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映画「私の頭の中の消しゴム」が語る「許す」とは

レス14
(トピ主 6
🙂
ソフィー
話題
20代女性のソフィーと申します。 「私の頭の中の消しゴム」という映画をみたことがある方に質問です。 映画のなかで、自分を捨てた母親を憎んでいる恋人に対し、主人公が「許すのは難しいことじゃない。心の部屋をひとつ空けるだけのこと」というような台詞(うろ覚えなので、不正確かも…)をいうシーンがありますが、この台詞の解釈について分かる方がいたらぜひ教えて下さい。自分の中では、以下2通りの解釈があります。 (1)憎しみが心の「家」全体を支配している状態から、あえて自ら心の「部屋」を一つ明け渡し、憎しみのために差し出す。 (→「憎しみさん、どうぞこの部屋にお入りください。この部屋を自由にお使いください」というような感じ) そうして憎しみを心の部屋の一つに閉じ込めておくことで、家全体の平穏・安定を取り戻す。 *この場合、憎しみはまだ家の中にいるが、心の部屋の扉にはしっかり鍵がかかっているので、部屋の外に憎しみが出ることはない。 (2)自分の心の「家」にはひとつひとつ大切な心の「部屋」がある。その大事な「部屋」のひとつを憎しみがのっとり、占領している。心の部屋は数に限りがあるため、大切な一部屋を憎しみに支配されてしまうのはもったいない。憎しみを追い出し、その部屋を空っぽにすることで、他のもっと大切な感情、忘れてしまいたくない思い出をその部屋にしまうことができるようになり、家全体の平穏・安定も保たれる。 (→他の居住者に嫌がらせをし、迷惑をかけているアパートの住人を大家さんが部屋から追い出す。アパート自体の平穏・安全は回復し、次の新たな居住者のために空き部屋を使うこともできるようになるという感じ) *この場合、部屋から追い出された憎しみは行き場を失い、家からも出ざるを得なくなるので、憎しみ自体が家の中からいなくなる。 続きます。 (その2には私の一応の結論と質問の趣旨を記載します)

トピ内ID:5349798080

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トピ主です。その2

🙂
ソフィー トピ主
私としては、 ・「本当の大工は心の家も上手に建てる。」  「あなたは大事な心の家を憎いお母さんに明け渡して、自分は家の外で震えている。」 ・「私の父は(私の不倫や2人の結婚を)許してくれた」  「父はわかっていたから。憎しみに心の部屋を一つ渡せばいいだけだって…」 という他のシーンの台詞を踏まえると、 (1)の解釈が正しいような気もしますが、イマイチ確信がもてません。 かなり昔に一度みただけで既に記憶があいまいなのですが、ふと急に思い出し、この台詞の真意が無性に気になり始めました。 ネットでは、「この台詞が印象に残った、良かった」という感想が大半で、この台詞の意味するところについて解説をしているサイト等はあまり見当たりませんでした。 解釈はみる人それぞれで違うもの、というご意見もあるかとは思いますが、今回の質問の主眼は、客観的に分析するとどういう意味にとれるか、あるいは、制作者側の意図した意味は何かという点にあるので、できればこうした観点からのご意見をお待ちしています。 もちろん、私が考えた(1)と(2)以外に別の解釈が考えられる場合には、ぜひその解釈についてご教示下さい!

トピ内ID:5349798080

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ちょっとヨコですが

041
coco
あの映画の本当の原作は、日本のマンガであることをご存知ですか? 河合二葉さんという作家さんが書かれた、limitと言う作品です。是非ご一読を。 同人作品として1998年に発表され話題になり、雑誌に転載されました。河合さんのコミックスにも収録されていますよ。

トピ内ID:9554448802

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私はこう思います。

🐤
金魚
普通憎しみとは黒い感情と捉えられます。 そんなものが自分の中に渦巻いているなんて 認めたくないと思うのが普通だと思います。 だから「憎しみに心の部屋を一つ渡す」事によって 一つの自立した感情であると認めてあげる。 「自分は母親を憎んでいるんだ」という事実とちゃんと向き合い認めてあげる。 そうする事によって憎しみに支配されていた自分の心は 他の感情と一緒に同居しうまくやっていく事ができる。 そんな風に思います。 憎しみって結構強くて黒い感情だと思うので他の感情も全部のみこんで 支配してしまうのではないでしょうか? でも、憎んでいるという事実は変えられない。 本当は憎まない方がいいに決まっているけれど、そううまくはいかない時もあります。 彼女は、ただやみくもに憎むのではなく「正しく憎む方法」を父から教わり それを恋人に教えてあげているのではないでしょうか? 私は鍵をかけて閉じ込めてしまうのではなく、 他の感情とうまく同居させる方法なのではないかと思います。 そうして他の感情と仲良くしていくうちにきっと許す事ができるのではないでしょうか?

