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平家と源氏

レス24
(トピ主 2
😀
manya
話題
こんにちは。トピを開いてくださってありがとうございます。

息子が今、小学校で歴史の授業で鎌倉時代あたりを習っています。

今朝会話で
「源氏と平氏が・・」と言いかけたので
「源氏と平家でしょ。」と言いながら、ふと疑問に思いました。

どうして源は氏がついて、平は家なのでしょう?

平氏とはたまに言いますが、たいてい平家と源氏ですよね?

そのあたり詳しい方いらっしゃったら、教えてください。

また、こんな資料を見るとよくわかるよ、というものがあれば
併せて紹介してくださるとうれしいです。

よろしくお願いいたします。

トピ内ID:0435747387

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えぇーーーーーーーーーーー??

labc0383
源氏と平氏って、普通に言いますけど!!! 源氏と平家のほうが…初耳なんですけど!! 地方によって、言い方が異なるんですか?? 平氏は、『平家物語』の影響で、平家って言う人も いるんでしょうか…。。 いやはや…驚きのトピ…

トピ内ID:0968390304

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基本は平氏です

041
っむむむ
基本は源氏、平氏。ただ平氏の中でも伊勢平氏、特に正盛の系統(六波羅流・六波羅家)は「平家」と呼ばれているということです。

トピ内ID:3249928005

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伊勢平氏が平家

🐶
エル
私も疑問に思ったことがあります。 源氏も平氏ももとは皇室につながるわけですが、途中で武田や北条などの苗字を名乗っても源氏や平氏ですが、源姓、平姓を名乗り続けているものが源家、平家と言うようです。

トピ内ID:9945687434

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私も小学校の時

041
流離のエキストラ
源氏、平氏と習ってたように記憶しています。 遠い昔の記憶ですが。 子供心に「平氏」は「平家」の方が耳慣れていたような記憶があるので、授業で平氏と先生が言う度に違和感みたいな物を感じていました。 >「源氏と平氏が・・」と言いかけたので >「源氏と平家でしょ。」と言いながら、ふと疑問に思いました ただ、源氏と平氏で間違いではないです。 氏も家も先祖を持つ血族の集団ですが家の方が範囲が狭く、氏の中に家も含まれているんです。 平家と言ったら一般的に平清盛一門を差しますが、逆に源家と言ういい方もあるそうです。 ただ平家は歴史に残る活躍をしたのは清盛一門くらいしかないので平家=清盛一門と一般的に認識されてますが、源氏の方は歴史に残るような活躍をした源家が複数あって源家と言っても特定出来ないので源家と言ういい方は殆どされないって聞きました。 氏と言う大きな括りの中に幾つか系統があって(鎌倉時代をやってるならここで言う源氏は清和源氏で平氏は桓武平氏と言った感じ)、更にその系統の中に家(平家=清盛一門など)があるって感じの捉え方でいいんじゃないかと思います。

トピ内ID:6870162846

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なんとなくですが・・・

🙂
うさうさ
本来は『源氏と平氏』で、文学で「平家物語」(源氏物語と違って本当に平氏の話)があるから「平氏=『平家』」がポピュラーなのかな・・・??と思っていました。

トピ内ID:6007680421

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文学作品でしょう

041
ふわふわ
>平氏とはたまに言いますが、たいてい平家と源氏ですよね? そうと限ったものでもないですが、少なくとも現代においてはご指摘の通り、「源氏」「平家」という言い回しの方人口に膾炙している感はありますね。 逆に源家、平氏という言い方も、当然あります。 これはそれぞれにゆかりの深い文学作品である「源氏物語」と「平家物語」の影響です。 まあ、源氏物語はフィクションであって、実在の人物ではありませんけど、一応「源」姓ですので。

トピ内ID:1551205937

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最後の「瓶子」説は自説ですが・・・。

🐴
帰ってきた旅人
昔、学生時代教わった話なので正確ではないかもしれません。 ややこしい話なので大雑把に書きますが、 「平氏」は桓武天皇の末裔全体を指し、直系傍系の両方を含みます。 「平家」はそのうち直系のみを指します。つまり「平」姓を持つ 平清盛や重盛など「平家物語」で御馴染みの面々は「平家」です。 しかし同じ桓武帝の末裔でも傍系的な家は、分家したり改姓したりして 「平」以外の姓を名乗りました。例えば頼朝の夫人、北条政子の 北条家は桓武帝の子孫(平貞盛系)ですが、北条に改姓し「平家」ではなく 「平氏」の一派となります。つまり「平家」は「平氏」という大集団の中の サラブレット的な純血種の「直系」なわけです。 源氏の場合も「源家」という括りがあったそうですが、 語呂とか「源氏物語」という有名な先例の存在から「源氏」に 統一されたそうです。 また「鹿ケ谷の陰謀」で「瓶子(へいし)」という酒器が 倒れたのを「平氏」が倒れたと洒落て反平氏勢力が喜んだ挿話から、 平家サイドが「へいし」という語感を嫌ったのではないかという説もありますが、 これは私の「自説」なのでよろしく。

