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歴史は勝者が作ったものは本当か?

レス74
(トピ主 6
041
hikoki
話題
よく、「歴史は勝者が作ったもの」と言いますよね。勝者が歴史を書くため、敗者は悪者に書かれるか、なかったものにされるので、我々が知らされている歴史は正しいわけではないと。
場合によっては、そういう言い方で、自分が歴史上の出来事を知らないことを正当化したり、自分の勝手な歴史的解釈を押し付けてくる人もいます。
一般的に言って、上の命題は正しいのでしょうか。
もしそうなら、源氏に破れた奥州藤原氏や、織田信長に破れた甲斐武田家の歴史や、明治政府軍に破れた会津藩白虎隊の話なんか残ってないはずなのですが。最終的には滅びても、決して悪者として描かれてはいないような歴史上の物語はたくさんあると思います。

「歴史は勝者が作ったもの」とは、外国の歴史のことなのでしょうか、それとも日本史にもあてはまるのでしょうか。
あるいは、現在伝えられている歴史に疑義を唱える方便なのでしょうか。
個別の歴史的事象をいっているわけではなくて、あくまで一般的な命題としてお聞きしています。

トピ内ID:1851288303

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秋深き隣は何をするひとぞ

041
おやじ
>秋深き隣は何をするひとぞ 隣の人が何をしているのかも分かりません。 ましてや、日本全体となると、とてもうかがい知れません。 昔の人が何を考えていたか、思いも付きません。 >歴史は勝者が作ったものは本当か? 本当の歴史の姿など、仮に設定することも不可能に思えます。 >源氏に破れた奥州藤原氏や、織田信長に破れた甲斐武田家の歴史や、明治政府軍に破れた会津藩白虎隊の話 源氏は、武家政権の始まりとしての鎌倉幕府創立、織田信長は、近世日本の始まりとしての江戸幕府の鳥羽口、明治政府は、近代日本の幕開け、そのような位置付けで、決して勝者云々ではないと思います。 但し、 >歴史は天使だ とローリー・アンダーソンが歌っているように、奥州藤原氏、甲斐武田家、会津藩白虎隊の事も、歴史は忘れ去る訳ではありません。 「明るさは滅びの姿であろうか」 と問うた太宰治。 壇ノ浦で一族もろとも滅びた平家。肉親の相克で衰退して言った源氏。いづれが勝者。 分からないことのように思います。

トピ内ID:3165450445

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誤った認識が流布されたもの

041
おやじ
>個別の歴史的事象をいっているわけではなくて、あくまで一般的な命題としてお聞きしています。 滋賀県佐和山の麓に、石田光成公居城跡の案内がありました。 また、広島県宮島には、清盛神社がありました。 個別の歴史的事象としてではなく、”歴史は勝者が作った”と言われるものとは別に、人々の中に歴史は存在し、その重なりが現在を作り上げていると考える方が、妥当だと思います。 だから、会津藩を明治政府がいくら賊軍呼ばわりしようが、白虎隊の話が受け継がれていくのだと思います。 私の結論。 >「歴史は勝者が作ったもの」とは、外国の歴史のことなのでしょうか、それとも日本史にもあてはまるのでしょうか。 あるいは、現在伝えられている歴史に疑義を唱える方便なのでしょうか。 「歴史は勝者が作ったもの」は、外国の歴史にも日本史にもあてはまらず、歴史に疑義を唱える方便でもなく、誤った認識が流布され、あえて異を唱えるまでもないため放置されているもの。 そう思います。 折口信夫の「僕は現在を映し出す視点として起源を考える」を歴史に置き換えて考えるのが有効と思います。

トピ内ID:3165450445

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あると思います

🐤
きなこ
甲斐の馬は小柄で武田の騎馬隊なんて作るのは不可能だとか… 桶狭間も戦いの跡が伝わっている歴史と合わなくて、話を盛っているんじゃないかとか… 色々言われていますね。 信長を英雄として祭り上げる為には、敵が強い方が都合が良いから、という考えもできますよ。 近代の歴史ですら、国や立場によって歴史観はあやふやなのに、古い歴史なんて真実はわかりません。

