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自閉症って言わないで

レス25
(トピ主 7
🐤
マニー
子供
知的障害のある自閉症の子どもがいます。
ご意見を伺いたくて投稿します。

幼稚園の先生から、「お子さんの前で自閉症って言わないであげて。意味が分かったとき、お母さんに自閉症って言われたって傷つくかもしれないから」と言われました。

このことを療育の先生に話したら、「自閉症って言葉は悪い言葉じゃない。ネガティブな意味と合わせて使わなければいいと思うよ」と言われました。

私は、ネガティブな意味で自閉症と言ってなくて、自閉症をいけないとも恥ずかしいとも思ってませんし、隠すことでもありません。我が子と自閉症は同じものです。
子どもに対して言ったことはなくて(まだ言う意味ないので)、幼稚園の先生に、我が子の自閉症の特性を説明するときに、自閉症って言います。

大きくなって時期がくれば、本人に伝えると思います。でも、子どもは気にするものでしょうか?親がポジティブな意識で話しても、学校やどこかでマイナスイメージを持ってしまうかもしれませんか?

ことさら本人の前で聞かせることはないけど、耳に入らないように配慮するのはどうかと思ってしまいます。

トピ内ID:4479689484

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へー

041
ケロ
「へー、自閉症は悪いことだと思ってらっしゃるんですか?へー、へー、驚きました」  って言っとけば?

トピ内ID:9357908656

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幼稚園の先生に言われたのですよね?

041
なおりん
それは、「幼稚園の間は、言わないであげて」の意味であって、「大きくなってから、タイミングを見計らって話すのも、やめた方がいい」の意味ではないと思います。 トピ主も、あくまで「大きくなって時期が来たら話す」のであって、幼稚園の今、本人に告知する考えはないのですよね。 方向性は一致していると思いますが。 それとも、今時の幼稚園教諭は、卒園後、10年くらい先のことまで見越して、アドバイスするものなんですか?

トピ内ID:9420267799

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事実と偏見は分けて考えましょう

041
チュン夫
「自閉症」という言葉は体の状態を表す医学用語であり、使うことを躊躇するものではありません。 ただ、その状態に対して「偏見」を持つ人は少なからずいます。 おそらく、その幼稚園の先生が偏見を持っているのでしょう。または本人に偏見がなくても、偏見を持っている人をたくさん知っているので、そのような発言になったのだと思います。 体重が90キロある人が医者に行けば、「あなたは「太い」から血液検査の数値が悪い。もっと痩せて下さい」と言われるでしょう。 この場合の「太い」は偏見でもなんでもなく、健康な人よりも体重が重すぎるという事実を表しています。 ところが、社会に出ると「太い」は偏見や笑いなどの対象になったりして、必ずしも良いイメージだけではありません。 本来、そういった偏見は無くすべきですが、人間は感情の動物ですからゼロにすることはできないと思います。 本人には「自閉症」が何なのか(わかる範囲で)しっかりと説明し、偏見を表す言葉ではないと理解させましょう。 そして、偏見を持って「自閉症」という言葉を使う人がいるということも説明しましょう。 もしも偏見で「自閉症」という言葉を使う人がいれば、できるだけしっかり説明して理解してもらったり、無理な場合は遠ざけるしかないように思います。

トピ内ID:8409102763

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ぜんぜん言って構わないと思います

🙂
地味子
私も知人から「障がい」って言わないほうがいいよ、個性だよ、 って言われたことがあるんですけど、 「個性」のままじゃ特別な支援は受けられないんですよね。 支援を受けるためには「不自由」であることを承知してもらわないといけないんです。 保育園、幼稚園や学校なんかにもね。 もちろん、お子さんご自身にもそこはわかってもらって、 だからこそ特別な支援が必要で、受ける権利があるんだって知ってもらわないとね。 自分を知ることは健常者であれ障がい者であれ必要なことですからね。

