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家族制の崩壊はどこまで進むだろうか

レス93
(トピ主 33
041
主夫
ひと
戦後の高度成長経済を支えるためにデザインされた核家族制が、経済の成長の終焉と軌を一にして、いくつかの機能を失うとともに役割を終えつつあるように見えます。皆様はどのようにお感じでしょうか、ご意見をお聞かせ下さい。 人の集団で血縁を基盤とし、それ故契約のみでは規定しきれない前近代的基準を持つものに、村(地域社会)、親族、家族があますが、「何か」のために助け合いを強要する単位として機能してきました。これらの集団は現在、この順序で(血の薄い順に)激しい変質を現在完了進行形で引き起こしつつあり、とうとう家族にまで及んできたように見えます。 家族の場合に、この「何か」にあたるものとして (1) 高齢者、病人の介護 (2) 私有財産の維持、管理 (3) 子供の養育 をとりあげてみます。家族内におけるこれらの機能の変質は現在進行中ですが、近未来において何処に収斂するのでしょうか。 (1) 高齢者、病人を介護する最小単位は家族から地域社会に移行し、この意味において個人は家族から開放される。結果として、子の親に対する扶養の義務はなくなる。 (2) 男女が出産を除いて完全に対等になることが条件ですが、核家族において専業主婦が一手に担っていた仕事は、市場の値段がつき、基本的には業者が請け負うことになる。家族としての私有財産は、夫の財産と妻の財産に完全に分離する。結果として、夫婦間の扶養義務はなくなる(親の子に対する一定期間の養育義務のみが残る)。 (3) 子供の養育の義務と権利(親権)は両親に等しく属し、婚姻が終了(離婚)しても変わらない。 以上のような着地点に向けて家族の機能の変質は現在深く広く進行しているように見えます。家族制度としての核家族から、夫も妻も個人の解放を求めているのではないでしょうか。

トピ内ID:3861663465

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レス数93

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お金って何を基準にしてると思いますか

それは金持ちだけ
米国の経済破綻と、国民健康保険制度導入への大きな舵キリをどう思われますか? トピ主さんが書いておられるような状態は昔からお金持ちのなかでは未来像ではなく現実だったわけで、じゃあ一般的にと言えるほど国民大半がそうなれるかって、ちょっとまあ、色々と難しいと思うよ。 ただ日本にはロボットがあるからね、子育ても自動揺りかごビデオカメラつきがすでに商品売ってるし。ロボット介護も開発進んでるし。家事もロボット、生身の人間一人雇うよりエネルギー少なくてすむじゃん。貧乏な人にも優しいロボット社会万歳!

トピ内ID:8620051292

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子供社会

🙂
だがじぐ
私の立脚点ですが「旧来の価値観からの個人の開放」を標榜する(左翼的)思想とは相容れない考えを持っています。が、家族「制度」という社会を構成する最小単位の集団からすらも個人を「開放」してしまうと、何が起こるのか?は面白い題材ですね。 私は「個人の開放」とは基本的に「(法で規定される以外に)自己に対するの義務以外を負わない」事だと考えています。 極論ですが「あらゆる面」で「自己に対するの義務以外を負わない」事を是認する社会は、逆に言えば自らを律することを求められない「子供社会」であり、個人の行動を抑制するモチベーションは成文化された法律のみ(=大人の暗黙の了解である「常識」の通用しない社会)言うこととなると考えます。 うーん。私は、そのような無味乾燥で自分さえよければ良く、大人の常識が通じないであろう社会は到来して欲しくありませんねー。つまらない訴訟も多くなりそうだし、法の解釈・運用を常識をベースとして出来なくなりそうだし。ただ、なんだか、そうなりつつあるような感じもしていますが。。

トピ内ID:4112403037

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主さんの言葉を使わせてもらいつつレスします

😀
うーなぎ
(1) 高齢者、病人を介護する最小単位は家族から地域社会に移行し、この意味において個人は家族から開放される。しかし子の親に対する扶養の義務はなくならない。なぜならそれは今でも、家族は大切にするべきという「概念」だから。その概念を持っているということが最大のエクスキューズになって、介護を外注することが許されるような雰囲気がずっと残ると思う。 (2) 日本の男女が出産を除いて完全に対等になることはないので、核家族において専業主婦が一手に担っていた仕事は、市場の値段がついたとしても、基本的には女性が請け負うことになる。家族としての私有財産についてはよくわからない。 (3) 子供の養育の義務と権利(親権)は両親に等しく属し、婚姻が終了(離婚)しても変わらない。これは今でもそうだと思っています。