トピ内ID:4982491957

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本当です。

041
通りすがり
要するに、歴史を自己正当性に利用しようとするとそういうことになります。 日本の戦後史を自虐敵だとして正しい歴史認識をなんとか言うと、今ある自分を正当化するために過去を利用して自己正当性を主張することになるのです。 まぁ、歴史なんて立場の違いでどうとでも解釈できるものです。 要は、その解釈は何が目的で、その解釈を適用するとどんなメリット&デメリットがあるか?が重要だと思いますよ。 >明治政府軍に破れた会津藩白虎隊の話なんか残ってないはずなのですが 残ってなかったですよ でも、そのうち忠義とはどういうものか?と問われたときに、会津藩白虎隊の話に利用価値があるので利用価値を見出されただけです

トピ内ID:2336044382

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公文書での歴史と文学に残る歴史

041
ひろ
公文書に公式記録として書かれた歴史は、やはり勝者視点で描かれるでしょう。 公式記録以外の生の記録がどれくらい残っているかが大切なのだと思います。 日本の場合は ・歴史資料としての文学作品が多い(ただし史実と一致している保証はない) ・個人的な日記が豊富で歴史資料になっている(源平の戦いなどは当時も政権担当者であった藤原氏の日記が中立視点でもあり最上級資料になる) ・手紙も多い など、条件がそろっているので多角的視点での検証がしやすいと思います。識字率の高さは本当に武器です。 しかし明治以降の歴史は主にまず教科書で学びますから、勝者視点は回避できないと思います。 公式記録しかない国の場合は、客観的な事実関係の検証は難しい部分もあると思います。

トピ内ID:4619597515

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勝てば官軍みたいなもの?

041
相談員
一般的には正しいでしょう。 今でも勝者の言葉の方が、敗者の言葉より大きい影響力を持ちますよね? 「場合によっては」の一文はよく分かりませんが、命題としては正しいと思います。 時代が変わって、歴史の見方が変わることもあります。 歴史の見方が変わって、弱者の話や勝者の問題も見えてくるでしょうが、敗者が滅亡したケースは勝者の話しか分かりませんよね。 歴史的出来事が起きた当時、源平の時代の人は、恐らく分別なく勝者の歴史を信じていたでしょう。 というわけで、命題は正しいと思います。

トピ内ID:4163655368

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物語は庶民が語るものです

041
スプーキー
その時代の為政者が命じて書かせた歴史書は、その為政者の好みにある程度沿った書き方をされると思います。 しかし、実際に執筆に当る歴史学者たちは、できるだけ客観的に史実に沿って書こうと努めます。(例:司馬遷) そして為政者と無縁な庶民たちは、勝手に伝記や伝承を作ります。 芸として語られる物語は、より語りやすく、より劇的に、より美しく、史実の枠を超えて脚色されていきます。(例:平家物語) 聴衆は悲劇的な物語に感動しますので、敗者側をモデルにした物語がたくさん作られるのです。 為政者はこうした庶民の口に戸を立てられません。 もてはやすことまかりならぬ、と怒っても、庶民は登場人物の名前をちょいと変えたりして、 「これは絵空事で実在の事件とは関係ございません」 ととぼけたりするんですから。(例:忠臣蔵) 一般人が気軽に日記を書いたり、本が商業出版される時代には、民間の記録や物語がたくさん作られて残ります。 紙や筆記用具が貴重品で、気軽に物語など書けなかった時代には、文書として残る歴史には為政者の意志が色濃く繁栄されたことでしょう。 こういう時代の敗者側の歴史は民間伝承に残るのみです。

トピ内ID:9188978293

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その可能性はあると思います

🍴
ちょこちょこ
歴史って伝道者の思惑ひとつ・・・って処はあるのではないかと常々思っていました。 ただ真実はその時代に生きてこの目で確かめた訳じゃないので、もちろん推測ですが。 例えば自分より身分が低い人の手柄を権力で自分のモノにしたとか、情報操作が 行われていた可能性はなくはないと思います。 日本に限らず外国でもそうではないでしょうか。 醜悪な事案であっても美談に書き換えられる・・・そんな事は可能だと思います。