トピ内ID:1743632509

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言いたいことはわかりますが

🐤
ムーン
私は10歳(小4)と5歳(年中)の息子達がいる母親です。 下の5歳の息子が1歳半のときに、発達障害の疑いありで自治体に指摘を受け、病院で診断を受けました。 今は普通幼稚園に通い、加配もなく過ごしています。 担任には、「発達障害スペクトラム」と言いましたが、やはり「自閉症」のほうが通じます。(偏見とかではなく、内容的にです。) 自閉症→自分の殻に閉じ籠るような、字のごとく内容がわかりやすいのですよ。 ただ、そういう子ばかりではないので、スペクトラムとつけて、広い範囲でつけたのだと思いますけどね。最近広まってきましたよね。 結局は本人より周りの理解度でしょうね。 本人は言われたところで、「そうなんだ」と思うしかないですからね。 うちは、まだ上の子には説明が出来ないですね。 療育先などに一緒に連れて行ったり、兄弟でも会話が成り立たない時があります。でも、発達障害と言われても理解出来ないと思います。薄々は感じています。 下の子は再来年に、小学生になります。上の子の学校の支援級には幼稚園からの同級生が2人います。(音楽や図工などは同じクラスになります)情緒不安のほうが強そうですが、自閉症と一言では言えないですね。 以前は支援級もなく転校だったので、小学生には身近には感じやすくなったのだとは思います。 まあ、親がいくらポジティブに言ったところで本人は人とは違うというのを、自覚したり実感して納得して生きていくしかないと思います。 というのも、私自身30代の時、「片付けられない」で検索をかけたら「発達障害かも」と出てきたので、びっくりしたのと納得したのと両方でした。 自閉症の意味を知った時に、本人が理解した時の話しでしょうね。ポジティブに言おうがネガティブに言おうが、少なからずショックはあると思いますよ。

トピ内ID:4452503031

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隠せる物じゃないから。

🙂
ねむ。
言います。 言ってます。 自閉症だから、全てが許されるわけではない。と教えないといけないから。 いつか傷つくかもしれない。それも事実ですが、自閉症であることは絶対に変わることはないでしょう?(診断名が取れる人もいますが、特性を持っていることに変わりはない。)  いつか本人がどうして周りと同じじゃないのか、と悩むとき、自閉症だからという答えがあることは、救いになると思います。 先生は当事者でも親でもないから、自閉症という言葉を一般の人としてしか感じることが出来ないんでしょう。

トピ内ID:6813418156

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簡単ではないと思う

💰
IH
先生は子どもの前では言わないであげて、と言ったんですよね。 >子どもに対して言ったことはなくて(まだ言う意味ないので)、幼稚園の先生に、我が子の自閉症の特性を説明するときに、自閉症って言います。 トピ主さんも子どもに言ったことはないのなら今のところ両者同じ考えじゃないのですか? >大きくなって時期がくれば、本人に伝えると思います。でも、子どもは気にするものでしょうか? 自分の障害を受け入れるのは葛藤があると思います。知的障害がどの程度のものかにもよりますが、ほとんど健常と違わないような子なら気にするかもしれません。 親が思ってる以上に子供は障害を気にしている場合、 伝えるというか、自然に自分の特長や健常者との違いを受け入れるのが一番いいと思いますが、時間がかかると思います。 障害者本人の気持ちはどうなのか、実際社会の目はどうなのか、 トピ主さん自身が観察して悩むことが大事だと思います。 口で綺麗事いう人が一番差別するという例もいっぱいありますので。

トピ内ID:4920104675

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幼稚園の先生がどの様な考えで仰ったか分かりませんが…

😨
療育末端関係者
>自閉症の特性を説明するときに、自閉症って言います 療育関係者として自閉症・スペクトラムにマイナスイメージはないですが、診断名として(他疾患・病名と比較し) 含まれる範囲が広い=漠然としている 特性を正しく表していない場合も有 等と不満・不便に感じています。 ただ診断名が付かないと制度や公的支援等を利用できず、本人やご家族の方が更に困るので、便宜上…で使っている場合も多々あります。 自閉症に限らず同じ診断でも1人1人症状等は多少異なり、同じ傾向・きょうだい・双子であっても2人と同じ方はいません。特に発達関係の個人差は、非常に大きいです。 また一般の方が自閉症と聞いて想像する特性にも多少違いがあり、診断名が特性の理解を助ける場合とそうではない場合があると感じています。 その為、診断名を使った方が相手に正しく伝わるか・使わない方が伝わるか、私は注意しながら使う様にしています。 幼稚園や学校の先生等とお子様の事を話す時は、診断名を使わず特性や困り事の内容を詳しく説明した方が情報共有、一緒に対応を検討し易い事が多いので診断名は1度伝えれば十分な場合が多いです。 >我が子と自閉症は同じもの お子様は自閉症と診断が付いているかも知れませんが、自閉症には主様のお子様とは全く異なる特性を持つお子様も含まれます。主お子様の特性・性格・言動の全てが自閉症によるものではなく、「個性」も併せ持っています。 私は「主様のお子様と自閉症は同じではない」と思います。 >子どもは気にするものでしょうか? 自分の生き難さ、人との違いに診断が付いていると聞き、ホッとする方はいます。 ただ治療し全て解決できる問題、診断名を知る=完治ではないので、凹凸の傾向と対策を把握し、可能な限り社会性を身に着け、周囲の理解・協力も得て、2次障害を予防・最小限にする必要が有ります。 詳しくは担当者にご相談ください。

