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「どっきり花嫁ーわが母与謝野晶子」

レス13
(トピ主 5
🙂
飴だマン
話題
という昼ドラに出演していた俳優さんを思い出しております。
調べると昭和57年(1982年1月から3月)までの短期ドラマでした。
加藤治子さんが主人公の姑である、与謝野晶子を演じています、

与謝野家に嫁いだ、
今で言う本物天然系のんびり屋のお嫁さん、
(与謝野馨氏のお母様だとトピ主は後に知る)が、
あの与謝野家の人たちと交わっていく、
アットホームで良質なドラマでした。

今回思い出したいのは、
主人公の夫(秀)の、
弟役の俳優さんです。

当時30歳くらいでしょうか。
どなたかご記憶にないでしょうか。

トピ内ID:0223058756

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レスします

041
通りすがり
中島久之さんですね

トピ内ID:1981192384

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通りすがり様。

041
飴だマン トピ主
ドラマを覚えていてくださってレスくださり、 ありがとうございます。 中島久之さんは主人公の夫の役をされていました。 今回思い出したいのは、 中島久之さんの役の、弟の役者さんなのです。 時代もあり子供を多く生んだ晶子、 そこに嫁いだお嫁さんのドラマなので、 ドタバタ系だったのですが、 姑の晶子を「お義母様お義母様」と慕う良いドラマの記憶があります。 ごめんなさい、 ありがとうございました。

トピ内ID:0223058756

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なつかしい!

041
るるの
毎日とても楽しみに見てました! 当時大学生だったのですが、これみたさに昼の講義に行けなかったくらい、、、 冒頭の与謝野晶子の短歌も良かったですねぇ。。 また、加藤治子さんがとても品の良い晶子でした。 DVDにはなってないですよね。残念!!

トピ内ID:1310774795

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私も見てました。

041
りれこ
高校生の時で、確か冬休みが終わる2,3日前に始まったんですよね。 最初の、2,3話を見てました。 その後、試験休みとか、風邪でお休みした日とかに、みた気がします。 深水真紀子さんっていう女優が主演でしたよね。 中島久之さんがご主人でしたねー。 弟さんを演じてたいた俳優さん、顔は覚えています。 その後も2時間ドラマに、脇役で、ちょこちょこお見かけしました。 ごめんなさい。私も名前が思い出せれません。 でも、牛?のような感じが名前についていませんでしたっけ? たぶん、○○郎のような名前だった気がします…。 何のお役にもたてず、申し訳ありません。 懐かしかったので、ついコメントしたくなりました。

トピ内ID:3659163153

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連投です。

041
りれこ
内田喜朗さんではないですか?

トピ内ID:3659163153

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るるの様。

🙂
飴だマン トピ主
懐かしく思い出してくださりありがとうございます。 加藤治子さんの品の良い晶子は、 おぼろげですが記憶にあります。 主人公の道子にも子供ができますが、 「男の子だと思う、今度は女の子だと思う」などと、 男女の性別を見事当てていくのですが、 最後の懐妊の時は何故か予想しない晶子。 「生まれるときは自分はこの世にいないと感じていたのか」 と述懐したナレーターを覚えています。 るるのさんが講義すっぽかすほど良いドラマだったのですから、 名作ですよね。

トピ内ID:0223058756

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判明しました!内田喜朗さん。りれこ様。

🙂
飴だマン トピ主
もう小町住民さま、天才なんだから(狂喜乱舞)。 りれこさんの書かれた「内田喜朗」を拝見しますと、 確かにこういうお顔立ちでした。 この方と思います。 ちょっと姫野達也に似て。 晶子の次男の達の役でしょうね。 素敵だったのは、 見合い相手の女性か、後に結婚する女性から、 道端で与謝野宅を聞かれ、案内しましょうと歩き、 家に着きずかずか入っていく、達に女性が驚くと、 「僕の家はここですから」とそっけなく。 インターネット百科事典の経歴にはこのドラマは載ってないのですが (載せれば良いのに、名作だよ)、 主だった活躍時期に合致するし、 年齢的にも合致します。 主役の深水真紀子さんの現在はプロデューサーでいらっしゃるんですね。 カッコイイ。 本当に本当にありがとうございました。

トピ内ID:0223058756

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お詫びと訂正です。

041
飴だマン トピ主
内田喜郎さんは、 「朗」でなく「郎」の漢字でした。 お詫びして訂正致します。

トピ内ID:0223058756

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加藤治子さんにご冥福を...