トピ内ID:0102489418

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勝者側視点のバイアスはかかるものと思ったほうがよい

041
あれっくす
一般的には歴史認識に勝者側目線のバイアスがかかりやすと考えたほうがいいと思います。 歴史的事実のすべてが、勝者側の記録のみで、後の世に伝わっているわけではないので、敗者を称えたり悼んだりする見方があるからと言って、「勝者バイアスがない」という根拠にはならないと思います。 敗者の記録が勝者によって葬られるとするならば、それはわれわれに知りようがないわけで、ひとつの生き延びた敗者の記録の影に、10の失われた敗者の記録があるかもしれません。それは大袈裟としても、たとえば奥州藤原氏の栄華は、歴史を通じてもっと評価されてもよかったかもしれないのです。 一方で、勝者バイアスがあるからと言って、通説のすべてに懐疑的になるというのもおかしな話です。通説に反する、自説を唱えたいなら、それ自体に相応の根拠が必要なはずで、勝者バイアスがかかりがちである --> 通説はすべて誤り --> 自説が正しい、というひとがいたらそれはとんでもない論理の飛躍です

トピ内ID:0150547950

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どちらも正しく、どちらも間違っている 

041
ラブラドール
一方が滅び、一方が勝ち残れば、負けた方は何も言えないのですから、公式記録の様な物では、勝者にとって都合の悪い事は改ざんされたり、無かった事にしている事は多々あると思います。 ただ、日本に伝わる歴史、史実には、勝者発信の公式記録だけでなく、敗者周辺の誰かの書いた日記や書簡などが元になっている場合も多く有ります。 民衆に語り継がれたお話も「勝者=支配者の機嫌取りの為、実際以上に持ち上げた話をする事」により、実際とは違った形で語られるのも珍しくないでしょう。 それに対し、日本人が古くから潜在的に持っている「滅びの美学」と言うか、「判官びいき」と言うか、敗者・滅亡者を殊更美化し語り継ぐ事を好む習性もあります。 また、力を持つ支配者に表立って反抗は出来なくても、敗者を「善」として語り継ぐことで、一種のレジスタンスの様な心理になっていたのかもしれません。 >自分の勝手な歴史的解釈を押し付けてくる人もいます。 これは、その方が人間的に問題が有るだけです。 物事には、表と裏が有る事を理解されていないか、ご自身を絶対的な善と信じておられるのか…。 とにかく、広い視野を持つ事です。

トピ内ID:8044375142

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肌で触れる

041
おやじ
司馬遷が引用されていたので、便乗させて頂いて。 司馬遷は、父・司馬談の意向により、大学で学んだ後に、中国全土を旅します。 歴史の背景にある風土に肌で触れるためです。 アラブ世界では、イスラム教の教え(神の前では皆平等)にも係わらず、部族世界が色濃く残っています。 ヨーロッパにおいても、キリスト教の教えとは別に、ケルト神話等に示される古ヨーロッパの価値観は残っています(サンタクロースもその一つ)。 日本でも、仏教の教える解脱とは関係なく、先祖に対する信仰のようなものが残っています。 ですから、うわべの”勝者”なるものが歴史の主役である訳ではありません。 古代においては、王は、不作の時は殺されてしまうような存在だったのです。 今でも、「政治家、落選すればただの人」なる言葉があるくらいですから。 この地球上で生き死にした全ての人の意識・無意識の集合が人類の歴史というべきでしょう。 ヨーロッパが何の関係がある?バッハやモーツアルトの”子孫”が日本にも多くいます。

トピ内ID:3165450445

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それは一時的にはそうなったとしても

🎶
穴熊
特に戦時中は、戦意高揚のためにそういったことが積極的に行われることでしょうけど、歴史学者や真実を突き詰めて調べたい人たちは、公平な立場で調査発表されると思います。 それが時間的に古い過去であればあるほどに 真実を掘り起こそうとされると思います。

