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子供の頃見た風景。

レス29
(トピ主 14
🙂
もなか
話題
もう平成も25年が過ぎますね。 バブルの頃に生まれたかたも赤ちゃんを産み、 次世代を繋ぐんだなと思うと、ハッとします。 時代は誰に追われることなくも進むんですね。 年取るはずだわ(笑)。 私は地方都市の小さい貸アパートに住んでいる中年ですが、 隣の部屋には元気な小学生の男の子がいて(元気すぎ、笑)、 彼にとってはこのあたりが、 「かけがえのない少年期」になるんだなとふと思います。 このアパートが、 「楽しい子供時代だった」と後年彼が思うような暮らしだったら良いなと、 おもいます。 みなさんの小さい頃みた景色は、 いかがでしたか? 楽しかったですか?

トピ内ID:9849314415

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レス

レス数29

このトピックはレスの投稿受け付けを終了しました

と、同時に

041
みるく
私も子供の頃は木造アパートに住んでおり、 よく同じアパートの子と公園で探検ごっこをしたり、 近所の空き家に忍び込んだりしました。 親同士もとっても仲が良くて、お互いに泊まりっこしたり。 すごくかけがいの無い時間でした。 それを思い出すたびに、 今の子供達は制限が多すぎて可哀そうだなぁと感じます。 いや、昔も許されることではなかったのかもしれないけど、 隠れてコソコソやったり、それがまたスリルがあって面白かったんですよね。 周りの大人も、温かく見守ってくれていました。 1度でいいから、自分の子供にも、私が経験したことをやらせてあげたいです。

トピ内ID:3865297678

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思い出はオシロイバナ

💔
風情
子ども頃、住んでいた社宅の友達と毎日遊んでいました。 社宅の前は大きな道路でしたが、就学前でも普通に社宅敷地外に出ていました。 近くの工場?から道に出ているオシロイバナでイヤリングを作ったり、種を潰して白い粉を出してみたり・・ 今は滅多に見ないオシロイバナですが、たまに見ると気持ちが幼い頃に戻ります。 現在は、人生最大の超田舎での生活。 ですが、子ども達は家の周りの田んぼで遊んだ経験はないです。 持ち主に怒られるでしょうね。 上の子が小学生の頃、道に落ちている栗を拾った時に同居姑が人の家の栗だから・・と注意したらしいです。 道に落ちていた栗1個ですけどね・・ こんな時代ですし、どこの子ども達も習い事で忙しい日々。。 楽しい子ども時代が残っていればいいんですけどね。 ちなみに前出の「栗」の子は現在二十歳ですが、上書き上書きの性格らしく「過去の記憶はない」と言います。 良く言えばポジティブ?

トピ内ID:9486155772

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楽しかったです。

🐶
カルピス
今年25歳になった者です。私は子供の頃とても人見知りで幼稚園も泣いてばかりでしたが、小学生になったくらいから友人も増えて楽しかったです。 当時は子供なりの悩みもありましたが…今となるとそれもなつかしいですね。 町並みはだいぶ変わって、昔よく行っていた駄菓子屋さんがなくなったり、建物も新しいものがどんどん増えたりして寂しいなと思います。 私の母校は小・中・高すべて新しい校舎になりましたが、今でも古い校舎を思い出します。 よく学校の中走り回って先生に怒られたなあとか…笑 でも小学生の頃からの友達と会って一緒に過ごすと、変わった子もいるけど、変わらない友達がほとんどです。 町並みは変わっても、変わらない友達は何にも変えられないです。 時代は変わっても、変わらないものもたくさんあります。 もし主さんの住むアパートが将来形を変えたとしても、その男の中には今のアパートが残るのだと思います。元気な男の子ということですから、きっと楽しい子供時代をそのアパートで過ごしたんだ、と思ってくれるのではないでしょうか。 そうであると願っています。

トピ内ID:6154617396

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お優しいトピ様へ

😀
アジサイが好き
もなか様、優しいのですね。 何だか心がほんのりいたしました。 お隣のお子様、こんなお優しい方が お隣で、本当に幸せですね。 私にとっての、小学校時代の景色は、 「茜色の空」・・・ いつ見てもうっとり・・ そして、「雪景色」・・ あたり一面の雪景色で白一色の世界、 学校には、石炭ストーブが赤々と燃えていた。 雪合戦、スケートに明け暮れた日々・・ 家の中では、ひたすら読書三昧と音楽三昧、 感受性豊かな時に、洋の東西の良きものに 触れた事、本当に幸せでした。 あんな、感性の時代に戻れたら良いのに・・ トピ様のお隣の息子さんもきっと、 いっぱいの夢を持っていると思いますよ。 男の子って、幼くてかわいいでしょう。 家にも、昔「男の子」で今は「老年」が生息していますが、 心はいつも子供の様で、そんな姿は羨ましい限りです。 まるで「トム・ソーヤー」のよう・・ 子供の時代、愛されたという記憶のある子は 幸せですし、挫折しても立ち直ってくれます。 トピ様のお優しさは、お隣の息子さんに きっと届いていると思いますよ。