トピ内ID:3667274132

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崩壊ではない

041
おとこです
崩壊ではなく家庭の変化と呼ぶべきでしょう トピ主さんがおっしゃる通り現在は族から個へ家庭の姿が変わりつつあります ただし決してそれが人のつながりを否定しているかといえば一概にそうとも思えません その代表的な例が婚姻制度です この制度は人間が生まれ、繁殖し、命を全うするためには絶対必須のものではないのにも関わらず、この制度がなくなることは現状では想像もできません。 ある程度の族を人が求めていることには変わらないと思います 問題が起こりえるとすれば個を尊重しすぎた場合の法などの対応かと思います。

トピ内ID:1527887762

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(1)について思うこと

041
テキトー男
「介護する最小単位は家族から地域社会に移行」いうことは、地方自治体が介護の主な担い手になる、ということでしょうか? 例えば町内会的規模の組織では、能力的に限界があります。町内全員が高齢者という地域もあるでしょう。従って、弱者が地域社会から充分な介護を受けるためには、地方自治体の権限、機能、財源を拡充する必要があります。また、現状として各自治体間にはそれぞれ格差がありますから、それを解消する必要もあります。でないと「充分な介護を期待できない地域社会」からの人口の流出と、「期待できる地域」への人口集中が加速する可能性があります。また、容易に転居できない人々も存在するでしょうから「介護格差」が(現状以上に)拡大するかもしれません。 要介護者のための受け皿が用意されていないうちに、個人の家族からの開放だけが先行しないことを祈ります。

トピ内ID:0545260778

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個人の解放は賛成だけど

041
nogisu
確かに日本の家族制度は崩壊していくでしょう。 でもそのトンネルの中に、わずかな光がありますね。 それは人間がどうしても抱いてしまう「愛」ってやつです。 介護や夫婦・子供に関する扶養や義務と権利。 これはあくまで「法」から見た側面の関係でしょ。 今は法や文書に則ってモノを考えすぎる人が多いですね。 私は義務で子供を育てていません。これはくさいけど愛ですね。野性的ですが。 子供に何かあれば、私の命と引き換えで結構。これは義務じゃなし、権利でもないけど。 祖母を介護しましたが、これまた愛情からですね。 喧嘩もしたけど、やはり小さい頃から好きなおばあちゃんだから。 夫に関しても、権利や義務や扶養と言う言葉だけで縛られてるなら、 とっくに離婚してるんじゃないかな~(笑)。 私自身は法的な仕事をしているので、法律的な改善の必要性も感じますが、 もっとややこしくて奥が深いのがLOVEやNEEDってやつです。 コイツがある限り、人間は永遠に悩むように設定されてるんですよ。 過去何千年も人間が悩んだように、未来何千年もね。

トピ内ID:5758029989

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何故このトピを立てたのか

041
主夫 トピ主
家族制の実質の変化に、法律を含む社会的基盤の整備が追いついていないために、相当数の人たちが不必要に苦しんでいるのではないか、と思います。この掲示板を見ているとそう感じることがしばしばあります。 ・外で働きたいのに仕事をやめて家事に専念することを求められる妻 ・家事に専念した妻から能力以上の稼ぎを要求される夫 ・会社の仕事と家事の二重の負担に疲れ果てた夫または妻 人の意識は時代とともに変わり、それに伴ってモラルも変わります。法律が規定する制度は、モラルと調和的に補完するように設計されるべきですが、核家族制は、そもそも旧民法を支えていた大家族制のモラルを前提としている部分があるのではないか。詳しい方がいらっしゃればご教示下さい。 ・老後は子供の世話になる ・妻は夫に養ってもらう これらのことを当然と感じない、むしろ堕落と感じるモラルが、現在多くの人達の間で確立されつつあるように見えるのですが、私だけでしょうか。

トピ内ID:3861663465

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何故このトピを立てたのか(続き)