トピ内ID:8322927020

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日本史と中国史では少し違うかな~

041
歴女
例えば甲斐武田が悪者になっていないのは・・・ いろいろ説はあるでしょうが、織田が武田を簒奪したのであれば、武田を悪としなければ都合が悪い でも、実際は武田が攻めてきて織田が迎え撃ったのがきっかけ しかも井伊の赤備えと言われる軍団を作っています 元武田の家臣を召抱えているのですから、武田をあまり悪者にすると、身分が危ういと裏切りかねない。 それよりも武田信玄すげー 勝頼がアホやから滅びたけど、家臣だった奴らは強いぞー としておいた方が、戦国時代は都合が良かったのだと思う さらに言えば信長は信玄にへりくだって贈り物とかしていた時期もあったので、信玄がすごいということにしておかないと、信長がヘタレになってしまいます 一方、中国は早々に秦が全国統一 その後、漢帝国が長い間統一していました 特に攻めてこられた訳でもないのに戦争をふっかける 理由がいります 暗愚な君主のせいで役人が圧制 酷ければ酷いほど大儀が立ちます そして実際勝利すればことさら大げさ大儀ある行動であったと宣伝し、国民に支持されるようにするのです。 こんな差があるのではないでしょうか?

トピ内ID:2045408135

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記録の濃淡

041
勝手な解釈
世紀の大発明、紙が発明される以前は竹簡に記録されていたことはご存知かと思います。 大変に場所を取り、蔵のあるようなかなり大きな家がないと、おいそれと記録として残すことはできません。 もう国家レベルじゃないと保存は困難 青史に名を残す=国家に認知されるということです。 だから新しい国家や政権が誕生すると、新しい国家の青史しか残らない 新国家の都合の良い歴史が残るのです 前の国家が立派だったら、倒してしまった新国家は悪人になっちゃいますものね だから歴史は勝者が作る、は成立していたのだと思います で、10世紀には宋や明で出版が盛んになるほど紙は身近なものになります 保管に場所を取らないので、国家が歴史となる書物を保管する他に、民間でも記録として残るようになります 日本の場合、歴史がはっきりしだした時には紙なんかとっくの昔にある 奥州藤原氏12世紀、武田の滅亡、白虎隊なんて中国史の長さに比べたらついこの前の話 民間にも山ほど記録が残っており、国家が何と言おうと否定できる記録があるのです 紙が一般的になった後は、歴史はその場の雰囲気が作っています(笑)

トピ内ID:0739521310

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勝ったとは決勝で勝ったということ

041
yai
最終的に勝利者になった人は決勝戦で勝ったということです、 負けた人は準優勝と言うことです、 すなわちそれ以前に負けた人は歴史に残りません、 その意味で負けた人は歴史には残りません、 せいぜい準優勝まで勝ち上がった人までです、 その意味で必然的に歴史は勝利者が作るものです。

トピ内ID:8580894224

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古事記、日本書紀

041
らんらん
古事記、日本書紀はまさに そうですね。 敗者の記録は残せなかったのは、明らかですよね。

トピ内ID:5901372197

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勝者が書いた文書だけで歴史ができているわけではない

041
セイウチ
勝者が編纂した歴史書だけを見れば、その通りだと思います。 が、歴史は勝者が書いたものだけを参照してできているわけではありません。 どの時代も敗者が書いた文書や、反権力側の人間が書いた文書はあります。 評論の部分はさておき、事実を書いた部分についてはむしろそれらの方が 真実を書いている可能性が高いのではないでしょうか? 何せ、非公式だから嘘を混ぜたり見栄を張ったりする必要がないわけですから。

