タイトルの通りです
そうなったのがいつからかは明確にはわからないのですが、たとえば、映画というものを観なくなってはや数年が経ちました
例に出すなら、実写であると、ある場面で役者さんが演技をしているときに
「ああこのひと、照明があたって暑かったのかな。うっすら汗がにじんでる」
「このひと、こんなに大きく口を開けてしゃべってるけど疲れないのかな。いやしんどいだろうな、こんな大声張ってるもんな」
というふうに、物語や世界観に浸るというよりかは横道に逸れたところを見て考えるようになっていました
以前はひとつ映画を観るだけで数時間、あるいは数日以上作品の世界観から戻ってこれない感覚があってたいへんだったので、もしかしたらそこに起因するものなのかもしれません
はなしはすこし逸れるのですが、ふと映画の話題がのぼったとき「たくさん作品を観ていそうだ」「なにかおすすめを教えてほしい」と言われることが多いのですが、自分はこれっぽっちも映画のことを知らないため、相手の期待に沿えないことが多くがっかりさせてしまうことがあります
かといって、上記のこともあり、あまり自ら進んで映画というものに触れようと思いません
このように、最初は映画などのことだけでした
けれど次第にそれはじわじわと広がって、好きだった書籍を読むことだったり作品をつくることだったりに波及してきて、最近はなにかから刺激を受けるような、興味関心といった心の機敏を察知することがむずかしくなりました
仕事をしつつあまり馴染めない人づきあいをして家に帰るだけのただの日常が、なんだか余計にしんどい気がします
好きなことができるなら、もうすこし人生楽しいものだったんじゃないの? なんて考えては眠るために横になるたびわけもなく泣いてしまいます
原因を探るために調べれば調べるほど堂々巡りをしている気がして焦ってしまいますね
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