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是非もない

レス17
(トピ主 7
041
日向
話題
「是非もない。」 本能寺の変で、謀反を起こしたのが光秀だと知って、信長が漏らしたとされる言葉が「是非もない。」と言われ、ドラマなどでも取り上げられます。 言葉自体は、あれこれ言っても仕方ない、そんな意味のようです。 では、何故、信長は、その言葉を口にしたのでしょう。 1.戦国の世であるからこのような事はある。仕方ない。 2.光秀には恨みを買っていたのであろう。仕方ない。 3.相手が光秀では逃れるすべはない。仕方ない。 皆様は、上の1~3のどれだと思われますか。 また、他にも、これだろうと思うものがあれば、教えて下さい。 よろしくお願いします。

トピ内ID:8761611943

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レス数17

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「3」だと思う!

🙂
歴史好き
 信長は徹底した合理主義者で、逃げることを恥だなどとは思っていませんでした(合戦で敵の挟み撃ちにあうと知ると、わずかの供を連れただけで一目散に逃げています。)。  そういう信長ですから、反乱軍に本能寺を囲まれても逃げられるものなら逃げようと思ったでしょうが、囲んでいるのが有能な武将であると信長自身が評価していた光秀と知って諦め「是非もない」と言ったのだと思います。  信長は部下の能力を見出す術に長けていて、能力があると評価すれば光秀や秀吉などのように生まれにかかわりなく引き立てました。  ただし、彼はそうした部下を優秀な機械のように思っており、感情を持った人間だとは思っていなかった節があります。  したがって、自分の仕打ちのせいで光秀の恨みを買っているなどとは夢にも思っていなかったと思います。  したがって「2」はあり得ないと思います。  信長は間違いなく天才ですが、他人の感情を思いやるなどの感覚が欠落しており、今でいえばアスペルガーだったのではないかと思います。

トピ内ID:5041664851

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悪あがきしない

😉
大田
楽しいトピックスありがとうございます。 私の考えとしましては、3番のニュアンスに近い、悪あがきしない、ジタバタしない、格好悪いことはしない、だと思います。

トピ内ID:1485116718

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4.多勢に無勢だから仕方ない

🙂
今は趣味人
少人数のお供と一緒に本能寺に宿泊していた信長と、戦支度の数百人で襲った光秀とでは戦の趨勢は火を見るより明らかだ、ということから「是非も無し」と言ったと思ってました。

トピ内ID:0413199888

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私が聞いたのは

🙂
戦国大好き
「光秀の旗印を掲げたものが攻めてきているが、光秀かどうかわからない」 と聞き 「攻めてきているのは(光秀を騙った偽者などではなく)光秀である」 と言う意味で 「是非もなし(是も非もなく、光秀である)」 と言ったというもの。 ご子孫の明智憲三郎氏の著書「本能寺の変の真実」を読むと本当にそんな気がしてきました。

トピ内ID:8035327569

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さて…どっちか。

041
大ママ
信長が光秀の謀反に全く気づいてなかったか…。 いやいや、信長ですよ?薄々は気づいていたでしょーそれは。側近中の側近でしたから。 本能寺の変…説にはいろんな角度がありますが、 信長が呟いた言葉の意味を辿るなら、光秀が信長に取って代わるべく、謀反を起こしたわけではなさそうですね。 光秀は非常に冷静沈着で心優しい男だったそうで、信長の暴走に、国の危惧を抱いていた…信長を消さなければ…と思い詰め…。 一番の側近であった、光秀の苦言を知りつつ、止められない暴走…。 信長もどこかで限界を感じていた…仕方なかろう、これも是非かと…。 私はそう思いますね。 これは、信長と光秀の深い関係性が言わせた言葉ではないか、光秀にやられるならそれもよかろう、と。 ただ、光秀はとても残念な生涯を送りましたね。娘の細川ガラシャの人身御供や、長女(名前は忘れました)の心中、と、なかなか不幸な人生を送ったようです。 でも大抵の説は、明智光秀は信長を殺して天下を取ろうとしていた、と、ざっくり言われてますよね…。

トピ内ID:2892830982

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金ヶ崎の退き口

041
日向 トピ主
歴史好き様 レスありがとうございます。 私は、子供のころは、2だと思っていました。 大人になって、分別臭くなって、1だと思ようになりました。 しかし、1では、少し話が出来すぎているように思います。 その点、3は、すっきりしますね。 このトピを立てた後、ネットを検索してみたら、 あれこれ考えても仕方ない。迎え撃て。 そんな解釈があることを知りました。 >信長は徹底した合理主義者で、逃げることを恥だなどとは思っていませんでした(合戦で敵の挟み撃ちにあうと知ると、わずかの供を連れただけで一目散に逃げています。)。 金ヶ崎の退き口の事を仰っているのですね? 並の武将なら、部下の離反を恐れて、そんな事は出来ませんよね。 どこか、この人ならでは、と思わせる部分があったのかも知れませんね。

