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ベニスに死す見た方に質問です

レス16
(トピ主 4
🎶
kei
話題
先日ベニスに死すを見直したのですが、いつも疑問に思うことがあります。 美少年タジオはアッシュンバッハをどのように思い、気を引くような行為に及んでいたと思いますか?少年も教授を気に入っていたのか? 思春期独特の残酷さでからかったのか?極度のナルシスのせいなのか? 少なくても、タジオが気を引く行為に及ばなければ教授には、死を招いてしまうほどに喜びもなければ、コレラで野垂れ死ぬこともなかった。 どなたか少年の心理を考えたかたおられますか?

トピ内ID:7471317100

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このトピックはレスの投稿受け付けを終了しました

意外と無邪気

041
タジ子
タジオは本当に美しい少年ですが、 あまり物事を深くは考えていない気がします。 なので、誘惑するとか、 そういった気持ちはあまりなく、 アッシェンバッハの事は、 「よく見かけるおじさん」くらいな感じでいたのかなーと。 よく見かけるから、 ちょっと目くばせみたいに挨拶するのが、 アッシェンバッハには誘惑に感じられたのかなーって。 ごめんなさい、私見です。

トピ内ID:9754554884

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あれは“少年”ではない

🐧
映画マニアおばはん
あれは“美の化身”なのです。 芸術という名の“美”を追求する音楽家は、自然が生み出したそのままの“美”に出会って打ちのめされるのです。 最初から終いまで、すべて中年男の視線で描かれているので、 >タジオが気を引く行為に及ばなければ教授には、 少年は気を引く行為などしていないのです。そう中年男が感じているだけです。 タジオを生身の少年と考えれば、「あんな男(少年)居るかい!」てことになりますが、そうではない。 現実ではなくココロの世界。 すべて中年男アッシュンバッハの心の世界。ルキノ・ヴィスコンティの心の世界なのですよ。 そう考えれば分かりやすいかも?

トピ内ID:3149298489

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淀川長治さん解説時からのファン

😀
ヴィスコンティ大好き
1976か77年だったか、淀川長治さんが解説なさってた時にTV放映がありまして クラス担任の先生が見た方が良い映画とすすめてくださいました。 当時騒然となりましたね。 で、タジオくんですが 原作とは無関係に映画だけで考えると 出あった直後のエレベーターあたりから盛んに流し目で 気をひいていますが、 これはアッシュンバッハの作りだした思い入れで 幻想かもしれないと解釈してもよいのではと思ってます。 2人は1度も言葉を交したことはない。 タジオは美しいだけでいい。中身は何もいらない。何も考えてなくていい。 アッシュンバッハのベニス行きの船の名は「エスメラルダ」?で かつての娼婦の名と同じですが ベニスに導かれた=死に導かれたと同じ。 ベニスに着た時点で、もしタジオでなく他の美少年や美少女と出会っても 彼や彼女は、幻想の世界でアッシュンバッハを誘惑し、死に導いたでしょう。 アッシュンバッハは、死と美の世界に囚われたくて自らその世界を作りだした (通俗的に恋に恋した)というのが私の解釈です。

トピ内ID:5939735962

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私の理解では

🐧
江戸川長治
・教授だけが少年を意識していた。 ・少年は教授に対しては何も感じていなかった。同じホテルに滞在している  ただのオジさんくらいの認識しかなかった。 と思っています。 それにしても、ヴィスコンティの作品は難しくて難しくて・・・・。

トピ内ID:1706325846

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絵に描いたような美少年

041
きまきがみ
私の記憶にはタジオが教授の「気を引く行為」がないのです。 タジオは特に教授を意識すらしていない、その他大勢の人と同様に避暑地に来ている人くらいの認識。 一方、教授はタジオに完全に心を奪われている。 それらしき台詞もナレーションもないが表情だけでどぎまぎしていて判りすぎるくらいにタジオオンリー。 タジオが教授を見つめているかのようなシーンが何度かあるが、実は先に見つめていたのは教授(ここは映っていない)その視線に気がついたタジオが教授のほうに視線を移した。ここを映していると思う。 完全に教授のひとりよがり、自爆。 冷たいと思いますがこれが私の解釈です。 他の人のレス楽しみです。 いろんな解釈があるだろうなぁ・・・・

トピ内ID:0622143445

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無意識の媚態なのでは?

