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バラが咲いたおじさん

レス11
(トピ主 2
🐱
黒猫のタンゴ
話題
小学校低学年の頃です。我が家のすぐ近くにあるアパートに窓を開けてギターを弾きながら「バラが咲いた」という歌を歌っている男性がいました。みんな「バラが咲いたおじさん」と呼んでいました。放課後近所の小学生がよくその部屋に集まっていましたが、私は母から固く禁じられていて行ったことはありません。でも、皆とても楽しそうでした。 子供の頃のことなんてだいぶ忘れてしまった50代の私が、そんなどうでもいいことを今もよく思い出すのです。いじめっ子のけいこちゃんが窓辺に腰掛けたおじさんの膝でよく笑っていたこと。私はけいこちゃんが羨ましかったのでしょう。 その後いつの間にかおじさんはいなくなり、アパートは取り壊されました。 そんな、重要でもない忘れられない思い出を教えてくださいませんか?

トピ内ID:5708430098

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素敵なトピ。

041
春一番
たいしたこともなく重要でもない、 ただ忘れられない、 という一文にズキュン(笑)で出てきました。 子供の頃を覚えているというのが得意芸なので、 結構あります。 低学年のころ、 お友達を別のお友達の家に案内しようとして、軽く道に迷ったこと。 でも彼女はニコニコして私を一切責めず一緒に迷って、 で、やっと辿り着いた時の「ああ良かった」と言ったセリフが、 えらく大人びて実感こもっていたこと(笑)。 幼い日、 お友達とテクテク歩いた坂道は今でもそのままです。 ひどく長い道と思っていたんですが、 大人になった今なら運転するまでもない、 そこからそこのご近所だったです。

トピ内ID:7157068946

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クラシックおじいちゃん

💔
さと
近所の大家さんがボランティァしていて 困った人を優先的にアパートに入れていました。二人のお爺さんを覚えています。 一人はクラシックおじいさん ぼろアパートににつかわないダンディな装いで 生活困窮者には見えせん。 休日はクラシックのレコードをかけていました。 母からはあのアパートにいる人には関わらないようにと言われていましたが お話をしたことがあります、米問屋の跡取りでしたが道楽がすぎて破産した人でした。 生活保護?みたいでしたが月に一回、野田岩に行くのが楽しみとか言ってましたね。 我が家も当時姉がエレクトーン 私がギターを習っていたので、君たちの演奏を聴くのも楽しみだよって笑って言って下さった思い出があります。 もう一人のお爺さんは天涯孤独で偏屈な人。 拾った動物を世話してました。 犬・猫・ウサギ・カラス・・そのカラスが肺が悪いお爺さんの咳そっくりに鳴くのでビックリしました。 きっと寂しかったんでしょう。 私は動物が好きだったので親の目を盗んで そのお爺さんのところによくいってました。 遠い昔の記憶です。

トピ内ID:3030837303

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私の忘れられない思い出

🙂
かたつむり
「バラが咲いた」--小学校低学年の頃、子ども会で歌っていたので、懐かしくなりました。私もトピ主さんと同じ年代かな。 当時団地の集会所でバレエの教室がありましたが、親に何度せがんでも習わせてもらえず、習っている人達が羨ましくて、毎週窓から覗いて見ていました。ある日知らない誰かのお母さんが、「入って見ていっていいのよ。」とドアを開けて入れてくれました。躊躇しましたが、誘われるように中に入ると、椅子に座って見学させてもらえました。それだけでも夢のようでした。 もちろん親にばれると、「みっともないことをして」と余計怒られるのがわかっていたので、親には言いませんでしたが、いじめっ子が見ていたのでしょう、次の日学校で「バレエ○○」とからかわれました。言い返す言葉もなくトイレで泣きました。 今は念願叶って大人のバレエを習っていますが、見学にくる人がいるといつも思い出します。 親にも経済的心理的な余裕がなかったのだと思いますが、知らない人の優しさと切なさが忘れられない思い出です。