トピ内ID:9585880099

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「源氏と平氏」は間違いではない

041
暗野 雲
「氏」は家柄を示すので「源氏と平氏」が武家の話でしたら息子さんは間違えていません。あの時代の武家は「~氏」の方が一般的なはずです(奥州でその頃権勢をふるっていた武家集団の呼び名からも推理出来ます)。 しかし、文学作品の話でしたら、「源氏物語」と「平家物語」となります。 ところで「平家物語」で「平氏」は「政治を牛耳る血族」=「家」として書かれてますので、「平氏」は「平家」とも表現されたのかも知れませんが、文学作品の事以外で「平家」を優先する理由には弱いです。 いずれにせよ、(ろくに確かめもせず、注意した事は)息子さんに謝るべきかと思います。

トピ内ID:4815380897

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「平家」というのは「平氏」全体のことではないのです。

041
ひろひろ
平安末期に栄えていた「平家」は、 「平氏」のひとりである、伊勢の一豪族であった、「平忠盛(たいらの ただもり)」の子孫数十人を指します。中心になるのが、忠盛の息子の「平清盛(たいらの きよもり)」です。 「平(忠盛)の一家」なので、「平家」です。 「源氏」のほうは、源頼朝と義経の兄弟が中心になって挙兵しましたが、 血縁的には遠い「木曽義仲(きそ よしなか)」や「多田行綱(ただの ゆきつな)」なども協力しましたから「源氏一門」として語られるのだと思います。 「平家」は、非常に近い近親者だけの、ある意味特異な集団でした。 だからこそ、一気に栄え、一気に滅びた、その悲劇性も際立つのだと思います。

トピ内ID:3228611627

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平氏も平家もアリと言えばアリ

041
にゃっぱ
平氏というのは、所謂桓武平氏の流れをくむ家。中には平姓ではない者も含まれます。 一方平家というのは、(平安末期においては)平氏の中でも伊勢平氏、つまり平清盛とその一族を指します。 源平合戦において、対清盛の軍勢の中には平氏もいたので、この対立においては「源氏と平氏」と表現する事は不適当。なので「源氏と平家」となります。 ですが「平氏」という表現自体は間違っていません。

トピ内ID:9303095376

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氏族と家門の違いです。

🐴
tukasabe
氏族名としてなら、お子さんの言われた通り“源氏と平氏”が正です。 では、なぜ平氏を“平家”というのか? 平家とは伊勢平氏の正盛流(清盛の祖父)六波羅家のことを指します。 六波羅家は正盛の嫡子、忠盛のときに昇殿を許され、孫の清盛は従一位太政大臣まで出世し、栄華を誇りました。 この六波羅家=平家の盛衰を描いたのが琵琶法師で有名な『平家物語』です。 なお、平安時代末期の俗に言う「源平合戦」は、“源氏一族”と“平氏六波羅流の平家”の戦いです。 源氏としては、以仁王を擁して決起した摂津源氏の頼政や、河内源氏の義仲、頼朝など、複数の一族が平家と戦いました。 そしてこの戦には、平氏でも六波羅流ではない坂東平氏(上総氏、千葉氏、北条氏など)が源氏方にて参戦しています。 また、最近はあまり使われることがありませんが、頼朝の属す河内源氏の血統を“源家”と呼ぶこともあります。(例として河内源氏惣領に伝わる鎧八領を“源家八領”と呼ぶなど) 源平の闘争の歴史について詳しく知るには、手に入りやすい文庫として 『源平の盛衰』(講談社学術文庫)がお勧めです。

トピ内ID:7029268829

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普通に平氏と源氏ですよ

041
Kan
少なくとも、私は、平家ではなく、平氏を普通に使います。 教科書的にも、平氏と源氏が普通じゃないでしょうか。 平とか源は、氏(うじ)です。 氏と姓(かばね)と名字(苗字)の違いなどを調べるとおもしろいですよ。 「平家」と言われるのは、平氏のなかでも伊勢平氏の六波羅流の家のことです。 平清盛が出てきた系統の武家の平氏ですね。 もっとも栄えた平氏のひとつかもしれません。 後に、伊勢平氏に使えた郎党も平家を名乗ったことから、よく耳にするのかもしれません。 ただ、他にも平の氏をもつ系統がありますから、あくまで限定的ですね。 武家の平家は壇ノ浦でやられますが、公家のほうには平氏が続いていて明治維新を経て現在まで続いている家もあります。