トピ内ID:8765169985

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近所付き合いを大切にしていた古き良き時代

041
まなみ
私が子供の頃…もう30年前後も昔になります。 当時ボロアパートに住んでいました。 ベランダの床が腐って割れて母が怪我したり(大アザ程度で済みましたが…)するほど…。 うちは2階だったのですが、床に寝そべり耳を床に当てれば階下の部屋の物音や声が丸聞こえ。 よくおばさんが息子(私と同級生)を怒鳴ってる声や洗濯機の音が聞こえたものです(笑) 私の妹は持病がありよく発作を起こしていました。 ある時発作が収まらず、階下のおばさんが心配してかけつけて救急車を呼んでくれました。 救急車が来たら向かいの棟のおばさんも心配して一緒に行くと言ってくれたのですが、その娘も私も行く!と駄々をこね、おばさんが必死に説得していました。 その娘さん一家はその後引越しアパートにはおばあちゃんのみが残ったのですが、このおばあちゃん家にもよく遊びに行き、そこでもらう金平糖は大好物でした。 当時はごく当たり前の何気ない風景でしたが今じゃなかなかないですね…。 いい時代でした。

トピ内ID:8303684097

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農村の冬景色です

041
かえで
幸せな幼年時代を過ごしました。農村育ちなので、周りは田んぼや畑が広がっていて、子供たちの格好の遊び場でした。 私が一番覚えているのは冬景色。朝目覚めると雪が降っている気配。そっと起きだして、まだだれも歩いていない雪道を踏みしめながら歩きます。時には霜柱を踏んで、サクッサクッと軽快な音楽を聴いているように楽し気に歩くのです。重い雪が降り続くと、田んぼは一面に銀世界に変わり、子供たちの雪合戦や鎌倉作りが始まります。 クリスマスに年末にお正月・・くっきりと鮮やかによみがえります。

トピ内ID:0100356851

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「みるく」さん。

🙂
もなか トピ主
早速のレスをありがとうございます。 「探検ごっこ」 これはもう(笑)男女問わず、 子供なら必ず一度は経験する遊びかもですね。 子供って「遊びを見つける天才」ですものね。 「みるく」さんの御宅は、 同じアパートの親御さん同士が仲が良くて、 子供は泊まりっこも出来たとのことですね。 私も幼稚園のとき、 友達の家に泊まったことを思い出しました。 「かけがえの無い」時間。 「みるく」さんの子供さんもきっと、 現代の子供として、 いろんな楽しいことをワクワクしながら興味を持ち、 経験するとおもいます。 子供はスリルが好きだし(笑)。 私たち大人がそのスリルを見守り、 安全を守ってあげたら、 子供は安心して成長できるような気がしますよね。

トピ内ID:9849314415

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「風情」さん。

🙂
もなか トピ主
レスをありがとうございます。 「風情」さんの思い出はオシロイバナ。 花に詳しくないので「どんなお花だったかな?」 と検索してみました(苦笑)。 わあ!これこれ(笑)。 私もとって遊んだ記憶があります。 そして「社宅」で育った日々。 「風情」さんの風景は、 お父さんとお母さんとお友達と、 楽しく良い日々だったんでしょうね。 「風情」さんの子供さんは小さな可愛い手で落ちていた栗を拾って、 そういうことがあったんですね。 私もそうですが、 人間って、よほどのトラウマがない限り、 案外良い思い出だけを覚えているもので、 子供さんも、そのいい景色を見ながら、 田舎のいい空と香りと、 親であるトピ主さんの優しさと共に記憶されていくと信じます。