トピ内ID:1092624855

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少し追記させてください。

🙂
療育末端関係者
ドイツ語圏の方が世界で初めて「Autism(日本語訳:自閉症)」について発表したと言われていますが、このAutismと言う言葉は「自己」「状態」の組み合わせで、【自己の状態にあるため他者との意思疎通が難しい】の意で、英語やドイツ語の概念や定義には「閉」の意味は全くありません。 その為、関係者で日本語の自「閉」は語源と齟齬がある、違和感を覚える、語弊があるのではないか…と考えている、感じている人は少なくありません。 何故、日本で自「閉」と訳されたのか・浸透したのか…等、正確な事は分かりませんが、ドイツ語で発表された内容が日本に正しく伝わらなかった、日本語に訳した時に翻訳者(達)が持っていたイメージが多少反映された等の可能性はあると私は予想しています(私も多言語扱いますが、翻訳時に失われる事・意訳されてしまう事が多少あると感じているので、可能な限り原語で理解する様にしています)。 私が、相手に正しく伝わるか危惧しているのは 語源に「閉」の意味はない また「閉」の特性を持たない方もいるのに、日本語では「閉」の漢字が使われている(漢字は文字に意味・印象が含まれるので…) 等も、1つの原因だと思います。 最終的には主様の判断だと思いますが…「閉」の取り扱いは、注意する事をお勧めします。

トピ内ID:1092624855

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トピ主です

🙂
マニー トピ主
お返事下さった皆さん、ありがとうございました。 幼稚園の先生は、幼稚園児でいる間のことをアドバイスしたのではというご意見、その通りかもしれませんね。 子どもに言う機会があるなら中学生くらいになってからだと思うのでまだ先ですが、自閉症に偏見を持つ人、偏ったイメージを持ってる人もいるということも、必要に応じて教えた方が良いんですね。 疑問を下さった方がいたので補足です。 幼稚園の先生に自閉症と言ったとき、子どもも同じ席にいました。そのあと先生と二人きりになった時、お子さんの前では言わないで、と言われました。 障害と言わないで個性と言った方がいいよって、私もそういうのを耳にするときあります。 自閉症児が家族にいない第三者がそういうこと言う印象です。気遣ってくれてるんでしょうね。でも、なんか違いますね。障害は障害なんだから、ちゃんと障害って言って認めてほしいんですよね私。 自閉症と我が子は同じものという私の言葉に、いただいたご意見があったので、それについて。 いつもありがとうございます。おっしゃることは分かります。 ただ私が考えてるのは、自閉症は我が子の一部ということです。自閉症でなかったとしたら、 うちの子は、いまのうちの子とは別人になるんです。性格や気質は定型だったとしても同じですけど、もし定型だったら、年齢相応に言葉が話せて、言葉に頼らないコミュニケーションも年齢相応に取れているでしょう。好きな遊びも遊び方もいまとは違ったはずです。食事の幅ももっと広かったでしょう。 そういうわけで、自閉症と我が子は同じなんです。そう思っています。

