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業が深いという言葉

レス17
(トピ主 2
041
茉莉花
ひと
普段から、この言葉や意味はどうも納得が行かないなあ…というものがあります。 そのひとつに 「業が深い」 というものがあり、意味は 「前世の罪深さにより、多くの報いを受けているさま。運が悪かったり、ひどい思いをしたりする際に用いる。」 というものが、みつかりました。 使われ方としては、周囲で「あの人は業が深い」などと、割と高齢者が使うのを耳にしたことがあります。 意味を知らなかった子どもの頃は「欲が深い、とか性格がよくないことなのだろうな」ととらえていましたが、 どうもそういうものとは違うような気がしてきました。 前述の辞典の引用通りだと 「運が悪い人・あまりにも不遇な人は前世の行いが悪かった」という論理になりますね。 でも前世なんて本人も他者も誰も知り得ない。あるかどうかも怪しいものですよね。 誰もその人の前世をみることができないのに「不遇な人」が「前世で罪深かったからだ」とされるのは あまりにも短絡的というか、理にかなってない、当人にとって酷過ぎるものだと思うのです。 あたかも、気に入らない相手をおとしめるには格好の言葉かのよう。不幸な目にあうのは心がけが悪かったんじゃないの?のような。 でも、本人に落ち度がなく誠実に生きていても世の中には天災・人災に巻き込まれたり難病で苦しむ人たちがたくさんいます。 それらも「業が深い人だ。それはきっと前世が・・・」などと根拠の無い仮想から「自業自得」ととらえられるのは絶対おかしいよなあ、と思う次第です。 昔からの言い回しは由来も奥が深く意味も曖昧・取り違えたまま過ぎてしまったりがあると思います。 この件についてのご見解やこういう時に使っていた、こんな解釈もある、いわゆる例の解釈は偏っているように思う、など。 興味から意見を募ります。よろしくお願いします

トピ内ID:3912185371

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そうでしょうか?

🙂
ササ
物事によるのでは? はっきりさせるべき事と、はっきり言葉で言われるとマイナスになる事とあると思います。 業が深いはものものしいイメージがありますが、他にも「今日はついていなかった」とか、「今日はラッキーデーだから」とか理にかなっていない事なんて結構溢れています。 例えば、主さんがテストに挑んで落ちたとします 大好きな人から聞きたい言葉は明確で理にかなっている「~が足りなくて、~にもっと真摯に取り組むべきだった、~の時間は削った方がいいかも」といった内容でしょうか? それとも「まあ、こういうときもあるよ次に向こう、今日は休んだ方がいい」という根拠が無い慰めでしょうか 世の中強い人ばかりではないし、うやむやだからこそ心の均衡が保てる事態もあると思います 自分の不始末で身内を亡くす等、心の決着がつかない事だってあるので。 そういう人に理路整然と追い込む位なら、業のせいにしたり、供養に没頭させる事で生きる気持ちを持たせるのは良い事だと思いますよ 言葉は刃、使い方を謝ると取り返しのつかない事になります 最近は正論だからと相手を見ない発言を聞く事も増えました

トピ内ID:1399247904

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人柄の良い人には使わない

041
田んぼの案山子
「業が深い」「業を背負っている」という表現は、あくまでも私の感覚ですが、まっとうに生きている人や誠実な人には用いません。 「自ら不幸を招くような生き方をせずにはいられない人」に対して使います。 たとえば、どうしようもないダメな男ばかり好きになって尽くした挙句に捨てられる、不幸な恋愛をくりかえす女の人とか。 客観的に見て、不幸をわざわざ引き寄せているような人っていますよね。 頭が悪いわけじゃないのに、普通に考えたらどうなるか結果が見えているはずなのに、そっちを選ばなきゃいいのにという選択肢を選ぶ癖のある人。 そういう不幸の種を自らまいている人に使います。