041
主夫 トピ主
現在の核家族制は、よって立つモラルが何世代か前のもので、世代が交代していく中でモラルとの整合性を失い、家族制の崩壊とモラルの崩壊に向かって進んでいるのではないでしょうか(崩壊ではなく再構築というべきかもしれませんが)。 たとえば親の介護は、実の子供が行うのが主流になっているようですが、配偶者にも介護を義務として要求する場合、この問題の扱い方を間違えると現在の家族の崩壊までありえます。 介護の義務は、子供の属していたかつての核家族におけるもですから、我々は法的にもモラル的にも二つの(あるいはそれ以上の)家族に同時に属しているわけです。大家族制のモラルが支配的だった世代では、この問題が顕在化しなかっただけではないのでしょか。

トピ内ID:3861663465

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なぜ特養が増えないか

金持ちだけね
なぜ特養が増えないか、主婦パートやニートや失業建設業者などの、市場価格の安い労働力が介護職に流れてくれないからだと考えているのでしょうか?いずれこれらの人員が確保され、誰もが待機なく老人ホームに入れるとでも? 保育園の待機児童が減らないのはなぜですか。 誰かに外注するにはその金額以上に所得を得るのが前提ですよね。 安い労働力、安い労働力、安い労働力と、血眼になって誰しもが、主婦もが、誰かに安く何かをやってもらおうとする、そういう意味ではこの国のモラルは崩壊していますよ。 しかし現実に、自分と所得の格差がある、安い労働力を提供してくれる誰かなんて、 世界中探したってそんなにいないわけなんですよ。

トピ内ID:9658552615

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傾向としては

041
寝不足
> (1) 高齢者、病人を介護する最小単位は家族から地域社会に移行し、この意味において個人は家族から開放される。 高齢者・病人を家族が介護する事はどんどん減っていくでしょうが、地域社会がその代わりをするとも思えませんね。 高齢者が多数行方不明なんて、地域社会が機能していない証拠です。 高齢者だろうと病人だろうと、自立して生活できる間は個人で生き、できなくなれば行政の世話になる、 色々な原因で行政の網の目から漏れた人は孤独死、という事になろうかと思います。 基本は全て孤立した個人ばかりになり、友人でも夫婦でも親子でも双方の利害が一致する間は一緒に過ごすけど 利益にならないとなれば容赦なく切り捨てて、あとは何があっても自己責任か政府の仕事という世界になるでしょう。 小町を見ていれば、友人関係も夫婦関係もいわば商取引のようになりつつあるのがよく分かるでしょう。 婚活なんてその典型です。 まあ計算を越えた「愛」による結びつきもまだ残ってますが、これが「呪縛」となる例も多々あるようで。

トピ内ID:4770030431

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所得と切り離すことはできません。

🐤
ぴよ
トピ主さんの分析は、あるレベル以上の所得がある家庭に限定されると思います。 (1)高所得世帯はトピ主さんの主張のとおり。一方、成人後も世帯主たる所得が得られず、結婚もできないため親の管理下にあり家族から解放されることができない人が増える。親や祖父母の死亡を隠して年金の不正受給を続けているケースが発覚しているため、不正受給の管理は今後厳しくなるだろうが、親・祖父母の年金、財産を頼りに暮らす子世代は今後ますます増える。この子世代が高齢になったときには家族がおらず「在宅福祉」は不可能なので低コストの施設福祉が進む。結果、個人は家族から解放されても、プライバシーの自由を失う。 (2)専業主婦が担っていた仕事を請け負う業者が出てきても、ほとんどの家庭において支払能力がないため、従来どおり家庭内で誰かが行うこととなる。夫婦間の私有財産も扶養義務も、夫婦双方が高所得でなければ完全に分離することはない。 (3)トピ主さんの主張のとおり。現在もそうだと思う。

