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親にしてもらって嬉しかったこと、されて悲しかったこと。

レス11
(トピ主 0
041
五年め母
子供
五歳の娘の子育て中です。自我が芽生えてから、私との衝突もしばしば。あとになって、厳しすぎたかな、他に言い方があったかな、もっと気持ちを分かってあげる努力をするべきだったと反省することがあります。また、こちらはそんなつもりはなくても、ふと娘に悲しそうな顔をさせてしまったり、言葉の選び方ひとつで小さな心を傷つけてしまってはいないか不安です。
他に、こちらが喜ぶだろうな~と企画したものが意外とつまらなそうだったり、逆に何気なくしたことを、ねぇねぇまた一緒にやろう!楽しかったね~。と何度も何度も嬉しそうに話したり。私と楽しく遊んだ時間や一緒に頑張って治してきた病気のことも忘れないでね、とひそかに思ったり…。子供のきもちってどうなのかしら?みなさんの思い出を教えて下さい!!!

トピ内ID:9944810622

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覚えています

🐷
ュゥ
とーっても愛情をもって育ててくれたことを感謝しています。 怒られたことも、笑ったことも、どんなイベントも、愛情という基盤があったと信じることができます。 子供たちが一番大切、愛していると口に出して表してくれた母親のおかげです。

トピ内ID:3939552285

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もういい大人ですが…

041
アロエ
私は末っ子で、姉が幼稚園に行っている日中は専業主婦の母と2人きりでした。 散歩をしたり家で何気無くお話しして過ごしたり。 今までの人生を振り返ると(振り返るにはまだ若いけど…)、あの3才頃の時代が1番心が満たされていて幸せだったなぁ~って思います。 特別に何かサプライズやイベントをした思い出ではなく、「母と一緒に居た」というのが何とも言えず幸せな記憶になっています。 だから、ただ当たり前にそばに居て、見守ってあげてくださいね。 小さい子にとっては、「安心」が大きな幸せなんだと思います。

トピ内ID:5611393813

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耳の後ろをごしごしシャンプーされたこと

041
小染
嫌だったこと ・耳の後ろをごしごしと無理矢理シャンプーされたこと。(今、やってます) ・「早く食べなさい」と、朝、いつも言われたこと。(毎朝、言ってます) ・運動会でビリになると、何度も同じことを言われたこと。(うちの子、走るのが速くてよかった) うれしかったこと ・熱の時に、時々そっとおでこに手をあててくれたこと。 ・誰もいないとき、天ぷらのおかずをつまみ食いさせてくれたこと。 しょうもないことばっかり思いだします。 5歳の子どもは難しいですね。 私自身も自我が強くて難しい子どもだったと思います。よく母と衝突しました。 やはり、わが子も同じです。母はこういう気持ちだったのかと、子と言い合いをしたあとに反省します。でも、言わずにはいられないんですよね。 うちも小さなうちに手術をするような病気になり、母子で入院したり、遠い病院に通ったり。子どもはどこまで憶えているのでしょうね。 去年、母を亡くしたばかりなので、余計にいろいろと思い出してしまいました。母のエプロンのポケットの模様や素材感を妙にリアルに。忘れられないこと、あるんですね。

トピ内ID:3958933909

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悲しかった事しかないけど・・

🐤
しずく
親にしてもらって嬉しかった事は一つも無いけど嫌だった事はたくさんあります。 自分が気に入らない事があったり、イライラしてたり、子供から悪い所を指摘されると逆ギレして殴る。 どこに行きたい?って聞かれてディズニーランドって何度も言ったのに富士山の登山旅行に連れて行かれて楽しくなかった。 小学校中学年になるとやたら生理の話を頻繁にし出して2人きりの時ならまだしも父や兄がいる前で堂々と延々と生理の話をするので ものすごく恥ずかしくて気まずかった。 だらしなくて学校の集金のお知らせを渡しても忘れててなかなかお金をくれず学校で怒られたり、ハンカチやティッシュを買ってもらえず 買って欲しいと頼んだら銀行や消費者金融、風俗店等のティッシュとおばあさんが旅行のお土産でくれるような水彩画で花が描いてあるようなダサいガーゼのハンカチを渡されて使ってたら案の定、同級生にからかわれて辛かった。 他にもたくさんあるけど思い出すのが辛くなってきたのでこのへんで。

トピ内ID:2633355183

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愛があれば

041
さくら
嬉しかった事は、あまり思い出せません。 悲しかった事の方が、心に残るからでしょうか。 やはり、母が自分の味方になってくれなかった事が一番悲しかったかもしれません。 何かあるといつも、「あなたが悪いからよ。」(今でも同じです) いじめに会って苦しんでいても… 自分も親になった今、そう言ってしまえば一番簡単だけれど、それでは親として落第だと感じます。 あとは、周りが見えておらず、自分の独断で身なりを押し付けられた事。 じゃりんこチエみたいな髪型をずっとさせられていた事や、小学校の卒業式に他の皆は上下お揃いのスーツだったのに、私だけニットのカーディガンとデニムのスカートだったのは恥ずかしかったなあ。 「皆はスーツだよ。」って言っても「これでいいから。」って。 五年め母さんはお嬢さんの事を良く見ているし、大丈夫ですよ。 他の方も書いていますが、愛情からの行為かどうか、子供には分かります。 私も良い親になりたいと思っていますがなかなか難しいです。 お互いがんばりましょう。

