本文へ

セロ弾きのゴーシュ

レス31
(トピ主 9
041
かっこう
話題
私は、おそらく、宮沢賢治の熱心なファンとまでは言えないと思います。 まとまったものとしては、天沢退二郎さん編の新潮文庫のシリーズを約20年前に読んだくらいです。 後は、単発的に数冊ほどでしょうか。 宮沢賢治の作品は、どれも、つい深読みをしてしまうものばかりですが、それが楽しみの一つでもあると思います。 その中で、熱心なファンの方はお分かりなのだと思いますが、作品の中に暗示はしてあるものの、それほど明瞭ではない、そんな作品もいくつかあるように思います。 ずばり行きたいと思います 「セロ弾きのゴーシュ」のゴーシュは、なぜ、楽長にアンコールを任せられるくらい演奏が上手くなったと思いますか。 皆様のお考えを聞かせて下さい。

トピ内ID:5883033608

これポチに投票しよう!

ランキング

レス

レス数31

このトピックはレスの投稿受け付けを終了しました

レスします

041
毎晩練習したからうまくなったんだろう たゆまず努力しろよみたいな意味

トピ内ID:2728884156

...本文を表示

練習したから

🙂
ふくろう
単純にそう読んでいました

トピ内ID:9147421427

...本文を表示

へ?

041
プリン
毎日長時間の練習をしたから、ではないのでしょうか。 違うんですか??別の解釈があるんですかね。 確かに、10日ぽっち、付け焼刃で練習したぐらいで上手になるか、とは思いますけど。

トピ内ID:6539846232

...本文を表示

昔見た絵本では…

え~と
絵本で読んだ子どもの頃は 夜 訪ねて来たねずみの親子 カッコウ 子ダヌキに頼まれて セロをひきまくったことが練習になって上手くなった。 …と思っていましたが 大人になってふと思うと 最初冷たくあしらっていた動物達に優しく接する様になったことで 人間性に深みが生まれ 情緒的にも良い演奏ができるようになった…とも受け取れますね。 テクニックだけでなく 心で弾くんだよ…て?

トピ内ID:6265559502

...本文を表示

え?!練習していたじゃないですか!!!

💰
電車乗らない
私は、趣味でですが、 楽器を少々かじっていたので セロ弾きのゴーシュは わかりやすかったですよ! それぞれの日にちに メロディ、リズム、 そして1人ではありますがハーモニー(本当はこれは集団でのものですが、気持ちをこめてなどの感情的な役割) を学んだのだと思います。 ※1日目の猫ちゃんは、かわいそうでしたが、 アンコールでの比較としても必要だったのでしょう。(途中に、思い出したりしていましたし。)

トピ内ID:0982931117

...本文を表示

小学2年生の作文に解説が有り

🙂
恋次郎
「かっこう」さん。あなたの疑問に対し、明確な解答を得られる作文が有ります。第47回(1998年)全国小・中学校作文コンクールの作文=「あまえる」ということについて=に、よくわからない話の「セロひきのゴーシュ」の解説作文が、優秀作品に選ばれています。 作者は、なななんと、当時小学2年生の方です。目から鱗で、小2の作文に大感動すること請け合いです。

トピ内ID:4586557531

...本文を表示

すいませんが、かなり特殊な見方です

041
天才ネコ
その1 ゴーシュは類いまれな才能を持っていたため、常人では理解できないことで当初はつまずいていたが誰も助けることができず結局、自分で乗り越えなくてはならなかったという天才の苦悩を書いたものという理解があります。 その2 作者が努力をすれば何でも可能になるという固定観念にを持っていた。という見方が出来ると思います。

トピ内ID:3367748109

...本文を表示

動物たちを相手に

041
黒猫
ゴーシュは、ヘタで弾けなかったんじゃなくて 闇雲に弾くばっかりで、音楽に心が入ってなかったんですよね。 そこへタヌキや猫やかっこうたちが現れてゴーシュを揺さぶる。 その中でゴーシュは、予期せず心と演奏を同期する事が出来た。 つまり開眼したわけです。 その変化を見守っていた団長さん。さすが。