トピ内ID:0931870332

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そうですねえ

今日は雨
>勝者が歴史を書くため、敗者は悪者に書かれるか、なかったものにされる この認識が違うのではないでしょうか。 勝者が国の体制、規則、政策、すべてをつくるのです。 それらは人の生活を、人そのものを変えます。 かなり小さい話になりますが、今の日本を見たって、選挙で「勝った」政権がそれらを行ないます。 勝った政権が、日本のかたちをつくるのです。 もっと大きな歴史の話なら、敗者は、文明的に、あるいは軍事的に劣っていたから負けたんです。 でも、負けたほうも人間です。 彼らの思いや彼らのやり方がありました 彼らを人間として救うのが「物語」です。 でも、彼らは「国のかたち」をつくることはありません。 負けたんだから。 日本の場合は、同じ日本人同士だから、敵を全員言いなりにするとか、ちょっとでも逆らったら普通の人でも皆殺しとかはありませんでした。 だから「物語」という情緒的なものをうみやすかったという側面はあるかと思います。 面白いトピをありがとう。

トピ内ID:6705072895

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そうだと思います。

041
おせっかいおばさん
楽しいトピをありがとうございます。 何年か前にNHKで、蘇我入鹿邸宅跡発見発掘の特集をやってました。 私たちが習った歴史の内容とは相当違っていて、びっくり大興奮でした。後の藤原氏が蘇我氏を滅ぼす理由が正史とされてきてますからね。 ご丁寧に日本書紀、古事記以前の歴史書も握りつぶして現存してませんし。自分たちに都合よく書き換えるため以外、ないでしょう。 紫式部が光源氏に「歴史書に真実はない。物語にこそ真実が隠されている」と言わせていますが、歴史的事件の現場にいたからこそ言える意見だと思います。 それで権力者に抹殺されたのでなければよいのですが。 でも日本は土中深く遺跡や歴史的証拠が埋まっていますから。今回のように正史とされてきた内容が、覆され詳細が明らかになるので歴史オタクにはたまりません! 私にも掘らせて~!

トピ内ID:6940880595

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歴史を「情報」と捉えてみると…

041
なゆた
森羅万象全てのことを把握して記録に残すことは無理であり(寧ろ、記録に残すことが出来るのはほんの一部であると考えた方が良い…)、情報は作った人が目的を持って作っている(所謂バイアスがかかっている)と見た方が良いです。又、特に戦いがあったり、支配・被支配関係が変わったりした場合、勝者は敗者に関する情報そのものを全て抹殺してしまうことも歴史上多々ありました。 だから、発掘調査、眠っていた文書の露見、或は、今の時代であっても「新証言」により、新たな事象が発見されると、歴史認識が変わることがありますよね。 歴史の勉強は本当に大事だと思いますが、「歴史とはそういうもの」との「冷静な視点」も重要と思います。 絶対化しないことです。又、様々な角度や立場から見ることが重要と思います。例えばですが、石田三成の評価は、観る人の立場や視点で随分異なりますよね!

トピ内ID:4034347455

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実際そう思う。

🐷
ぷに
当方無学だし、 理屈も言えませんが、 現代の政治も、 子供の喧嘩だって、 多数派が正解のようなところがある。 勝ったほうが正しい、 みたいなのは、 今でさえも、そうなのだから、 昔はもっとそれが当たり前だったんでないの?

トピ内ID:5216468780

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ひろさんに1票

041
影丸
公式な記録と言っても そこにはやはり主観と言いますか 誰に、どう思われたいか的な感情が入りますからね。 戦中戦後の認識でも、アジアの中では違いが争われているのです。 ましてや記録の少ない時代では当然、色々な思惑が入り乱れているでしょう。 公式な記録は勝者が作るので、本当の史実(実際に起こったこと)と違って当然ですよ。 例えば、邪馬台国はなぜ日本書紀に出ていないのか?とか 忍者の活躍した公式記録が少なすぎる問題とかね。笑