トピ内ID:4479689484

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矛盾しています。

😨
闇鍋ぐつぐつ
お子さん自身に自閉症だと伝えるのは中学生になってからと考えているのに、今から子供の前で自閉症だと話しているのですか。それはとても矛盾していませんか。 子供の前で、子どもの話しをする時に「自閉症」という言葉を使えば、子ども自身の耳に入ります。何度も聞けば言葉を覚えます。自閉症であるために言葉を話すのが苦手でも、聞くだけは聞いています。他人の会話に興味がないように見えても、「自分の話をされている」と敏感に察知することもあります。 お母さんはいつも、僕のことを話す時に「ジヘイショー」って言うから、たぶん僕は「ジヘイショー」なんだな。でも「ジヘイショー」って何だろう?お母さんは僕には話さないから、きっと聞いたらダメなことなんだな。 …というように、意味がわからないままマイナスな言葉として刷り込まれるのが、一番良くないと思います。 トピ主さんが、お子さんに中学生になるまで話さないのは、何故ですか。それくらいにならないと正しく理解できないから?事実を受けとめきれず傷つくけら?自信をなくすから? いずれにせよ、何か理由があって中学生になってから話すのですよね。 ならば、それまでは子どもに聞かせないようにした方が良いのでは? もちろん、今から子どもに話しても、小学生で話しても良いのですが、親が子どもにちゃんと話してあげる時期と、子どもが耳から聞かされる時期が、あまりにも差がありすぎると子どもが可哀想だと思うのです。 今はまだ子どもが小さいから、側で話してもわからないと思いますか。自閉症児だから、あまり話しを聞いていないと思ってますか。 それこそ、大人の傲慢ではないでしょうか。子どもは聞いてます、聞いたことを覚えて、その子なりに反芻して考えています。それを表に出せない子どもほど、辛いと思います。

トピ内ID:6648874936

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本人の前で言うこと

🙂
マニー トピ主
闇鍋ぐつぐつさん ご意見ありがとうございます。 んー、矛盾でしょうか? 子どもの前で第3者に向けて自閉症と言うときがありますが、子どもが自閉症という言葉を記憶するのは構いません。いまの生活で、子どもが自閉症にマイナスイメージを持つことはないからです(後だしですが、まだ幼稚園には入園してなくて、療育のみ通ってます)。幼稚園に入園したあとのことは、また考えますね。 自閉症=なにか良くないこと、と本人が感じさえしなければOKなのかなと思ってます。この掲示板で相談させていただいて、やはり同じ考えです。 中学生くらいで本人に話すかもしれないのは、言った方が本人のためになりそうなときです。そのときは療育の先生に相談するつもりです。タイミングがもっと先になるか後になるかは、わかりません。もしかしたら言う必要もないかもしれません。子どもの状態によります。

トピ内ID:4479689484

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自閉症って言われても、先生はピンと来ない

🐤
通りすがり
私も自閉スペクトラム症の子どもを、幼稚園に通わせています。 >もし定型だったら、年齢相応に言葉が話せて、言葉に頼らないコミュニケーションも年齢相応に取れているでしょう。好きな遊びも遊び方もいまとは違ったはずです。食事の幅ももっと広かったでしょう。 という考えで「自閉症」と使っていたら、幼稚園の先生はマイナスイメージだと思ってしまうのは仕方ない気がします。 この子には、こういう苦手なこと、こういう課題があって、療育や家庭ではこう取り組んでいます。 幼稚園では、この子のこういう良いところを活かして、皆さんと素晴らしい時間を過ごして欲しいと考えています。 というような話し方を、私はしています。 自閉症と言われても、先生はだいたいピンと来ません。 お子さんの特性がすごく気になる、一般的ではない対応をして欲しいなら、サポートブックを作って渡すと良いと思います。 うちは、側から見たら「大人しいだけ」程度なので、特にサポートブックも作っていないし、他の保護者の方にも、子どものことは伝えていません。 一番困るケースは、お子さんが「自閉症」という言葉をインプットしてしまって、エコラリアで延々と言い続けることなんじゃないでしょうか… 新しい環境は特に苦手な場合が多いので、エコラリアは出やすい気がします。