トピ内ID:3656752318

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レスします

041
匿名
「業が深い」私の周りではほとんど使われない言葉です……。 仮に耳にする事があっても、あまり役に立つ情報じゃない思うのでスルーしてしまいます。 「業が深い」と言い切っちゃうのではなくて「業が深いのかもしれない」くらいの言いまわしにしといてもらえればモヤモヤする人も少しは減るかもしれませんね。 思ったのは、 「業が深い」=「自業自得」と繋がるのはトピ主さん独自の解釈なのではありませんか?ということ。 本当に前世というものがあって前世からの因縁が現在に反映されてたとしても、その人がいま向き合うべきなのは前世ではないですよ。

トピ内ID:0056497284

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自分の中で

041
みかんみかん
やはり、すごくいい人なのに、不幸なめにあっている人や人にひどいことをして平気な人などにそう思います。 前者の人には、私が何もできないことへのいいわけ。後者の人には、その人をうらみたくないから。 そう思います。 もちろん口にだしては言いません。 また、自分のしたことに限らず、先祖のした悪いこともかえってくるようですよ。 ですが、その人生はその人が自分で選んだ人生。 より困難な人生を歩んでいる人は尊敬します。

トピ内ID:0142589531

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トピ主です 1

041
茉莉花
早速、レスをありがとうございます。 昔から残る「あの人は業が深い」という言葉。 これを自業自得と捉えた解釈はそう無理なものではないと私は思っています。 そしてその上でこれは違和感があるなあ、と国語的興味からレスを募ってみました。 いろいろなレスがありましが、 みかんみかん 様のレスが私の感覚に近いというか、納得いくものに感じました。

トピ内ID:1717536081

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トピ主 2  ササ 様 へ

041
茉莉花 トピ主
ササ 様 レス拝見しました。 「業のせい」として慰めの一つとする・・・と読めましたが、 だいたいあっているでしょうか。 私としては、いかなる不幸なケースにおいても「業のせい」というのは その意味合いに照らせばかえって「救われない」のではないかと感じました。 人にも、自分にも用いたいとは思わないほうです。 ササ様のレスはおそらく「自分への落とし所の一つとしてそういう持っていき方もあると思う」 という意味でこういう解釈もあるのだな、と読ませていただきました。 >相手を見ない正論 確かに、不遇のさなかの人に理屈や正論で追いこむのは決してしてはいけないことだと 私も強く思います。 ですが、その代わりに「業が深い」あるいは「業」のせいとして「慰め」になるかは 元の意味自体がかなりデリケートなものであるゆえに、違和感は感じるところです。 むしろ不遇はカルマ(業)ではなく、「何かのための学びにせよ」というメッセージだと考えたいと思っています。 でも、頂いたレスは貴重な視点の一つであると思います。 ありがとうございました。

トピ内ID:3912185371

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トピ主 3 田んぼの案山子 様

041
茉莉花
田んぼの案山子 様 >人柄のよい人には使わない >そういう不幸の種を自らまいている人に使います。 使い方として、全く同意です。 ネガティブな言葉ですからね、おっしゃる通りだと思います。 いかにも愚行を繰り返してばかりいる、 「愚かな人」に対して使うというイメージでしょうね。 根拠のある自業自得という感じでしょうか。 目に見えない「前世の報いであろう」という根拠の薄い解釈よりはスッキリしていると思いますね。 それなら不遇やトラブルのさなかの当人も、改善のしようが多少はあるというものかもしれませんね。 レスをありがとうございました。

トピ内ID:1717536081

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トピ主 4 匿名 様

041
茉莉花
匿名 様 >あまり役に立つ情報じゃない思う・・・ 確かに役には立たないですね。 実際、周囲でも聞いたのは一度。親族が不仲な姑に対しての言葉でした。 あとはドラマや小説では普段目にすることがあり、どういう意味だろうかと気になっていました。 が、曖昧な言葉だと思いながらも、これだけ長い歴史の中で残り続け文芸に多用され 仏教的な要素や国語的興味で意義があると感じましたので今回トピを立てた次第です。 >「自業自得」と繋がるのはトピ主さん独自の解釈なのではありませんか?ということ。 は・・・? 「己の行いが、報いとして自分に返ってくる」という辞典の意味を読むとわかると思いますが、 これは「自業自得、そのまま」であり、 独自というほど特殊な解釈ではないと思いますけれども? >その人がいま向き合うべきなのは前世ではないですよ。 えーと・・・ このトピックの趣旨はそういったこと焦点を当てたものではないのです。 書き方が及ばす誤解させてしまったかもしれませんね。 レスをありがとうございました。