トピ内ID:8761611943

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大田様、今は趣味人様 レスありがとうございます

041
日向 トピ主
光秀の出陣は信長が命じたのですから、信長は、光秀が率いている軍勢の数は当然知っていたのでしょうね。 状況から、完全に包囲されている事は推測できるし、自分の側は、戦の備えも出来ていないから突破するのは不可能に近い。 また、突破したとしても、味方の兵は各地に展開していて、光秀の軍勢に対向できる勢力はない。 光秀そこを狙って謀反を起こしている。 そこまで瞬時に判断して、思わず、「是非もない」、そう口にしたのかも知れませんね。 ・悪あがきしない ・多勢に無勢だから仕方ない たしかに、そうなのかも知れませんね。 もはや、妙覚寺に宿泊していた嫡男信忠の事は、思わなかったのでしょうか。 織田家当主であるから、信忠は信忠として立派に振舞うであろう。 ・信忠だけは何とかしたいとも思うが、仕方ない。 そんな思いも含まれていたかも知れないと、想像が膨らみます。 やはり、名場面ですね。

トピ内ID:8761611943

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それも納得です

041
日向 トピ主
戦国大好き様 レスありがとうございます。 >「是非もなし(是も非もなく、光秀である)」 >と言ったというもの。 光秀は、信長から「京都御馬揃え」の総奉行を任されたと言いますから、陣立てや軍勢の様子などから、光秀と確信した、そういうことでしょうか。 >「光秀の旗印を掲げたものが攻めてきているが、光秀かどうかわからない」 >と聞き 確かに、これでは、心許ない話ですね。 周りの者に覚悟を促す言葉だった、と言われれば、それも納得です。

トピ内ID:8761611943

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私もそう思ってた

041
歴女のはしくれ
>光秀が信長に取って代わるべく、謀反を起こしたわけではなさそう 光秀は信長を討っても、自分が天下を取ろうとは、ほとんど考えてなかったと思います。 理由は光秀のその後の行動。 自分が天下を取るつもりなら、才ある光秀ですから、その後の計画もぬかりなかったはずですから。 所説ありますが、追放された将軍の為とか、光秀の中では「大義名分」があっての事だと感じてました。 本当は信長の「追討令」を持って、名実共に大義名分にしたかったのでしょうが、 本能寺で防御が手薄になったのを、最大の好機と見て、見切り発車したのだと思います。 追討令を得ようとしたら、信長に悟られたでしょうし。 信頼していた細川氏の賛同も得られず、孤立してしまった光秀。 それに比べ、天下を意識して光秀を素早く討った秀吉が一枚も何枚も上手だったのでしょう。 本題の「是非もない」ですが、自信たっぷりで防御を怠った自分自身に、最後に言い聞かせるように呟いたのかな…なんて思いました。

トピ内ID:3873537435

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2と3の混合だと思う

041
門外漢
織田家の軍団長的立場だった光秀。 本能寺の変の直前に領地を交通の要所だった琵琶湖周辺の一等地から、まだ占領もしていない山陰に行けと言われている。 まあ、信長が戦のうまい部下に最前線の領地を与えて、切り取らせるのはいつものこと。 でも、面白くないのも本当だし、家康の饗応役を任期途中で解任されたのも面白くない。 その前提で考えると (私は「是非に及ばず」だと思っています) 是・・・善という意味 非・・・悪という意味 及ばず・・・判断しないという意味 これをそのままつなげれば 善悪は判断しない。と直訳するのがストレート。 裏切りの善悪は判断しない。という解釈で2. 3だと善悪ではなく可否の判断になる。 では何故裏切りの善悪を判断しないのか? 戦上手の光秀は水も漏らさぬ配置をしているだろうから、ココで善悪を語っても意味がないから。 これが光秀の与力の筒井勢だったら、一点突破を試みたに違いない。 そして後に是非に及んだことでしょう。 つまり直訳で2、決め手で3というのが私の解釈です。

トピ内ID:3544847336

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夢がないかもしれません

🙂
7717
英雄の辞世の句に等しいので、思い入れをもって解釈したいところですが、単なる口癖なのでは?2日ほど前のテレビ番組をみて、そんなことを思いました。本能寺では、生還できなくて残念でした。

