異性を男女ともに「美しい」「美しくない」(美男・美女・ぶ男)と言いますが、その感覚は何を起源にして湧き起こる感覚なのでしょう ??
私は個人的には、美醜なんて人間の評価に関係ないし、内面の美しさを微塵もあらわすものではないと思っていますし、そんな判断基準で娘に結婚相手を選んでもらいたくはないと、心から思っています。(私自身が美醜を理解できないといっているのではありません。美人の方を見れば当然「美しい方」と思いますが、もう一人の自分が「美しくはあるがそれで人間の価値が決まるものでもなし」という声が聞こえて来るだけです)
今の世間に目を向けてみても、男女ともに自分を社会一般に認めら得る美しさ(美女・美男)に成るべく、化粧したり整形したりと美しくなる事が一つの『社会的行為』になっています。という事は、美醜の感覚が単なる観念的なものではなく、確固たる根拠と存在理由があるということだと思います。
その意識の源流は、例えば自然的な「より多くの子孫を残すための生殖本能」、社会的な「人間は社会的動物だから、より優位な人間関係を築けるという本能」など。----単なる考え方の例です-----
いずれにしても、人間の科学的かつ歴史的分析が必要で、単に机の前に座って自分の頭の中をこね回しても正しい説明はできないと思っています。
どんな学問の領域に関係するのか分かりませんが(社会学・文化人類学・心理学 ???)、専門に勉強された方、教えてください。
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