トピ内ID:5874382383

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ちいさな記憶

🐱
ree
1小学生の頃、まだ近所には原っぱや田んぼがたくさんあり、 そこで週末の夕暮れに草笛(葉っぱか、カラスノエンドウの莢か)を 吹くおじさんがおられました。 いつも一人で唱歌をとても上手に吹いておられ、 その美しくも寂しい音色は、子供心にも「おじさん、何か悲しいことが あるのかなあ」と感じさせるものでした。 2JR(当時は国鉄!)の踏切のすぐ脇の家に、ご夫婦と中学か高校くらいの 男の子が住んでおられました。 道路に面した2階の部屋がその子の個室だったのですが、 バンドでも組んでいたのでしょうか、ドラムセットを部屋に設置していました。 初めの頃は休日の昼間によく練習していたのですが、ご近所から苦情が あったのか、列車が轟音で通り過ぎる時をねらって叩くようになりました。 踏切で列車通過を待っていると、遮断機の音と列車の音にまぎれ、 下手っぴなドラムがいつも鳴り響き…。 今は、その家もなくなり更地になってしまっていますが、 その前で列車通過を待つたびに「お兄ちゃん、どうしたかな」と思います。 最後まで上手にはなりませんでしたけど。

トピ内ID:4690943848

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ああやっぱそういうことあったんですねえ

041
ジャミラ
私は1968年生まれなんですが、 1960年生まれ(50代ですね)の浦沢直樹さんが描く『20世紀少年』を読んでて、どうにも不思議だったんですよ。 あれは、確実に浦沢さんの小学生頃の実体験を元に、小学校時代の主人公達の描写がなされてるはずで、 実に生き生きと小学生男子の生活が描かれていて、いいなあと思うんですが、 ただ、たった8年の違いなのに、私らの小学生時代とは全く違う、何か断絶があるように感じていたんです。 「違う」項目の中の一つが、小学生オッチョがヒッピー系のギター兄ちゃんのアパートに入り浸って、兄ちゃんの洋楽レコードや、コピー演奏を聴いてたこと。 私ら、そういう事ができる可能性って皆無でしたから。 そんな知らない人と口きく機会ってなかったし、上がり込んだりとか可能性としてもあり得なかったし、 そもそもギター兄ちゃんの存在とか知らなかったし。 「こんなことホントにあったんかいな」って不思議だったんですが、 やっぱりあったんですねえ、そういう兄ちゃんのアパートに入り浸る小学生って。 おおらかな時代が、私らの直前でスパンと切れてる、ということかなあ。

トピ内ID:5267487262

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小学校の低学年。

  me
友達が、学校の帰り家に来てといいます。 二人で家につくと、「おいで」といいながら、 ベランダから、屋根におりました。腰かけて丁度手を伸ばした処に柿がたわわになっているのです。 甘い、甘い 柿でした。2個ほど食べて帰りました。確りとお礼言えて帰ったのかなー。 小さい自分に会ってみたいです。屋根の上少し怖かった60年前になります。 その後引っ越ししてもう会えない女の子です。 孫の写真を友人にみせると、「そっくりだー」と言うのです。

トピ内ID:1194690007

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チワワおじいさん

🙂
みみこ
今から35年前。背の高い、白髪を作曲家のリストみたいな髪型にしているお爺さんが うちの近所をよく愛犬の白いチワワと散歩しているのを見かけました。チワワもその当時は珍しく、 何となく西洋人風というか不思議な雰囲気のお爺さんで挨拶だけしか交わした事はありません でしたが気になる人でした。その後、そのお爺さんは絵描きさんで絵画教室をしているという話を聞き、 お家を見に行ってみましたら成る程芸術家の家といった風でライオンの口から出る噴水みたいな のがあったり益々興味津々になったのですが我が家は絵画教室に通うような余裕はなく、時々 その家を外から眺めている小学生でした。私は絵が得意だったので習いに行きたかったな。 このトピ見てあの不思議な雰囲気の芸術家のお爺さんを思い出しました。