トピ内ID:9202102999

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大きな痛手であったでしょうね

041
日向 トピ主
大ママ様 レスありがとうございます。 >これは、信長と光秀の深い関係性が言わせた言葉ではないか、光秀にやられるならそれもよかろう、と。 これが、例えば、秀吉であったり、柴田勝家であったら、「是非もない」とは言わなかったかも知れないと想像してみると、確かに光秀だったからのセリフとも言えなくもない気がしますね。 >ただ、光秀はとても残念な生涯を送りましたね。 親戚にあたる細川藤孝の支援を得られなかったのも、大きな痛手であったでしょうね。

トピ内ID:8761611943

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人間50年

041
ひだまり
敦盛の「人間50年」と謡ってきた信長ですから、当時49歳。 「死のうは一定」で、「是非もなし」と紅蓮の炎の中で、死んでいったんだと思います。

トピ内ID:0072902599

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是非に及ばず

041
日向 トピ主
●歴女のはしくれ様 >本題の「是非もない」ですが、自信たっぷりで防御を怠った自分自身に、最後に言い聞かせるように呟いたのかな…なんて思いました。 面白い見方ですね。 私には、思い浮かびません。 そうですよね、他人にあれこれ言える事ではありませんよね。 >本能寺で防御が手薄になったのを、最大の好機と見て、見切り発車したのだと思います。 「兵は拙速を尊ぶ」とは行かなかったようですね。 失敗について、後では何とでも言えますから、その時の光秀の判断を責める事は出来ないかも知れませんね。 ●門外漢様 >(私は「是非に及ばず」だと思っています) 仰る通りです。 少し、慌てたようです。 >戦上手の光秀は水も漏らさぬ配置をしているだろうから、ココで善悪を語っても意味がないから。 妥当な解釈と、私も思います。 ●7717様 >単なる口癖なのでは 頭の良い人は、くどくど説明しない、口癖としていた「是非に及ばず」が、この生涯の一大事とも言える場面で出た、そのシンプルさも捨てがたい気がします。

トピ内ID:8761611943

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敦盛 好きです

041
日向 トピ主
ひだまり様 レスありがとうございます。 「敦盛」は、一の谷の合戦で、熊谷直実に討たれた平敦盛に題材を取っているそうですね。 沖の味方の船に逃れようとして、熊谷直実に呼び止められて、一騎打ちに臨んだ敦盛。 >「死のうは一定」で、「是非もなし」と紅蓮の炎の中で、死んでいったんだと思います。 好んで敦盛を舞った信長らしいと言えるかも知れませんね。

トピ内ID:8761611943

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私も口癖説に一票

041
ぐー太郎
信長は、言葉をすごく省略していたと信長公記やその他の書簡にもあるそうです。 有名なのが「で、あるか」 くどくどと説明する部下に「あ、そう」とか「まあいい」とか「話は聞いたよ」くらいの意味だったのでしょう。 是非に及ばずも、その一つじゃないかな? 「しょうがねーな」「腹はたつけど、まあいいや」とか、そういった類で普段から使ってたんじゃないかな? だってさ、本能寺の変のとき、森蘭丸に言った言葉でしょ? 蘭丸も討ち死にしてるじゃん。 誰がそう言ったと伝えたの? 逃げ延びた女中衆に聞いた? それも無いと思うんですよね。 信長公記を書いた太田牛一は丹羽長秀の下にいたから、めちゃ遠くにいたはずだ。 牛一は柴田勝家の足軽をしてた時に信長に褒められて、知行を増やしてもらってるから、面識はあったのでしょう。 それに、上司のモノマネは部下の楽しみ。 「で、あるか」「是非に及ばず」とか、口癖をマネることはよくあること。 だから太田牛一は、上司達の口真似を聞いて「信長様なら、こう言ったに違いない」と思い、信長公記にそう記したのだと思う。 信長の口癖なら、真実味が増しますからね。

トピ内ID:0643972249

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それはそれで興味がありますね

041
日向 トピ主
ぐー太郎様 レスありがとうございます。 >誰がそう言ったと伝えたの? 謎ですよね。 >逃げ延びた女中衆に聞いた? >それも無いと思うんですよね。 私は、都合よくそう考えるようにしていました。 >だから太田牛一は、上司達の口真似を聞いて「信長様なら、こう言ったに違いない」と思い、信長公記にそう記したのだと思う。 > 信長の口癖なら、真実味が増しますからね。 太田牛一は、信長なら「是非に及ばず」と言ったに違いないと何故思ったのか、それはそれで興味がありますね。 太田牛一は、信長の側にいて、信長の性向をよく知っていると思いますから、太田牛一から見た本能寺の変が明らかになるかも知れませんね。

トピ内ID:8761611943

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