トピ内ID:1717536081

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トピ主 5 みかんみかん 様 へ

041
茉莉花 トピ主
みかんみかん 様 >すごくいい人なのに、不幸なめにあっている人 >人にひどいことをして平気な人などにそう思います。 ああ、どちらも業のなせるわざという解釈なのですね。 意外とこういうレスがあるのでびっくりです。 私などは、あまりにトラブル続きの人をみると、 気の毒だ・・・までにしておいて、業までは思考してないです。 あくまで私のポリシーを言わせていただければ 世間いうところの「因縁・業」のせいうんぬんはかえって失礼な気がして したくないんですよね。 あえて思考ストップさせてます。 >もちろん口にだしては言いません。 そうですね。 これもおおいに同意です。 無意識に自制(タブー)が働くのかもしれません。 それくらい、人の運命はどうしようもなさで溢れている気がするからです。 >その人生はその人が自分で選んだ人生。 まあ、運命論になってしまいますが、 「選んだつもりでも、選ぶように運命づけられている」という解釈も聞いたことがあります。 そうなるともう、考えてもせんない気がしてきます レスをありがとうございました。

トピ内ID:3912185371

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使い方が違う?

041
他人
業が深いは自分(の慰め)に使う言葉で、他人が不幸な目にあっているときに使う言葉ではないと思います。 または、悪いことをして儲けているような人に対しては、「現世」での業が「来世」へ引き継がれる という意味で「あの人は業が深い」と言うことによってモラルの低い行いはするべきではないという 戒めの意味があるのだと思います。

トピ内ID:4462409115

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輪廻

041
ss
業は「輪廻」という考えを基礎にしています。 「輪廻」は古代インド、仏教に元基礎を置く考えです。 >この言葉や意味はどうも納得が行かないなあ… 今は「輪廻」という考えは一般的ではありませんからそうなるのでしょう。 詳細は「輪廻」や「インド仏教」等を調べてください。

トピ内ID:1470340781

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「業」のとらえ方の難解さ。

041
茉莉花
トピ主です。 いろいろなご意見から「業」の解釈についてあらたに思ったことを書いてみます。 私は「業」を仏教でいうカルマというのをネットで見つけて思い出し、その言葉をレスに使いました。 「過去の悪い行い」「罪」といったとらえ方もしました。 ですので、それを根拠なく不遇な人に乱用することには、違和感を感じると。 ですが、レスの中には「業」を不可抗力の仕方ないもの・・・として慰めに用いる解釈をするというように受け取れるお話もありました。 とても意外であり、発見でもありました。 「当人の覚え知らぬ過去や因縁の罪により報いが来ることがある」ではやりきれないと私は思うのですが、 でもそれがまかり通るのが言葉の不思議なところですね。 真相もわからぬものですのでやたらと使うべき言葉ではなさそうだ、というのが唯一つの結論です。 自分で納得してない言い回しは使えませんからね。 「業」に何かしら救いの意味を見いだせた時、また解釈が変わってくるのでしょうけれども。 思いつくままの私のレスに乱文矛盾もあったかと思いますが、おつきあいくださりありがとうございました。

トピ内ID:1717536081

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貪欲な人にも「業が深いな」と思います。

🙂
コーラル
「ダメンズ」さんも「業が深い」。 思うに、 例えば「ダメンズ」さんでも、 いつも朗らかでチャーミングさのある人には、 「業が深い」とは言われない気がします。 また、 見た目は豊かで幸福そのものでも、 不平不満の塊だったり、 思いつめたような目をしている人には、 「業が・・」とつい言ってしまうような気が。 上手くいえませんが・・ 総じて、 喰い意地が張っている人、 カネの亡者といえるほどの守銭奴、 吝嗇(ケチンボ)な人、 しつこく粘着質で絡みつくような情念の濃い人、 ザッと思いつくだけでもこのくらいはサラサラと出てきますが、 こういう性分も、 「業が深い」と思います。 高齢者が言う「あの人は業の深い」「業の深い子だねえ」 というのは、 単に「素直じゃない」「可愛げがない」 という意味も含んでいると思いますが、 それは、 「煩悩から離れられない様子を感じさせる」姿を映すからかも、 ですかね。 私の理想は、 「風通しの良い人」なのですが、 「業が深い」はその逆みたいかなと。 つまり、 「(煩悩に)しがみついているひと=業が深い」と。 長いレスですが、 いかがでしょう(笑)。