トピ内ID:2504005436

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ありがとうございました

🙂
マニー トピ主
通りすがりさん ご意見ありがとうございました。 お子さんは幼稚園に通ってるんですね。 うちの場合はサポートブックを用意するつもりでいます。定型児の集団生活は初めてなので何かと不安です。 我が子と自閉症は同じの下りですが、私の考えだと確かにマイナスに捉えられるのかもしれないですね。多くの(例外もいるでしょう)自閉症のお子さんは、高機能でも、もし定型だったとしたら、私が挙げた点はかなり変わるものだと思いますが。つまり考え方というより事実だと思うのですよね。 うーん、難しいものですね。 幼稚園は障害児を受け入れてて、先生方は自閉症のことご存じだそうです。 子ども本人が自閉症と言ってしまうのは想像しませんでした。想像したらおかしいけど、聞いた人がギョッとしたりそれこそ嫌がったりしたら良くないですね。いまは年に1、2回耳にしてるだけなので覚えないと思いますが、この先のことを思い、心に留めておきます。 皆さんありがとうございました。

トピ内ID:4479689484

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立場によって、見方・考え方が変わる事もご理解ください。

🙂
療育末端関係者
主様が保護者として >自閉症でなかったとしたら、うちの子は、いまのうちの子とは別人 >性格や気質は定型だったとしても同じですけど、もし定型だったら、年齢相応に言葉が話せて、言葉に頼らないコミュニケーションも年齢相応に取れている >好きな遊びも遊び方もいまとは違ったはず >食事の幅ももっと広かった とお考えになる気持ち、分からない訳ではありません。 私も1歳から治療中の持病有、長・短期入院等が無ければ園や学校にまともに行けたし、今の仕事も選ばなかったかも知れないので…病気が私の考え方、価値観等に影響を与え、アイデンティティの一部になっていると思います。 それは当事者として当然の気持ちだと思うので、主様が保護者としてその様に仰る事は否定しません。 ただ私が公的な立場の時は、~症・~病と疾患名で大切なお子様を見てはいません。 幼稚園の先生は幼児教育のプロ、私達は医療従事者として他の子と比べたりしませんし、もし定型だったら?とは考えません。 常に考えているのは、お子様の潜在能力を最大限に生かした成長→将来の自立、2次的問題の予防・回避・最小化等です。その目標に近付く為に、今=この時期に何をするべきか・何が必要か等を考え、頭の中はフル稼働です。 比べるならお子様の過去と現在、現在と未来。例えば出来ない・なかった事が、出来る様になっているか(身体面)と、自己肯定感は?(精神面)等です。 >幼稚園は障害児を受け入れてて、先生方は自閉症のことご存じ ならば、知りたいのは >サポートブック に書く予定の「特性=今の状態(良い事含む)」「困り事」等の方だと思うので、診断名は1度聞けば十分 >特性を説明するときに、自閉症 の言葉は必要はないと感じていると思います。 >集団生活は初めてなので何かと不安 も先生方と共有をお勧めします。 お子様の幼稚園生活の充実を願っています。 良いお年を!

トピ内ID:1092624855

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自閉症も含めて誇りに思う

🙂
マニー トピ主
療育末端関係者さん たびたびご丁寧にありがとうございます。 幼稚園の先生、療育の先生も、療育末端関係者さんと同じことを言ってます。 自閉症の○ちゃんじゃなくて、○ちゃんは○ちゃん、と。本当にそうですよね。 ただ、○ちゃんは自閉症なのは事実なので、「本人に聞かせないで」(大人の間だけで言いましょう、という意味)という提言はどういうこと?と疑問でした。これについては、何名かの方からご意見いただきました。 療育現場の方がどんなことを考えて子どもたちをご覧になってるのか、教えてくださりありがとうございます。 もし定型だったらと、このトピックで機会を与えていただいたので考えてみましたが、「もし~だったら」は、大した意味ないですね。 自閉症は我が子の一部と書きましたが、自閉症であることを含めて我が子を誇りに思う気持ちです。 良いお年をお迎えください。

