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多様化する葬儀というもののあり方とは?

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(トピ主 0
041
マドラスチェック
話題
先日故人の意思で家族葬(直葬・通夜なし)を行ったのですが、田舎出身の親を持つ夫からは

「一般的な葬儀の意味は故人とお別れする区切りのようなもの。喪主は家族葬にすることで故人とちゃんとお別れできているのだろうか、中途半端にならないだろうか?」

のようなことを私だけに言っていました。
夫は参列者です。

実際初めての家族葬は私たち家族に取ってはとても良い時間であり、故人としっかり向き合えた感があったのに…。

先ほどの夫の意見を聞いて、近年は昔ながらの儀式や風習が段々と簡略化していく流れと大事にしていきたいという流れの過度期であり、当然ではありますが故人と喪主・参列者の考え方は必ずしも一致はしないのだな、と思いました。まだまだマイノリティなのかもしれない家族葬にはそれなりに説明めいたものが必要であり、なんだかなぁと思うのです。

そうなると一般的な葬儀が多かった時代よりも多様な考えや価値観が存在する現代の方がなんだか生きずらく、正解のない不自由さのようなものを感じます。

皆さんは多様化する葬儀についてどう思いますか?マイノリティな考えだった場合、それを最後まで押し通す勇気はありますか?

トピ内ID:6878007164

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地域とのつながりによる

🙂
yai
地域のつながりが濃いところでは、家族葬は無理でしょうね、 これまでの香典のやり取りがあり、いきなりゼロとはなりにくいでしょう、 私個人は地域とのつながりもなく、会社を辞めて15年も経っているので、老い2名 家族葬に決めています、 いろいろな形があっていいのではないでしょうか。

トピ内ID:5991554852

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読解力が無くてよくわからないのですが

041
H
>まだまだマイノリティなのかもしれない家族葬にはそれなりに説明めいたものが必要であり、なんだかなぁと思うのです。 >そうなると一般的な葬儀が多かった時代よりも多様な考えや価値観が存在する現代の方がなんだか生きずらく、正解のない不自由さのようなものを感じます。 要するに、同じような葬儀にすれば簡単だし、周囲からも理解も得られやすい。 簡略化された式は、理解できない人もいるから、全員が全員納得できない消化不良のような中途半端さが残って気持ち悪い。そんな解釈で宜しいでしょうか? >多様化する葬儀についてどう思いますか? 慣習にとらわれず、故人、又は喪主の好きな形式にすれば良いと思います。自由に選べる現代に生まれて、ラッキーと思ってます。 >マイノリティな考えだった場合、それを最後まで押し通す勇気はありますか? 有ります。皆で故人を悼んで、思い出話しをしながら会食をすれば充分と思っているので。もし自分なら、大々的にやって欲しくないし、墓も法事も無用と思ってます。

トピ内ID:2399614063

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良いじゃないのかな。

🐶
kazz
葬儀に限らず、冠婚葬祭全般に、簡素化の波が押し寄せて来てます。 どういう形が正解かは、個人個人の思いだけの判断で充分だと思います。 真の正解は、ないでしょう。 冠婚葬祭を質素にすると、外野から、色々と言われることがありますが、 そういうことは無視して良いと思いますね。 私自身の考えでは、『死=無に戻る』と思ってますので、『人』だった 尊厳を傷つけない範囲であれば、どういう形でもOKだと思ってます。 また、一等親以外の親族、仕事関係などの弔問では、『お顔』を 拝見しないことにしてます。心の中で、お礼を言い、生きていらっしゃる 時の思い出しかない。という自己満足の対応をしてます。

トピ内ID:0511469188

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過渡期だから。

🐤
ピヨスケ
15年ほど前の父の葬儀では本人が無宗教だったので、お坊さんの読経は無しで友人の方に弔辞をお願いして、でもなぜかお焼香はするという、なんだかよくわからないアレンジになってしまいました。親類も慣習にこだわらない人たちなので特に何も言われませんでしたが。ただ、交友の広い人でしたので、参列してくださった方も多く、あれは家族葬にしたら却って面倒だったろうねと母と話しています。 家族葬(直葬)の葬儀にも参列したことがありますが、率直に言ってなんだか不完全燃焼のようなモヤっとしたものは感じました。お通夜無しで火葬場に集合してお別れというのはなんとも。。参列者と故人との関わりや思い出って、家族の知らないところでもたくさんあるものですから、もう少ししのばせてほしかったなあなんて。 今は「色々なスタイルもありなのね」ということが少しずつ広まりつつある過渡期なのだと思うので、そうやって今までになかったスタイルの葬儀に参列した人たちがまた自分たちなりの形に反映させて、新しい定番ができていくのではないかな。 私自身は面倒なのは嫌なので「型通り」で。母にもあまり面倒な注文はしないでねと言ってあります。

