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人生に対する考えが変わった出来事

レス22
(トピ主 1
こりの
話題
息子が精神的病にかかり7年半がたちました 息子は、一流大学に入りましたが、病気で中退せざるを得ませんでした 私は、生涯安泰と言われる職につき、人生何もかもうまくいっていたのに、看病の為、辞めざるを得ませんでした 発病当初、人生が真っ暗になり、死のうと何度も思い詰めました 幸い、主人が真面目に働いてくれているので、専業主婦で看病も出来、彼の病状もやっと安定してきました この7年半で、自分自身の考え方が180度変わりました 発症前の生活を続けていたら、勿論、良い事も沢山あったのでしょう しかし、障害をもつ親御さんのお気持ちや、社会的弱者と言われる方々のお気持ちを、私なりに少し理解出来るようになったと思います 息子は、学歴は無くなったし、仕事にもまだ出れません けれど、会話が普通に出来、笑顔の日が増えた事が何よりの幸せだと思えるようになりました 家族で、毎日を丁寧に生きるようにもなりました 感謝する気持ちも増えました ふと、こんな経験で自分は変わった、と思うお話を聞きたくなりました どんな経験でも結構です お聞かせ願えませんか

トピ内ID:3790498263

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同じです

😣
ザボン
うちの場合は、大学卒業して就職した途端に娘が壊れました。 一流大学へ行って公務員になって、「ああ、私もやっと責任から解放される」 そう思った矢先でした。 反抗期すらなかった娘からの暴言、罵倒、繰り返される自殺未遂・・・ 私も何度「この子を殺して私も死のう」と思ったかしれません。 ちょうどあの日から、かれこれ7年になります。 まさにトピ主さんと同じ時間を歩んできた同胞のように感じます。 私も、もしも娘があのまま普通であったなら 幼い頃から彼女に押し付けてきた自分の支配が人一人の人生を狂わせた事も知らず 自分が毒親であった事も知らず、そして周りの人を傷つけてきたかもしれない可能性すら知らず 私は自分だけが正しいと独善的に毒を撒き散らしていた事でしょう。 自分自身の根深いトラウマにも気付きました。 私はずっと「悲しんできた」のだと。 私は娘から彼女が彼女であるべき人生を奪ってしまったけれど 私自身の人生も奪っていたのだ、と。 娘は今も、もがき苦しんでいます。 でも、今は私が心配する事が逆に彼女を追い詰めるのだと思っています。 「誰にもその人自身の人生がある」 それを大切にしたいと願っています。

トピ内ID:7059954468

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私も主さんと同じです

🐧
かあちゃん
 私も息子の発達障害の発覚がきっかけだったと思います。  一人っ子でしたし、共働きだったので私学の中学校に入れたいなとか夢もありましたが今は小学校の通級でフォローしていただいています。  私も障害者やその家族の気持ちを初めて理解したように思います。  頑張っても出来ないこともある、諦めることは逃げではないと感じています。  その人らしく生きる事が大切なんだと。今があり難いのだと。    療育の先生や支援の先生、ボランティアの皆さん、ホントに勤勉で優しくて。  息子が健常だったら巡り合えなかった人もいたでしょう。    看護師ですが今は付き添いや療育の関係で仕事はしていませんが、いつか復帰し経験を活かせたらと思っています。  息子さん、よくなりますように。  お互い、頑張りましょう。  

トピ内ID:8028237237

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人生というか、世の中に対してですが…

041
夜の蝶は蛾
精神的なことは目に見えにくいので、息子さんの心の苦しみは壮絶なものだったでしょうね。 トピ主さん親子が笑顔で過ごす日々がずっと続きますように。 私が「人生に対する考えが変わった出来事」は、ありきたりですが夫との出会いです。ずっと人生…というか世の中は敵だらけで不平等が当たり前で辛いことばかりで、これが永遠に続くんじゃないかと苦しかったです。 でも、彼に出会えて、世の中捨てたもんじゃないな…と。 私は幸せになってもいいんだ…と心から思えるようになりました。 昔の自分のままだったら、こんな今の幸せは想像できないし、こんなにも恵まれている人生送れなかったと思います。 今の夢は、昔の私みたいに苦しんでいる子も「人生は楽しいんだよ」と教えてあげられるような機会をつくることです。まだ始まったばかりですが、未来を変えていける力を子どもたちにも持ってもらいたいです。