トピ内ID:9499194599

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核家族制の意味

041
ヒート
トピ主さんは核家族制を >戦後の高度成長経済を支えるためにデザインされた と考えておられます(実際にそうだったかもしれませんが)が 私には、人間の本能に最も適した形態だと思えます。 そもそも大家族(家制度)が不自然だったと感じるわけです。 つまり、家制度の崩壊の次に家族制度の崩壊が続くとは思わないのです。 家制度で問題だったのは、よそから家に入った人が担うのは血縁ではない人の世話だということですが 家族制度では血縁の世話か、血縁者の代理です。 夫婦が貞節を誓うのは、社会性と本能が折衝した結論です。男女ともにです。 子供を世話するのもそうです。 これが崩壊するとは思えないのです。 高齢者の世話は、子孫の世話ほど重要ではないのが生物の本質ですから。 高齢者の世話が主な目的の大家族制度は不自然なのが当然。 もちろんこれは俯瞰的視点からの話で、 高齢の親に幸せな老後を送ってもらうのは子供として重要なことだと思っていますが。 ただ、誰かの献身的犠牲によって維持する制度は無理があるのです。 旦那さんが犠牲になる状況での専業主婦批判もそうではないですか?

トピ内ID:0012970117

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堅い話題なので反応があるか心配していました

041
主夫 トピ主
対話が成立しそうで喜んでいます。未整理で雑感めいたものになりますが、まとめてご返事します。 「出来るのは金持ちだけで、金持ちは現にやっている」という論には、ナルホド納得でした。しかし再考するに、金持ちのやることは時代が下がれば大衆にも可能になります、少なくとも物質的な見かけ上は。 「家族から開放された個人は自己にのみ奉仕するようになる」と危惧される方がおられます。恐れなければならないのは、個が確立されていない個人が大量に出現することで、崩壊し混乱する家族制の中では個が確立され難いことではないでしょうか(ある意味家族とは、子供達が個を確立する基盤を与えるものです)。「自己の上に何ものかをおかない限り、真の自己を発揮できない」ことを悟るには、しっかりと自己と向き合わねばならないでしょう。自己と向き合うとは実に厳しいもので、確立した自己を必要とします。

トピ内ID:3861663465

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堅い話題なので反応があるかと心配していました(続き)

041
主夫 トピ主
介護の主体を地域社会に移行するに際して実施上の現実的問題の指摘がありましたが、もっともだと思います。これについては、英国の制度が参考になると思います。たしか英国は、国民がもっとも幸福を感じている国のランキング第一位で、その主な理由が医療、介護の制度の充実だったと思います。 「子供の養育の義務と権利(親権)は両親に等しく属し、婚姻が終了(離婚)しても変わらない」が今でもそうだというのは正確ではありません。離婚した際の養育の権利の扱いは難しく、日本はハーグ条約をまだ批准していません。少数派でもフランスなみの共同親権でよいと思うのですが。 保守について、「変わるべきときに変わるのが真の保守」と言ったのは Chesterton でしたか。 Love ですか。くさくないですよ。Saint-Exupery が Le Petit Prince で語る愛を連想していいですね。それはモラル(内部規律)がよって立つところのもので、人類普遍のものだと思います。

トピ内ID:3861663465

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可能性の一つとして

041
閑社員
今朝のニュースで、経済的に自立できない若い世代が増えているといってました。非婚率の増加も相変わらずです。 ということで、これからは成人しても実家に住み続ける生活スタイルがふえ、最終的に昔の「大家族制度」に回帰するのではないでしょうか? なんてね。

トピ内ID:4488898881

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不景気で皆余裕がないだけ…

041
むっちぇ
行政ですら、コストパフォーマンスの悪い事業は縮小廃止する有様です。 皆が皆、自分の利益のみを追求した結果、皆同じ方向を向いていて、 ハッと振り返ったら、必要なものまで廃れてしまっていた。 今その穴埋めに必死な段階なのだと思います。 といっても必死なのは見識のあるごく一部の人々で、 それにカネと実行力がなければ何もできない現実… ・老後は子供の世話になる ・妻は夫に養ってもらう 堕落と感じているのではなく、自分が生きて行くので精一杯なんです。 先行きの見えない不安感に守りに入っている。 しかし実際のところ不安が強い層ほど、親の世話は自分でしなければならず、 子供は持てず、自分の老後の蓄えも覚束ない。 企業が利益が上がらなかったら派遣社員を切り捨てる世の中では、仕方ない事でしょう… 出産があるかぎり男女が完全に対等と言うのは無理ですし、 不景気で家事の外注の需要も頭打ちでしょうし、 裕福でも育児を外注したくないというのが人情でしょう。 2と3は離婚ありきの問題ですね。 離婚が増えてきた現在、整備が進められている分野でしょうか。 (続きます)