トピ内ID:6657590146

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一番かな

🙂
春巻き
憎しみや怒りでいっぱいの心の隣に、もう一つ部屋を作るんだと思ってました。そうしたら、そのもう一つの部屋にはいろいろな思いが入り、憎しみの部屋には入り浸らなくなり、そのうちにだんだんといやな感情の事は常に意識しなくなるんだ、と。 なくしてしまうのは難しいけど、なるほど、確かに意識しなくなるな、と思った記憶があります。 違うかな。 ああ、もう一度みたくなりましたよん。

トピ内ID:5451743395

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観ました~

041
ミホ
私は1寄りの解釈です。 無理に許さなくていい。 忘れようとしなくていい。 怒って当然。 そういう気持ちも過去も含めて今のあなた。 無理に消し去ろうとせず、あなたの広い心の一部(部屋)に存在させてあげたらよい。 そうすればそれらの感情に支配されないでいられる。 閉じ込めて鍵をかけるんでなくて、負の感情の存在を受け入れる、共存していくことと解釈しています。 以前、受け入れがたい事実に苦しんでいた頃、 無理に許そう、忘れようとしなくて良い、という言葉に救われた私です。

トピ内ID:5867896140

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それはおそらく

041
サファイア
映画は見ていませんが、心理から見たせりふの意味合いの解釈です。 人を憎み続ける、というのは、言い換えるならばずっと自分の心の中にその「憎む対象の居場所」を作り続けるということです。 ある意味恋愛と同じです。使うエネルギーは恋愛と違いマイナスのエネルギーですが、「その対象が気になってたまらない」という点についてはまったく同じことです。 ようは、心の中のいくつもある部屋にわざわざ自分でその「憎むべき対象」を住みつかせ続けているわけです。ですからその住人を部屋から解放し、その部屋を空き部屋にすればいい、という風に私は解釈いたします。

トピ内ID:3819932141

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閉じこめても追い出してもダメ

041
もも
私の意見ですが、部屋を明け渡す、とはカギをかけずに心の扉をあけておくという意味です。 憎しみは部屋に入ってもいい。 もちろん出ていってもいい。 あるときはやってきて、また去っていく。 自然の感情に任せる、ということです。 そうすることで時間をかけて、憎しみは風化します。 部屋に閉じ込めたりしたら、憎しみはけしてなくならないし、追い出しても戻ってきます。 感情は抑圧してはいけない。 そして、一つの感情にずっと留まっていることも、できないものなのです。 自分自身、苦しみの中で学んだ事柄です。 トピ主さんがこの映画が気になっているのは、なにか今のご自身に必要な教訓が含まれているのかもしれませんね。

トピ内ID:5764504095

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トピ主です。金魚さんのご意見まで拝見致しました。

🙂
ソフィー トピ主
みなさま、さっそくのレス、ありがとうございます。 ●cocoさん 日本のドラマが原作であるということは調べているうちに分かったのですが、真のルーツは日本の漫画だったのですね。 実をいうと映画やドラマ以上に漫画が大好きなので、手にする機会があればぜひ読んでみたいと思います。 ●金魚さん >「憎しみに心の部屋を一つ渡す」事によって一つの自立した感情で  あると認めてあげる。 >鍵をかけて閉じ込めてしまうのではなく、他の感情とうまく同居さ  せる方法なのではないか 私の考えでは、不法占拠→監禁=コントロールという図式だったのですが、 金魚さんのご意見によると、不法占拠→ルームシェア=コントロールという感じでしょうか。 確かに、鍵をかけて監禁状態にしてしまっては、 自室を与えた意味があまりないような気もしますね。 事実上追い出しと同じようなものというか…。

トピ内ID:5349798080

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トピ主です。ミホさんのご意見まで拝見致しました。

🙂
ソフィー トピ主
●春巻きさん もう一つ部屋を作ることで、憎しみの部屋には入り浸らなくなり、だんだんと意識しなくなるという春巻きさんの考え方、 とても現実的で自然な許し方のような気がします。 私も、もう一度じっくりと見たくなりました! ●ミホさん >閉じ込めて鍵をかけるんでなくて、  負の感情の存在を受け入れる、共存していく 金魚さんとミホさんのご意見をみて、確かに鍵をかけて閉じ込めるのは少し違うなと気づきました。 無理に忘れる必要はない、というのは本当にその通りですね。 忘れるというのは、実は意識的に行うことのできない作業なのかもしれません。 それこそ、主人公のような病気でもない限り…。 アルツハイマーという病気のせいで、忘れたくないことでも忘れてしまう主人公と、 過去にとらわれいつまでも忘れられないでいる恋人、という対比があるからこそ、 「許す」ということについて語る主人公の言葉に重みが感じられるのではないかという気がします。

