てて)くれたモノですよね。 身につけているモノも同様です。 たぶん、人の助けがなければ数日も生きられないのでは? だから、問題は「他人に頼って生きていくかどうか」ということでしょう。 自分で出来ることは自分でやり、出来ないことは人様にお願いする、 つまり「頼り、頼られ」これしかないんじゃないかな。

トピ内ID:2416256167

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