トピ内ID:6646219737

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生かされて

🐤
湯川
30代前半です。 中学・高校の友人が病気や事故でなくなりました。 本当に、先月まで、いや昨日まであんなに元気でいたのに、もうこの世にいない....。 そんな事が、30代になってから、やたらと続いています。 生かされて生きている。

トピ内ID:6478366818

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こうあるべきという概念を外す事

🙂
メロン収穫
旦那が転職ばかりし離婚にしたけど子供が帝大に入ったとか、両親はWキャリアで問題ないのにお子さんだけ不登校になった、せっかくいい大学に入れたのに就職で失敗、もしくはついていけず数年で退職、離婚で3人子供連れて実家に戻り、他にもたくさんあります。今のこの二極化の時代に子供の問題はどこも多少は抱えていていつ誰がどうなるかも分からない時代です。 転機というものはなく、慣れであり、それが徐々に行動であり、自信であり、発見になると思います。 こうならないといけないという概念は持たず、共に歩む事、心のとげを抜いていく事が先決だと思います。 でもよく勉強したお子さんならそのうち何かをつかまれるかも知れません。以前テレビでも出てましたが、引きこもりから起業した若い人らの人生感など参考になるかもしれません。検索すれば見つかると思います。 ただそれを直接お子さんに伝えるのではなく、あなたが考察する事が先決です。

トピ内ID:0602719601

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あっという間に

041
アリエス
何がどう影響したのか、息子が全頭脱毛症になりました。 あっという間の出来事でした。 それまで髪の毛が頭にあることが当たり前で、お笑い芸人がハゲてる人をからかうのを笑って見てました。 これは精神にかなり来ます。まだ中学生の息子がツルツルなのですから。 様々な治療法を試し、病院にも行きましたが原因も分からず打つ手無し。 かれこれ3年です。 二度と髪の毛で他人を笑わない、人を見かけで判断しないと肝に銘じました。経験者じゃなきゃあ分からない辛さ。身を持って体験中です。

トピ内ID:5538531161

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最近であった言葉

🙂
tora
某女性研究者の出版物が話題になっているが、それに関して亡くなられた研究者の夫人のコメントが週刊誌(週刊文春)に載っていた。 「科学者は、エビデンスがすべて」 これ以上の言葉を付け足す必要のないほどの、的確で重みのある言葉だと思った。 わたしも、20年以上前に民間の研究所に勤めていたことがある。そこの上司に言われた言葉がある。 「研究成果は必ず、論文や特許、研究所内資料として文書化して残しておくこと」 「一度、奪われた権利を取り戻すのは容易なことではない。そのためにも証拠書類を残しておくこと」 前述の夫人の言葉は、科学技術に携わる者として、肝に銘じておく必要があると思った。

トピ内ID:0144197589

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感動話じゃなくてよいなら・・・

🙂
匿名
夫の家族は自分の家族も同然だと思い、義親にも義弟にも頼まれたら色々やってました。買出しを頼まれたらいってあげ、手伝いを頼まれたらやってあげ。 それで上手く回っていると思っていました。 でもだんだん感じる違和感・・・おかしいなと思い始めた頃にはもう遅く、気付いたら私は差別や嫌がらせが当たり前の立場に立たされていました。 義弟曰く、「あの人は家族じゃないんだから、大事にしないのが当たり前。あの人は家族じゃないんだから、(義弟の子供が悪さをしても)俺の家族を叱る権利はない」 義弟がイベントで何かをするときは、当然のように私の分はなし。皆で一緒にいてもコーヒーやお弁当など、他の人には出すのに、私の分だけなし。義弟にはそれが当たり前の対応だそうです・・・。 夫が叱っても「え?あの人他人じゃん」だけです。義親もかばってくれません。 そっか、こういう人たちもいるんだって人を見る目が変わりました。 人は話あえば、こっちが近づけば仲良くなれるって思ってましたけど、そういうことを一切シャットアウトする人がいるんだと、人づきあいに対して考え方が変わりましたね。 もっと早く気付けばよかったです。

