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様々な考え方があるということ

レス15
(トピ主 0
🙂
バナナ
ひと
若いころは視野が狭く、なかなか人の意見を受け入れにくかったり、自分が一番正しいと思いがちだと思いますが、皆さんは何歳くらいから世の中には様々な考え方、感じ方があるんだと意識し始めましたか? そのことを意識し始めてから、人との衝突が減ったとか、心に余裕が生まれたとかなにか変化はしましたか? できれば、年配の方にお聞きしたいです。よろしくお願いいたします。

トピ内ID:6226063931

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逆ですね

041
パープル
トピ主さんお望みの年配です。 私が思うに、 年をとったほうが「頑固」だし、反省しません。 年配は全員「自分が正しい」と思っていると考えてください(笑)、 みんなそう思っています、 「自分が生きた証し」ですから当然。 人の立場や気持ちを理解しましょうは、 =私の立場や気持ちを理解しなさい、と同意語です。 相互理解もそう、 「自分を理解しなさい」ということです。 それから、 年を取るとますます血縁にかえっていくようで、 親や子供など、 自分のルーツを特に愛しく思うようです。 若い世代のほうがむしろ、 自分を批判できるものでは? 自分や肉親を客観的に厳しく見つめ、 自分を内省できるのも、 みずみずしい若者世代特有のものです。 年取った女で、 「自分が悪かった」と内省できてるひとっています? 身内に感謝はしてるおばさんは多くても、 おばさんは他人に謝罪どころか、 反省ひとつしないでしょ。 ただ、 上手に生きる手立ては上手くなりますね。 トピ主さんの聞きたいことはそのあたりでしょうけど、 おばさんの中身は澱んでます。 若いうちの、 ヒリヒリした純粋さが私は懐かしいです。

トピ内ID:8556489670

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40歳過ぎたぐらいかな。

🛳
珈琲豆
たまたま仕事で人材開発部門の管理職をしていた時期ですが、「ダイバーシティマネジメント」という言葉に触れたのもそのころでした。 思えば、義務教育から始まって、何かとひとつの「正解」を求める日々に明け暮れてきた人生。しかし、ビジネスの場でも日々の生活の中でも、「正解」と呼ばれるものは何一つなく、いろいろな考え方があってどれも正しいかもしれないし間違っているかもしれない。やってみなければわからないことだらけ、そんな当たり前のことに気づかされる時期でした。 確かに会社の上司や部下、取引先との日々の会話は穏やかだし、衝突することは減りました。 なのに何故か、何故か夫婦間のコミュニケーションだけは改善しないですね。相変わらず私が正しい、あなたが間違っているのバトルを繰り広げる毎日です。(トホホ)

トピ内ID:6619351147

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難しい

🙂
メロン
43歳です。 年配?…微妙な年齢ですが。 35歳くらいの時にかな、人の考え方なんて千差万別だって気づいたのは。 変化したこと、人との衝突は確かに減ったかも。でも、色んな意見を聞く度にそれぞれ「あー、なるほど、そういう考え方もありかも!」と思ってしまい、優柔不断というかどれが正しいのか自分の考えさえ分からなくなってしまうことがあり、他人からは八方美人に見られてるかもなぁと、自分がイヤになる事もあります。

トピ内ID:9990936809

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私の場合、ちょっと違う

💡
ノア
アラフィフ女性です。 若い頃は、上の人の意見を鵜呑みにしていたというか、 黙って聞いてたほうが楽だと思っていました。 自分の世界が狭かったから、よく解らなかったのです。 自分で出来ることが増え、自分で責任が取れるようになると、 鵜呑みにせず一旦受け取ってから考え、自分の意見を言い返せるようになりました。 元々、世の中には様々な考えはあった。 自分で道を切り開くようになって、その考えとの出会いが多くなりました。 若い頃から、自分が正しいとは思っていませんでしたが、 今では、正解は一つじゃない事に、はっきり気付きました。 様々な考えの人との出会いは、自分の思考の世界も広がる事だと思います。 ただ、長く生きれば生きるほど、自分の生き方も固まってくるのも事実です。 自分がやりやすいスタイルも出来てしまいます。 歳と共に心身の柔軟性が失われていく実感を感じつつ、自分の生き方を貫きつつ、他人の生き方も尊重できたらいいなと、自分に言い聞かせています。

トピ内ID:6194001541

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逆です。

🐧
ぺんぎん
「様々な考え方があるということ」、つまり、人によって考え方が異なるということは、小学生くらいから意識して人に接するようにしていました。 しかし、「なかなか人の意見を受け入れにくかったり、自分が一番正しいと思いがちな人がいる」ということに気が付いたのは、二十歳くらいからでしょうか。 それからは人と衝突しなくなりました。 「正義の味方」には勝てないな、と(笑)。 だから、正義の味方が近づいてきたら、まず、逃げますね。