トピ内ID:5425789099

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そうだと思います

041
しましま馬
歴史は全く詳しくないので、ただの感想ですけど。 高齢の方の回想録や、外国の本などを読むと、 「無いことにされた事件や場所」 というのは多いと感じます。 負の歴史を残すか否かというのは、国々によって考え方が違うようです。 昔の日本は、基本的には、記録として残す考えだったように思います。 ただし、たとえ藩主を暗殺したとしても「病死」と書くように、 残った側に有利な記録になっているのは、間違いないでしょう。 死者に口なしですから、敗者に罪をかぶせることも可能です。 それが、国内の平穏につながるという考えも、あったかもしれません。 敗者の記録が残っているのは、勝者の余裕もあるのではないでしょうか。 勝敗は決しています。 頭を打ち取れば、刃向ってくることもありません。 国民性もあると思います。 日本人は「もののあはれ」的なものに、ジーンときちゃう性格なので、 悲劇は「娯楽」として、重宝されたのではないでしょうか。 形としては、歌舞伎などですね。 それでも、取り締まりは厳しかったようです。 手鎖とか、江戸払いとか、よく出てきます。

トピ内ID:0583189512

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物語によるイメージ

041
史実評価
楽しいトピを有難うございます。 歴史観って後の物語で評価が変ったりしますよね。 松の廊下事件だって、後の仮名手本忠臣蔵で真実とはかけ離れた事が、面白いってんで事実みたいになっちゃってますよね? 吉良町では吉良上野介は名君だし、実際、治水に成功して農業生産を安定させたという大きな実績を持っています。 賄賂を貰っていたと言いますが、当時、教えてもらう=授業料が必要、そんな時代です。 それをけちった浅野家の江戸家老の罪は重く、ウソの報告を見抜けなかった浅野内匠頭がマヌケで、しかも饗応役を全うできなかった。 それを忠臣蔵で正当化されてしまった。 三国志も三国志演義でイメージが変ってしまっています。 能力主義者の曹操が悪者で、民のためと言いながら自己実現のために無用の戦争をし続ける劉備。 そして戦争を長引かせたゲリラ戦の天才、諸葛亮。 地方のゴロツキ親分の孫権。 曹操が悪者でその他英雄多数とかどないやねん!(笑) 曹操もマンガで地位復活したようですが・・・ >歴史はその場の雰囲気が作っています(笑) 大真面目に(笑)を取り去っても良い意見だと思います

トピ内ID:2014826071

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皆様どうもありがとうございました。

041
hikoki トピ主
この時点で23件のレスをいただきました。 個別にお礼を書いているスペースはありませんが、皆様どうもありがとうございました。 やはり、歴史は勝者よりのバイアスがあるというのが大方の見方ですね。 その上で、少数ではあるが敗者の歴史も残る場合もある、ということですね。 あるいは、その事象が起こった直後にはなきものとしていたが、後年遺跡の発掘などで再認識されるようになったということもありますね。 そういう意味では、現代史などはまだ勝者側のバイアスが大きくて、あと100年くらい経つと評価が変わるかもしれませんね。 また皆さんの意見から考えると、現代の識字率はほぼ100%であり、かつ、紙も筆記具もふんだんにありますから、昔よりずっと勝者バイアスの少ない歴史が残っていくのでしょう。

トピ内ID:1851288303

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再びありがとうございます。でもちょっと混同があるような。

041
hikoki トピ主
トピ主です。 私にはわからない意見が、歴史と物語を混同されている意見です。 (1)歴史は勝者が書いた。(2)物語(伝承や歌舞伎)は敗者よりのものがある。(3)よって歴史には勝者よりのものばかりではない。 という三段論法は成り立たないと思います。 私が最初に出した3つの敗者の例は、伝承ではなく証拠や資料の存在する歴史として認識されています。 記録に残っている事象や証拠から確証を持って言えることと、 歌舞伎などの物語で描かれている人物像や台詞やストーリー展開を混同するのはどうかと思います。 物語を真の歴史として日本人が信じているのかどうか、私には分かりません。 しかしもしそうなら、水戸藩主が諸国を漫遊して悪代官を懲らしめたとか、 桜吹雪のいれずみをした奉行が悪人を退治したというのも、歴史といえるのでしょうか。 徳川幕府に実際は「副将軍」という職位があったが、それは権力者にとって都合が悪いから歴史から消されてしまったのでしょうか。 歴史の真実が物語に残るというのなら、今から百年位後の日本人は、「昔の物語に語られていたから、きっと『副将軍』って存在したんだよ」と言っているかもしれませんね。