トピ内ID:4560352641

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私説ですが

041
じゅん
源氏に等価で対応する言葉は平氏だと思います。 たとえば、平安後期 武家の棟梁の家柄の代表は?と問われれば、源氏と平氏であって、源氏と平家とは言わないと思います。 「源氏と平家」というのはあくまでも物語における表現だと思います。 では何故、平家物語の中では源氏と平家なのか? おそらく、平家とは平氏のなかの平清盛家のことなのだと思います。 それに対して源氏側は、源頼政、源(木曽)義仲、源頼朝とその弟たち、を一家と呼ぶことはできません。源氏の諸家でしょう。 つまり平清盛家vs源氏諸家です。 これが、平家物語を語るときに「源氏と平家」となる理由だと思います。 ですから、源家(げんけ)という言い方がないわけではありません。例えば、源頼朝、頼家、実朝の一家を源家と呼ぶことはあると思います。

トピ内ID:4737912328

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ざっくり言うと

041
maru
ざっくり言うと本名と通称といったところでしょうか。 現在では氏と苗字は同じ意味ですが、もともと氏とは同じ祖先を持つ血縁集団を表すもので天皇から授与される公称となります。 源頼朝は源という氏族に所属する頼朝ということになります。 また読みは「○○」の「××」のように氏の後には「の」が入ります。 苗字とは時代が進むにつれ同氏族でも区別する必要が生じたために名乗ったものであくまで通称です。 あくまで通称ですので宮中では「苗字+名前」ではなく「氏+名前」を名乗ることになります。 織田信長は「平信長」・徳川家康は「源家康」・伊達政宗は「藤原政宗」となります。 つまり○○氏という大集団の中に△△家があると考えてください。 平氏の中でも一部の人たち(主に清盛一族)が平家と呼ばれます。 余談ですがに秀吉は「羽柴」から「豊臣」になったのではなく 一度藤原氏に養子に入り「藤原秀吉」となった後豊臣姓を授与されて「豊臣秀吉」となりました。 本来であるならば「とよとみのひでよし」が正しいです。

トピ内ID:0644935493

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推測です。

041
アプサラス
 平家・源氏と言われるのは、単に言い易いからでしょう。特に「源」の方は源家(みなもとけ)というより源氏(げんじ)と言った方が言い易いですし。  「平」の方が平氏ではなく平家と言われているのは、平家物語から来ているのかもしれません。「祇園精舎の鐘の声諸行無常の響きあり」ってやつです。これが平家と表現しているから平家が一般的になったのかもしれません。  そもそも、「氏」と「家」では意味合いが違います。氏は一族・一門を指し、家は氏の一集団を指します。  現代でも本家とか分家とか言うでしょ。長男が継ぐのが本家で次男三男は分家。この本家と分家を一括りにするときに使うのが「氏」で本家だけ、或いは分家だけをいうときは「家」を使うんです。  源氏でゆうと、源家そして分家の足利家・今川家・武田家などがありますが、これらの家をまとめると「源氏」といいます。また、分家にはさらに分家があって、例えば足利家には今川家・細川家などの分家があり、これらをまとめると「足利氏」となります。つまり、今川家・細川家などは「源氏」でもあり「足利氏」でもあるのです。  うまく説明できませんが、ご容赦を。

トピ内ID:7398102312

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軽く検索してみました

🐱
にゃー
平氏の中でも伊勢平氏、特に正盛の系統(六波羅流・六波羅家)は「平家」と呼ばれているのだそうです。 大きくは「平氏」だけれども、上記の家系は特に区別して「平家」と呼ぶのですね。 で、「源氏」「平家」と呼び慣わされているのは、やはり『源氏物語』『平家物語』の影響なのではないかな?と思います。

トピ内ID:7362875996

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大分端折ってますが

041
kanokanoka
平家(平氏)について 元々の皇族により○○平氏となる。桓武平氏などなど。平清盛は伊勢平氏の出身。 伊勢平氏の中で正盛(清盛のじいさん)から続く六波羅家を特に指して「平家」と呼ぶ。 一方、源氏は○○源氏だけで20以上あるのだが源頼朝は清和源氏というデカイくくりの中の河内源氏。 以仁王の令旨で摂津源氏の源頼政、河内源氏の頼朝、義経etc、甲斐源氏。とさまざまな○○源氏が挙兵したので ひっくるめて「源氏」と呼ばれる。これが平家VS源氏の意味。 氏と家の例としては藤原氏と藤原四家(+五摂家)も有名。 奈良時代の藤原不比等から4つの家がでる。北家・南家・京家・式家。平安時代で栄えてたのは藤原北家。さらに北家が、近衛家・九条家・二条家・一条家・鷹司家になる。

