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数学でも表現の違いを過剰に重視すべきですか?

レス80
(トピ主 2
🙂
qwertyfoo
話題
タイトル通りです。
些細な日本語の違いで10分程度怒られました。
くだらないトピですが、読んでいただけたら幸いです。

数学の解答にて
1Aである。このときBである。
2Aのとき、Bである。

これを1が正解、適切だと言い張って仕方ありません。

これは、本当に1しか適切でないのでしょうか?
こんなことで数学が嫌いになりそうです…

以前にも、有効数字云々の話題で議論がありましたが、どちらが正解なのか、私では断言できません。

意見をお聞かせください。

トピ内ID:8036259240

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論理の話っしょ?

041
コロスケ
ロジックの話でしょ? そりゃ「専門用語」ですから、 一般の会話の感覚で使っちゃダメですよ。 法律用語だって一般の感覚からするとヘンテコリンですが、 ありゃ法律の専門用語だから、厳密に使わんといかんでしょ?

トピ内ID:4793363549

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NG

💤
p-Ko&Love
>1 Aである。このときBである。 >2 Aのとき、Bである。 これでは何が何やら分かりませんよ。 ちゃんとした文章にしてくれないと。 でも多分ここまで簡単化してしまうアナタが間違っているんでしょうね。

トピ内ID:2846511008

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その2つは違う

041
grep
確かに,特に日本の数学や算数で重箱の隅をつつくような減点にどうかと思うことはありますが, 1 Aである。このときBである。 2 Aのとき、Bである。 これは違います。2の言明には「Aである」ことは含まれていませんから,現在「Aでない」可能性もあります。これに対して1は「Aである」ことを言明に含めているわけです。どちらが適切かは問題や解答の組み立てによって違い,常に1が正しいわけではありません。 数学というより論理学を少し学べば分かりやすいかもしれません。 怒るより違いを言ってくれればいいのにね。あるいは言っているのにトピ主さんが受け付けなかっただけかもしれませんが。

トピ内ID:6901144497

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問題文がわからなければ答えられない

🙂
たぬきおやじ
答えだけで判断すると、2の解がよくないのは、すべてを答えていないからです。 答えはAのときしか言及していません。ではAでないときはどうなるのですか? 「Aのとき、Bである。Aでないとき、Cである。」と答えなければなりません。 しかし、1の答えから判断すると、Aしかないのですよね。 「Aのとき」は条件をあらわし、断定はしていません。 いい例が思いつきませんが、 次の命題の真偽をいい、真の場合は証明し、偽の場合は反例を1つあげよ。 「命題:偶数と奇数の和は偶数である。」 答え 偽である。反例は偶数が2、奇数が3。このとき和は5となり偶数ではない。 あなたの答え 偽のときの反例は偶数が2、奇数が3。このとき和は5となり偶数ではない。 明らかに間違っていますよね。 しかし、問題文がないと判断できないので、簡単でいいので、 問題文をレスしてください。

トピ内ID:1794275257

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一部抜粋の書き方ではなんともいえない。全容を明示して下さい

🙂
なんとも
問題文と、それに対する解答の全容がつかめないと「OK」だとも「OKでない」ともいいづらい状況です。 省略せずに経緯を書くことはできませんか?

トピ内ID:7769921279

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2 番はA であるかどうか言っていないのでダメ

🙂
SK
「Aのとき、Bである」というのは条件と帰結しか述べておらず、その条件Aが成立しているかどうかに一切言及していません。なのでダメですね。これは、表現を過剰に重視などしていないと思いますよ。 1) A ならば B である 2) A が成立している 3) よって B である の三要素が読み取れる記述であれば細かいことはどうでも良いとおもいます。

トピ内ID:3837885402

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たぶん

041
toto
問題がどんなものかわかりませんので もやっとした事しか答えられませんね 「Aのとき、Bである」という答えかたについて 問:Aのとき、○○はどうなりますか? → 答:Bである というパターンはありますが 「Aのとき」という言葉が答えに入るケースはあるのかな ちょっとどういう問題なのか想定ができません 「Aである。このときBである」という答え方について 問:○○を答えなさい、またこのとき△△はどうなりますか? → 答:Aである、このときBである というパターンが考えられます これに「Aのとき、Bである」という答え方をしてしまうと 日本語としてはおかしくなります 結論を出す方法はわかっているんだろうと理解はできますが Aを答えなさい、と言われているのに Aが答えであることを前提として勝手にBの話を始めてしまっている また、じゃあA以外の時もあるの?A以外のときはどうなるの? という疑問が残る答え方になります 甘い先生だったらマルをくれるかもですね しかし正確に言葉を使うのも大事な事ですよ 大人が仕事でやるミスもこういうのが多いんです 甘く見てくれる人ばかりではないですし