トピ内ID:9849314415

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「カルピス」さん。

🙂
もなか トピ主
レスをありがとうございます。 御年25歳ということは、 平成のかたですね。 若くていいなあ(笑)。 でもこうして昔の思い出を話してもらえて、 対等にやり取りが出来て、 これもネットのありがたさですね。 街並みが変わって、 消えた駄菓子屋さん、 校舎が変わって、 廊下を走って怒られて・・、 「カルピス」さんはいい意味でごく普通の、 素直な子供さんだったんですね。 時代は変わっても変わらないものもある、 それは友達であり、ひととの絆である、 ということ、 といっても良いでしょうか。 トピに書いた少年も、 また世間の子供たちも「カルピス」さんのように、 「楽しい子供時代であって欲しい」と私も願っています。

トピ内ID:9849314415

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炭鉱長屋

041
織りえ
60代主婦です。 私は北海道中空知地区の炭鉱町で生まれ育ちました。 祖父の代から、私の家は炭鉱の仕事に従事していました。 父は鉱山労働者、母も炭鉱の選炭場で真っ黒になって働いていました。 私が小学生の頃、父が落盤事故に合い亡くなってしまいました 私が中学生の頃、母が仕事場で脳溢血で倒れ亡くなってしまいました でも、この時、長屋の人達の温かい励まし、温情に深く感謝、感謝です。 あの、炭鉱長屋の人達の優しさ、一生、忘れません。

トピ内ID:1826113959

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二度と見られない景色

041
しぃ
田舎で育ったので、そばには海と山。田んぼ、畑と自然いっぱいでした。 ゲームで遊ぶより外で遊ぶ事が多かった。 ずっと小さい頃に、祖父が庭に手作りのブランコを作ってくれました。 残念ながらその記憶はほとんど残っていなくて、写真の中でそのブランコに座って笑ってる自分を見て、あぁそういえば・・とうっすら蘇った程度なんですが。 実家は古い平屋で、弟や妹と家の中でかくれんぼしては、押し入れやタンスに入って遊んでました。 楽しかったなぁ・・ 思い出すのは実家のその平屋と、そこから見える景色。 もう二度とその景色は見る事ができなくて、だからこそ余計によく思い出すのかもしれません。 あの頃に戻りたいな。

トピ内ID:0803011828

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「アジサイが好き」さん。

🙂
もなか トピ主
「アジサイが好き」さん、どうもです~(笑)。 「茜色の空」「雪景色」「石炭ストーブ」「人のあたたかさ」 手に取るように、 情景が浮かびます。 「アジサイが好き」さんの原風景なんですネ。 良い記憶は、 辛い時には心の引き出しから出してみると自分を助けてくれます。 「子供の頃愛された記憶のある子は、 大きくなっても挫折を乗り越えられる」 ・・とても同意です。 「生きる支え」になると私も信じています。 子供は自分を産みだす親や環境を選べませんし、 (近年の研究?で、子供は親を選んで産まれてくるという考えもありますから、お好きな考えを選ぶと良いですネ) ただ、 子供の不幸は、見聞きする以上に実際にあるでしょう。 作家水上勉さんのエッセイに、 「人間は自分の根っこを伸ばして生きていく」とありました。 その意味は、 日と水と風と空気、を自分で与えていくということだと、 解釈しました。 迷ったら太陽の見える明るい道へ、ちょっとでも光の射すほうへ、と。 そういう理屈はともかく(笑)、 「アジサイが好き」さんの「トムソーヤ」はご主人さま(笑)。 レスをありがとうございます。

トピ内ID:9849314415

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「まなみ」さん。

🙂
もなか トピ主
素敵な思い出話をありがとうございます。 「近所付き合いを大事にしていた古き良き時代」 「まなみ」さんの風景は、 タイトル通りのそのままですね。 発作を持つ妹さんも、 階下に近所に頼もしい大人がいた、 ・・緊張する救急車、 辛い発作中、少しでも心強かったと思います。 覚えておられると思いますよ。 大人からそっともらう甘い金平糖は美味しい。 美味しいんですよね(笑)。 子供の頃がいつもなぜか愛おしいのは、 自分の内面に「善意」が基本にあるからなんですね。 レスをありがとうございました。

トピ内ID:9849314415

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子供だった時間

041
センチメンタル
こんな方がご近所にいること。素敵です。  元気な彼を思う気持ち。 あったかいです。  私も気付けば35才。  幼少の頃よく一人で過ごした土管の中。  摘んだ花を並べたり。  帰らなくちゃと見上げた茜色の空が今も鮮明です。 またある時は、抜け道を走り抜けた時  今でも不思議に思うのですが、まるで羽でもあるように風と一体になって本当に飛んでいました(笑)   その時の横目に流れる風景。   友達のおばあちゃんのシワシワの笑顔。  しょうゆ飴をいつも握らせてくれました。  年を重ねる程、思い出すと切なくなります。