トピ内ID:3191863643

...本文を表示

動物達

041
かっこう トピ主
ん様 レスありがとうございます。 >毎晩練習したからうまくなったんだろう >たゆまず努力しろよみたいな意味 仰る通りだと思います。 ただ、それでは、動物達の登場する意味が分からなくてトピを立てて見ました。

トピ内ID:5883033608

...本文を表示

反復練習と謙虚な姿勢と気合

🙂
クラムボン
カッコウに自分の限界まで繰り返し練習することを教えられ(しかも自分がずれていることもわかった)、子ダヌキに第2弦が遅れると指摘され、ネズミの親子には聴衆のために演奏することを教えられたのではないかと思います。アンコールでは、練習を積んだ分、自信を持って、猫のことを想い出しながら、豊かな曲想で弾くことができたのかも。

トピ内ID:9365481627

...本文を表示

練習したから

🙂
どんちゃん
え、練習したから以外の理由が思い浮かびません。 カッコウやタヌキ、猫の相手をして、彼らの指示のまま基礎の練習をしたからでしょう。 実際、原作でも 「なんべんもなんべんも、ごうごうごうごうひきつづけました」(三毛猫訪問前) 「(2時過ぎてもやめなくて)それからもう何時だかもわからず、ひいているのかもわからずごうごうやっていますと」(かっこう訪問前) 「ゴーシュは夜中すぎまでセロをひいて」(たぬき訪問前) 前提として、ゴーシュは練習をちゃんとしているのです。 そして、練習し過ぎて頭が回らなくなった時に訪問者が現れている。 ちなみにこの作品のテーマは 「ゴーシュの精進が大自然の意思に感応した」と見るようですね。 私は納得しています。

トピ内ID:1835751154

...本文を表示

セロのチューニング?

🐤
りり
最初に学長が、糸が合わない、と指摘しています。 くゎくこう鳥も、狸の子からも。 野鼠の時は、チューニングしてます。 セロのピッチが合ってなかったのを直したことに理由があるのかと思います。 それから、動物達に演奏を聴かせたり、夜遅くまで練習したから上達のしたのかな。 セロ弾きのゴーシュいつか読もう読もうと思っていて、このトピのお陰で読むことが出来ました。 ありがとうございます。 作品の中の音楽を動画サイトで聴いてみました。 トロメライ、印度の虎狩、愉快な馬車屋 楽しい読書が出来ました。

トピ内ID:7865118196

...本文を表示

ふくろう様、プリン様 レスありがとうございます

041
かっこう トピ主
問いかけが漠然としていたようで申し訳ありませんでした。 芸術に、喜怒哀楽の感情は欠かせないものだと思います。 物語の初めのゴーシュは、感情の起伏を感じさせない、淡々とした人物のように思えます。 そのゴーシュのもとに動物達が現れ、それをきっかけとして、ゴーシュは、怒りなどの感情を表現する事を思い出す、そんな風に読めるように思いました。 >確かに、10日ぽっち、付け焼刃で練習したぐらいで上手になるか、 ゴーシュは、技量はそれなりにあって、足りないのは、音楽を理解して演奏すること、それだった、そんな風に読めるように思いました。 動物達とのふれあいで慈悲の心が芽生えたと理解されるようですが、私は、怒りなどのネガティブな感情も含めたく、皆様の意見を聞いてみたくなりました。 また、宮澤賢治は、法華経を信仰していましたので、動物達が登場する背景には、それを使わした仏の存在が暗示されている、そんな深読みも出来そうに思い、熱心なファンの方に聞いてみたくなりました。 後出しジャンケンになって申し訳ありませんでしたが、改めて、意見を聞かせて頂ければと思います。