トピ内ID:5349798080

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トピ主です。~サファイアさんのご意見まで~

🙂
ソフィー トピ主
●サファイアさん >人を憎み続ける、というのは、ずっと自分の心の中にその「憎む対  象の居場所」を作り続けるということ >心の中のいくつもある部屋にわざわざ自分でその「憎むべき対象」  を住みつかせ続けている 確かに、このように考えることもできますよね! 私も、(1)寄りの見解と書きましたが、 憎しみを住みつかせることを自分で認めてしまっていいのか、 居場所を与えたらいつまでも居座り続けるのが憎しみではないか、 とも感じたので、正直この部分は自分でもよくわからないです。 ただ、 >住人を部屋から解放し、その部屋を空き部屋にすればいい というのは、実は自分で意図的に行うことが難しい、 というかほぼ不可能な作業なのではないか、とも思えました。 憎しみを解放し空き部屋を作るのが「許し」の理想のあり方だとしても、現実にはそうした許しをなすことは難しい。 だったら、憎しみの居場所を与えながらも共存するというのも「許し」としてアリなのではないか、と。 サファイアさんは、憎しみを解放し空部屋をつくるには、 具体的にどのようにしたらいいとお考えでしょうか? 引き続き、ご意見お待ちしています!

トピ内ID:5349798080

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トピ主です。~ももさんのご意見まで~

🙂
ソフィー トピ主
●ももさん ご自身の経験から学んだという「感情は抑圧してはいけない」という言葉、とても重みがあります。 時間の経過が、憎しみを風化するというのもある意味真理ですよね。 ただ、それが1年後なのか5年後なのか10年後なのかという点は人それぞれですし、場合によってはやはり一生かけても風化しないということもあるのではないかと感じました。 私自身がいま許し難い何かにとらわれているというわけではないのですが、私にとってとても身近な存在の人が、現在そのような状態におかれています。 私自身は、当事者ではないけれど、全くの部外者でもない、という状況です。 偉そうに許してあげなよ、と説教する立場にはありませんし、 自分の考えを押し付けるつもりも毛頭ないのですが、 その出来事をきっかけに、自分のなかで「許す」とはどういうことなのだろうという思いが沸き上がりました。 そしてふと急にこの映画のことを思い出し、何かヒントが得られるのではないかとトピを立ててみた次第です。

トピ内ID:5349798080

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二回目です。

🐤
金魚
閉じ込めてしまうと、出よう出ようともがき苦しみ 憎しみが余計ふくらんでしまうかな? と思ったので、監禁ではなくルームシェアで仲良くなっていった方が なぜ憎いのか?とか、本当に許せないのか?とか 考える余裕ができるかな?と思いました。

トピ内ID:6657590146

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私の解釈は。

041
号泣
 見ました。号泣してました・・。  それで私の解釈ですが、私は人間の感情や生活っていうのは、たくさんの部屋だと考えています。例えば仕事という部屋、趣味という部屋、友達という部屋、彼女(彼氏・旦那とか)の部屋、親の部屋・・・。感情は同じ部屋にはないのです。  その中に優しさの部屋とか悲しみの部屋とかもあって、憎しみの部屋はその中の一つ。憎しみだけをフォーカスしちゃうとわかりつらいんだけど、いろんな感情の部屋の一つなんだと。  そこに主人公の男性は憎しみを押し込めたり追い出したりするのではなく、自然にそれを受け入れて、自分の感情の一つなんだと思えば許すのはたやすい事と言っているのではないかと思いました。  男性って既婚者でも趣味に興じる人は多いし、仕事も家族も・・みたいな人が多いような気がします。私はそれを部屋がたくさんあるって思ってるんです。私なんかはリビングだけ(笑)みたいな。  そういう意味かなーと思っていたのですが、本当はどうなんでしょうね。  

トピ内ID:2985328121

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トピ主です。~号泣さんのご意見まで~

🙂
ソフィー トピ主
●金魚さん 確かに、部屋で大人しく余生を過ごしてくれるほど、憎しみっていうのは穏やかなものではないですもんね。 「出せや、このヤロー!」とドアをガンガン鉄パイプで叩く憎しみの姿がイメージできました(笑) ●号泣さん 私も号泣でした…! >憎しみを押し込めたり追い出したりするのではなく、自然にそれを受け入れて、自分の感情の一つなんだと思えば許す 今までの皆さんのレスもふまえると、号泣さんのおっしゃるようにこうした解釈をなさる方が多いようですね。 男女問わず、部屋が多い人はそれだけ様々な出来事にふれあい、何かを感じ取っている…ということなのでしょうか? 私の場合、文字通り、ダイニング(食事)、寝室(睡眠)のスペースがやたら広い家のような気がします…(笑)

トピ内ID:5349798080

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