トピ内ID:2223396290

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今がそうかもしれません。

🙂
みにー
結婚して7年、子供ができません。 それまで人生は、色々恵まれていて、羨ましいと思われることが多かったと思います。 経済面、容姿、学力、才能、仕事、夫。 頑張ったら大抵のものが手に入り、頑張らなくても運よくゲットできることもたくさんありました。 くじ運もよく何度も一位があたりました。 嫉妬という感情を知りませんでした。 でも、子供ができなくて、さらに治療しても出来ない。はじめて、努力しても手に入らないものもあるんだと学びました。 はじめて、何の努力もなく手に入れる人が羨ましいという気持ちを味わっています。 それと、今あることに感謝する気持ち。諦めと前向きな気持ち。 何に役立つかはわからないけど、人の気持ちになる、ということを学んでいるかもしれません。

トピ内ID:5009635781

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二度

041
被災
私は阪神大震災に被災し、運命が変わりました。 当時結婚を大反対されていた彼氏との結婚を、両親が許してくれました。 「生きていれば良い」と。 今回、熊本の震災にも被災しました。 家族で色々と考えていた事はあったのですが白紙撤回。 子供も、進学先の変更を余儀なくされました。 「人生何も持って行けないんだね。 例外は頭の中身だ。頭の中は持って行ける。」と言います。 15歳にして、この子の運命が変わったなあと思います。 何が良いのか悪いのか? それは死ぬ時じゃないと分からないのではないでしょうか。 ヴィクトール・フランクルの「それでも人生にイエスと言う」をお勧めします。 生きる事に意味は無いが、甲斐はある、そう教えてくれます。

トピ内ID:1455255771

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私は壊れたほうです

🙂
今はラク
とても大きなストレスを抱えた時期があり、結果、精神科のお世話になることになっちゃいました。 自分はそんな病気とは無縁だと思っていたので、自分でもビックリしましたし、受け入れがたかったです。 世の中の人に言いたい。自分はメンタルの病気に罹るタイプじゃない、罹るのは弱い人間だ、と思ってるかもしれないけど、いやいや状況しだいでは簡単に罹るよ。 病気中は本当に辛かったです。 自分が自分じゃなくなる。何も食べられない。痩せる。死への恐怖。 幸い治療が順調に進み、一年足らずで症状は改善、今は再発もなく復職もできましたが、二度とあんな病気は嫌ですね。 家族にも本当に心配と迷惑をかけました。 今はもう嫌な事を頑張らない、我慢しない、無理しない、抱え込まない、腹にためない。 何よりストレスを如何にして回避するかを考えて生活しています。 「体を壊してまでやらなきゃならない仕事なんて、この世にないよ」と言われたのですが、本当にその通りだと思いました。 他人に負け組と思われたっていい。ゆるく穏やかに生きていく。

トピ内ID:1032164724

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私の小さな経験から

041
みなつき
私はもういい年の中年ですが、結婚と子育てを経験していないこともあって、遅くまで世間を知りませんでした。両親の介護が始まった40代半ばになって、ようやく自分なりに世間と渡り合えるようになったような気がします。 世の中を甘く見ていたことはこの上なく、例えば趣味の短歌にしても、言葉は綺麗でも薄っぺらい作品しか作ることができませんでした。それが少し前に、まだ若い歌人の短歌に接して、・・その作品は世の中を生きることの絶望を詠っているのですが・・、こういう表現のしかたもあるのかと・・。 両親の介護を通してさまざまなことを学び、短歌に表現しています。短歌によっても、人生の機微をもっともっと奥深く表現できるようになりたいです。遅まきながらリアルな人生を生きているとの自覚があります。