トピ内ID:0099236354

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気づきはあったが、心の余裕は生まれなかった

アラフィフ女
40代で数年間アサーティブトレーニングの講座を受けてから意識が少し変わったようには思います。 私にとってアサーティブトレーニング講座は「言うのなら、相手を尊重しながら、自分の気持ちや意見を言う、トレーニング場所」という認識でした。しかし実際は相手の気持ちや尊厳など無視でズケズケ失礼なことを言う受講生が続出。そして主催者もそれに対して何のフォローもしない。ズケズケ言う人はどんどん自己肯定感を高めていくが、ズケズケ言われた人は自己肯定感を奪われていくという変な現象が起きていました。なんで?と納得いかず数年。 やっと気づいたのが全く同じ「アサーティブ」の講義を受けても皆自分の物差しで都合の良いように「解釈」しているということ。「解釈」は其々違うので「違和感」が出てくる。まさに価値観の違いだと。一般社会でも形は変わっても同じようなことが起きているのだと。 しかし、違いがあるのは分かりましたが私に心の余裕は生まれなかったです。むしろ若干以前より人間不信になりました。

トピ内ID:1047931968

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追加 

アラフィフ女
追加として、発言小町の存在もありますね。全てを鵜呑みにするのは危険ですが、考えさせらることも多々あります。 前回のレスに書いた講座については、洋々な考え方があるという気づきがあったことは感謝していますが、今の運営スタイルのままでは私個人は他の人にはお勧めはできないかな。 講座内容の性質上やはり主催者にもう少し工夫や調整能力が必要だと私は思っています。「アサーティブを捨てるのもアサーティブ」という考えもありますが、それが横行してズケズケ失礼発言する受講生達の一方通行を認めているままでは、私のように心が後退していく受講生もでるので。 まず自分が対処すべきだ!他者のせいするのは良くないことが分かっている前提で書きますが、もし主催者が事務的な対応でなく現場でうまくフォローしてくれていれば、私の心に良い変化が起きていた可能性もあったので、そこのところは残念に思っています。トレーニング場所は現実社会とは違い誰もが安心を確保できる場所であってほしいです。 少し話はそれました。私はウインウインな関係が理想ですが、それはなかなか難しいと年を重ねるごとに思いますね。脳が頑固になりますから。

トピ内ID:1047931968

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50くらいです

🙂
おっちゃん
40代でお勤めから独立起業しましたが、最初はうまく行きませんでした。50くらいになって、素直に人に頭を下げられるようになってからうまく行くようになりました。 元々、上昇志向の強い、傍から見たら嫌な奴だったろうと思います。そこそこ稼いではいましたが、お子三人で教育費がかさんで、自分より稼いでいる人を羨む気持ちが強かったので、独立起業しました。 最初は人に頭を下げることがなかなか出来ませんでした。というか人のいいところを認めることが出来なかったのだと思いますが、よくよく考えると仕事がうまく行かない自分が一番出来てないんですよね。 そう思って開き直ると、人のいいところが見えて来て、誰を見ても、この人のこういうところにはかなわないなと思えるようになって来ました。その頃が転機だったと思います。それから上向いて来ました。 他人より自分が優れているところでは他人を助けて上げて、他人が自分より優れているところでは素直に助けてもらう。助けてもらったら、素直にお礼を言う。それで持ちつ持たれつうまく行くと思います。

トピ内ID:6899966029

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レスします

🙂
さぶちゃん
他人の話をきちんと聞く・聞かないは人生経験というより個々人の性格 によるようで聞かないタイプが年とって聞くようになるということは 意外と少ないように思います。 よく話を聞くタイプは年齢に関係なく若いころからよく聞くように思います。 法律をかじった者にとっては意見の多様性は議論の前提ですが、理系 の中で余り優秀でない部類は意見の多様性ということ自体が理解できないようです。 世の中は文字通り1+1=2とすべて割り切れると考える人種がいると 気づいたのは新鮮な驚きでした。 それにしても自分の意見だけが正しい、他人の異なる主張には一切耳を 傾けないという手合いは度し難いですね。

トピ内ID:4566013803

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郷に入れば郷に従え

🙂
69歳主婦
私は横浜市出身で、24歳のとき結婚しました。 主人が転勤族だったので、日本国内だけですが、転々としました。 30代前半で、関西(宝塚市)に転勤になったことで、いろいろ勉強になり視野が広がりました。ありがたく思っています。 それまでは関東地方だけしか転勤にならなかったので、視野が狭かったと思います。 若気の至りで、自分の常識はどこでも通用すると勘違いしていました。 関東と関西では、常識が全く違いました。 自分の常識は、全国共通の常識ではないと思い知らされたものです。 関西にいた7年間は、「郷に入れば郷に従え」ということわざ通り、周りに合わせました。 関西の次は東京に戻ることができ、故郷の横浜市に家を建て28年経ちました。 今は、お陰様で何のストレスもなく健康に暮らしており、幸せです。 常識は、場所によって変わるものです。 「郷に入れば郷に従え」そして「和して同ぜず」です。