トピ内ID:0040486237

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不満というか、配慮が欲しかったな、と思ったこと。

🐴
たぬ
親に不満はありません。公平ないい人たちです。 ただ、自分の経験で我が子たちのときに気をつけよう、ということが一個。 私は末っ子で、服や学校の用品はたいがいお下がりでした。 服は、あんまり関心がないし小学校から制服だったので全然気にしなかったのですが、家庭科の裁縫セットがお下がりで…しかも結構年が離れているきょうだいのおさがりので、不足の道具も沢山あり、それを自分で考えて家の裁縫箱から入れ直して持っていったけど、やっぱり足りなくて、先生の指示もどれを指しているか分からなくて…現在の裁縫嫌いの理由のひとつになっています。 「学校の用品はお下がりにしない(しても、ちゃんと最後には親がチェックして子どもが恥をかかないよう、配慮する)」と心に決めました。  内藤大助さんが、家庭科の裁縫セットを用意して貰えず自分で紙箱に入れて行って、とても恥ずかしかった…とお母さんに話していた時、とても共感してしまいました。ちょっと心の傷なのかも。

トピ内ID:2684995726

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一番の思い出

041
かと
そういえばお茶碗割った時、ガラスに突っ込んでしまった時、母は怒りませんでした。 ガラスに突っ込んだときは「女の子なのに・・・」と涙ぐんでました。 縁側でのでんぐり返しの練習はもうしない、危ない事はしない、やる前によく考えようと強く思った出来事でした。 小5でそう思うなんて幼い子でした・・・。 一番強く心に残ってるのは 受験前日、緊張でまったく眠れない私と同じ布団で抱っこして寝てくれた事です。 15にもなって、みっともないでしょう?でも安心してぐっすり眠れたんですよ。 母のぬくもりは母亡き今は恋しい思い出です。 体格は大人と同じくらいでも、中高生はまだ子供なんだ、と強く思うようになりました。 中学高校になっても親は心の支え、必要なんだと強く思います。 もちろんそうじゃない人もいると思います。 兄弟の多かった私は母と二人きりで何かしてた思い出が強く残ってます。 それはほとんどが家事で何気ない日常です 二歳の時保育園から手をつないで帰った時うれしかったのが一番古い記憶です。 前出してますが「安心」は子供の「幸せ」だと私も思います。幼ければ幼いほど。

トピ内ID:4459518284

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お金で買えないもの

🐧
ちょこび
おもちゃや文具を買ってもらったり、旅行につれていってもらったりとたくさんしてもらってきました。 が、それは思い出のひとつであって、とてもうれしかったこととして残っていません。 その程度の良いことは忘れてしまうんですよね。 つらいときに味方になってくれたとか抱きしめてもらったとかそういう思い出が欲しかったです。 いじめに遭った時も恥ずかしさで親にも言えず。 もしそれが恥ずかしいと思わず言えていて、そのときに抱きしめてもらって自分を認めてもらったいたら最高にうれしい思い出になったのではないかと思います。 何があっても安心して帰れる場所、それが一番子供にとって嬉しいものではないでしょうか?

トピ内ID:3525489700

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母親にされて傷ついた思い出

041
そらまめ
・5歳の頃、2歳の妹の相手をして遊んでいたら、妹から積み木をいきなり投げつけられ、頭に当たって痛くて思わず涙がでました。でも、5歳なりに「お姉ちゃんだから」と我慢して涙をふいていたら、目撃した母親から「おっかしい~!妹に泣かされてるよ!」と大声で笑われたこと。 ・初めて生理(初潮)になって、少し誇らしく思いながら母親に知らせたら、「いやーね!」と露骨に不機嫌な顔をされたこと。それからは、生理痛に苦しんでも絶対に母親には言えず、ひとりで耐えていました。 ・母親の指示に納得できずに従えない時、子供なりの言い分があるのに、まったく耳を傾けようともせず、激しく罵倒されたこと。 40年過ぎても忘れられず、心の傷になっています。

トピ内ID:0001257601

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その2

041
そらまめ
・小学校低学年の時、友達の誕生会に招かれました。母親が持たせたプレゼントは、みかんの缶詰を半紙でくるんだもの一個だけ。子供の私が見ても、あきらかに変だと思いましたが、逆らえずいやいやながら誕生会に持って行きました。先方のお母さんから「これ、本当にあなたのお母さんが持たせたの?」と変な顔をされたことが忘れられません。 ・小学校時代、まったくセンスのない色・デザインの子供服を母親が手作りし、無理やり着せられていました。同級生のような服が着たかったです。髪も、高校に入学するまで母親が家で散髪していました。当然、友人たちにからかわれていました。別に貧乏な家庭ではなかったのですが、美容院に行くことを許してくれませんでした。女の子らしい楽しみを教えたくなかったらしいです。 今でも母親に対する嫌悪感は年々深まるばかりです。今さら恨みごとを言っても、過ぎた子供時代は取り返せません。ただ苦しいだけです。

トピ内ID:0001257601

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ちょっと悲しかったこと

🙂
しゅわっち
中学生くらいって結構ナイーブで言いにくいこともたくさんあるじゃないですか。 生理が始まり、そのとき母親は「おめでとう」って喜んではくれたんですが、生理用品を用意しておいてくれたことは一度もありませんでした。(母はもう閉経を迎えていた模様) いつもお小遣いから、恥ずかしい思いをして薬局に買いに行ってました。 同じくブラジャーもです。 私も言えばよかったんですが、恥ずかしくてなかなか口に出せませんでした。 一度薬局にいったついでに勇気を出して「ナプキン買って」と言ってみたんですが、急いでたのかイライラした口調で「どのくらいの量出るの!?大体わかるでしょ!?それに今日あんまお金持ってないのよ!」と言い捨てられ、めちゃくちゃ傷ついたのを覚えています。それから、反抗期がいっそうひどくなったような気がします。 今でもあの対応を不思議に思いますが、いまだに母に聞いてません。きっと「あの頃は大変だったから」で終わると思います。 娘には同じような思いはさせたくないですね~

トピ内ID:8508193844

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