トピ内ID:6024910406

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「かえで」さん。

🙂
もなか トピ主
情景が浮かぶようです。 「鎌倉」を作れるほどの積雪とのことなので、 北国の地方と思いました。 「寒いほど温かい」、 そういうCM的フレーズが浮かぶほど、 幸福な幼年時代だったんですね。 私は九州なんですが、 昔は近所でも、 それこそサクッサクッと新雪を踏みしめるくらいの積雪の朝も、 一日くらいあったんですが、 今はそういう日も激減しました。 温暖化を感じます。 年末年始は特に記憶に残りますね。 私の幼い日の年末は親の仕事の手伝いをさせられていて、 冬休みのテレビ映画が観れず、 商店街の電気屋さんにテレビを観に行ったら、 「手伝いもせずに!」と親に叱られた記憶があって(苦笑)。 まあ、そういう切ない思い出もございます。 それでも飴と鞭で、貧しいなかでも、 ケーキやプレゼントをはずんでもらったりして、 そういう暮らしでした。 「かえで」さんのレスを拝見してホッとします。

トピ内ID:9849314415

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「織りえ」さん。

🙂
もなか トピ主
ネットのすごいところは、 こうして生きる場所は違っても、 レスが体感的にわかることです。 お父様とお母様の、 汗と涙と、かけがえのない命と。 近隣のかたの優しさ。 「織りえ」さんの子供時代の風景。 そして体験。 「温情」、 こういうセリフ、今滅多に聞きませんものね。 強く温かい心持ちのかたですね。 しっかり受け止めました。 私は40代後半ですから、 自分が生まれた時はすでに閉山していました(当方は九州です)。 大人たちは強い人が多かったですが、 同時に不器用な優しさを持つ人も多かった、 そんな気がします。 今は60代とのことですね、 ずっとご健康でいてください。 レスありがとうございました。

トピ内ID:9849314415

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横ですが 織りえ様

😀
アジサイが好き
あなたのレス、一言、一言繰り返し読んでいます。 どんなにか、心細く切なかった事でしょう。 幼いあなたを残して行かれたご両親さまも 心残りだった事と思います。 私の母も生母を7歳の時に亡くしており、 生前「お前たちはこの年まで母が生きていて幸せだ」と よく言われました。 母親を亡くした、母にご近所のおばさん達が優しくしてくれたこと、 母は生涯言い続けていました。 織りえさま、このハンドルネームは「青春の門」から取られたのでしょうか。 まるであの世界と、織りえ様がダブります。 私も貧しくつらい人生であったとしても、今こうして此処に生きており、こうして 織りえ様や多くの方々に、巡り合えた事は生涯の喜びです。 織りえ様の今後の人生が、幸福に満ちたものであることを祈っております。 トピ様、横から失礼いたしました。 書かずにおれませんでした。

トピ内ID:8765169985

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「しぃ」さん。

🙂
もなか トピ主
「切なく遠い記憶」ですね、 と名づけてもキザじゃない、くらい、 良い子供時代だったのですね。 海も山もある、 本当にいいご郷里ですねえ。羨ましい。 お祖父さまの手作りブランコ。 きっと木で作られた、 今思うと、 なんと「贅沢」でしょうか。 もう二度とその景色は見られないというところに、 キュンとしました。 時間は無情に過ぎますし、 なくなるふるさとも。 記憶は宝物。 心はこんなふうに、 いつでも帰ることができる、 そう思ってまた歩きましょうか。

トピ内ID:9849314415

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素敵なトピさん

041
たまご
本当に癒されました。私もトピさんと同じ考えです。 子供達が幸せであればいいなとひたすらそう思います。 ゲームを与えられて子供達は本当に幸せなのか? 等など色々考えてもしまうこのごろ。 純粋な時代って一瞬だし、学びも多くて貴重です。そこで人格は形成されると思います。 そんな一瞬が沢山の温かい心で守られて、素晴らしいものであって欲しいと心から思います。愛は地球を救うって本当にそうだと思います。 個人的には私は子供がいるので、また遊びにおいでねとちやほやします。私に出来る精いっぱいのこと。 子供はどの子も宝物だと思っています。 優しさは優しさからしか生まれないものだと思います。