トピ内ID:4479689484

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無自覚の差別

041
ナスカ
>自閉症は我が子の一部と書きましたが、自閉症であることを含めて我が子を誇りに思う気持ちです。 私も同じ様に思っています。 自分の事を褒めるようで変なんですが、トピ主さんのこの思い、素敵だと思います。 他のトピックスで、子供が自閉症と受け入れられない旦那様の話が上げられていますが レスの中に すぐに受け入れるなんて特殊だ なかなか受け入れられるものではない なんて意見がチラホラ見られます。 あちらにも書いたのですか、私、そのような事って不快に感じるんですよね。 息子を貶されているようで。 無自覚の差別、を受けているって事だと思うんですよ。 だからトピ主さんのように誇りを持っているのって、ホッとします。 ああ、まともな人がちゃんといる、って。 しかしながら親自身が無自覚の差別をする人が多いのは事実のようで、だとすると差別はなかなかなくならない。 その中で私達の子供は生きて行かなくちゃいけないんですよね。 様々な差別や偏見の中でね。 だから、自閉症は胸を張って言える事なのに 子供を守る為にオブラートに包まなければならない って矛盾にぶち当たってしまいます。 悩みます。 幼稚園の先生もそんな様な事を感じているのかも。 子供が言葉を覚えて、不用意に使ったら 子供が傷付く様な事に巻き込まれるかもって。 自閉症ってだけで、この世の終わりみたいに考える人もいるから その様な価値観に触れちゃうと傷付くかな。 でも、自閉症をネガティブにとってしまってもいけないから正しい知識を持つ事も必要。 伝え方に悩むかもしれないけど、トピ主さんならきっと大丈夫だと思う。 誇りを持って子育てして下さい。 お互いに頑張りましょう!

トピ内ID:1482793910

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いろんな捉え方

🙂
マニー トピ主
ナスカさん ご意見ありがとうございます。 素敵な考えと言っていただけて嬉しいです。 あとで思ったのですが、自閉症を含めて誇りに思うのって、決して自閉症なことが誇らしいのではなくて、ハンデがありながら幼いのに精一杯生きてることが誇らしいのですよね。我が子に限らず、私が見知る限りのほかの障害を持つ子どもたちにも同じ思いです。 私は件のトピックでナスカさんと少々やり取りさせて頂いた者です。誇りに思うのと矛盾かもしれないけど、私は「なかなか受け入れられない」派です。件のトピで他の方のレスにあった、受け入れられてないから熱心に療育をする、というご意見、私もわかるんです。お言葉を借りると、受容=諦め、ですね。もちろんこれもひとつの考え方で、まったく別の考え方だってありますよね。受け入れられてないから療育を受けさせないって人もいますから。同じことに対して人によって捉え方が色々あるものですね。それに「受け入れる」というのが抽象的で人によって定義の認識が違うのもあって、なかなか話が噛み合わない気もします。 受け入れられないと言われると息子さんが貶められてるように感じられるとのこと、すみませんが私にはお気持ちがよくわかりません。わかる方にはわかるのでしょう。 でもそれで、自閉症に対しても人によって思い浮かべる事柄が全然違うんだろうから、やはり口にする相手と場面には十分配慮すべきだと、気づかせていただきました。

トピ内ID:4479689484

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隠さないメリット

🙂
地味子
>自閉症を含めて誇りに思うのって、決して自閉症なことが誇らしいのではなくて、ハンデがありながら幼いのに精一杯生きてることが誇らしいのですよね。 これね!すごいわかる! 子どもが小4の頃ですけど、交流学級の子たちに授業で我が子のことを 話してくださいと先生に言われ、 自閉症の一例として我が子の特性などを話しました。 あとでみんなの感想を見せてもらったんですけど、 一人だけ「障がいがあるのにがんばっていて、えらいと思いました。」って 書いてくれた子がいて、それがすごーくうれしかったんです。 能力そのものを見ただけで同情するんじゃなくて、 与えられた境遇の中で頑張って生きていることに気づいてくれた子が 一人でもいたことが、本当にうれしかった! 本当の意味で理解してくれる人は少ないですけど、 必ずそういう人っているんですよね。 こちらが負い目みたいに隠していたら、 健気さに気づいて応援してくれる人もいなくなってしまいますものね。