トピ内ID:1851288303

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生き残った人々が記録を残し、時々の権力者がそれを評価する

041
カメゴン
日本の歴史では、敵の命を奪ってもその一族皆殺しまではあまりしません。 ☆奥州藤原氏は滅亡しましたが、子孫は流されたり分家したりしつつも生き残りました。 ☆会津藩白虎隊も唯一の生き残りである飯沼貞吉さんが手記を残さなかったら悲劇の真相は永久にわからなかったでしょう。 ☆甲斐武田は信長と家康によって滅ぼされましたが、子孫は生き残り、江戸時代に高家武田家として再興を果たしました。 このように生き残った人、経験を語った人によって記録は残されていきます。 また、歴史の評価に関してはその時々の権力者によって大きく左右されます。 石田三成は、江戸時代では家康に弓を引いた極悪人、明治新政府では豊臣家を守ろうとした忠臣。 足利尊氏も、室町・江戸時代では武家社会を作った偉人、明治新政府では天皇家に弓を引いた極悪人。 結論を言うと、祖先の歴史や自らの経験を記録し語り継ぐ人がいる。一方でそれらの記録や証言を掘り起こし自分の都合の良いように取捨選択する権力者がいる。 我々は、それら多くのフィルターを通した歴史しか触れることしかできないため「歴史は勝者が作ったもの」と言われるのではないでしょうか。

トピ内ID:3108476585

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一つの感想

041
おやじ
あくまでも、私の受け止め方です。 >民のためと言いながら自己実現のために無用の戦争をし続ける劉備。 中国には、支配者の論理である儒教と、民の論理である道教が、常にせめぎ合っている印象があります。曹操が儒教の思想を背負い、劉備が道教の思想を背負っている、のではないかと考えています。 >地方のゴロツキ親分の孫権。 黄河流域の中原に対し、揚子江流域で独自の文化を気付いてきた南方中国が、南京を都に王朝を形成するきっかけを作った偉大な人物と評価しています。 >戦争を長引かせたゲリラ戦の天才、諸葛亮。 確かに、その側面はありますが、あっさり魏に天下統一を許せば、その後の歴史は単調なものになっていたと思います。 三人の天子が並び立つ、この事は、中国大陸の人々に新たな認識を持ち込んだと思います。 孔明の自分の理想を実現しようとする姿は、人々に開放感を与えたと思います。 ことほど左様に、「歴史は勝者が作ったもの」と単純化することは出来ないと思います。

トピ内ID:3165450445

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戦史ってこと?

🎶
朝刊マダム
戦史とそれ以外に分けて考えた方がいいのかなぁと思う。 例えば奥州藤原氏などは戦史的には最終的に敗者だけど、文化的に繁栄した時代があったと思う。 戦史は勝者により綴られて、それ以外の文化や経済的、自然に関する物語があり(勝者、敗者関係なく作成)時間がたつにつれて複合的に混ざってきたのかなぁ。 戦史だけをみれば勝者が作った可能性は高いよね。 昔むかしは、戦場ジャーナリストも国連もなかったしね。第三者の目がなさそうだよね。

トピ内ID:9313286989

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事実は存在しない、ただ解釈のみが存在する

041
そもそも
歴史に限ったことだけじゃないですけどもね。 世間で「事実」とされていることは、世間を形作る人々の「解釈」で成り立っているものだと思うんですよ。 だから、「歴史は勝者が作るもの」ということに関しても、勝者が語る歴史は勝者側の解釈で語られるでしょうし そのような文献が残るでしょう。 ただ、それを後の世で敗者側の立場から解釈し直してみると、全然違うストーリーが見えてくる場合があるということだと思います。

トピ内ID:1492346645

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