トピ内ID:9957012917

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「センチメンタル」さん。

🙂
もなか トピ主
大人になるほど「子供の頃」は遠くなりますね。 そして切なくなる、 同感です。 「本当に空を飛んだ」。 私も「センチメンタル」さんはその一瞬、 絶対に飛んだと思います(キッパリ、笑)。 子供時代にはそういう時があると思うのです。 何かを見たり、体感したり、体験したり。 私も幼い日の一瞬、 行ったことのない遠い場所が見えたことがあります。 今よりずっといろんなことに敏感でした。 そして「センチメンタル」さんの可愛い遊び。 土管の中、茜色の空、おばあちゃんのしょうゆ飴、 「センチメンタル」さんが子供の頃見た景色、 感受性豊かな子供時代は、 時々取り出して大事にしたい思い出、感性ですね。

トピ内ID:9849314415

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何気ない日常

041
あの頃
とても素敵なトピですね! レスされている方々のそれぞれの「風景」も素敵。 私は40代女性です。実家の周りの風景は随分変わりました。 私が子供の頃は窓から近くを流れる川が見えましたが、今は建物しか見えなくなりました。  昔は自転車でどこまでもまっすぐ行けたものですが、今では大きな道路が通り、信号を待たないと道を渡れなくなりました。  子供の頃、何気なく見えてたなんでもない日常の景色が今ではとても懐かしいですね。 蓮華草の咲く道、学校帰りに友達と遊びながら歩いた通学路、放課後暗くなるまで遊んだ校庭(その頃は誰も塾なんて行ってませんでした)。 私が子供の頃遊んだり、近所の○ちゃんが犬に追いかけられたりした実家のそばの空き地には大きなマンションが建ちました。 今そこに子供連れのご家族も沢山住んでいます。 その子達は今のこの風景がいつの日か懐かしくなるのでしょうね。 

トピ内ID:2574664897

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田舎での生活

041
ふむ
3歳くらいの頃、子供がかかる伝染病が流行ったころに、父の田舎に1年間避難しました。疎開っていうんですかね。戦時中ではありません。昭和30年代。 九州の田舎でのどかな田園地帯。家で牛やヤギをかっていて、まわりは田んぼだから、小川があり、大きな川あり・・・自然がいっぱい。 よく、小川の魚を覗き込んで、頭から川へ・・・ 今では、その川底はコンクリートになっていて、今なら怪我をします。 カマドで炊いたご飯がおいしく、五右衛門風呂もおもしろかった。 その後、自宅に戻ってからは、帰省するたびに、顔なじみになった田舎のご近所さん(といっても、1軒1軒がかなり遠く、てくてい歩いて)に挨拶に行っていました、子供でしたが。 自宅は普通の町でしたから、この田舎での生活は貴重な体験でした。 我が子にこんな体験をさせてやれないのが、残念です。

トピ内ID:6976341939

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「たまご」さん。

🙂
もなか トピ主
仰る通りですね。 ひとの子供時代は一瞬で、 その頃、温かい心で守られて素晴らしいものであって欲しいと思います。 「たまご」さんは実際そのように行動なさておいでで、 「また遊びにおいでね」ってちやほやしてあげられる余裕。 「たまご」さんのようなオトナに接する子供は、 ご自身の子供さんだけでなく、 子供さんのお友達も幸せです(感涙)。 私自身、 ちょっと変な子供だった私に優しくしてくれたオトナは、 今でも忘れられないですものね。 優しさは優しさからしか生まれない。 「たまご」さんは心の良い人ですね。 「たまご」さんの子供時代はきっと温かいものだったのだと思います。 もしひょっとして、 そうでない子供時代だったなら、 今、ご自身を大事にしてあげてくださいね。 「優しさは優しさから生まれる」ことを知ってる「たまご」さんなら、 きっと、愛情に恵まれた良い子供時代だったと思います。

トピ内ID:9849314415

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お返事ありがとうございます

041
まなみ
前回レスした思い出の風景の場所、今はもうアパート自体がなくなっているらしいです。 らしいですと言うのは小学校高学年の時にその地域から遠くの地域(県外)に引っ越し、以来一度も里帰りを夢見ていますが実現できていないのです。 他にもよく行っていたあのお店がなくなったとかいろいろネットで情報は知ることができるのですが自分の目で確かめてみたい…そう思いながら四半世紀が経ちました…。