トピ内ID:1489663062

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私の好きな解釈

041
タパス
古代インドの支配層であったバラモンによって、業と輪廻っていう考え方が育ったらしいです。 それは、不平等なカースト制度を正当化するため、たとえば「お前が貧しい身分として生まれたのは、前世の行いが罪深かったからである」てな理屈で、今の不幸を前世の業の結果であると片付ける考え。 超自然的な考え方が好きな人は、今でもこういう意味合いで使ったりしますね。 でもここからは、あきらめとか、現実逃避とか、無力感みたいなもんしか生まれない。 しかしそのあと登場したブッダの業の考え方は、ちょっと違ってて。ブッダの考えていた業とは、あくまでも、現世での行いの結果は、現世で自分自身が受け取るものというすごく現実主義的な面があったらしいです。 それは…自分自身を作ったのは過去の自分である。行為の積み重ねの結果が現在の自分なのである、というすごく科学的な業思想。 これで、自分自身のあり方を誰の責任にもできないし、逆に言えば未来を作るのもこれからの自分の業(行為)次第てことになる。 「業が深い」とは… 何か特別に執着している行為があったとすれば、その結果から逃れるのは難しいという意味になりますでしょうか。

トピ内ID:8417407643

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ごめんなさい

041
匿名
トピ主さんのカリカリしたレスを読んで笑ってしまいました。 そういうことなら、カテゴリーは「学ぶ」にしておいてください。 「業が深い」について、辞書には「己の行いが、報いとして自分に返ってくる」と書いてあるんですか? つまり「前世=己」と言っているんですね? たいていの人は、せいぜい「前世■己」くらいの解釈で、そう重くは受け止めていないだろうと思っていたのですが その辞書では「前世=己」。ガッチリとイコールで繋がっているんですね。……それは皆が受け入れている事なのでしょうか? なにはともあれ、トピ主さんを納得させてくれるような100点満点のレスがつくといいですね。

トピ内ID:0056497284

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「業」

🐷
obachann
もともとが、仏教用語なんですね ある意味、同じことなんですが、 広辞苑に載っているのは 「善悪の行為は、因果の道理によって後に必ずその結果を生む」 という仏教およびインドの宗教の説 いわゆる因果応報です。 本来は 「今してる事が、未来」に影響するよと言う警告の意味なんです。 「今」する事を注意する意味だったのが、 「過去」の因果が今、という意味に変わっていったように思います。 私自身は、「業が深い」って、言い回しに ある種の「あきらめ」を感じます。 良くも悪くも、人知が及ばないから、お手上げだという感じです。

トピ内ID:9315678002

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大体の

🙂
ササ
大体の意味合いは理解していただいたとおりです。 主さんが仰るように因果律を推測できて学びとできるものはそうすべきだと思います。 それが自分の為にもなりますから、ただ世の中そういう類の物事ではなく、負の感情が前面に出てくるような理不尽な事柄も少なからず降りかかってくる物ですから。 罪を憎んでという言葉がありますように、他人のした事を業から来た物と理由付ける意味合いとしては、少なからず許す側にも許される側にも理由が必要で、それは対人間関係である以上、言葉にしなければ伝わらないもの。 考えて分かることにおいそれと業と言う言葉を使う事には私にも抵抗はありますが、当事者で無い第3者がアドバイスする場合、知ったような顔で理路整然と述べるには情報が少ない事もございます。 亡くなった方への供養等もそう。 生きる方への推進力を正とした言葉ですので、理論的に考えれば何故と思われる事も至極当然だと思われます。 既存の概念に疑問を持ち考える事はとてもすばらしい事ですので、精進されますよう、祈っております。

トピ内ID:1399247904

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