トピ内ID:8491776440

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はい。数学は、表現が重要です。

🐤
はち
数学は記号や文字を使って物事を式にしたり、まとめたりするものなので、表現は重要です。 ですが、学問は全般的に問に対して解答するものなので、トピ文のように解答だけをのせられても、さっぱりわかりません。 1の表現がいいときもあれば、2のような表現の方がいいときもあり得ます。 なので問題文をかいて頂かないと、こちらも答えようがありません。

トピ内ID:3510962530

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具体的な話が無いと断定できないけど

041
電気技術者
 1と2は意味がちょっと異なる文章ですからね。1が良くて、2がダメということはあり得るでしょう。

トピ内ID:5459629697

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問題がわからないので

041
yuki
問いにAであるかどうか聞いている部分があれば1のみが正解で2は不正解です。2はAのときはBと答えているけど、『Aである』ということは答えていないからです。 問いの答えがBであってその条件としてAであるということを述べるように問われているなら2も△かなぁ。採点基準によっては×かも。答えの日本語としては好ましくないと思う。「Bである。その条件としてはAである」とか、はっきり書くべき。 問いがわからないのではっきりとは判断できないんですが。 些細な問題でないことは確かです。 説明しても全く理解できず自分は正しいって顔をしてたら、困りますね。 有効数字については明確なルールがあります。なんといっても『有効』数字ですから、有効か無効(意味ない)か決まっているしその理由もあります。 ただ、小学生で計算をした後に小数点以下の最終桁がゼロになるのを表記するか否かとかは、文科省の指導要領によるのだと思います。だから数学的には0を書くべきでも小学生の答案だと△になる場合もあるでしょうね。小学生の指導要領がどうなっているの知りませんが。

トピ内ID:0282723098

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どういう問題?

🙂
ぼんみ
どういう問題にたいしてどういう答えなのでしょうか? 2はAの時、ということはAではない時がありますね。 1とは違います。 誰にどう怒られたのでしょうか?何故駄目なのか聞いたのでしょうか? 聞いたけどわからなかったのでネットで聞いたのでしょうか? 謎ばかりです。 先生なのだとしたら、教えを請うべきだし、言い張るなどという言い方は失礼ですよ。

トピ内ID:7492548412

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質問になってない

041
元塾関係者
「些細な日本語」としか考えられないのが分かる文章だ。 なぜなら、正しいか正しくないかは設問と求められている解答が何かで変わるから。 これだけの情報であれば、 2番で足りる解答(Bが求められている)もあれば 1番が適切であろう解答(AおよびBの双方を求められている)もある。 2番の書き方は『Aのとき』という但し書きの条件文とも取れます。 f(x)=x+2 (0<x<5のとき)のような解答の記載にも使われるものです。 ですから適切か否かは設問が無い限りは判断は不可能。 ただ推測ではAであることをまずは解答する問題なのだろうと思われる。 そしてそのとき取る値がBということでしょうか? その推測の話になると、「Aのとき」が条件文にしか読み取れない。 つまり、AのときはB、CのときはDというような解答の一部分に感じます。 Aが解答に限定できていない、他のCなどでも別の値で成りたつが それを未記入で提出したという印象は受けますが…

トピ内ID:1040825473

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これって

💰
数学者(大学教員)
トピだけ読む限り1も2も違いはなさそうですが微妙に(実ははっきり)ちがいます。 1はそれ以前にAであることが示されたことを含意します。 つまり,Aであることがわかりました。それで(だから)Bです。といってます 対して2は「もしAであればBである」ということしかいっていません。 だから、Bが成り立つことを示したいのであったら,1では示せていますが, 2では,それ以前に「Aである」とどこかに書いていないと(つまり結局1のように 書いていないと)Bを示したことになりません。 したがって(Bの証明としては)(またはBを使うためには)不十分でバツです。 なおトピタイトルが「数学でも表現の違いを過剰に重視すべきですか?」となっていますが 「数学だからこそ表現のちがいを(ふつうのひとが思う標準より)過剰なほど重視する」のです。 こんなことで数学はきらいになりそうです」とお書きですが、  こんなささいなこと じゃないですよ。とっても大切。 ここで素直に(理性的に)自分の表現の不十分であることを分析できないようだと、 結局数学が得意なつもりでもいつかできなくなって(もしかすると)きらいになっちゃうかもね。 もう一つ。有効数字ってテレビ番組で取り上げられたアレですか? 9.0の0を消すかどうかっていう。。。 あれとは関係ないですね。あとアレは有効数字の問題じゃないです。 なんだかトピ主さんは「自分が正しく」先生や学校で教えることはおかしいって感覚のように 見えて気になります。 大学生を見ていてもそうなんですが,結局なんでも素直に学べないひとは(得意なつもりでも) その科目がわからなくなるようですよ。 先生に対して「これを1が正解、適切だと言い張って仕方ありません。」こういう言い方もダメ。

トピ内ID:0040217824

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条件設定は厳密であるべきですよね?