トピ内ID:4267864828

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崩壊ではなく変化

江原
家族のあり方が変化したのです。 時代の流れによって変化した。 地域社会が昔よりも機能していないのも、疎遠や希薄な人間関係が元。 物が無かった時代、野菜や食べ物など近所で分けあい、お裾分けをした。 今は個人の好みも無農薬だ、なんだ、とこだわりが強く、有りがた迷惑だと 拒否する人間も増えた。(昔はそんな人は皆無) 近所で風邪を引けば助け合い、情報交換も顔の知れた者同士行われた。 今は、知らないもの同士がNETで薄い関係を築こうとする社会。 昔から子は親の面倒は見ていない。 金銭的には親の年金が良いため近所や同居しても親が子に金銭的にのしかかる人は 少数派だった。親が子に金銭面の期待、要求をするようになったのは、今の60代 70代の団塊世代から。 昔は親にプライドがあり、子に世話になる事(金銭面)を毛嫌いしましたから。 現実問題として、70代の生涯受給される年金平均金額より40代の平均金額は 4,5千万少ないと言われてます。20代は70代より8千万も少なくなるでしょう。 この社会の変化に親世代は子に頼らない(金銭面だけでも)とならなければなりません。

トピ内ID:8705793094

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不景気で皆余裕がないだけ… 2

041
むっちぇ
離婚件数が増えているのは、以前よりも簡単に人が家族というものを 解消できると考えている表れとも言えそうです。 家族を維持すると自分の人生がダメになってしまう… そういった場合、以前より躊躇いなく家族を解消できる時代になってきているのでは? ただし増えているとは言え、割合的には多数派というまでではなく、 普通にごく一般的に「まぁまぁ幸せ」な家庭を維持する場合も多いでしょう。 そういった意味では、 「家族制度としての核家族から、夫も妻も個人の解放を求めている」 とは言えないと個人的には思います。 非婚派も増え、核家族自体が減って行くかもしれませんが… 家族制の実質の変化に、法律を含む社会的基盤の整備が 追いついていないために、不必要に苦しんでいる一例として 密室育児があげられます。 夫は仕事が激務で他に頼れるところも無い。 昔のように隣近所に頼る訳にもいかない。 休日夫が手伝ってくれるが、夫婦揃ってクタクタ、など… (子が小さいうちの辛抱だと言えばそれまでですが) 要するに皆総じて余裕が無いのです。 (取りとめのない文章で申し訳ありません)

トピ内ID:4267864828

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あーそうか!

041
むっちぇ
つまり、人生で重きを置く価値観として、 個人>家族 と考える人の割合が増えている (個人=家族、個人<家族の人が減っている)というのは、 「家族からの個人の解放を望む割合が増えている」 という事になりますね。 以前では親戚なども家族に数えていたところが、 近年ではその定義も核家族内に狭まってきていますし… 「家族を持つより自分の欲望・人生を優先したい」 そう思う人の割合がどんどん増えていくのか、頭打ちになるのか… これは完全なる未知数ですね… (参考になる指標としては、やはり非婚派の増加割合かな?)

トピ内ID:4267864828

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今の家族形式はモザイク柄

041
味噌足らず
一つの形を着地点、にはならない気がします。 転勤族の両親・夫であるため、様々な地域で色々な家族の形を見ましたが、 本当に今は、色々な形が混ざりあってますね。 子持ちの家庭一つとっても、シングルマザーでリッチな家庭、ご両親揃ってても生活保護受けてる家庭と、本当に様々。そしてそれぞれの家庭で育った子供同士が結婚すれば、また何か新しい形の家庭ができるかもしれない。 こうなると、モラルの形も様々で。 大家族制のモラルの大元は第一次産業にあるように思いますので、 今の時代にそぐわないのも無理は無いと思います。 ただ >・外で働きたいのに仕事をやめて家事に専念することを求められる妻 >・家事に専念した妻から能力以上の稼ぎを要求される夫 >・会社の仕事と家事の二重の負担に疲れ果てた夫または妻 この辺については、夫婦の価値観が揃わなければ、 法律がどう整備されたって、揉めるでしょう。 あえていうなら、労働法が改正されれば良いのかもしれませんが…。