トピ内ID:2606437542

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家族葬

💋
簡素派
田舎ですが父を家族葬で送りました 母の時もそうするつもりです もちろん自分の時もそうしてくれと子らに言ってあります 葬式に大金をかけることに意味を感じないからです その後の法事も不要です そういう人が増えてきてるし これからもっと増えるでしょう ある意味いい時代だと思います

トピ内ID:9675947032

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家族葬の捉え方

041
うーん
家族葬は身内で最後のお別れをする儀式です。生前いくら親しかったとしても参列は拒まれます。 喪主が家族葬なのでと言っても、押しかける人もいれば、香典を押し付ける人もいます。新聞のお悔やみ欄に掲載しない、敢えて連絡をしないのがトラブル防止になるのかと思います。 昔ながらの考えであれば「知ったからには参列する」「香典を貰ったのでその分の香典を渡しに行く」がまだ根強いと思います。特に年配や古い習慣が強い人はそのような傾向があります。 それも時間と共に変わっていくと思います。家族葬は現在の生き方にとっては良いことだと思います。義理で参列するよりも、身内が静かにお別れする。親戚の葬儀を余儀なく参列される一般葬よりは良いと思います。

トピ内ID:0148905204

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地域で葬儀をした時代は

🐧
さくらんぼ
経済的にも社会が豊かではなく地域が団結しないと運営が出来なかった。 葬儀は地域や家族の団結を確認する意味合いがあった。 現代では個人に生活力がついたので地域の結びつきが弱くなり、各々の家庭でも親族の関係は希薄になっている。 よって葬儀が団結の象徴から純粋に個人を弔う場になりつつある。 封建的な時代には宗教が為政者の支配の手段とされていて葬儀と云う儀式が重要な資金源となっていた。 カネを持たない人間からも収入を確実にする為に香典と云うシステムも開発された。 香典は半返しと言って半分は返し、残りを寺院に収めるようにした。 そう云う意味で現在の家族葬は義理では無く本当に弔いたい人の場になっている。 だからトピ主さんも感動された儀式になっていたのです。 旦那様の感覚も否定する必要はありません。 今が葬送の形態の過渡期であるのは間違いないですね。 家族葬では香典を辞退と云う場合が増えてます

トピ内ID:6121594814

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参列者は遺族の意向に文句は言わない

💤
貧乏人
ますます多様化する葬儀なので、タイトルのことを参列者が守ることが出来ればいいですね。 ・今までの葬儀はお金がかかりすぎます。 ・現代の忙しい人たちに、葬儀に参列していただくのも忍びない気持ちになります。それも、単なる義理だった場合は特に。 ・昔に比べて兄弟姉妹も少なくなってくると、自然に簡素化されてしまうかも。 ・高齢化社会が進み故人が大往生だった場合、故人の兄弟姉妹も高齢者だったり、既に居なかったりします。参列者の縁も遠くなっていきます。 ・ご近所関係が希薄、友人とも疎遠。 葬儀が多様化することは当然のことかとも思います。 私は田舎の同居嫁ですので、田舎の葬儀を見て思います。 ここ5年以内に、田舎も葬儀会場が次々と出来ました。 それまでは、公民館に地域の人たちが集まり、葬儀の準備や手伝いする人たちの食事の支度など全てを遺族以外の他人が行なっていました。 そんな田舎でも、今は葬儀会場を利用する人がほとんどです。 葬儀後も、逮夜のタイミングで地域の人が集まります。 本当にお金がかかりますよね。 私自身は、直葬で構いません。

トピ内ID:5466592970

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葬儀に限らずです

041
ぼよぼう
トピ主さんの気持ちわかります。 冠婚葬祭は簡略化されつつあるけど 地域や考え方の違いで やりにくさを感じる・・・ 人それぞれなんですけどね。 たんに「生き方」だって 女性は結婚して子ども産んで育てて一人前だったかもしれないけど その道だけじゃない、選択肢は増えている気がします。 だけど、選択肢が多いからこその生きにくさ、正解のない不自由さ感じます。 本当は自由でよいことなのでしょうけど・・・この頃感じた事でした。

トピ内ID:6464536305

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生きづらいでしょうか?

🙂
南無
葬儀は各人の最期の状況にかかわってくるのではないでしょうか? いまだ現役で大勢の人達との交流の最中であれば当然お別れしたいという人達の意思を無視するわけにはゆきません。 ですが高齢化の進む時代、友人も少なくなり足を運んでいただくのもお気の毒というようなことも。 母の時家族葬らしいものを行いました。 90歳を過ぎており、親せきもみな代替わり。 だれも異を唱える者はおりませんでした。 子供たちと孫、母をよく知っている私達兄妹の友人。主人の母。そんな感じです。 とてもいいお別れでした。 不愉快だったのはただひとつ。お寺さんの対応のみ。 まあ、私達が政治家やその筋の者なら大々的に葬儀ビジネスを執り行う必要もあったのでしょうね。

トピ内ID:6310372049

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