トピ内ID:5883033608

...本文を表示

楽しく思います

041
かっこう トピ主
レスありがとうございます。 【え~と様】 >テクニックだけでなく 心で弾くんだよ…て? 仰る通りだと思います。 私は、心に、怒りなどのネガティブな感情も含めたく思いました。 【電車乗らない様】 >それぞれの日にちに > メロディ、リズム、 >そして1人ではありますがハーモニー そうだったのですね。 勉強になります。 【恋次郎様】 ご教授頂いた事に触れる事が出来ましたなら、あらためて返事させて下さい。 【天才ネコ様】 その1について 楽長だけは見抜いていた、その理解でよろしいでしょうか。 その2について 宮澤賢治は、どこかに困っている人がいれば、直ぐにその人のそばへいけるようになりたい、そんな考えを持っていた人のようですから、そのように考えた事は、有りうる事だと思います。 【黒猫様】 >そこへタヌキや猫やかっこうたちが現れてゴーシュを揺さぶる。 >その変化を見守っていた団長さん。さすが。 私もそう思います。 皆様のお考えに触れる事が出来て、楽しく思います。

トピ内ID:5883033608

...本文を表示

楽長はゴーシュの演奏を認めていたか?

🙂
Wisteria
 ゴーシュの演奏が上達したのは、他の方々が掛かれている通り、彼が練習に励んだからだと 思いますが、楽長はゴーシュの腕前を認めてアンコールを任せたのではないと思います。 『セロ弾きのゴーシュ』を読み返してみましたが、楽長はアンコールをやりたくなくて、 面倒なことをゴーシュに押し付けるつもりで彼にアンコールを指示したのだと思います。 ゴーシュが「どこまでひとをばかにするんだ」と思っているのがその証拠です。楽長が ゴーシュの上達を認めたのはゴーシュがアンコールで「印度の虎狩」を弾いた後です。  「印度の虎狩」って、どんな曲なのでしょうか。一度でいいから聴いてみたいです。

トピ内ID:3905793820

...本文を表示

考えてみました。

041
うな丼な
私も音楽をする者なのですが、このトピに考えさせられました。 カンニングしてウィキで見たら、「鑑賞」というところに私にとっては模範解答のようなものものっていました。ああそうかと思いつつ、自分の考えを。 猫の不遜さはゴーシュそのものかなと。相手の事を考えず自分の事ばかり。でもその後ゴーシュの所に来る動物には自分の都合はありながら、真剣さ、真摯さがある。 でもその猫は、ゴーシュに「本気で感情(この場合は怒り)を込めて演奏すれば、すごいんだ」ってことを教えてくれたような気がします。本番のアンコールの時、猫の反応が回想シーンのように出てきますが、そういう力を秘めていながら、それまでは出せなかったのでしょう。 その後カッコウとの音階練習など、基礎練習の反復。これは音楽家にはとても大切な事。目先の課題曲だけに向かうのではなく、基礎を日常にじっくりやると曲もうまくなる。 最後のネズミは、聴衆を意識するということかなと。人のために弾くことを彼はここで学んだ。 いや、興味深いトピです。 トピ主さん、ありがとうございます。

トピ内ID:3482068389

...本文を表示

牽強付会

041
かっこう トピ主
レスありがとうございます。 クラムボン様 音楽に即した解釈を拝見して、自分の視点の欠如を思いました。 再読の祭は、是非、念頭に置きたいと思います。 どんちゃん様 >「ゴーシュの精進が大自然の意思に感応した」と見るようですね。 「牽強付会」、ご容赦下さい。 仏教は、自然宗教と言われるようですね。 宮澤賢治は、法華経の熱心な信者であったようですから、それが反映しているのかも知れませんね。

トピ内ID:5883033608

...本文を表示

心が入った。

🐱
Nekoko
動物達のおかげで、感情というものが、ゴーシュの心の中に入り込んで、それが演奏として現れたからだと思ってました。 ただ演奏するなら、ある程度練習すれば出来るけど、芝居と同じで、気持ちが入っていないと観に(聞きに)来る人達には伝わらないですよね。 宮沢賢一は、そういう人の心の情景をとらえて文章にするのが上手いんだろうなと感じてます。

トピ内ID:4731932139

...本文を表示

単純に

🙂
北国生まれ
動物達と触れ合うことで、「人に聞かせて楽しんでもらう演奏」を心がけるようになったから、と思っていました。

トピ内ID:7658709021

...本文を表示

私も聴いてみようかと思います

041
かっこう トピ主
りり様 私は、音楽を聴くのは好きですが、楽器の演奏は全く出来ないので、そのような視点に欠けているのかも知れません。 ご教授、ありがとうございます。 >作品の中の音楽を動画サイトで聴いてみました。 >トロメライ、印度の虎狩、愉快な馬車屋 私も聴いてみようかと思います。