トピ内ID:1743632509

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配慮は必要

🙂
あれから10
他トピの私のレスをお気に留めてもらってありがとうございます。 私は子どもの前では障害のことを話さないようにしていたので、改めてどうしてか考えてみました。 私は障害のことは子どもの重要なプライバシーと思っているなあと思いました。 例えばなんですが、もし私が中学生女子だったとして。 A-私自身が友達に「今日、生理でお腹痛いー」→全然OK B-自分の母親がママ友の集まりで「ウチの娘の生理痛が重くて。どこか良い病院無いかしら?」→まあ許容範囲 C-自分の母親が自分同席の親戚の集まりで「ウチの娘、今日生理で機嫌悪いのよ」→一生恨むレベル 子どもの前で、障害について滔々と述べるのは、私にとってCなんですよね。 受容とか頑張っていることを誇りに思うとかそういうこととはまた別です。 デリカシーの問題になってくるかと。 Cのシチュエーションでは、言われた親戚もギョッとしたりするんですよ。 なんて返したら良いか分かんなかったりして。 幼稚園の先生もそのような状態だったのかもしれません。 そういう話題って他にもいっぱいありますよね。 年齢、結婚や子どもの有無、収入、体重などなど。 障害の事もその一つだと思います。 たぶん、トピ主さんはお子さんの障害に向き合うのに必死なんですよね。 自閉症って、胸を張って堂々と言わなきゃいけない、多くの人に伝えて理解してもらわないといけない。 そんな風に思ってませんか? 自閉症と伝えることは悪くは無いですが、そこに配慮は必要だと思います。 子どもが大きくなってくると、発達相談には親だけで行ったりしますよ。 障害名を出すときって、障害の困りごとを話すときが多いですから。 幼くても障害があっても、「お母さんがボクのことで何か困ってる」ということは子どもに伝わるものですしね。

トピ内ID:0235080308

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ありがとうございました

🙂
マニー トピ主
地味子さん 共感してくださりありがとうございます。 小学校でのエピソード、親が子どもたちに向けて自分の子どものことを話す機会もあるんですね。 あれから10さん 考えさせられました。 プライバシーと思っていたら、確かに子どもの前で他人に向かって自閉症と言うのは抵抗ありますね。 私は、胸を張って堂々と言わなきゃいけないとは思ってないんです。気持ちとしては、言えるんです。気持ちとしてはっていうのは、私は自閉症を隠したい気持ちも恥ずかしい気持ちもないけれど、聞いた人は戸惑うかもしれないので、実際言うとなると躊躇します。本当に必要な場面でだけ言います。相手によって、発達に課題のある子とぼかして言うこともあります。相手への配慮ですよね。 我が子への配慮は考えていなかったので、このトピを立てて皆さんのお返事を読んでから、考えはじめました。 本人が自閉症にマイナスイメージを持たないことを大切に、配慮しますね。 多くの人に伝えて理解してもらいたいのは、ありますね。私も我が子が自閉症とわかるまで自閉症って言葉さえ知らなかったし、もっと世間に認識されればもっと生きやすいだろうと思います。

トピ内ID:4479689484

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自閉症という言葉を使っての説明はしてない

041
うん
 診断名は公的支援を受けるためのただの飾りにすぎません。  うちの子は幼稚園に行きましたが、診断名ではなく、得意なことと苦手なこと、苦手なことは大人がどう手助けをすればできるかを説明しました。幼稚園や保育園や学校、療育関係が知りたいことはそこですので。  ちなみに、うちの子は中学生ですが、自分が自閉症であること、学習面やコミュニケーションスキルに偏りがあり、あまり一般的な発達ではないことの自覚はあります。特別支援学級に在籍しているからというだけではなく、本人の成長とともに普通学級の子と自分を比較できるようになったからです。  今後、自分の障害特性を知らないのは進路上まずいのと、ご本人から説明を請われて、私と病院の医者から段階を経て少しずつ説明をしました。その際、診断名を不用意に他人に知らせることのデメリットの説明もしました。診断名だけを伝えるのは、相手に誤解をさせたり、先入観を持たせる話にもなるので、言う相手は慎重に選ばなければいけないのは確かです。本人もそれを生活の中で肌で実感している様子でした。  私は、子どもの自閉症は数ある得意不得意のうちの1つの特性としか考えておらず、特別視は全くしていません。そもそも、発達障害の特性は誰もが1つ2つは持っていて、5個持っていれば境界域、7個全部持っていたら診断される~といった極めて曖昧なものです。日常生活に支障があれば、支援を受けて、本人にとってのできるだけの自立につなげるだけのこと。ただシンプルにそれだけのことです。持病で1度死にかけた身からすれば「この程度のことで受け入れる受け入れないって大仰過ぎじゃない?それが原因で命を落とすわけではないんだし」としか思いません(笑)もっとも、2次障害とかになれば命に関わる話になるので、そこは防ぎたい話ですけど。