🙂
タルタル
過剰でも何でもないと思いますが。数式で表すと1と2は違うと思いますが。 まぁ10分も怒られたのが妥当かどうかは判りませんが。

トピ内ID:1105147597

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問題は?

041
おじさんですが
問題が分からないのにどうやって判断すれば良いのでしょうか。

トピ内ID:5208300891

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Aが自然数、Bが整数としたら

🙂
まりの
(1)nは自然数である。この時、nは整数である。 ⇒正しい (2)nが自然数の時、nは整数である。 ⇒正しいとは限らない 整数には、0や負の数もあります。 だから、nが自然数ではない時も整数になりえます。 (1)の内容を(2)の様に一文で表現するならば、 ◆nが自然数ならば、nは整数である。 ではないでしょうか?

トピ内ID:0100912389

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表現だけでなく意味が違う

🙂
数学科教員
表現の違いではなく、命題の意味が違います。 1は論理的には「AかつB」と同値であり、2は「AならばB」と同値です。 例をあげてみましょう。 1. 太郎と花子は虎である。このとき、太郎と花子の子供は虎である。 2. 太郎と花子が虎のとき、太郎と花子の子供は虎である。 例えば、太郎と花子がライオンであるとするとどうでしょうか。 1は偽です。なぜなら、命題の一部である「太郎と花子は虎である」が偽だから。 2は真です。なぜなら、Aが間違っているとき「AならばB」は常に真だから。

トピ内ID:3921993163

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ん?

🙂
ロード
どのような問題の解答ですか? 1と2で意味が違うと思うんだけど…

トピ内ID:0544319055

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もっと具体的に記してください。

🐤
まー
例えば, 問) y=2x, z=3y で,x=1のときyの値はいくつか。またその時zの値はいくつか。 であれば, 答) 〇:y=2である。そのとき,z=6である。 ×:y=2のときz=6である。 でしょうね。 数学は,式や値をどの様に使うかと同じくらい,文章の論理構造に気を使います。

トピ内ID:0721498287

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1が正しいです。

041
とまと
2は、Aが成立するという条件の時Bが成立する、と言っているので、そもそもAが成立しているかどうかわかりません。例えるなら、Aさんが行くならBさんも行きます、というような話。この時点では、Aさんが行くかどうかわかっていません。 1は、まずAが成立します。そしてその時Bが成立する、と言っているのです。Aが成立していることを明記しています。例えるなら、Aさんは行きます。それならBさんも行きます、という話になります。 数学とは、そういう学問です。

トピ内ID:9986307865

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解答例がはしょりすぎです

🙂
やさぐれパンダ
もう少し具体的な例でないと、判断できないでしょう。 仮に、AならばBである、なら文(解答)としてはOKです。 そういう意味では、2は文としては一応成り立っています。 しかし1はダメです。 本来の1の解答は、そんな簡単に省略できるものでは無いはずです。 それがわからないと正しい判断はできません。

トピ内ID:8794119233

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教え方が下手

💤
あつがり~のふ
「1 Aである。このときBである。」 Aが真であることは論証済み。それを踏まえてBを論証 「2 Aのとき、Bである。」 Aが真かどうかはわからないが仮に真だとするとBが成り立つ、または場合分けの1パターンとしてAが成り立つ場合にBが成り立つ 1と2では意味が違ってきますので、それを踏まえて回答を作成することは重要だと思います。 ただ、「10分程度怒られました」は意味が分からないですね。 10秒で済む話に10分掛けるような指導は非効率なうえに数学嫌いを増やすだけのような気がします。 それとも、「これを1が正解、適切だと言い張って仕方ありません。」ということはとぴ主さんが何か反論して議論になったのでしょうか? 議論をして疑問点を解消することは意味があると思います。とぴ主さんが納得していないようなのでその試みは失敗に終わっているようですが。

トピ内ID:6886474334

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うーん?

🙂
QTQ
1はAであることとBであることは別だけど(それ以外にも変数がある可能性がある) 2はAとBに関連性がある変数(Aが変わるとBも変わる)という意味に …とれる…かな?