トピ内ID:5883033608

...本文を表示

楽長の人間性とか心境とか

🙂
こねずみ
楽長さんの心境は複雑ですよね。 ゴーシュはけっこう単純明解な男と思ったけど、楽長はちょっと複雑でよくわからない人だな、と思いました。 最後のアンコールも、一見なげやりでやりたくないのでゴーシュにおっかぶせたたような形ですが、実は、ゴーシュの努力を認めてやりたくて、一人で押し出した、とも考えられます。今でいう「ツンデレ」っていう感じで、ゴーシュも敏感ですから、楽長の意思か読めたのでしょう。 すてきな結末だなあと思いました。

トピ内ID:4358223261

...本文を表示

Wisteria様へ 刺激を頂きました

041
かっこう
>楽長はゴーシュの腕前を認めてアンコールを任せたのではないと思います。 楽長は、これ以上の大物はやれないといってゴーシュを指名しますので、ゴーシュを信頼しての事だと思いました。 >ゴーシュの上達を認めたのはゴーシュがアンコールで「印度の虎狩」を弾いた後です。 演奏が終わった後にゴーシュを労っても良かったけど、アンコールを成長著しいゴーシュに委ねたので、労いもその後になった、そんな風に私は受け止めました。 最後のゴーシュのかっこうに対する言葉に、「春と修羅」に通じる宮澤賢治の想いを感じるのは独り善がりが過ぎるでしょうか。 動物達に対するゴーシュの振舞いは、ある意味、修羅のようでもありますが、それを通過する事で、表現(芸術)に目覚めていく、そんな物語に読めるように思いました。 >『セロ弾きのゴーシュ』を読み返してみましたが 私も、さっと、読み返してみました。 じっくり読み返せば、また、違う感想が出てくるかも知れませんが、それでも、ゴーシュの最後の言葉には、ジーンとくるものがありました。 刺激を頂き、感謝します。

トピ内ID:6943114434

...本文を表示

基本的な理解から教授頂き、勉強になりました

041
かっこう
うな丼な様 レスありがとうございます。 興味深く読ませて頂きました。 音楽や、その練習については、皆様の書かれている通りだと思います。 昼休みに、もう一度読み直してみました。 すると、次第に自分を開いていくゴーシュの姿があるように思いました。 それを引き出したのは、いうまでもなく、ゴーシュの下を訪れる動物達であり、その動物達に感情をぶつける行為、そのように思われました。 終盤の楽長や楽団員達とのやり取りも、仲間に心を開いていくゴーシュの姿が描かれているように思います。 最後の最後、かっこうへの想い、自分の気持ちを素直に認める事が出来るようになったゴーシュ、そう受取る事が可能に思えます。 やさしく出来る気持ちがあるのに、それを認める事が出来ない弱さ、それをゴーシュは、かっこうに謝罪したかったんかも知れません。 この作品から私が感じる一番のものは、開放感、それです。 音楽(芸術)とは、そのようなものかも知れませんね。 皆様のレスで、基本的な理解から教示頂き、勉強になりました。

トピ内ID:9802966514

...本文を表示

カッコウのおかげ

🙂
のり
動物達は努力しているゴーシュを見かねて、やってきます。 音楽に対する喜びを感じて欲しかったのだと思います。 人間にどうにかされるかも知れないにもかかわらず、自己犠牲の精神で、ゴーシュに近づいてきます。 特にカッコウに対しては、傷つけて追い返すことになってしまいました。 動物達は皆、徳の高い霊的存在だったのでしょう。彼らからインスピレーションを受けて、ゴーシュは成長しました。 それに気づかず、いら立ちから、かっこうを怒ってしまいました。 しかし、最後にはそれに気付いて、謙虚に受け入れられなかった自分を反省したのでしょう。