トピ内ID:8303684097

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「あの頃」さん。

🙂
もなか トピ主
そうなんですよね。 レスくださるみなさんの「風景」はなんとも素敵です。 本当にみなさん、 ありがとうございます。 「あの頃」さんの「あの頃の風景」は、 より「キレイに整った街並み」になったのでしょうか。 おうちの窓から川が見える風景は風情がありますね、 今は建物がみえるんですね。 ふるさとが大きな町に姿を変えるケースと、 ふるさとが寂しくなるケースと、 そして、 ふるさとがなくなった、 きっと、そういう人もおられるでしょう・・。 「あの頃」さんの子供の頃は、 きっとまだまだ自然があって、 空き地と、友達の笑顔と。 自転車でどこまでもいけた、 というくだりにキュンとしました。 そこに大きなマンションが立ったんですね。 そこで育つ子供さんはいつかそこが「遠く懐かしいふるさと」になる。 マンションから見える景色が原風景に。 そういう移り変わりを想うと、 切ないながらも、じ~んとします。

トピ内ID:9849314415

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「ふむ」さん。

🙂
もなか トピ主
まるで、 久石嬢さんの「summer」という曲が流れてきそうな(感涙)。 ご自宅は普通の町で、 その田舎の生活は貴重な体験だったとのこと、 例えるなら「永遠の夏」と言ってもいいでしょうか。 一軒一軒が遠くて、 てくてく歩いてご挨拶に。 自分のことですが、 母の実家では、 法事の誘いを一軒一軒声掛けした時代があって、 伯母がするその声掛けに着いて行ったことを、 今、思い出しました。 良い事もあったなあ・・(涙)。 お子様はいわゆる「現代の子」。 我々が子供の頃も、 親から「現代っ子」と言われ、 「今の子は自然がない」 と言われたものです。 思うのですが、 きっとお子様なりに、 子供時代を作っておられるとおもいます。 子供にとっては、 郷里の風景には、 親やオトナ、友達が必須ですから。 親やオトナ、友達が、 「自分のふるさと」そのものにもなりますよね。

トピ内ID:9849314415

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「まなみ」さん。

🙂
もなか トピ主
再度のご丁寧なレスありがとうございます。 ふるさとから離れると、 親が住んでいる実家やお墓がない限り、 土地自体に戻って生家の周辺の様子をみたり、 通りを歩くことは滅多にないですよね。 わかります。 今はネットがありますから、 何となく、 「過疎になった」とか、 「大手ショッピングセンターができた」とか、 ふるさとの様子を感覚としてつかめますけど、 そう思いながらなかなか・・、 と仰る気持ちよくわかります。 ふるさとを離れて生きていくおとなにとってのふるさとは、 心のなかにあるんですね。

トピ内ID:9849314415

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主さま、少しだけ前を向けました

041
しぃ
私のレスにまで丁寧に感想をいただいて、たった今それを読んで少しだけ前を向く事ができたような気がします。 二度とその景色が見られないのは、自分が大人になったから・実家を遠く離れた土地に嫁いだから、という変化もさることながら、もうその景色そのものがないのです。 私の実家は東北の海の側です。 今はどこまでも見渡せる、けれど何もない空間と、新しくつくられた瓦礫の処理施設のみ。 誰にも文句も言えず、どうしようもない悲しさ・悔しさで今でも涙が出る事があります。 大好きでした。無くなってみてそれがわかりました。 祖父が作ってくれたロープで板きれをしっかりと結んだブランコ。一生忘れずに歩いていこうと思います。 主さま、ありがとうございます。 素敵なトピを見つけられた事、素敵な主さまに出会えた事に感謝します。

トピ内ID:0803011828

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トピ主です。「しぃ」さん。

もなか トピ主
お返事が遅くなってごめんなさい。 ご丁寧にありがとうございます。 「二度と見られない景色」という「しぃ」さんのレスをいただいて、 「もしかしたら、その場所ではないだろうか」と思い、 せめて、 「ふるさと自体がなくなる人もいる」とお返事させていただいたのが、 精一杯でした。 やはりそうでしたか・・、 と思いました。 本当にごめんなさいね、 辛いことを思い出させて。 当時は心が潰れるほど泣いたことでしょう。 今でもお辛いことでしょう。 「しぃ」さんのふるさとの変化は、 通常の郷土開発ではないんですものね。 「日本が揺れた」というくらい、 とにかく重大だったことなので、 何年経っても、 良い慰めの言葉も私はもちませんが、 「しぃ」さんが幼い頃を忘れず歩いていくと思ってくださったことが、 ありがたいです。 「しぃ」さんは良いおじいさまに愛されて、 あたたかい良い環境で育ったんでしょうね。 お辛いのに、 私を救ってくれるレスをくださり、 私のほうが御礼申し上げます。

トピ内ID:9849314415

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