💡
こあら
美しすぎる人が知らず知らずのうちに、周りを惑わす。 そういう無意識の罪を描いていたのかなと思っています。 タジオの態度って、現実はエレベーターの中で、よく会う有名人にニッコリ微笑んだ、その程度で、 その他の媚態や、気を引くような行為は、すべて現実の中に差し挟んだアッシェンバッハの空想シーンなのかと思っていました。 現実と空想が交互にでてきて、さらに惑わされていき、恋という熱病に浮かされた中年になって、感情に溺れていったのかと。 でも、ラストは究極の幸せな瞬間だったのだろうと想像します。

トピ内ID:4516604633

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勝手な解釈

🙂
アラスカ
あの物凄いスウェーデン人俳優の美少年ね。当時憧れましたね。懐かしい。 後年スウェーデンに行ってみて、あのくらいの美少年がたくさんいるのでビックリしましたが。 本題ですが、私も不思議に思っていました。 あのオジサンも美形なら、あの少年にも同性愛傾向があっての媚態かとも思いますが、なんとも不細工な、嫌悪感一歩手前の汚らしいオジサン(特に最後の方)なので、それは考えにくいなあと。 という事は、あの美少年は自分の魅力を知っっていて、あのオジサンの好意をからかったのではないですかね? 旅行中であの上品すぎる母と退屈そうな姉たちと一緒で、オジサンをからかって気晴らししていたんではないかと。

トピ内ID:0413183404

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タッジオは気を引くような行為はしていませんが

🙂
ぽいぽい
彼はあるがままにふるまっています。単なる「美しい子供」なんです。たまたま目が合った相手を「自分に気がある」と思うのか「ガンつけられた」と思うのかは本人の取り方次第です。 なお、この原作は実体験を基にしているというお話があります。当時、モデルになったホテルに滞在していた少年の写真もありますよ。

トピ内ID:2595527341

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トピ主です ありがとうございました

🙂
kei トピ主
タジ子さま 美しい少年はあまり深く考えてない、よく見かけるおじさんとの意見実話として見た時には私もそうなのだと思いました。 映画マニアおばはんさま すべて中年男アッシュンバッハの心の世界。ルキノ・ヴィスコンティの心の世界なのですよとのご意見に納得しました。なんとなく腑に落ちました。 ヴィスコンティ大好きさま アッシュンバッハは、死と美の世界に囚われたくて自らその世界を作りだしたとのご指摘もうなずけます。自分の望むものを自分の見たいように見てしまうという事を運命とか宿命とかで自分を納得させるということは確かに分かります。 皆様ありがとうございました。違う視点が開けた気がします。

トピ内ID:7471317100

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映像は脳内変換

041
おばさん
映画のタジオの映像は、教授のそうしてくれたらいいなぁという思い 勘違い脳内変換を表していると思います タジオはきをひくようなこういなどしていない ただ、よく見かける中年のおじさんがいるからみただけ 流し目なんてとんでもない、 彼はちらっとみただけ ふと見たら、よく見かける人がいるなぁとおもっただけ 視線を感じて振り返ったら、よくみかけるおじさんがいた よくみかけるから、にこっとしてみた、それだけ たぶん、タジオは、ホテルで働いている人でも 他の滞在者でも 顔見知りになればおなじようにしていた それを、教授は、自分のみと脳内変換しただけ ただそれだけです

トピ内ID:5458986299

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トピ主です

🙂
kei トピ主
江戸川長治 様 教授だけが少年を意識していた そうなのかもしれません。 あまりに意識しすぎていて、すべて意味があるように感じてしまった。ありがとうございます。 きまきがみ様 絵に描いたような美少年が人間で、教授を見たり、家族と話したり、はしゃいだりしている姿に魅了されて自爆した。確かにそうですね