トピ内ID:1351791166

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トピ主です

🐱
黒猫のタンゴ トピ主
皆さんの思い出を伺っていたら、また一つ思い出しました。ある女の子です。放課後、クラスメイトの家について行ってそのまま上がりこんで遊ぶ子でしたが、特に咎められている様子はありませんでした。 当時我が家は祖母が主婦をしていましたが、厳格で、ランドセルを背負ったままの子と遊ぶことを許してくれませんでした。一度帰ってから来て欲しいと言ったのですが、その子は帰らず、我が家の庭にあったブランコで日が暮れるまで遊んでいました。今のガラス障子越しに私は何を思ってその姿を見ていたのか思い出せません。 その子は、今なら放置子というのでしょうか?放課後すぐに家に帰れない事情があったのだと大人になった今は思いますが、当時は「へんな子」でした。 良くも悪くも、色々と緩やかな時代だったのでしょう。

トピ内ID:5708430098

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主さんのトピなのにごめんなさい

💔
さと
なんか懐かしくなっちゃって。 私は小学校3年まで 幼稚園も学校も行けませんでした。月の半分以上は高熱で当時は原因不明でした。 ということで 私はお弁当ぶるさげて近所の 御隠居さんの離れや、前に書いた生活保護の人たちが住んでいるアパートに入り浸り、一緒に渋いお茶を飲んだり漬物食べたりしてました。 母もさすがに 子がお世話になって申し訳ないと思ったのでしょう、煮物の時は大量に煮て コロッケの時は沢山作って、私に持たせました。 母は絶対直接かかわりあいませんでしたけど、おじいちゃんや おじさん、おばさんもたまにいたかな。 そういうアパートですからみんな寂しかったんでしょうね。 故郷に帰りたくても帰れない 帰るところが無い人たち。 お金持ちのご隠居さんもお嫁さんと不仲なところは 寂しかったみたいで 不登校?の小学生(私)の取りあいみたいになっちゃって。 あの人たちがいたから、学校行かなくても思い出が作れたんだなぁと今思います。 皆 死んじゃったけど。 幼かったから ありがとうも言えなかった。 年をもっと取ったら あの人たちみたいになりたいな。 そして誰かの思い出の一部になりたいな

トピ内ID:3030837303

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林の中の不思議な洋館

🐧
本当にあるんだ
小学生の頃。 1人で自転車を乗り回すのが好きな子でした。 あたりは新興住宅地。平凡な家が立ち並び たまに空き地と狭い林がある程度の町でした。 ですが、その日、いつも通らない道を 走っていると、見慣れない鬱蒼とした 林が続き、いきなり開けたと思ったら 見事な洋館が現れました。 金属製の透かし門から続く石畳 芝生の庭、薔薇の絡むアーチ、白い壁 優美な窓枠、まるでフランスのお屋敷。 漫画でしか見たことないような家でした。 昭和の一般住宅しか知らない私はビックリ。 でも周囲には人気もなく、怖くなって すぐ帰り、以降、何度試しても その家に辿り着けませんでした。 懐かしい不思議な思い出です。 ここで終われば。 二十年近くたって実家に帰った時 私は、偶然、その家を発見しました。 古色蒼然としていましたが間違いありません。 新しく出来たスーパーの隣に建ってました。 林は既になく、周りも新しい住宅だらけ。 単に、盛大に方向を勘違いしていただけでした(笑。 母曰く「ああ、あれは確か元ゴルフ場の何か」 …そういえばあったね、ゴルフ場。 具体的に何だったのかは、未だに調べていません。

トピ内ID:6403774711

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噛みつく犬がいた

🐱
黒猫のタンゴ トピ主
皆さんのお話し、興味深く拝見していたらいろいろ思い出してきました。たわいもないことばかり。 噛みつく犬が普通にウロウロしていました。下校途中にちょっかい出した男子がよく噛み付かれていました。野良犬もいましたが、首輪をつけて放し飼いにしている家も少なくありませんでした。それで、苦情とか治療費とか話題にならなかったから不思議です。 舗装されていない道も多くて、晴れが続くと埃っぽくて、雨が降るとぬかるんで、長靴が必須でした。私鉄の走る今では人気の住宅地でのことです。

トピ内ID:5708430098

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