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感動して涙が止まらなかった事

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041
元ガイド
仕事
ナイアガラの滝で日本人観光客のガイドをしていた時代の事です。その日は関西地区の商店街の団体さんで、団長さんはパンチパーマのきいた怖そうなおじさんでした。 その日の観光の目玉である『霧の乙女号』の乗船を終えた後、「ガイドさぁ~ん、虹が出てたでぇ~!」と子供のようにはしゃぎながら、その団長さんが私にこう言いました。 「実はな、うちのメンバーの○○さんね(その方を指差して)、2年前に白血病で奥さん亡くしはってな、その奥さんが死ぬまでに一度ナイアガラの滝が見たい、言うてたんやけど結局間に合わんかった。団長である俺が奥さんが生きてるうちにカナダ旅行を計画して連れてくるべきだっと、俺ず~っと悔やんでたんや。それでな、今回ご主人が奥さんの骨をひとつまみ持ってきてたから、さっき船のデッキから虹に向かって撒いてきた。なあガイドさん、今頃奥さん喜んでくれてるかな?有難うって言うてくれてるかな?」 私の目もナイアガラの滝になってしまいました。 あの時のパンチパーマの団長さん!私はカナダにまだ住んでいますよ。結婚も離婚も経験しましたが、つらい時に時々貴方の優しさを思い出しています。

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結婚する時に、父が。。。

041
みどり
外国人との結婚を最後まで反対していた父が、 披露宴の時に言った言葉。 『娘は世界で一番大切な宝だ。一生幸せにしてやってくれ!』これを、英語で見事にスピーチしました。 お父さん有難う。おかげで今でも旦那様に大事にしてもらっています。

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子どもの詩

041
プレアデス
忘れられない一編の詩です。 読売新聞の家庭欄に掲載されていたものですが、もう5~6年前だったと思います。 内容は小学生の男の子の詩で 『お母さんが「がん」で入院しているんだけど、ぼくが中学生になって卒業するとき、お姉ちゃんのときと同じくお母さん出席してくれるかな。』 という内容の詩で、文末に選者の川崎洋先生が 「だいじょうぶ、君の結婚式にもお母さんは出席できます。」 と書いてありました。 これを読んで、涙が出てきました。 新聞を読んで涙を流した始めての体験でした。

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阪神淡路大震災のあと(写真屋です)

041
青列車
お邪魔します。阪神淡路大震災かれこれ10年ぐらい前の頃の話です。界隈に数多の支店を抱えていた私の勤務先(DPEミニラボ)も多くの店舗が被災、瓦解しました。それでも在籍従業員とその家族に奇跡的に犠牲者は無く、また火災の被害も免れ、お客様からお預かりしていた写真だけは全て救済できました(店の什器備品機械設備帳票類は殆どアウトでしたが)。ある時その中の支店の一つに年配のご夫婦が来店されました。聞けば、成人式を迎えたご令嬢の写真を預けてあった由。しかし不幸にして先の地震で家屋もろともご令嬢は天に召されてしまったとのこと。家族のアルバム、令嬢の私物も灰塵に帰してしまったが、震災前に預けた写真がのこっていないだろうか?とのお問い合わせでした。無事その写真はお客様にお渡しできました。写真屋の職責を改めて思い知らされた話でした(全社会議の壇上で当時の社長が半分涙声で語った話です)。

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私も阪神大震災の時に。。。

041
元ガイド
トピ主です。 みどりさん、ブレアデスさん、レス有難うございました。 人事ながら涙しました。 青列車さん、本当に感動するお話でした。そのお嬢様のお写真は、ご両親にとってどれほど大切なものだったかとお察し致しました。 震災当時、私はすでにカナダでガイドをしておりました。当時、街中のカナダ人からお見舞いの言葉を頂いた事、今でも思い出します。 震災から24時間以内には、すでに銀行が募金集めの特別口座を開いてくれました。カナダ人の現地特派員の男性が、被災現場から「私の愛する神戸の今の姿です。。。」と涙声でレポートされておりました。 10年経ちましたが、こうやって書いているだけで涙が出ます。

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