トピ内ID:4671224247

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家族の形態の多様性について

041
主夫 トピ主
家族制が崩壊することと個々の家族が崩壊することは別の問題で、「家族制がどのようになろうとも、家族という単位はどこまでいってもなくならない」と何人かの方が述べておられます。私もそう思います。人間は一人では生きていけないように生物学的進化を遂げてきました。人は、愛されること必要とされることによって自分の価値を確認し、多くの場合それを家族内に見出そうとすると思います。 一方で「家族の形態はますます多様的になるだろう」という意見があり、そう言われるとそうかもしれないと思います。多くの方が指摘なさるように所得によって家族形態の相違が生まれる場合もあれば、そうでない場合もあるでしょう。希望的観測に過ぎるかもしれませんか、それでもカオス的様相は呈さずに数個の形態に収斂するのではないか。更なるご意見をお待ちします。この問題は重要だと思います。

トピ内ID:3861663465

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case study の前に、自由についてなど

041
主夫 トピ主
「2と3は離婚ありきの問題ですね」と指摘されましたが、確かにそう見えて不思議ありません。迂闊にも気付きませんでした。核家族制が崩壊した場合、最後まで残る家族の機能は何かと分析したら、そうなっただけです。 家族から開放された個人の問題は、何人かの方が危惧されているところですが、あらかじめ随分考えました。これは結局、自由意思に基づく自己規律の問題で、結論だけを述べれば、「個が確立している限り、家族とは直接的関係のない問題」と思います。逆に言えば、個が確立していない個人が大量に家族から開放されば危ないことになりますが、こうした個人は家族から開放されなくても危ないわけでして。。。 哲学的議論はさておいて、これから「個々の家族の問題が家族制の制度疲労に帰する、あるいは帰さない」と思えるような事例をこの掲示板からいくつか拾って case study してみたいと思います。より適当な事例があれば教えて下さい。

トピ内ID:3861663465

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case study 主婦1

041
主夫 トピ主
正統的専業主婦 http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2010/0829/342925.htm?o=0&p=0 「地位、名誉、財力の整った世界では、釣り合いのとれた結婚、良き義家族は、かかわるすべての人の人生を倍に豊かにします、そのトータルコーディネイターが専業主婦です」という上流階級的、スノッブな思考。プライドを持って専業主婦をやっている。業者に外注できる仕事ではない。昔からもあったし、これからも核家族制の枠外にあって存続する。 大卒専業主婦 http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2010/0606/320994.htm?o=0&p=0 核家族制の枠内で一応幸せ、問題は生じていない。 共働き主婦予備軍 http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2010/0828/342829.htm?o=0&p=0 このあたりから悩みが出てくる。この悩みと核家族制は無関係か。

トピ内ID:3861663465

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case study 主婦2

041
主夫 トピ主
以下核家族制の設計者には想定外だったろうと思われるもの。 専業主婦はリスクがある http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2010/0821/340790.htm?o=0&p=0 夫の給料が安いという専業主婦 http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2010/0823/341307.htm?o=0&p=0 リストラ離婚される専業主婦 http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2010/0831/343675.htm?o=0&p=0 専業主夫志願者 http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2010/0830/343109.htm?o=0&p=0 現役専業主婦の理由を聞かせてください http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2009/0619/246692.htm?o=0&p=0 というのもあって参考になる。

トピ内ID:3861663465

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それは願望でしょ

🛳
金持ちだけよ
数個の形態に収束して欲しい! と聞こえます 数個の形態だけに収束してくれなきゃ困る! とも読める 人間はトピ主の都合のいいようにはならない。なってくれない。 収束する条件はベースの底上げだけど、エネルギーにおける産業革命でも起こらないと、もしくは、なんらかの要因で世界人口(国内なら国内人口が)が減らないと無理だよ。 個人的には、日本のケミストにエネルギーにおける産業革命を起こして欲しい、それだけの知恵は十分あるはずだから。 分析屋が結論ありきの絵空事を研究と呼ぶのには辟易するわ。