トピ内ID:0139000140

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あら

041
ぴょん
源家という言い方もありますよ。 源家の御曹司、とか。 だいたい「平家」だけだったら 「平家物語」のなかの 「へいじ(瓶子=平氏)が倒れた!」というダジャレが成立しなくなっちゃうじゃない。

トピ内ID:7000146118

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「氏」と「家」なら「氏」の方がくくりが大きい

keiko
 日本の姓には、本姓と名字があります。  本姓は、律令時代にすでにあった一族の姓、あるいはその後帝からいただいた姓です。  本姓を同じくする人が増えすぎると、区別する必要がでてきます。そこで住んでいる土地などにちなんでつけた通称が、名字です。  氏は、本姓が同じ人々を指します。  たとえば、清和天皇の子孫清和源氏以外にも、嵯峨源氏、宇多源氏、村上源氏など、源氏にはそれぞれ先祖を別にする氏族がありますが、それらをひとまとめにしても、源氏という言い方をします。  本姓が同じだからです。  対して、家は、たとえば藤原氏は、北家、南家、式家などにわかれていますが、同じ本姓、同じ先祖でも、代を重ねて家族と言えないくらいわかれてしまうと、別の家になるわけです。  源平合戦を源氏、平家の戦いと言うのは、源氏側が源義仲(木曽義仲)や源頼朝など、複数の源氏の家が参加していたのに対して、平家側が、わりと清盛さんのお家を中心にまとまっていらっしゃったからだと思います。  もちろん、源氏側には北条(平氏)、平家側には斉藤(藤原氏)なども参加していて、厳密には源平にわけられません。

トピ内ID:5275762639

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一部補足というか訂正です。

041
maru
一部訂正します。 >余談ですがに秀吉は「羽柴」から「豊臣」になったのではなく >一度藤原氏に養子に入り「藤原秀吉」となった後豊臣姓を授与されて「豊臣秀吉」となりました。 >本来であるならば「とよとみのひでよし」が正しいです。 苗字が「羽柴」で氏族をあらわす本姓を「藤原」から「豊臣」に改めたですね。

トピ内ID:0644935493

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「ゲンジ」に対して「ヘイケ」の例。

041
カエル君
 皆さん歴史、文学に詳しくレスを眺めるに連れてうならされるの一言です。  わたくしの出番など全くお呼びでないと思いましたが「ムムッ??」ときましたのでゲンジに対してヘイケの例を挙げさせていただきます。  生物学から言わせると「ゲンジ蛍」「ヘイケ蛍」というのが対象であると思いますがこれはいかなることでしょうか。

トピ内ID:6058689034

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トピ主です

😀
manya トピ主
いやあ、こんなに短期間にレスがつくとは・・・ 驚きです。 そして、皆様の博学に本当に頭が下がるというか・・・・。 すみません。 朝、息子と話したあと、仕事前に急いでトピを上げたため、 ちゃんと確認していませんでしたが・・ 確かに教科書には「平氏」とありますね。 息子は間違ったことは言っていなかったわけですね。 本当に確認不足でした。 でも、一般的にはやはり「平家」の方が通りがいいというか、 耳慣れてる感はあります。 辞書で見てみたところ、両方載っていましたが、平家の方が詳しく載っていましたし、 平家=平氏、平氏=平家という感じでした。 氏というのが、大きなくくりで、その中で家というのが あるのだな、ということがわかりました。 平氏はほぼ平清盛で終わったというところで、平家になるということでしょうか。 どうしても平氏が平家になるのは平家物語、が一番ポピュラーだからでしょうね。 とっても勉強になりました。 ありがとうございます。

トピ内ID:0435747387

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少し疑問

😀
manya トピ主
ただ、私の疑問に答えるわけでもなく、 ただ馬鹿にしたようなレスを下さる方って、どういう気持ちなのでしょう。 他のトピを見ていても、そういう方って本当に多いですよね。 確かに私は勉強不足だし、愚かかもしれませんが、 わざわざ嫌みを言うためだけにレスをしてる方の気持ちがどうしてもわかりません。。

トピ内ID:0435747387

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回答は出ているようですが

041
ぺぺ
源氏、源家、平氏、平家、どの表現もあります。 一門を表す場合は「氏」で、系統を表す場合は「家」になるような。 源の場合、清和源氏の中の河内源氏を源家と言うようです。 また、平家物語の序盤で平忠盛(清盛の父)が「伊勢瓶子は素瓶なりけり」と中傷される描写が有名です。 「へいじ」と「へいし」をかけ、更に「すがめ」は瓶とやぶにらみを意味するもので、忠盛の容姿への侮蔑の言葉だったとされていますね。

トピ内ID:0221675411

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