武蔵の語源って諸説あって、本当の事は定かでない。でも、元々相模と一緒に、ムサとか、サシとか呼ばれれてて、前者の例だと、ムサ上→相模、ムサ下→武蔵となったとしています。でも、上総、下総、上野、下野の例から、上下はいづれも前に置かれているので、ちょっとって感じ。後者だと、サシ(焼き畑の意か?)で、サシ上→相模、身の(中)サシ→武蔵と言う事らしい。これも上下が後、しかも身のって苦しい。ちなみにサシ下って下総の猿島郡のこと?私見では、相模の枕詞、サネサシに注目したい。核サシ(相模)に対して、実ノサシ(武蔵)即ち、武蔵は核(さね)をくるむ実の如き、相模にとって重要な後背地と言う訳。その後、サシの意が忘れられて、武蔵は、ムサの国となる。荒地が多く、武蔵野はむさ苦しい草ボウボウだった。そしてサネサシはムサ上に。(より京に近いムサ、上ムサは言いづらかった?)そして、防人の例からも、武蔵は早くから強兵の産地の武者所、宛字も武蔵になった。なんとも御都合主義の私見でしたがどうでしょうか?
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