トピ内ID:6302168333

...本文を表示

嬉しく思います

041
かっこう トピ主
●Nekoko様 >そういう人の心の情景をとらえて文章にするのが上手いんだろうなと感じてます。 そうとは書かれていないものの、ゴーシュの気持ちが変わっていくのが分かるように思いますね。 それが、最後のかっこうへの想いに凝縮されているように思います。 ●北国生まれ様 動物達は、だれもゴーシュを拒まない、それが、ゴーシュの気持ちを変えていったのかも知れませんね。 楽しい話を、皆様と共有でき、嬉しく思います。

トピ内ID:5883033608

...本文を表示

よくご存知のようですね

041
天才ネコ
トピ主様はよくご存知のようですね。作者の背景として法華経があり、また、生活した場所が、東北の太平洋がわでヤマセで飢饉が続いていたとか農学校出身で生物の知識があったということがあると考えられます。

トピ内ID:3367748109

...本文を表示

私には、無い視点でした

041
かっこう トピ主
こねずみ様 レスありがとうございます。 >今でいう「ツンデレ」っていう感じで 良い表現ですね。 >最後のアンコールも、一見なげやりでやりたくないのでゴーシュにおっかぶせたたような形ですが、実は、ゴーシュの努力を認めてやりたくて、一人で押し出した、とも考えられます。 私も、ゴーシュを信頼しての事だと思います。 >ゴーシュはけっこう単純明解な男と思ったけど、楽長はちょっと複雑でよくわからない人だな、と思いました。 この視点は、私にはありませんでした。 今度、読み返す事があったら、気を付けてみたいと思います。

トピ内ID:5883033608

...本文を表示

のり様、レスありがとうございます

041
かっこう トピ主
>音楽に対する喜びを感じて欲しかったのだと思います。 >動物達は皆、徳の高い霊的存在だったのでしょう。彼らからインスピレーションを受けて、ゴーシュは成長しました。 教えるのが、人ではなく、動物たちであるのが良いですね。 自然、漠然と、それを思いました。

トピ内ID:5883033608

...本文を表示

動物と人間の交換

041
かっこう
天才ネコ様 レスありがとうございます。 >トピ主様はよくご存知のようですね。作者の背景として法華経があり、また、生活した場所が、東北の太平洋がわでヤマセで飢饉が続いていたとか農学校出身で生物の知識があったということがあると考えられます。 私は、トピ本文の通り、 天沢退二郎さん編の新潮文庫のシリーズ(4冊)を約20年前に読んだくらいですので、詳しい内には入らないと思います。 その限られた中でも、色々と空想する事があって、面白い作家・人物だなぁ、と感じます。 例えば、「月夜のでんしんばしら」は、この人は、本当は唯物論者なのではないか、と感じたり、「タネリはたしかにいちにち噛んでいたようだった」だったと思うのですが、強烈な母性を感じたり、がありました。 「鹿踊りのはじまり」は、動物と人間の交換を扱ったものだと思いますが、セロ弾きのゴーシュは、また、それとは違う動物達との交わりと、クラシック音楽というハイカラさもあって、楽しい作品だと思いました。

トピ内ID:6943114434

...本文を表示

試練を乗り越えたキリスト

🐶
きょん
新約聖書の福音書に、イエス・キリストが40日間飲まず食わずで荒野をさまよい、悪魔の誘惑をことごとく退け、その後、伝道生活に入った、という記述があります。幼いころから持っていた聡明さに加え、試練に打ち勝つ心の強さが備わって初めて、人々を新しい信仰へと導く力を持ったと読める部分です。 賢治は、キリストにゴーシュを重ねていたのではないかと、私は思います。そして、ゴーシュは賢治自身でもあったと。 賢治は仏教徒であったから、あるいは、仏陀の悟りにこの話を重ねたのかもしれません。 いずれにせよ、賢治の宗教観が、この作品には反映されているように思えます。

トピ内ID:5160711129

...本文を表示
[PR]
気に入ったトピを保存するといつでも読み返せる
気に入ったトピを保存するといつでも読み返せる
使用イメージ
使用イメージ

マイページ利用でもっと便利に!

お気に入り機能を使う ログイン
レス求!トピ一覧