実母は何においてもきっちりとこなせる人でした。幼い頃の母親からの愛情不足がずっと心を離れず、だからこそ自分と夫、わが子との関係を理想の物にしようと家族の為に気丈に人生を生きる人でした。
母は私の事を思って育ててはくれましたが、言うことを聞かない幼児の私に、厳しい態度を取ることもしばしばでした。社会人になり、残業で疲れて遅く帰宅した私に、お帰りの言葉もありませんでした。玄関灯も消され、室内も真っ暗。気を遣って音を立てずに部屋に入っても大きなため息をつかれ、寂しさを感じていました。結婚前の娘がこんな時間に外を歩くなんて御近所に顔向け出来ないと。お帰りと言って欲しかった。
何に置いてもとても厳しい母でした。幼い頃から、大人になるまでずっといつも。私は、どんな私でも無条件に受け入れて味方になって欲しかったです。
7年前、私は子供を出産しました。2週間後、母が脳出血で救急搬送されました。夜中子供の授乳をしている時に聞こえた救急音がそれでした。3ヶ月生死の境をさ迷い、意識が戻ると後遺症により記憶が出来なくなり、人格も変わってしまい別人でした。私の知っている母ではなくなっていました。
私の出産をとても喜んでくれていた母。倒れた日の昼、とても優しい眼差しで赤ちゃんを抱いて『30年振りだな、、』と呟いていた母。自分の出産の頃を思い出して幸せそうに見えた母。今まで見たことのない母の表情でした。足りなかった愛情をこれから私にもかけて欲しかった。母と一緒に、赤ちゃんを囲んで幸せな時間を取り戻したかった。
自分も苦しかったのに、私は母の様にしか子育てが出来ていません。お母さんに甘えたい気持ちは私が一番わかるはずなのに。こんな私が子育てをしている事に日々罪悪感を覚える毎日です。我が子にたくさん寄り添いたい。
母はどうしてあの時病に倒れてしまったのか。倒れる前に私を認めて欲しかった。抱きしめて欲しかった。
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