トピ内ID:8600470344

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それと、病名、障害名に関しては

041
うん
 トピ主さんは自分の疾患を周囲に言ってまわりますか?例えば、自分が癌だったら?糖尿病があったら?心臓の病気があったら?  病院で同じ境遇とおぼしき年寄り同士が自分は糖尿で薬飲んでるとか、リウマチがあってこの季節は関節動きづらいとかと言い合うならまだしも、それほど親しくない近所の人や会社で持病が仕事に影響しないなら、わざわざそれ言ってまわることはないはずです。相手に悪意がなくともいらぬ気遣いや誤解をされるリスクのほうが高く、自分の可能性を狭めてしまうからです。  仕事に影響するなら、診断書とって説明して仕事面で配慮してもらったり、場合によっては働ける場所に転属、転職したり…ということをやるものです。  ちなみに子どもの疾患にもぜんそくや1型糖尿病やアレルギーなどのコントロールが必須な疾患もあります。それらは子どもの頃から、その子の成長発達段階にあった説明がなされ、早ければ小学校高学年から自分でコントロールをしていき、自分は何ができて、何ができないかを理解していきます。  自閉症もそれと一緒だと思いますけど?どんな診断名も恥ずかしいものではないけど、慎重に取り扱わなくてはいけないものです。役所関係、医療機関、教育機関、療育施設などで個人情報が強力に保護されているのはそのためです。

トピ内ID:8600470344

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子どものことだから

🙂
マニー トピ主
うーんさん 書き込みありがとうございます。 そうですね。幼稚園の先生方は、診断名より子どもの得意不得意など配慮されたい点を知りたいですよね。 私も経験上、自閉症って診断名では、子どものことを正しく理解されないと感じています。子どもが泣き止めなかったとき、「初めての場所は苦手だよね、だから泣いてしまうよね」と誤解されたとき、「初めての場所が苦手でもなんでもない自閉症児もいるんだけど。それにいま泣いてるのは初めての場所と関係ないし」と思ったことがあります。 我が子を預けることになる先生相手でも、自閉症っていうだけでは誤解が出るんだなと学びました。 私も子どもの自閉症を言ってまわりはしません。広く知られることに抵抗はないです。でも私が平気なだけで、子どもは違うかもしれない。違うだろうと思ってないといけませんね。私のことじゃないんだから、慎重にして配慮しないと、ですね。 そんなことを考えさせられました。

トピ内ID:4479689484

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あともう1つ勘違いしないでほしいこと

041
うん
 自閉症に対してマイナスイメージを持たせないようにっていうのは現実不可能です。そもそも、日常生活に支障があって不便だから、そういう名称がつくのです。日常に支障がなければそれはただの個性なので、何もする必要がないですよね。  私は先天性の違う持病がありますが、病気でよかったなどと思ったことはただの一度もありません。おそらく、私の子も自閉症でよかったと思ったことはないでしょう。実際、本人がそれで学習面に支障があったり、みんなが簡単にできることが自分にはできなかったり、お友達とうまく遊べなかったりするのですから。そういった自分の支障を総称して自閉症と呼び、それがうまくやれるように療育へ通っていると解釈していますし。おそらく、彼に障害がなければ、彼に関わる誰もが認める彼の努力はもっと報われていたはずで、彼自身もそう言っていることもあります。  それでも「自分はダメだ」と私の子がならないのは、それ以上に自分の得意なことが何か、あるいは全ての人ではなくても誰かしらに自分が愛されるに値するとよくわかっているからです。彼の場合は、定型発達の子と同程度かそれ以上に競えるものもあり、定型発達の子の中で習い事もやっています(定型の子からもすごいねと言われるレベル)。それが一生の職業とはならなくても、社会に出る際の大きな自信となることだけは確かです。ないものはないのです。生まれつき足がなくても生えてこないでしょ?足に代わるものをつかって生きていきます。それと一緒。  トピ主さんのお子さんはまだ未知数。うちの子以上に優秀に育つ可能性もあり、親がどうあがいても自分に障害があることすら理解ができないレベルの育ちしかしない可能性もあります。今できることをやるしかないんですよ。  自閉症は子どもの一側面にしか過ぎないことをトピ主さんはまだ理解できていないと感じます。

トピ内ID:8600470344

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