トピックを見ていただいてありがとうございます。
数年前、心が健康ではなかった私はあるセラピストのもとでグループセラピーに
通っていました。昔からなぜか「受けいれられていない」感覚が漠然とありました。
そのセラピストさんも活躍されており、その方を慕ってセラピストを目指す方も多くいました。グループは暖かい雰囲気やことばで満ちていました。私が生きてきた中で難しかった受容の空気を感じ、繊細さを持つ人たちの優しさを信じていたと思います。
そのセラピーにも慣れて月日が経ち、一緒にいたAさんのことを、セラピストを目指す人たちが「よくあんな変わったAさんとプライベートで遊ぼうと思えるね。私だったら遊ばない」とか、時に私を落として嗤う対象にしたり(他の方がフォローしてくれた)、明らかなそれをリーダーのセラピストさんも一緒に嗤っていたりなど、彼らの矛盾のようなものを感じるようになりました。
(グループで発されることばやセラピーという行為と思いと、こういった言動に混乱状態になりました)
それから足が遠のいて随分経ちますが、私にはまだ解消できていないことがたくさんあります。他人の心に触れる仕事をしようとする方たちなのになぜ無神経なのだろう?という思いと、「つながっている」「愛と受容」のことばの解釈が間違っていたのか、でも今も活躍されている皆さんなので、たくさんの方が慕っていらっしゃり、私の受け取り方がおかしかったのか?など答えは出ないままです。もちろん、よくしていただいた思い出も残っています。
もちろん、日常生活では、出会うことばを全て信じて生きている訳じゃないです。
もしみなさんがこういったグループに行かれたら、セラピストの言葉と態度は別で受け取りますか?
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