トピ内ID:7471317100

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アッシェンバッハの一人相撲

🙂
りすこ
あらすじを見た時は「悪魔のような美少年が中年男性を誘惑し狂わせる」話だと思っていましたが、実際に見たら全然違う。 タジオ君はアッシェンバッハのことは同じ宿にいてよく見かけるオジサンくらいにしか認識していません。誘惑しようなんてカケラも考えてないと思います。よく見かける人だから目礼くらいはする、それだけです。 それを自分を誘惑してると勘違いして舞い上がってしまったのは完全にアッシェンバッハの妄想でしょう。タジオのルックスが余程ストライクだったのか、元々破滅願望でもあったのか。 今にして思うとあの強烈な美しさもアッシェンバッハのフィルターがかかった姿で他の人から見たら「ちょっと小奇麗な男の子」程度なのかもしれません。

トピ内ID:3704675397

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そもそも

041
13回は観た
タジオ役は『もう少し幼い少年』を探していたようです。 『気を引く』という気持ちも(感じられ)ないような年齢の少年が理想だったのでしょう。 しかし監督のお眼鏡にかなう少年は彼しかいなかったのです。 最近どこかで読んだのですがアッシェンバッハの死因は『持病の心臓』だと? 私もコレラだと思い込んでいたので「え、そうだったの?」。 確かに心臓が悪いという話は出てきていたような・・・ とすると、『コレラ』は単にベニスの退廃イメージを増す為の舞台装置だったのかも知れませんね。 全てはビスコンティの美学なのです。 ところで、最後の方で浜辺で老いたご婦人が歌う歌は誰の曲なのでしょうか? ずっと知りたいのですがわかりません。 ご存知の方がいらしたら教えてください。

トピ内ID:6684720840

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とぴ主です

🙂
kei トピ主
こあら様 アッシェンバッハの空想シーンなのかと思っていました。現実と空想が交互にでてきて・・・私もそのような気がしてきました。 アラスカさま あのオジサンも美形なら、あの少年にも同性愛傾向があっての媚態かとも思いますが、なんとも不細工な、嫌悪感一歩手前の汚らしいオジサン(特に最後の方)なので、それは考えにくいなあと。 そうなのです。私もそれが腑に落ちなかったのです。 自分の魅力を知っっていて、あのオジサンの好意をからかったのかな? と私も解釈したのです、ですがきっと、心象世界なのだろうと思い始めています。 ぽいぽい様 この原作は実体験を基にしているのでしたら、やはり心の世界を映像化したのでしょうね。 皆様のご意見を伺っていて、きっとスターと一ファンのような関係性でスターの 日常的な行動を特別なもの、視線の先に自分がいただけなのに 特別な何かを感じる心象世界を芸術家が卓越した表現力で映像化したのだと分かりました。 ありがとうございました。

トピ内ID:7471317100

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とぴ主です

🙂
kei トピ主
おばさん様 たぶん、タジオは、ホテルで働いている人でも他の滞在者でも 顔見知りになればおなじようにしていた。  そうですね。ありがとうございました。 りすこ様 誘惑しようなんてカケラも考えてないと思います。よく見かける人だから目礼くらいはする、それだけです。 あれが実話であれば、きっとそうなのですね。 あの強烈な美しさもアッシェンバッハのフィルターがかかった姿で他の人から見たら「ちょっと小奇麗な男の子」程度なのかもしれません。 あの少年のモデルは「ちょっと小奇麗な男の子」とのご指摘面白いですね。 ありがとうございました。

トピ内ID:7471317100

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コレラだったと思いますが

😀
ヴィスコンティ大好き
「13回は観た」様 原作ではたしか ベニスではコレラが流行り死者が出始めたが、 町ぐるみでホテルも関係者も芸人も 商売のために観光客に去られたくなくて黙秘している。 アッシェンバッハは事実を知り、 一度はベニスから去ろうとするがタジオ少年から離れられない。 タジオ少年一家にコレラの真実を暴きたてて、 ベニスから去るように忠告することもできない。 (タジオ少年が立ち去るのがつらくて。) つまり彼はコレラの隠蔽という意味で、死の町ベニスに加担してしまう。 「死と美の世界に囚われたくて自らその世界を作り出した」 と書いたのはその事ですね。 タジオ少年ストーカーの途中で買った、熟したイチゴから コレラに感染してしまう。 というストーリーだったと記憶します。 間違っていたらごめんなさい。 浜辺で老いたご婦人が歌う歌はわかりません。

トピ内ID:5939735962

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