トピ内ID:2001776906

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ビンボー

🐤
ぱるるん
 ダブルインカム&ノーキッズで、そこそこ豊かな生活をしていました。フリーランスとして独立し、仕事も途切れることはありませんでした。  突然、夫が病気に。一度離職したら、年齢的にも再就職は難しく。  私の収入でまだ生活は何とかなっていましたが、そこへ到来、リーマンショック。ぱったり仕事がなくなってしまいました。  急に生活レベルを落とすのも辛いし、もうじき次の仕事が見つかるだろうと思っているうちに、瞬く間に貯金は底をつき、カードの借り入れ枠も限界。  区役所へ行って家賃扶助の申請をしたり、銀行や親戚へ借金をお願いしたり。  その一年くらいで、プライドで飯は食えないと悟りました。  その後、何とか職を得て、生活はできるようになりました。でも、あの時期をくぐり抜けたことで、自分の生きる底力みたいなものが培われたと思います。

トピ内ID:2977540553

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息子が自死しました。

無常
中学生のころから激変しました。それまでは、活発な面白い男の子だったんです。 とても賢い子で、自分から塾に行きたいと言い出し、そこの先生から絶賛されるほど能力の高い子でした。 高校3年のころから、醜形恐怖、強迫観念などの症状が見えだし、とても苦しみました。病院にも何度も行きました。希望に添って美容外科に行ったこともあります。勉強したい、でもできないというジレンマを抱えながら、参考書、予備校とのぞむことはできるかぎりしてきました。 そばにいて、ののしるような話を聞くことしかできませんでした。 結局遠くで、自死を選びました。その部屋に入った時、レンゲの花の蜜のような甘い香りがしました。荼毘に付して自宅に連れ帰りましたが、葬儀場、新幹線の中と、その甘い香りはついてきました。自宅に帰って安心したのか、消えました。 その香りをかいだ時、彼は自分の人生を生き切ったのだと思えました。でも、病気にならなかったら、生きていてくれたら今頃どうしているんだろうと想像することがあります。 とぴ主さん、穏やかな毎日が続くことを祈っています。

トピ内ID:4110351521

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いつか 笑える日が

🙂
てらちゃん
トピを読んで わたし達と なんて似ているのかとびっくりしました。 私の息子も 国立を出、上場企業に就職。 1年持たず 精神を病んで 戻ってまいりました。その時から 長い 苦しい時が始まりました。 毎日 何がいけなかったのか いっそ一緒に死のうか 毎日のように 続く苦悩。その日々が 8年間続きました。 今 息子は 障害のある子供達のお世話のアルバイトを 始めました。 思えば 以前の私は 一流企業に就職し 結婚し孫を見せてくれるのが 当然の事。それ以外の生き方は 認めない 狭い価値観を生きていたよ うに 思います。 今 息子が 社会に 再び出 笑顔で働いている事が 限りなく嬉しいです。 以前ならば 人生の落伍者とでも 言っていたでしょう。 確かに私の人生に対する考え方は変わりました。 きっと 笑える日がきます。頑張って

トピ内ID:3847669150

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若い二人の死

🐤
fleur
 30代後半女性です。、今ままでに自分を大きく変えたのはその時はこれ以上の悲しみはないと思えた若い時の大切な二人の人の死です。  20代の私は海外の大学院で苦労しながら勉強していましたが、友人にも恋人にも恵まれ、充実した毎日を送っていました。留学当時からのイタリア人の友人は私と同じ将来への夢を持っていました。その彼女が25歳で自死してしまいました。まだ頑張るよって言った次の日に。悲しすぎてしばらく声が出せなくなりました。そしてその悲しみの時に私を優しく見守ってくれた当時の彼氏がその3年後28歳の若さで亡くなってしまいました。医師としてのキャリアを意欲いっぱいで歩み始めたばかりだった彼がとてもたちの悪い皮膚癌にかかってしまい、手術からたった4ヶ月であの世に行ってしまいました。死にたいと思いました。  でも、今ある命が明日消えるかもという気持ちでやりたいことをやろうと思い、今日まで頑張ってきました。本当は今でもあの二人といろいろ共有していたかったなあ。亡くなった二人には、あの頃なりたかった職業に就き、まだ研究頑張ってるよ!と報告したいです。  