トピ内ID:6242109224

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気が付いてはいたけど

寒さ本番
肌で感じたのは、社会人になってから。 学生時代は、同年とのつきあいに限られる事が多かったですが社会出ると性別年齢に 関わらず仕事しないといけないので。 でも自分でも嫌味なく綺麗に距離を取り相手の価値観を受け入れられるようになったのは 40代突入してからです。 自分が絶対ではなく「ああ、そういう考え方もあるのね」「他の人は違うかもしれないよ?」など 子育てを介した色々なママ友仲間から学ばせてもらいました。 会社は働いて給料を貰うので、納得いかない事も納得できましたがママ達は,そうは行きません。 さながらジャングルのようでしたから笑。 そんな私も50を幾つか過ぎました。

トピ内ID:5078630639

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年齢ではなく経験と教養

オババ
トピ主様はお若い方でしょうか?でも、大事なことを良く考えていて偉いですね。 本当に世の中には色々な方が居ます。 この小町を見ていてもわかります。 それだから面白いとも言えます。 私はもう70近い婆さんですが、人による、年齢ではないと思います。 私自身は社会に出てずっと仕事をしてきた経験から、沢山学びました。学生時代はわかりませんでした。 そうですね、急にではなく、じょじょに成長したと思います。 結婚して、子育てもして、いろんな人に出会って、苦労もあったが楽しかったです。 自分の体験だけでなく、他人の話を良く聞く、読書をする、旅をする、映画を見る等学ぶ姿勢が教養を深め、人間としての幅が広がるのではと感じています。 自分の考えに信念を持つことも大事ですが、他人の意見にも耳を傾けることは大切です。 そして、100%善もないし悪もない、簡単に決めつけてはいけないと思います。 今は、他人とのお付き合いを煩わしいと考える人が多く、このトピにホッとしました。

トピ内ID:3125043568

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日々学び

🙂
なつ
 まだ若いですが、小町を見て他の人の考えを見ています。 普段会う人とは、相手の立場を見て本心を言わない人が多いと思うので。 小町だからこそ、誰にも言えない本音を言う人いますよね。 嫉妬などの感情も、器が小さいと言う人もいますが、人間なら誰でもあるのかなと感じます。 色々と考えさせられます。 年齢によっても、違いますね。 見ていて昭和風の考えを言ってる人もいるなぁと思います。 でも、時代だからその考えも取り入れたいですよ。

トピ内ID:2982297258

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50代既婚女性です

雪だるま
わたしは自分自身に対して厳しくて、苦労してましたね。他者には寛容でした。と云うか、他人の事が全然気にならないタイプなのです。 しかし、兎に角、自分自身には『こうあらねばならぬ』と云うはっきりとした理想があり、其処にきっちりはまって居ないと自分で自分を許せないのです。だから、いつも辛かったですね。神経が参ってました。理想の自分になれなくて鬱にもなりましたし。そんな弱い自分も許せなくて、本当にツラかったです。 それが、鬱で休職して1年以上経ってしまって、子供の頃からの夢を叶えて就いた仕事だったけど、もうその仕事も無理だな・・・と諦めがついた時、憑き物が落ちたみたいに楽になりました。理想の自分じゃなくても仕方ない、もういいや、と。 他の仕事をアルバイトで始めてみたら、それが結構自分に向いていて、本社から人事の人がわざわざ『正社員にどうか』と誘いに来てくださったり。 自分を縛っていた自分が居なくなったら、周りの人たちがつながってきてくれる様に感じました。 いろいろな人が居て、いろいろな目でいろいろな人や物を見ているんだ、と、改めて感じたものです。 その後結婚もして、平和に暮らしてます。

トピ内ID:8939698044

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人それぞれだと思いますよ。

🐶
50代
若くても、人の話をよく聞いて認識を広げようとする人もいれば、 いくら年を取っても自分の意見を曲げず、人が離れて行く理由もわからず、必死に孤独と闘ってる人もいるようです。 私は地主の末娘で、封建的思想の強い両親に常に反抗心を持っていました。結果、アメリカ人の夫を持ち、アメリカで生活しているのですが、まぁ、日本人をはじめ、様々な国の人とお会いしました。国籍は関係なく、その人が相手から何かを学び、自分を変えていく素直さ、高めていく柔軟さを持っているかで「気づく年齢」が決まると思います。 私自身は頑固な上、疑問を持ちながらも両親の思想に染まっていたので、世の中、個々の有り方があるとわかっていながら、心のどこかで相手を認めていませんでした。口には出しませんでしたが、見下していたところがありました。 50に入ってからです、私が本当の意味で理解できたのは。そして、楽になりました。いろんなことが気にかからなくなりましたよ。

トピ内ID:7516332320

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