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子育てと幼い頃の記憶

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(トピ主 0
🙂
きろりん
子供
2歳男児の子育てをしていて、第二子を妊娠中のものです。 最近よく子育てを通して自分が子供の頃のささいな記憶が蘇ることがあります。例えば寝かしつけをしている時に息子が優しく笑うと、自分も母が毛布をかけてくれるその安心感が嬉しかったなど。Eテレの懐かしい歌、膝に座らせて絵本を読むときや、お風呂、何でもない記憶がいきなり蘇り、泣けてきます。母に大切にされていたのだなと。夫に話してもそんなに反応ありませんでした。 同じ母になる女性の心境なのか、妊娠中のホルモンの影響かもしれません。 同じ経験をされた方いらっしゃいますか。男女かまいません。蘇ってきた嬉しかった楽しかったエピソードをお聞かせいただけたらと思います。

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母が歌ってくれた歌

🙂
海賊の妻
母におんぶして「可愛い可愛い〇ペン子ちゃん」と言う歌を歌ってくれました。私の名前にペン子ちゃんと続きます。多分でたらめに歌ったのでしょう。でも楽しくてムズムズしました。お風呂に入ると『おまけのおまけの汽車ぽっぽポーとなった上がりましょ」と歌い10まで数えて上がりました。今は母は90歳になり病気です。私が「おまけのおまけの」と歌ってお風呂に入れています。しかし病状が思わしくなくここ1か月お風呂には入れません。 母は厳しい人でした。嫁いだとたん父が重い病気で再起不能となりました。すると母の実家から兄たちが東京に帰るように私を連れて戻りなさいと何度も迎えに来ました。父の家からは帰ってもいいから私を置いて行ってくれと言われたそうです。母は別の選択をしました。この家に残り父の看病をし私を育てると言う道を選んだのです。理由は祖父母がとても立派な人たちで尊敬していたからだと言いました。 私はが夜になると本も読めなくなった父のために本を朗読する母の声を聞きながら寝ました。母との思い出は限りなく有ります。温かい気持ちになる時も、辛い思いの時も沢山あります。母も辛かったのでしょう。しかし人生は一度限りです。自分で選択した道しか行けません。 とても小さな時に泣きながら「ママ、ママ」と言って母を追いかけた記憶があります。母は振り向きもせず行ってしまいました。そこまでしか覚えていません。

トピ内ID:fa8af876d11701f6

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赤ちゃんがえり

🙂
私も母親
2歳女児の子育て中です。 競争相手もいないのに娘の赤ちゃんがえりが始まり、自分の幼少期が思い出されます。 ひとつめは祖母の思い出。 両親が離婚して祖母が母親代わりでした。3歳4歳くらいだったかな。一緒にお風呂に入っていた祖母のおっぱいを咥えてみてもいいか尋ねたことがあります。母との面会が終わった後で、さみしかったんでしょうね。弟(父親違いの弟です)を妊娠したと母から聞かされて、その弟が妬ましいような、自分も赤ちゃんになりたいような気持ちでした。 一瞬だけ口をつけて、すごく嬉しいのとすごく恥ずかしいのでいっぱいになったことを覚えています。 ふたつめは小学校入学前、母との面会日にスーパーに行ってベビーカートに乗ると言い張ったことです。笑 そもそもカートの使用年齢を超えていますし、平均より身長が高かったのもあってちょっと異様な光景だったと思いますが、母は「もう...」とか何とか言いながら乗せてくれました。 わがままを聞いてもらえて嬉しかったです。赤ちゃんにもどって母によしよししてもらいたいとずっと思っていました。 今私の娘が、断乳して1年になるのに不安な時かなしい時おっぱいを見たがったり、スーパーで赤ちゃん用のカートとすれ違うと自分も乗りたいと泣いたりします。 それを受け容れてあげることが、どれほど娘の心に愛情と安心を感じさせるのか私は知っています。

トピ内ID:c6c26ba9b4578c99

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