最近、妙に「昔の話」を聞きたくて仕方ありません。
清水義範さん著『みんな家族』や、三谷幸喜さん脚本ドラマ『わが家の歴史』に触発されてしまいました。
「昭和」の話を中心に、古くは明治時代、新しいところで平成ヒトケタ年代あたりまでのお話をお伺いしたいです。
ご両親の人生、おじい様・おばあ様、ひいおじい様・ひいおばあ様。もちろん、ご本人様のお話も。
皆様から寄せていただいたお話を、私が「発言小町」の外に転載するようなことはありません。
個人で拝読して「へー」とか「ほー」とか言いたいだけなんです。申し訳ありません。
それでは言いだしっぺからいくつか。あまりドラマチックなお話はありませんが。
字数の都合上、さらりと。
父方の祖父…岐阜から単身北海道(東部)へ入植。初めは斧とスコップだけで巨木を切り倒し、根を掘り起こし拓いていきました。岐阜では指物職についており、その技術を応用して家は自分で建てたそうです。
父…昭和18年北海道生まれ。戦後の食糧難を引きずる時代に少年時代を過ごしています。家は酪農業をしており、また畑があったり鶏を飼っていたりして「まだいい方だった」ようです。家でとれたじゃがいもを、近所のでんぷん工場に持って行きでんぷんにして、ご飯におやつにとよく食べていたそうです。
母方の曾祖父…山形から道央に養豚指導員として入植。曰く「丁半で身上を潰したから」(本当かどうかはわかりません)。指導員を辞した後は道内を転々とし、道東で酪農業を始めて生活が安定したとのことでした。
義父(夫の父)…昭和20年樺太生まれ。赤ちゃんの頃に終戦を迎え、引き上げ船で北海道へ。義父のお父さんはシベリアに抑留されていたそうです。大黒柱も身寄りもおらず、嫁と姑が手を取り合って幼子を守り生きていく生活だったようです。
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