🐧
名無し
加藤治子さんの訃報に、治子さんを知るきっかけとなる「どっきり花嫁」をたどるうちに、このサイトにたどり着きました。33年前子供ながらにドラマにハマってしまいビデオデッキもない当時にカセットテープに音源だけですが、4女の縁談を承諾しなかったため養父母のもとへ家出のシーンあたりから、与謝野晶子が脳溢血で倒れて半身不随、死去、太平洋戦争、疎開、ラストの家族揃ってフランスに赴任までがあり、到底DVD化されることはない今となっては、宝物になってしまいました。長男から三男(光、秀、麟)以外は偽名での設定になっているようで中島久之さんの大ファンだったと言う、女優初主演?とは思われぬ深水真紀子さんの演技が秀逸だったのをいまでもテープを聞くたびに思い出します。ドラマの設定上で与謝野秀、道子夫妻と後半終わりまで関わった、4女4男役の大塚良枝さん内田喜郎さんも印象的でした。しかし与謝野晶子を演じる加藤治子さんの教養、品格、周りを包み込む様な暖かさが昼下がりの茶の間にヒットしたのだと思います。「テュルル、テュルル、ル-、パッパー」のスキャットのオープニングに急須、卓袱台と昭和初期を思わせる映像が懐かしいです。

トピ内ID:3262471253

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ついでに

🐧
名無し
内田喜郎さんのお尋ねが過去にありましたので。内田さんの役は与謝野晶子の4男(与謝野盛・さかり・役名)の設定で航空機と製造の技術職(戦時中?)で晶子曰く音楽(ピアノが弾ける)絵に興味があり、料理が得意(オムレツを作った)で芸術筋で出世はしないですね..と言ってるシーンがあります。以前投稿のレスは4男・盛が妻となる晶子が講師を務める文化学院の助手をしている、美惠子との出会いの場面です。ちょうど5男(学・役名)が結婚間もない場面で半身不随で病床の晶子を見舞いに両手いっぱいの本を抱えた美恵子が道すがら、盛に「手伝いましょうか」と声を掛けられたどり着いた先が、晶子の家(4男・盛の家)で「ここで結構です。お陰さまで助かりましたわ、遠回りをしていだだいとのでは?」「いいえ」(盛が家の門を開けて入って行く)美恵子が与謝野家の門をくぐる盛に慌てて「あのぉ?」「僕の家です」「まぁ~」のやり取りシーンです。その後にとんとん拍子で結婚になります。この後の印象的な場面は、敗戦後、道子の疎開先の軽井沢にコメとカレー粉を持って訪ねたり戦後に帰京の際は道子夫妻、盛夫妻と同居生活中、妻美惠子の出産に道子が手を尽くします

トピ内ID:0099560650

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「名無し」様。

🙂
飴だマン トピ主
表示出ないかも知れませんがトピ主です。 貴重な記憶と記録、 披露してくださり、 またご丁寧にありがとうございます。 子供の私が視聴した当時、ロマンチックに感じていた、 盛さんが美恵子さんの荷物を持つシーン、 それをこうして再現してくださり、 夢のようです。 内田喜郎さんはかっこよかったんです。 もう引退された俳優さんですので、 言及は控えるのが嗜みと思いますがご容赦くださいませ。 「名無し」さん、 このトピを選んで書き込んで下さりありがとうございます。 ほんと、 なんとか再放送できないものでしょうかしら。 与謝野晶子演じた加藤治子さんのご冥福を、 皆様とともに静かにお祈りいたします。

トピ内ID:0223058756

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与謝野道子さんの本

🐷
キョロキョロ
当時高校1年だったので夏休みに観た思い出があります。 その頃与謝野道子さんが自伝的なエッセイの本を何冊か出していて 母が買ってきていたので読んだ記憶があります。 道子さんは色黒と本に出ていたのに道子さん役の女優さんが色白なのに「?」 となりました。 与謝野晶子という女性はもっと激しさを内に秘めた方のように感じていたので 加藤治子さんの与謝野晶子にも「?」だったのですが 父が「与謝野晶子はこんなに美人じゃなかったろうし、おっとりとした品の良さもなかったかもしれないが、今生きてる人の中で、与謝野晶子の実生活を知っている人はもうそう多くないのだよ。この様だったかもしれない明治の偉人の一人さ」 と言われたのを覚えています。

トピ内ID:5197198454

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訂正しますね

🐷
キョロキョロ
このドラマは1月から3月のお昼やっていたのですね。 私は中学3年の受験生で1月から3月は受験シーズンで 公立中学も3年生は休みだったり午前中だけだったりしていて 運良く観れたようです。 あと与謝野道子さんの本は「交際を考える」という題で1979年出版です。

トピ内ID:5197198454

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