おやじです。
家族や若いものに、ねちねちと長時間に渡り吾が身の苦労を語るのが大好きです。
人生は、人生ってのは、みたいに。
もちろん彼らは私の話に退屈します。苦痛でしょう。でも、やめられません。
説教がましい長話が止まりません。
そのくせ私、他人の話は聞き流します。
それが職場の上司なら、膝を揃え姿勢を正し、イエスイエスと聞き流します。
ですから、家族も、若いのも、私を敬遠します。
女性らはとくにひどい。
妻、娘、部下、誰もが心のなかで「オエッ」とか「げぇ」とかやっております。
そんなわけで、私は私を守らねばならんのです。
「オエッ」とか「げぇ」に負けていたら、孤立するだけですから。
いったん孤立がはじまると、齢を重ねるほどに、孤立は深まり、
私のお終いには皆こう言うでしょう。厄介払いができました、と。
それじゃ、あんまりだ。
ところで、ここまでの長話、つらいでしょう。
未だトピックの主題見えず、ですか。
では、そろそろ本題へ。
あ、いや、その前に。これだけ。
人と人というものは、出会いの第一印象が全て、といったところがあります。
そこで、
人の見てくれなどいっさい無関係な、この小町の言葉世界においても、
やはり私は「オエッ」とか「げぇ」なのでしょうか。
その理由を教えてください。言いたいこと言ってください。
好きにして。
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