トピ内ID:5891392268

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リストラ

🙂
りく
私の場合はリストラですかね。 業績不振で私の属する会社の存続が怪しくなりG会社間の再編ということになりました。 勤務地域の関係で職を失う同僚がいたり、会社清算の業務を行うにも人員が足りなかったのですが「貴方には世話になったから手伝います」と次の職場が決まってる方が完全に人情だけで手を貸してくれたりするプロセスを経て少し丸くなった気がします。 それまではビジネスを真剣勝負の場とだけしか考えられずキャリア形成や自己実現、結果として得られる高い報酬を仕事に求めていましたが、大多数の普通の人が集まって普通に結果を出して日々の糧を得ることに意義を見出すようになりました。 職業人としては大成功への道を放棄したのでしょうが反面少し余裕が出てきたと思います。 当時大成功していた堀江さんなんかを見ては頭の出来等で敵わないなと思っていたのですが、あれから10年彼がTVやらネットやらで発言しているのを目にしますが時折短絡的な物の見方をするなと感じることも増えました。 頭の回転やブレイクスルーを産みだす推進力は彼に遠く及ばないと思いますが、他の面では長じている部分も出てきたのではと自己評価しています。

トピ内ID:4902762792

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音楽が退屈でなくなった

041
リンダ
マーラーやブルックナーの交響曲。あんな冗長なの、どこがいいのかと思っていました。中年になって聴く機会があり、唸ることしかできませんでした。感心感激で。人生に対するというか、耳が変わりました。

トピ内ID:8650218258

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トピ主です

こりの トピ主
んーなるほど・・・と思うお話ばかりです 身につまされるお話に涙が出ます 同じ体験を通して、心の痛みが手に取るように分かります 反面、心あたたまるお話には、ほんわかした気持ちになり、こちらまで幸せになりました 以前読んだ本に「体験は経験になる」の言葉がありました 皆様の貴重な人生のお話、勉強になりました 有難うございました まだまだお聞き出来たら、嬉しいです

トピ内ID:3790498263

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まさか…の連続

🙂
tokumei
我が家は色々と問題を抱えており、親も子も普通とは程遠い、辛い人生を送っています。 父は苦学して国立の難関大学を首席で卒業しましたが、病や不出来な子ども(私と兄)のせいで厳しい老後を生きています。 人間、経験しないことはわからない 強くそう思います。

トピ内ID:4306995559

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明日も同じ日が来るとは思わない事

041
桜貝
一度目の天気は、蝶よ、花よと育てられた兄が事故死した時。 差別されていても、兄は好きだったので(家庭内の同志!の関係)ショックでした。 ショックで父が不安定になり、会社を辞めさせた半年後に阪神淡路の震災にあい、あぁ、自分の苦しみなんて楽な方だったと気が付きました。 今日だけを見て生きるだけ(?)みたいな生活から、半年後の予定や未来の生活を考えられるような生活に戻れました。 まさか、結婚なんてするはずない、と思っていたのに結婚もしました。 多少の山と谷を越えつつも平和に過ごしすぎたのか、突然の夫の病気に仰天。 あぁ、未亡人になるのか、私。 覚悟したものの、3回の術後も生きています。 看病ストレスで眩暈や耳鳴りが始まりました。 今は耳鳴りが主ですがある程度は回復したので、療養や再発の時の資金稼ぎに働いています。 夫の父が、屋根修理の途中に落ちてしまう事故もあり、突然に起きる災難、病気(夫も緊急入院だった)、地震には敏感になっています。 「また明日ね」と、口に出しにくい人間になったかも? 一番変わったのは、明日も同じ日が来ると信じ過ぎない事。

トピ内ID:0057914853

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あります

🙂
うみねこ
私のは、小さすぎて書けませんが、頑なに生きるとしんどい、と学びました こうあらねばならぬ、というハードルを、まずは他人を測る物差しから下げ、近ごろは自分にも優しく(甘く?)なったと思います ありがとう、が多い人生になれば幸いです どうぞご自愛ください

トピ内ID:6184545001

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