ドストエフスキーの「罪と罰」の重大な脇役、主人公の妹ドゥーニャについてです。子供の頃から気になっています。わが身を守る為にスヴィドリガイロフに銃を向ける場面です。スヴィドリガイロフの心境、その後の行動に関しては、まあ理屈上は、ああいうパターンが普通の展開だろうと理解はできます。気になるのは2度撃って、最後の一発を残して銃を捨てるドゥーニャが理解できないんです。
以下が個人的推測です。
13発式の拳銃だが、実はあれは想定外で仕組んだ演技。初めの1発は、かすり傷ですむように、わざとすれすれに撃った。2発目はロシアンルーレットでよくやるように空砲になるように弾を入れなかった。スヴィドリガイロフが自殺するよう演技をした。
23発入れていた。本気で撃とうとした。スヴィドリガイロフを殺した後、残りの弾で彼女は自殺するつもりでいた。しかし、2発目が想定外に発砲しなかったので計画を中止した。
3相手を殺す価値もないと思った。
4スヴィドリガイロフが卑劣な人間ではないとわかっていた。(確信した)
大人になってから読み直してみるとスヴィドリガイロフとドゥーニャへの印象が変わりました。4人の男性と2人の女性がドゥーニャの為に人生を大きく変えました。彼女が美人で魅力的な女性でなかったら、この小説は面白みに欠けていたとさえ思います。彼女はドストエフスキーの恋人がモデルだとも言われているので、スヴィドリガイロフに友情以上の好意を抱いていたのではないか?「運命の女」だったのではないか?とも勘ぐってしまうのですが。特に違和感があったのは、毒薬を買いに行ったのを知っていたことです。また、彼の妻がドゥーニャの潔癖をはらす為に村中を一軒一軒回って、夫が邪恋を抱いた若い女の純潔や高潔さを讃えるって異常だと思いました。
読書家の皆様、ドゥーニャが銃を捨てた心境、どう思われますか?
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