トピ内ID:9658552615

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case study 主婦3

041
主夫 トピ主
これらの事例の系列を次のような視点から眺めます。 労働としての家事には、目には見えなくとも時代・地域による価格がついていて、より広い労働市場の中で競合している。人々は、賃金のより高い仕事があればそちらを選ぶ。雇用の少ない社会では、女性は他に選択肢がないので家事を選び、家事は女性の仕事として社会的に定着する。 核家族制が出来た頃の日本は、家事が女性の仕事として定着していた社会です。その社会が前提としていたモラルが今変わろうとしているのですが、若い人達はどう変わるべきかそれぞれの個人の問題として模索していると思います。その際に、古いモラルに立脚した核家族制は、若い人達の足を引っ張り、いらざる苦労を強いてはいないか。 ちなみに正統的専業主婦が強いのは、他に代われる人がいないので労働市場の中で競合しないからだと思います。価格をつければ無限大です。

トピ内ID:3861663465

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<金持ちだけよ>さん

041
主夫 トピ主
しっかり読みました。バブル崩壊の余波を受けた「虐げられた世代」の方とお見受けします。おっしゃりたいことは分かりました。我々が不況で苦しんでいるときに、能天気な金持ちの論理を振り回されるのは不愉快だというのですね。 私は、金持ちとはいえない半高齢者で、あなた方若い世代のモラルにこの国の未来を託したいと思っている者です。いつの時代でも制度は、金持ちの高齢者のためのものです。あなた達の手で、新しいモラルに基づいた制度に作り直さなければなりません。 高齢者は早々に引退して権力を手放せばよいのです。悲しいことですが高齢者は醜い。しかしどうかその醜さが本性の卑しさに根ざすものとは思わないで下さい。単に年をとって、モラルを保つに足るだけの精神の若さと強さを失っただけなのですから。

トピ内ID:3861663465

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話についていけてないのですが

😀
こんらんきのこ
大卒専業主婦です。主さんのレスの中の「核家族制の枠内で一応幸せ、問題は生じていない」とかいてあるのに疑問を持ったので、一意見を書きます。私はそんなに幸せではありません。男女平等の世の中になるよと尻をたたかれその気になって資格を取り、社会に出たら、全く違いました。男性優位で出るくいは打たれる、そういう会社で四苦八苦。 病気になり今仕方なく専業です。唯一の幸せは夫がそんな私の家事を「とても大変なこと、感謝している。家事は当たり前ではない」といつも言ってくれることです。 どんな教育を施されたかによっても、幸せって変わってくると思います。もし私が花嫁学校出のお嬢さんだったら、なんの疑問もなく笑顔で家事をし、自分の存在意義はなんぞやと苦しむこともなかったと思います。

トピ内ID:3667274132

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<こんらんきのこ>様

041
主夫 トピ主
混乱させてすみません。レスの意味を説明します。その前に自己紹介を若干修正させてください。編集者に半高齢者にされてしまいました、もっと文学的表現を使ったのですが。実際はあなたにずっと近い世代に属します。 大卒専業主婦の大方は、トータルコーディネイターとしての正統的専業主婦の価値を十分に理解して、プライドを持って家事・育児をやっているように見えたので、「核家族制の枠内で一応幸せ、問題は生じていない」と書きました。ご主人もその価値を認めていらっしゃるのは、外注には出せないかけがえのない仕事をなさっていると理解しているからではないでしょうか。 専業主婦の価値観が大きく揺らぎだしたのは、60年代後半から70年代に世界的広がりを見せた第二次女性解放運動(ウーマン・リブ)によります。この意味での悩みは高学歴の女性ほど大きいです。こんなトピもあります。 博士号取得後のキャリアと結婚出産。今すべきことは? http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2010/0809/337745.htm?o=0&p=0

トピ内ID:3861663465

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何をおっしゃりたいのか半分ぐらいしかわかりませんが

041
リラ
なんだか小難しい言い回しばかりで3回ぐらい読み直してやっと半分ぐらい理解できました(たぶん)。 トピ主さんには、高度成長期の女性や、その末裔である「正統派専業主婦」たちの生き方こそが、まっとうなものに映るんでしょうね。 実際には、使用人扱いされて屈辱的な思いをしたり、自分の持っている能力を一度も発揮することなく一生を終えた女性は少なくないと思いますが。 少なくとも一部の女性にとっては、脱・専業主婦志向は家族からの解放というよりも、女性を家に閉じ込めようとする社会からの解放なんです。 男性の場合は、一人で養わなければいけないというプレッシャーからの解放が大きいので、家族からの解放といえるのかもしれませんね。

トピ内ID:5365253137

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