トピ内ID:1462796950

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同じじゃないよ

🙂
地味子
2だと「AならB」って言ってるだけで、 「Aであるかどうか」は確定してないから、 1とは意味が変わっちゃうね。

トピ内ID:6400460088

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問題による

041
ニュアンス
一見、日本語としてはほとんど変わらないようにも思いますが、 問題によっては例えば X=Aである。このときBである。 は、XはA(のみ)である。このときBである。 一方、X=Aのとき、Bである。 は、X=CのときもBがありえる みたいなことがあるんじゃないかと思いました。 問題が分からないので何とも言えませんが。 プレバトというTV番組ご存知でしょうか? 俳句の査定をするバラエティ番組ですが、似たようなことを言っているにも拘らず、 助詞一文字で、微妙にニュアンスが変わり、読み手に与えるイメージは大きく異なってきます。 日本語って何て繊細なんだろう、1文字の持つ意味って奥深いな、と感じます。 数学ができるようになるには、国語力が必要と言います。 問題の意味を正確にとらえること然り、回答を適切に表現すること然り。 厳密な解を求められるシーンというのは数学ではよくあるし、大事なことなんだと思います。 ただ、だからと言ってあまり気難しく思う必要もない とも思います。 先人の表現に触れて、こういう時はこういう言い方をするとよい、 というパターンみたいなものを押さえていけば、ニュアンスの違いが だんだん自分のものになってくるからです。 気を付けて欲しいのは、厳密な言い方に慣れた後、 日常会話等そこまで厳密性を必要としないシーンで意固地にならないで欲しいなぁ と思います。(今の気持ちを忘れないで欲しい。) もちろん、日常会話でも厳密な確認が必要な時もあるので、その時はキッチリ拘るべし!

トピ内ID:2763062039

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2つの文章の違い

🙂
ちらむん
数学や論理学に詳しいわけではないですが、単にその2つの文章に違いがある事はわかります。 (1)Aである。このときBである。 Aは所与です。前提は固定されています。 例 あの人は男である。このときトイレは男子用を使うべきである。 (2)Aのとき、Bである。 Aの条件は変化する場合があると想定されます。 例) あの人が男性のとき。トイレは男子用を使うべきである。 しかし、あの人が女性のとき、トイレは女性用を使うべきである。 問題の全貌がわからないのでその問題に対してどちらが正しいかはわかりませんが、先生の言っていることは上記の違いかと思います。

トピ内ID:8578415031

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ふつうに

🙂
くるくる
1の「Aである。このときBである。」とは   最初の設問を満たす値もしくは条件はAである。   Aという値もしくは条件が固定されたときの2つ目の設問を満たす値もしくは条件はBである。 という解答をするときの表現です。 2の「Aのとき、Bである。」とは、設問を満たす値もしくは条件が複数あるときに それぞれ表記するときの表現です。例えば答えが   A=0のとき、Bは定義されない。   A>0のとき、Bは正の値をとる。   A<0のとき、Bは負の値をとる。 などというように条件毎に分けて記載する必要がある場合にこの表現を使用します。 元の設問がどのような形か分りませんが、1と2は区別されます。 1の表記で解答するべきところを2の表記で解答すれば当然減点されます。

トピ内ID:2444945557

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まともな回答が多かったのに

すなおなパンダ
>2は文としては一応成り立っています。しかし1はダメです。 でだいなしになっちゃいましたね。1も0Kですよ。

トピ内ID:4591493599

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「正解」と「適切」も違う

🙂
末端技術者
> これを1が正解、適切だと言い張って仕方ありません。 とありますが、そもそも、「正解」と「適切」も違いますよ。 「1が正解で2は不正解だ」と言われた 「1も2も正解だが、1のほうがより適切だ」と言われた のどちらですか? それによって話はだいぶ変わってきます。 皆さん、「である」という表現から論証問題だと判断して、前者のつもりでレスされていますが、「である」はトピ主さんが付け足しただけで、実は後者なのではないですか? 例えば、 「直角三角形の三辺をa,b,cで表し、cを斜辺とするとき、三平方の定理より、a^2+b^2=c^2が成り立つ。」 と書いたところ、一文が長すぎるので、 「直角三角形の三辺をa,b,cで表し、cを斜辺とする。このとき、三平方の定理より、a^2+b^2=c^2が成り立つ。」 と二つに分けろと注意されてしまった、といった程度の話ではないかと想像するのですが。

トピ内ID:9215824720

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明らかに違うよね?

😑
えっと・・・
どういう問題なのか知りませんが・・・ 1の場合 「Aである」と言い切っていますよね? つまり、Aは真である、だからBになると証明しようとしているのでしょう? 2の場合 「Aのとき」という仮定の話ですよね? もしかしたら「A’のとき」「A”のとき」・・・といくつも可能性があるのではないですか? 些細なことではありません、全く違います。 たとえば、 A+1=Bだとしましょう。 1の場合だと A=2である。このときB=3である。 と、言い切っています。 Aは2以外にはないという意味。 他の数字の可能性がないときに使う言い方です。 2の場合だと A=1のとき、B=2である。 A=2のとき、B=3である。 A=3のとき、B=4である。 という風に、いくつかのパターンがあります。 「~のとき」という言い方は、他にもパターンがある場合に使う言葉です。 違いがわかりますか?

トピ内ID:2847225745

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